かわいいがインフレ
お待たせしてしまい申し訳ないです。
二部後半もよろしくおねがいします。
しずくちゃんと出会った翌日。
まずは話をしようということで、私の部屋に集まっていた。
メンバーはハストさん、レリィ君、ゼズグラッドさん。そして、私としずくちゃんだ。
スラスターさんは周りを気にせず、私としずくちゃんが会話をできるよう、特務隊を塔のほうへ留めてくれている。
私の部屋は木造の角部屋なので、王宮に比べて広い。
応接セットがとてもお役立ちだ。
「じゃあ、改めて。小井椎奈です。日本ではOLをしてました」
「水波雫と言います。……高校生です」
ソファに並んで座って、簡単な紹介を。
シロクマ鍋焼きうどんを食べ、すごく仲良くなった気がするが、自己紹介もまだだった。
改めて、名乗り合い、ローテーブルに置いた紙にそれぞれの名前を書いていく。
しずくちゃんってどう書くのか、漢字も知りたかったから。
「しずくちゃん……『雫』ちゃんって書くんだ。名字と合ってて、すごく清廉な感じがするね」
雫ちゃんの書いた、漢字を見て、ほぅと息を吐く。
名前からして、なんともみずみずしい。
それに比べて私は……。
「『いさらい』小さい井戸って書くんだけど、最初に『いさらい』って読んでもらえないんだよね……。『しょうい』とか『おい』って読まれることが多くて」
「『おい』ですか? ……それだと、名前と一緒になると……」
「うん。『おいしいな』って、突然食べ物への賛美になるよね」
日本人にしかわからない、名前漢字の読み間違い。
私の『小井』という苗字は読みにくく、しかも『椎奈』という名前と一緒になると、だいたい笑いを誘う。
初対面の人にはこれで名前を覚えてもらえるので、重宝しているライフハックなのだ。
それを雫ちゃんに伝えて、にんまり笑うと、雫ちゃんもふわっと笑った。
「……かわいいです」
雫ちゃんはそう言うと、私が名前を書いた紙を大事そうに手に取った。
「あの……『椎奈さん』って呼んでもいいですか?」
「もちろん。 私は『しずくちゃん』って呼んでたから、引き続き『雫ちゃん』って呼んでもいい?」
「はい!」
雫ちゃんが本当にうれしそうに笑う。
思わず抱き締めたくなるような、そんな笑顔だ。
「椎奈さん」
「雫ちゃん」
「椎奈さん」
「雫ちゃん」
「……、椎奈さん」
「……っ!」
雫ちゃんが名前を呼ぶから、私も返す。
すると、雫ちゃんもまた私の名前を呼んで返す。
流れるほのぼのした空気。その最後に雫ちゃんが照れたようにはにかんだ。
かわいい。
かわいすぎて息が止まる。
なにこれ。
「シーナさん、大丈夫? ふぅって息を吐いて……」
「う、ん……ふぅ」
呼吸困難に陥った私。
そんな私に右隣に座っていたレリィ君が優しく声をかけてくれる。
その声に合わせて息を吐けば、止まっていた呼吸が再開した。
「ありがとう。もう大丈夫」
すごい酸素濃度だった。
かわいすぎる笑顔は酸素供給を絶つ。
そうして呼吸を整えたあとは、ハストさんとレリィ君の簡単な紹介。
ゼズグラッドさんは定位置の出窓に座り、無言を通していた。
「シーナ様。落ち着かれたところで、本題へ」
「はい。そうですね」
お互いの紹介が終わり、正面のソファーに座っているハストさんが先を促す。
今はスラスターさんが特務隊を留めてくれているから、こうして自由に話ができるが、それもいつまでも持つとは限らないのだ。
スラスターさんがやる気があるうちなら大丈夫だろうが、レリィ君に会いたくなれば、絶対に特務隊をこちらに差し向ける。そして、レリィ君を精いっぱいスーハーする。間違いない。
なので、さっそく本題へ。
「雫ちゃんは、なんでスキルが使えないか、心当たりはある?」
めんどくさいことを抜きにし、まっすぐに切り出す。
すると、雫ちゃんは目を伏せて、ぽつりと呟いた。
「とくにはなくて……」
『とくにはない』
その言葉とは裏腹に、声音はなにかの思いを含んでいるのがわかる。
きっと、あまり触れてほしくない話題なんだろう。
でも、雫ちゃんの言葉を聞きたい。
だから、時間はないけれど、雫ちゃんが自分で話を始めるまで、じっと待つ。
ただ沈黙だけでは不安になるだろうから、そっと手を握った。
「……あの」
そうして、沈黙が落ちて、少し。
雫ちゃんがゆっくりと言葉を紡いだ。
「そもそも、スキルっていうのがよくわからなくて……」
「うん」
「正直、なにを言ってるのかなって……思って…」
「……そっか」
雫ちゃんの言葉に、それはそうだよね、と頷く。
いきなり異世界に召喚されて、スキルですって言われても普通に困る。私だって困った。
「私もね、なんだそれって思ったよ」
「……椎奈さんも?」
「うん。でもせっかくだから楽しく生きようって決めて、唱えてみたらできたんだけど……」
これ、参考になるかな……。
雫ちゃんの堂々たるスキルと私の謎スキルでは違いすぎるような気も……。
「私のスキルは『台所召喚』っていうスキルなんだけど、唱えると、私が台所に召喚されるんだ」
「椎奈さんが台所に召喚される……?」
え? と首を傾げる雫ちゃん。
うん。ちょっとよくわからないよね。
「昨日、シロクマ鍋焼きうどんを作ったときに、私さ、いきなりお盆を持ってたよね」
「はい。すこしびっくりしました」
「あれはスキルを使ったからで、違う空間にある台所に行って、ごはんを作って帰ってきたからなんだ」
「そうだったんですね……」
雫ちゃんはわかったようなわからなかったような顔で話を聞いている。
私のスキルがどういうものかはぼんやりとした把握でかまわないので、そこはそのままにして話を続けていく。
「それで私のスキルにはまだ秘密があってね。食べた後、体がきらきら光ったと思うんだけど……」
「はい。それもびっくりしました」
びっくりさせてばかりで、ごめんね……。
もうちょっとびっくりしてね……。
「私のスキルはね――」
うるうるの黒目をじっと見つめて――
「食べると強くなる」
「たべるとつよくなる」
「食べると元気になる」
「たべるとげんきになる」
かわいい。繰り返しもかわいい。ぽかんとした顔もかわいい。
「私もスキルって全然わかってないんだ」
「……そうなんですね」
「でも、ちょっと面白いよね」
まっすぐに私を見上げる雫ちゃんににんまりと笑いかける。
すると、雫ちゃんは、小さく頷いてくれた。
「椎奈さんがそう言うと、そんな気がしてきます……」
小さな声に私はぎゅっと雫ちゃんの手を握る。
雫ちゃんも握り返してくれたから、よし、と気合いを入れた。
「それじゃあ、スキルを使って、今からごはんを作ってくる。もしかしたら、それで雫ちゃんのスキルが使えるようになるかもしれないんだ」
「椎奈さんのごはんを食べると、私のスキルが使えるようになるんですか……?」
「うん。ハストさんが教えてくれたんだけど、私のスキルは食べた人の持っているスキルを強くする力もあるみたいなんだ。だから、雫ちゃんも使えるようになるかもしれないって思って」
「私のスキルを強く……」
「それと、レリィ君は体が弱くて、スキルとのバランスが悪くてね、スキルが使えなかったみたいなんだ。でも、今では使えるようになってる。もし、雫ちゃんがレリィ君と同じなら、その効果でもスキルが使えるようになるかもしれないって思って」
だから、ぜひ食べてみて欲しい、と勧めたんだけど、雫ちゃんは表情を曇らせた。
「……でも、それでも、スキルが使えなかったら。せっかく椎奈さんが作ってくれたのに、私がなにもできなかったら……」
雫ちゃんの目が不安に揺れる。
だから私は大丈夫、と力強く頷いた。
「全然いいよ。それなら、雫ちゃんにおいしく食べてもらえただけで十分」
そう。雫ちゃんがおいしいって思ってくれれば、すごくうれしい。
「それにね、実は私の台所は進化するんだけど、それには人に食べてもらう必要があるんだ」
なぜか『OLのはにかみ』がないからね。
「雫ちゃんが食べてくれると私には得しかないんだ」
「……私も……椎奈さんの料理は食べたい、です」
「じゃあ、いいことしかないね」
圧倒的なWin-Win。ばっちり。
「雫ちゃんにどうしてもスキルを使えるようになって欲しいっていうわけじゃないんだ。ただ、スキルを使えるっていうことが雫ちゃんを守ることに繋がるかもしれない。使うか使わないかを雫ちゃん自身が選ぶことができるっていうのも大事かなって思って」
「……はい」
もし、今、スキルを使えるようになったとしても、ここなら隠しておける。
雫ちゃん自身ができることを増やして、手持ちのカードを増やして、どうしたいか、なにができるかを考えるのが大切だと思うから。
「今からスキルを使うから、見ててね。なにか参考になるかもしれないし」
「……わかりました」
「じゃあ、ハストさん、レリィ君、少しだけお願いします」
「はい」
「うん。任せて」
ゼズグラッドさんはちょっと離れているので、手をひょこっと上げておく。
では、心を込めて!
「『台所召喚』!」
いつものように体に浮遊感を感じたと思ったら、そこには見慣れた台所。
相変わらずのワンルームのミニキッチン。私の大好きなスパダリである。
さっそく調理を開始しようと、ポイント交換のために液晶に向かった。
そこに表示されているのは、最近のポイント獲得履歴。
……うん。なんだかすごい表示がある。
一番直近のポイント獲得は、雫ちゃんに作ったシロクマ鍋焼きうどんだ。
その表示がすごいことになっていて――
『聖女の涙 20000pt』
「にまんぽいんと」
レート崩壊! インフレ!