疲れたよ、ふふんラッシュ……
更新遅くなりまして、申し訳ありません。
まーくん……ゼズグラッドさんは、なんだかんだ言いつつも、器用にカンパーニュの中身をくり抜いていく。
その様子を見て、次の作業をお願いしても大丈夫そうだったので、それもお願いすることにした。
「くり抜いたパンは、大きめの一口サイズに切って、パンの中に入れてもらってもいいですか?」
「ああ? せっかく中身を抜いたのに、戻すのか?」
「はい。三分の二ぐらいは戻してもらって、残りは耐熱皿に入れてください。パン以外に具を入れたいので、全部戻すと、あふれちゃうので」
「わかったよ」
そうお願いすると、ゼズグラッドさんはめんどくさそうに、でも、きちんと作業をしてくれる。
うん。やっぱり、こういう作業自体は好きなんだろうな。
夏休みの工作もなんだかんだ、本気で作るんだよね。
そう、男の子は――
「おい、お前の目」
――工作が好き。
「俺はまーくんじゃねえからな!」
そんな成長を見届ける、あたたかな目になろうとしたのに、先回りされ、即座に止められる。
というわけで、顔をきりりと戻すと、パンのことはまーく……ゼズグラッドさんに任せて、私は違う作業机へと移動した。
「じゃあ、私は中の具材を作っていきます」
「先ほど、ゼズに説明していたように、くり抜いたパンの中に具を入れていく料理なのですね?」
「はい。そうすると、硬いパンが変身するんです」
作業がしやすそうな、大きな木製の机。
そこに移動すれば、ハストさんとレリィ君がついて来てくれる。
レリィ君はあのピンクのフリルエプロン(あざとい)をつけていて、準備万端だ。
「シーナさん、材料は足りる?」
「たぶん、なんとかできると思う」
「今日は配達前の最終日なので、材料も少なくなっていました。もし、足りないようであれば、すぐに用意します」
……うん。ハストさんにお願いすれば、本当になんでも調達してくれそう。
でも、ここにあるもので十分だ。
「ハストさんが北の騎士団の食糧事情をだいたい教えてもらいましたし、これまで、みなさんがやってきた範囲で、私ができることをやってみます」
そう。せっかく北の騎士団に来たのだ。
ここにはない珍しい食材や調味料を使って、なにか特別なものを作ってもいいけれど、まずは、この場所に合わせたものを作っていきたい。
目の前の机の上にはさっき、備蓄庫から取ってきた食材が並んでいる。
種類は多くないが、硬いパンをおいしくすることはできるはずだ。
「北の騎士団は乳製品がよく出ますよね」
「はい。この辺りの主な産業は酪農です。なので、牛乳やチーズなどは毎朝、届けられています」
「そういえば、毎食、乳製品が出てた気がする」
ハストさんの言葉にレリィ君はこれまでの北の騎士団での食事を思い出したのだろう。
レリィ君の言う通り、食事にはいつもなにかしらかの乳製品がついていた。
「ほかの食材はどうしても備蓄の量や配達の関係で考えながら使用する必要がありますが、乳製品だけは使用制限がないのです」
「それを使わない手はありませんよね」
ハストさんの説明に、うんうんと頷く。
厨房に入る前に、ハストさんと備蓄庫に行ったんだけど、そこにはたくさんの乳製品があった。
なので、それらをしっかいと拝借し、大きな円筒形のチーズと、大きな金属製のミルク缶を持ってきている。
ミルク缶の中にはたっぷりの牛乳が入っているのだ。
……このミルク缶を見ると、なんだか胸がきゅうっとする。
こうさ、大きな犬がね……木製の荷車を引くんだよね……。
名前を呼ぶと……わんって鳴いて……。
教会で……男の子と犬が……。
うっ……。
「シーナさん、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
ついね、つい、疲れたよふふんラッシュ……って言いたくなるから…。
でも、今は幼少期の物語との出会いは置いておく。
「とにかく、北の騎士団にとって、乳製品は重要な栄養源なんですよね」
「はい。狩猟した動物の肉や野菜は途切れることがありますが、乳製品は毎日摂取できますので」
やっぱり、地域や暮らし方によって、いろいろと差が出てくる。
そういうのも大切なことなので、なるほど、と頷くと、レリィ君は少し不安げな様子で私を見上げた。
「でも、乳製品で栄養が取れるかもしれないけど、野菜が少ない気がする」
「うん、実はそうなんだ。野菜は少ししか残ってなかったんだよね」
そう。野菜は届けてもらっているはずだが、今日が配達前の最終日ということで、かなり備蓄は減っていた。
あったのは、たまねぎ、じゃがいも、にんじんなどの根菜で、今回はその中でも一番量が多かった、たまねぎしか持ってきていない。
しかも、肉類は加工品しかなかったので、大きなブロックベーコンだけだ。
たったこれだけ。だけど――
「おいしく作るよ」
不安げなレリィ君に大丈夫、と笑いかける。
そして、お願いがあるんだ、と首を少しだけ傾けた。
「それにはレリィ君にどうしても、手伝ってもらわないといけないことがあるんだけど、いいかな」
「うん! もちろん!」
レリィ君の不安げな顔は晴れて、いつもの明るい若葉色の目が現れる。
「レリィ君に頼みたいのは、コンロやオーブンの火力調整なんだ。私は薪を燃やしたり、その火加減を見たりするのは、あまりやったことがなくて……」
ここの調理用の火力はすべて薪を使っているが、私には不慣れなものだ。
弱火、中火、強火とか、オーブンを180度に設定とかはレシピとして記憶していても、その火加減を薪で調整する自信はない。
そんな私に、レリィ君は力強く頷いた。
「火のことなら僕に任せて! 火力は強くするほうが得意だけど、王宮でローストチキンを作ったときみたいに、燃やし尽くせば、弱くすることもできるから」
そう。王宮でアッシュさんやケービヘイブラザーズとローストチキンを作ったとき、レリィ君は大量にあった木材をあっという間に燃やし尽くし、織火にしていた。
そんなレリィ君なら絶対にうまく火力調整をしてくれる。
「レリィにはぴったりの役目だな」
「はい。レリィ君にお願いできれば、私も安心です」
ハストさんの落ち着いた低い声。
それに合わせるように、私も言葉をかければ、レリィ君はは少しだけ眉尻を下げた。
「……シーナさん、ヴォルさん。僕ね、自分のスキルでなにかを作れるなんて思ったことはなかったんだ」
小さく呟かれた言葉は震えていて――
「僕のスキルは、全部を燃やして、この世界から存在を消してしまうものなんだって……。僕自身も燃やされて、存在を消されてしまうんだって」
……スキルの力が強すぎて、いつも命を脅かされていたレリィ君。
自分の将来を考えて、不安に思ったときもあったんだと思う。
「でも、僕はここにいる。北の騎士団なんて、遠すぎて僕には絶対に来ることができなかったはずなのに。……ここにいて、シーナさんやヴォルさんと料理を作ろうとしてる」
噛み締めるように呟かれた言葉。
若葉色の目はまっすぐに私を見上げていた。
「……ここに来れてよかったって。……シーナさんに会えてよかったって。北の騎士団に来てから、何度も思うんだ」
レリィ君のちょっとはにかんだ笑顔。
それがかわいくて、私もつられて笑顔になってしまう。
「私もだよ。……王宮だと、こんなに自由にいろいろできなかったから」
そう。王宮でできたことと言えば、散歩とハーブの世話ぐらい。
でも、北の騎士団だと、騎士団内のどこに行こうとも基本的には自由だし、しずくちゃんのためにいろいろと用意をすることもできる。
そして、こうやって厨房に入って、みんなのためにごはんを作ることもできて――
「ハストさんがここに連れて来てくれて。レリィ君がスラスターさんに頼んでくれて。本当に楽しいなって思う」
――うん。来てよかった。
「だから、まずはこの大量のたまねぎを薄切りにします」
「じゃあ、僕は薪を準備するね!」
「うん、ありがとう」
「では、私はシーナ様の調理を手伝います」
「はい、よろしくお願いします」
北の騎士団、全員に作ろうと思うと、かなりの量がいる。
こんなにたまねぎを切ると、ちょっと泣いてしまうかもしれない。
でも、きっと大丈夫。
ふふんラッシュの最終回より、涙は出ないはずだから……!






