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できること

「どうやら、聖女様がこちらにいらっしゃるようです」


 ハストさんの言葉に、だれからということもなく、私、ハストさん、レリィ君で視線を交わしあう。

 そして、三人、同じタイミングでぼそりと呟いた。


「スラスターさん……」

「スラスター」

「兄さん……」


 そう。『聖女が来る』。その言葉に思い浮かんだのは、三人とも同じ。

 青い髪に怜悧な緑色の目。銀色の眼鏡が特徴。私利私欲のあの人だ!


「いや、それにしても少し早すぎませんか」

「うん。僕たちが王宮から出て、たった九日だよね。しかも、鳥使(ちょうし)が来ているってことは、二日前には物事が動いてたんだろうし」

「スラスターならあり得る。レリィと離れると知ってから、すぐに策略を巡らしていたのかもしれない。どうすればレリィと離れずに済むか。レリィの希望を叶えながらも自分の欲望を満たすために全力で権力を使ったんだろう」


 ……まさに、私利私欲!


「兄さんは僕の言ったことは守るから、聖女様からは離れられないし、悪いようにもできないよね。それならってことで、聖女様自身がこっちに興味を持つようにしたんだと思う」

「なるほど。しずくちゃん自身がここに来たいと望んだなら、それを叶えるんだからいいだろう、と」

「はい。表向きは聖女様の我が儘に付き合うというような形にしているかもしれません。そうすれば、ここに来ることの責任は、聖女様や特務隊、王太子になすりつけることができる。そして、自分はレリィに会えるという魂胆でしょう」


 ……さすが、私利私欲!


 三人でさもありなん、と頷き合う。

 こうして考えてみると、スラスターさんならやりそうなことだ。

 いや、普通なら、聖女である、しずくちゃんの危険を考えて、魔獣の森に近付けるという判断はありえないと思う。

 でも、スラスターさんなら……。レリィ君に会いたくて、震えた結果、しずくちゃんが危険な目に合うかもしれないという可能性をさらっと無視しそうな気がする。

 もちろん、聖女である、しずくちゃんを失うことがないよう、いろいろな策を講じているだろうけど。


「おい! 本当か! シズクが来るのか!?」


 すると、私たちの話を聞いていたゼズグラッドさんが焦ったように声を上げた。

 それに、ハストさんがああ、と肯定を返した。


「わざわざ鳥使を飛ばしているし、文書も正式なものだった。そもそも、もう出発したと書いてある」

「はぁ!? もう出た!?」

「お前がここにいるから、ドラゴンはいない。だから聖女様たちは馬車でこちらに来るようだ。これから一週間ぐらいで到着するな」

「……そんな」


 勢いよくハストさんに噛みついていたゼズグラッドさんが、ありえない、と表情を曇らせる。

 私はその顔にあれ? と首を傾げた。


「しずくちゃんが来ることに反対ですか?」

「あったりまえだ! こんななにもないところに! 女が来るところじゃないだろ!」

「まあ、確かに。魔獣の森も近いし、危ないですよね」

「そうだ! シズクはこの世界に来て、戸惑ってたんだ。今だってきっとつらいはず。それでも、王宮ならシズクの望みはだいたい叶う。それが、こんなところに来たら、なにもしてやれないだろ……!」


 ゼズグラッドさんはそう言うと、ぎゅっと眉間に皺を寄せる。

 そして、団長とハストさんのいる執務机に近づくと、バンッ! とその机を叩いた。


「おい、今すぐ、シズクにここに来ないように言え!」

「ゼズ、話を聞いていなかったのか。もう一度言う。聖女様はすでに王宮を出て、こちらに向かっている。また、北の騎士団にはそれを拒否する力はない。文書は王太子の名で出ている」

「……っあの、くそ、軟弱野郎……!!」


 そう言って、ゼズグラッドさんは今度は執務机をガツンと蹴飛ばす。

 すると、積み上げられていた書類が床の上にバサバサと落ちた。


「落ち着け。物を壊しても、なにも解決しない。それに、スラスターの企みがあったとは言え、ここに来たいと思ったのは聖女様自身だ。お前は聖女様の望みを叶えたいと言ったな。ならば、できることを考えろ。お前が自分の考えで聖女様の望みを決めるのは筋違いだ」


 ハストさんの冷静な低い声。

 ゼズグラッドさんはそれにぐぅっと唸った。


「とにかく、聖女様が来るのであれば、こちらも迎える準備を」

「……そうだな。ああ……いやだな……」


 執務机を叩かれ、蹴られたというのに、団長自身はとくに気にした様子もない。

 たぶん、こういう揉め事には慣れていて、それよりも、これからしずくちゃんがやってくることのほうがよほどめんどくさいのだろう。


「なにも起こらない日々はどこにあるんだ……」


 そう呟き、床に落ちた書類を拾い始めた。

 ……うん。憔悴している。


「……俺が拾う」


 そんな団長に感じるものがあったのか、ハストさんの冷静な声に落ち着きを取り戻したのか。

 ゼズグラッドさんは団長を椅子に戻すと、自分で書類を拾う。そして、書類を戻した後、けっと言いながら、部屋の隅に行くと、窓の外へと視線を投げた。……まーくん。いじけてるね。


「あの、ちょっと確認なんですけど」


 私はそんなゼズグラッドさんからハストさんへと視線を移す。

 そして、気になっていたことを口に出した。


「私って、しずくちゃんに会ってもいいんですか? それともここを離れたほうがいいんですか?」


 そう。もし、しずくちゃんがここに来るというのなら、私はどうしたらいいんだろう。

 スキルが使えないしずくちゃんに私が近づくのは良くないという話になっていたはずだ。

 王宮では落ちぶれ令嬢と認識されていたので、身分差的なものがあり、会うこともなかったし。

 なので、どこかに移動するべきかなぁと思っての疑問だったのだけど、その言葉にレリィ君がぎゅうと私の左腕を抱きしめた。


「シーナさん。シーナさんが先にここにいて、後から聖女様が来るんだから、シーナさんが気を遣うことはないと思う」

「私もそう思います。鳥使によると、聖女様の北の騎士団への訪問理由は、実際に結界を見ることにより、スキル『聖魔法』の会得を目指す、ということのようです。けれど、それならばもっと早いタイミングでもいい。今の時期に聖女様がこちらに来るということは、なにか違う理由があるのではないか、と」


 なるほど。表向きの理由と本当の理由と二つあるかもしれないってことなのか。


「すでに聖女様は出発しているため、スラスターに確認する時間がありません。ただ、シーナ様がここを離れるような指示は鳥使になかったので、このままで問題ないか、と。シーナ様はそのままに」

「聖女様の理由はわからないけど、シーナさんがそれに振り回される必要なんてない。僕はシーナさんがやりたいことをやって欲しいな」

「……うん」


 落ちぶれ令嬢の心根が染みついてしまったのか、聖女様である、しずくちゃんのことを聞くと、ついつい考えすぎてしまう。

 でも、優しい水色の目と明るい若葉色の目を見ていると、心がふわっとあたたかくなって……。


「そうですよね。王宮ではなんだかんだ会えなかったから、いい機会かもしれないですね」


 そう。元々は同じ日本人だ。

 とってもかわいい子だったし、話ができればきっと楽しい。


「よし! それじゃあ、私もしずくちゃんを迎える準備を手伝います!」


 ぐっと拳を握る。

 すると、レリィ君が仕方なさそうに笑った。


「……シーナさんはゆっくりしていていいと思うけど」


 そして、若葉色の目をきらきらと輝かせる。


「僕も手伝うね」

「ありがとう、レリィ君。あの、ハストさん、しずくちゃんが来るまであと一週間なんですよね?」

「はい。それなりに大人数なので、宿泊先の確保や、また聖女様の体調次第では少し長くなるかもしれなません」

「どちらにしてもあまり時間がないんですよね。どうしよう。なにができるかな。……あ、若い女の子だから、かわいい部屋にするのもいいですよね」


 私が声を弾ませて、ハストさんを見ると、ハストさんはその水色の目をやわらかく細めた。

 そして、そうですね、と同意してくれる。


 しずくちゃんはどんな女の子だろう。何色が好きだろう? 男ばかりの騎士団だから、かわいいものなんてないかもしれないけど、みんなで集めてみれば案外、いろいろあるかもしれない。


「ほら、まーくんもいじけてないで、しずくちゃんのことを教えて」

「……まーくんじゃねえ」

「水色とピンク、どっちが好き?」

「……水色だろ」

「食べ物の好き嫌いは?」

「……なんでも食べてた」


 窓の外を見ていたまーくんもまだちょっと元気はないけど、ちゃんと答えてくれる。

 これなら、しずくちゃんの好みを大幅に外れることもなさそうだ。


「……よし。じゃあ、その辺りのことはハストに任せる。できれば前例通り。できれば無難にな。なにか買うといっても資金も日程もないから難しいだろうが、この騎士団にあるものなら使ってくれていい」

「はい。では、聖女様が来るまでは通常任務は外れます」

「ああ」


 そうして、私がまーくんからしずくちゃんの好みを聞きだしている間に、団長とハストさんで話がついたらしい。

 団長は相変わらず生気がないが、めんどくさいことをハストさんにまるっと任せたおかげか、少しだけ血色が良くなったみたいだ。


「それじゃあ、私は私ができることを探してみます」


 しずくちゃんが喜ぶこと。

 北の騎士団で私が手伝えること。


 なにがあるだろう。

活動報告にレリィのキャララフを公開しました。

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