ワンチャンもない
ドラゴンで空を飛べば二、三分の距離。
それを私たちはあえて、三十分歩くことを選んだ。
……うん。もう耐えられなかったからね。
二、三分後に私が息をしている保証がなかったからね。
そんなわけで、騎士団の砦に連れ立って歩いていく。
一応、道を歩いているので草もくるぶしぐらいまでしか高さがないので、歩くことに不自由はない。
だんだん近づいてくる建物に胸をわくわくさせていると、隣を歩いていたハストさんが話を始めた。
「シーナ様がこの砦に来ることは、先触れを出し、すでに砦のものは知っております」
「はい」
「あれだけ近づけばギャブッシュの姿も確認していると思うので、すでにシーナ様の到着をみなで待っているかと」
「あ。じゃあ、ちょっと急いだほうがいいですかね」
そんなに遅く歩いていたつもりはないが、早く着いたほうがいいのなら、もっとスピードを上げなくては。
そう思い、ハストさんを見上げると、ハストさんはゆっくりと首を振った。
「いえ。砦のものは何時間待たせても構いません。ただ、少し問題が」
「問題、ですか?」
何時間でも待たせていいと断言したあと、少しだけハストさんの語尾が濁る。
そして、ゆっくりと言葉を続けた。
「シーナ様には伝えていますが、ここ北の騎士団は王宮の騎士たちとは違います」
「えっと、由緒正しい騎士、という感じでないんですよね?」
「はい。その生活や態度はむしろ狩人に近い。しかも、この砦には女性は住んでいません」
「……ほぉ」
「村から手伝いのものは来ますが、みな家庭をもち、少し年配の女性が多い」
「……つまり」
「シーナさんは、狼の中のか弱いウサギってことだよね」
「かよわいうさぎ」
なにそれこわい。
というか、私よりレリィ君のほうがその言葉に似合ってる。スラスターさんがはぁはぁ言ってたやつ。
「最初は戸惑うこともあるかと思いますが、問題はありません」
「シーナさんはなにも心配せず、僕たちに任せてね」
「はい。もしものときは全員やりますので」
「燃やしちゃえばいいもんね」
惨劇の砦。
やめて。そしてだれもいなくなっちゃう。
でも、王宮でも落ちぶれ、行き遅れ令嬢として有名だった私だ。
だから、きっとハストさんとレリィ君の考えすぎだと思う。
なので、あやしく目を光らせる二人を見なかったことにして、砦へと向かって行くと……。
「女だ!」
「女だ……!!」
「おんな!」
「おんな!!」
「おんな、おんなおんなおんな!!!」
どうしよう。一種類の単語しか聞こえない。こわい。
騎士団の砦の前にわらわらといる総勢三十名ほどの男の人。
服装はハストさんの騎士服に似ているように見えるけれど、着崩しすぎてもはや原型がない。というか、まったく別の服装を着ている人も何人もいる。
……なるほど。確かに王宮の騎士たちとは全然違う。
なんか、声も野太い。
その光景に呆然としていると、そこの集団から一人脱け出し、こちらに歩いてくる人がいた。
その人はハストさんと同じような騎士服を着て、さらにその肩からマントを羽織っていて……。
「団長。帰りました」
「ああ。……帰ってくるのはお前だけでよかったのにな」
私たちの目の前まで歩いて来た人物にハストさんが声をかける。
『団長』と呼ばれたその人は、つまり、ここで一番えらい人だ。
「シーナ様。団長です」
「はじめまして。シーナ・イサライです」
「団長。シーナ様です」
ハストさんに紹介され、目の前の人物へと視線を向けた。
茶色の髪に茶色の目。中肉中背のその姿からはあまり力強さは感じられない。顔もどことなく疲れているような、ぼやっとした顔をしていた。
なんというか……そう。騎士団の団長というより、ブラック企業で働きすぎた中間管理職の悲哀を感じる。
そんな風に見ていると、団長はすごくめんどくさそうにはぁとため息をついた。
「ここの団長をしている。モットーはなにも起こらず、なにも変わらず、いつもと変わらない日々が一番。めんどくさいことはいやだ。始末書も王宮への呼び出しもごめんだ。なにもしたくない。例年通りにすべて決める。それがここのトップである俺のスタンスだ」
……うん。そうね。うん。
それを堂々と宣言してしまうこの人はよっぽど疲れているんだろうね……。
なんか、うん。がんばれ。
すると、そこまで言い終わった団長がちらりと後ろを振り返った。
そこにはぎらぎらした団員たち。口々に女! 女! と叫んでいる。
団長はまた深いため息をつくと、私へと視線を戻す。そして、ぼそりと呟いた。
「……男ってことにするか」
いや、それはたぶん無理。
いつも通りにこんにちは! 村娘です! という服装の私はどこからどうみても女だと思う。
だから、だれも団長の言葉に同意しない。すろt、団長は、ああ……なにも考えたくない、と呟いた。
「あと、これな」
そして、ほれ、とハストさんになにかを渡した。
それは深い青色の布地。
「王宮では役職がないから羽織れなかったんだろう。ここではまた副団長だ。つけとけ」
「はい」
団長の言葉にハストさんが頷く。
そしてばさりと広げたそれを肩に羽織った。
「ハストさん……マント、ですか?」
「はい。ここでは副団長以上のものがつけることになっています」
ハストさんは一度だけ左肩を撫でると、とくに感慨もなく言葉を終える。
でも、私は思わずハストさんを見つめてしまって……。
見慣れた騎士服の上に深い青色のマント。
マントの肩口の部分は豪華なファーがついていて、いつもの無表情なハストさんの顔周りを華やかにしている。
さらに布地にはきらきらと輝く金色の刺繍が施されていた。
「ハストさん……とってもとってもかっこいいです」
今までのハストさんだってすごくかっこよかった。
でも、マントを羽織ったハストさんはもっとかっこよく見えて……。
だから、素直に感想を述べれば、ハストさんはごほっと思いっきりむせた。
「え。大丈夫ですか」
「大丈夫、です。申し訳ありません」
ハストさんが口元に拳を当てて、何度か咳をする。
そうしているうちに、少し落ち着いたようで、ハストさんはじっと私を見つめた。
「……今、ここに帰ってきてよかった、と思いました」
そして、やわらかく目を細める。
それが本当にうれしそうだったから、私も思わず口元が緩んでしまって……。
「うそだろ……」
「なんだあれ……」
「え……」
「まさか……」
そんな私たちを見ていた団員たちが一瞬静まりかえる。
そして、堰を切ったようにわぁあああ!! っと一気にざわついた。
「おい! やばい!! 副団長が!!!」
「うわぁぁ! 明日、嵐だろ!」
「笑ってる……! あの皆殺しの副団長が笑ってる……!」
「わぁああ!!!」
その口から女以外の単語がどんどん出てくる。
なんか不穏な単語も混ざってた……!
「ってことは、あれだろ、やっぱり」
「いやもう、そうだろ」
「もう俺らにはどうしようもねぇじゃん!」
「だって、なんかしたら俺たち死ぬよな」
「死ぬな」
ざわざわと騒いでいた団員たちが、ばっと私を見る。
でも、その視線の意味がわからない。
団員たちはしばらく私を見つめて……そして、隣にいるハストさんを見て……。
『あああぁあああぁぁぁ……』
と、深い落胆の声を響かせた。
この度、「スキル『台所召喚』はすごい!~異世界でごはん作ってポイントためます~」を書籍化&コミカライズすることになりました。
ここまでこれたのも本当にみなさんのお力があったからです。
本当にありがとうございました。
これからも引き続きがんばっていきますので、よろしくおねがいします。






