騎士団到着
ドラゴンに懐かれるという珍しい体験をしてしまった私だが、それについては深く考えないことにした。なぜなら私は胎生だからだ。そう。たまごはうまない。
そんなわけで私と離れることを渋るドラゴンのギャブッシュに別れを告げ、宿屋にてゆっくりしながら一泊。
朝食を食べた後、北の騎士団へ向けて出発した。
……ドラゴンに乗るのがいやだ。
もちろん、そう思った。あのつらいドラゴン酔いを思い出し、乗る前から酔っていた。しかし、いざ乗ってみると――
「酔わない」
ぜんっぜん酔わない。いや、やっぱりちょっとは酔う。でも、あの胃の中が外に出ようとする感じとか全身がだるいような感じには全然ならない。
「……ギャブッシュがお前に気を遣ってるんだよ」
途中、見晴らしのいい崖の上で休憩を取っていると、ゼズグラッドさんがぼそりと呟いた。
どうやら、私のドラゴン酔いが減ったのはギャブッシュのおかげらしい。
「ギャブッシュはな……世界一かっこいいんだ……空を飛ぶスピードは誰より早く、羽ばたきはどのドラゴンよりも豪快で力強かった。……それは人間が乗るには確かに少しつらい。でもそれで良かった。……それが良かったんだ……」
「はぁ」
「そんなギャブッシュについていくために体を鍛え、何度も落とされながら、それでも俺は諦めなかった。ギャブッシュはそんな俺を見て、ふっと目を細めて伝えてくるんだ。『仕方ない奴だな』って……」
「ふむ」
「そのギャブッシュが……あのギャブッシュが背中に乗せるヤツに気を遣うなんて……。……なんで、なんでこんな平凡なヤツのために……平凡……」
うっうっと涙声が響く。
なるほど。今まではスピードとかパワーを気にして車を買っていた先輩が、家族ができたとたんに安全性能を気にするようになる。後部座席のエアバッグとかチャイルドシートの装着のしやすさとかを気にしたり、スライドドアにしたりするんだよね。そんな先輩を見てショックを受ける後輩ってやつか。うん。わかるわかる。
「まーくんもさ、家族ができればわかるよ」
だから、そっと微笑んで告げる。さらにギャブッシュがそれに同意するように私の頬をぺろんと舐めた。
「お前はどこ目線にいるんだよ! 自然にまーくんって呼ぶな! まーくんじゃねぇ!」
鋭い金色の目できっと私を睨む。
すると、そんなまーくん……ゼズグラッドさんをたしなめるようにハストさんが声を出した。
「ギャブッシュとお前のことはどうでもいい。いい加減大人になれ」
「……! 俺は大人だ! 三十だ!」
「あ、それ。僕、ちょっと疑問に思ってたんだけど、ゼズさんはまだ三十じゃないよね?」
「え」
「……ほぼ、三十だ」
ほぼ三十とは。
「正確には二十八だよね?」
「……ほぼ、三十だろ」
まさかの、年齢詐称。
「あの、二十八は二十八です」
「うん、二十八は二十八だよね」
「ああ、二十八は二十八だな」
二十八は二十八。
世界の真理。
「うるせぇ!それだけ元気ならさっさっと出発するぞ!」
ゼズグラッドさんはそう言うと、私のクッションになっていたギャブッシュに声をかけ、首筋へとまたがる。なので、私たちも背中の輿に乗り込み、北の騎士団を目指した。
そうして、時折休憩を挟みながら、北へ北へと進んで行くと、北へ向かうにつれて、眼下に広がる景色はどんどん変わっていく。
最初は大きな街もあり、小さな森や小川、山を挟みながらも人が生活している気配が強かったが、次第に大きな街は小さな町に変わり、さらに村へと規模を変えた。
そして、あるところからは木ではなく牧草地のような腰丈の草へと変わる。
ハストさんに聞いたところ、北は魔獣の森があるということで、地面に瘴気が多くなり、木や作物が育ちにくい土地になるらしい。
そんな草地を見下ろしながら進むことしばらく。ふと、前方に乳白色のものが見えてきて――。
「シーナ様。あれが結界です」
「あれが結界……」
ハストさんの声にただただ目の端に映る、乳白色のドームのようなものを見つめる。
半透明なそれはかなり広大で草地の中に存在感をもってそこにあった。
そして、それに包まれているもの。その丸ごと全部が魔獣の森なのだろう。
「……思ったより広いです」
そう。その森はかなり大きく見える。
草地の中に突然に生えている異様さも気になるが、ギャブッシュに乗り近づいていっても、まったく森の全体像はわからない。
「魔獣の森の木は特別で、あれだけが瘴気があっても育つことができる。あの木はこの辺りに住む者にとってはとても貴重な材木ですが、それが増えると魔獣の森自体が広がることになるため、北の騎士団が定期的に切り倒して、管理しています」
「なるほど」
どうやら北の騎士団は木こりのようなこともしているらしい。
王宮でのハストさんがたくさんの木を切り倒して武器にしていたのは、そういうことも関係していたのだろう。
さっきまで遠くに見えていた乳白色のドームがぐんぐんと迫ってくる。そのドームと草地の分かれ目にはなだらかな丘とその麓に石作りの砦と木で出来た二階建ての宿舎が建っていた。
「……懐かしいな」
どちらも飾り気よりも実用性を考えたようなデザイン。その無骨な建物に気を取られていると、ハストさんがぼそりと呟いた。
その声にそっとそちらを向けば、いつもの無表情な水色の目。
「ここが、ハストさんのいた場所ですか?」
「はい。十四で両親に騎士団に入れられてからは、ずっとここです」
「十四から」
森と乳白色の結界。そして、草地となだらかな丘。それがハストさんが青春を過ごしていた場所。
そう思えば、なんだかどの景色もきらきらと輝いて見えて……。
「ハストさん。レリィ君。私すごく楽しみです」
そのきらきらが胸を満たしていく。
だから、ハストさんの水色の目をじっと見上げた。
「ここのいいところ、いっぱい教えてくださいね」
そして、レリィ君の若葉色の目を覗きこむ。
「いっぱい楽しいことしようね」
そうして二人の目を交互に見れば、水色の目がふっとやわらかく細くなる。その目には熱があって……。
「……仰せのままに」
「ひぃっ」
私の目を見たまま、私の右手の甲にしっかりとキス。しっかりと。いやまて。なんでだ。これはどの段階のなんだ。
「シーナさん、ここでも、僕のこと、何度でも奪ってね」
「ひぃぃぃぃ」
語弊。まるで一度はその身を奪ったかのようなその語感。
そして、なぜかレリィ君が私の左手のてのひらに唇を寄せてる……! しっかりとキス。しっかりと。うわぁちょっとペロって舐められた。なんでだ。いや、もう考えてもどうしようもない。いろいろ無理かな。
「ギャブッシュぅぅぅうう!! 下りて!! 早く下りてぇ!」
「うるせぇぞ! ギャブッシュに命令すんな!」
「シャー? シャー?」
「って、下りてんじゃねぇかギャブッシュ!!」
「騎士が騎士の騎士っぽい騎士で、事案が発生中なんです……!」
「なに言ってんだよ!」
こわい。ドラゴンこわい。あんまり酔わないなら、空の旅もいいかもしれないと思ったけど、やっぱりもう二度と乗らない!!!!
しっているか どらごんにのると こころがもたない






