俺のギャブッシュ
「……俺のギャブッシュはな……世界で一番かっこいいんだ……」
「はぁ」
「……ギャブッシュはどのドラゴンよりもモテた……。……竜の谷に戻ると、妙齢のメスが取り囲んでた……」
「ふむ」
「『私と卵を孵しましょう』。何頭にも何頭にも言い寄られて……でもな、ギャプッシュはそんなメスたちに目もくれない」
「へぇ」
「……俺のギャブッシュ。世界一かっこいい俺のギャブッシュ。……メスと番にならなくていいのかって聞くと、いつもそっと目を細めて、少しだけ口端を上げる。……そして、伝えてくるんだ。『気ままに空を飛ぶのが楽しいんだ』って……」
「ほぉ」
「俺のギャブッシュは世界一かっこいいんだ。いつも飄々として……誰にも媚びを売らず……。自由を愛するドラゴンだった。……俺と飛んで、俺も一緒にどこまでもいける……。群がるメスに目もくれず、空だけを見てた……」
……うん。
あのまま宿屋にいては街の人に迷惑だから、と、ギャブッシュとゼズグラッドさんが野宿をする予定だった丘の上へと移動した私たち。
そこでゼズグラッドさんは目を潤ませながら、ただとつとつと語った。
内容が憧れの先輩に彼女ができてしまったときのどうしようもないやるせなさを語る後輩みたいな語り口になっているが、総じて男性はそんなものなのだろう。憧れの人には憧れのままいてほしいんだよね。
わかるわかる。従弟のまーくんもなんかそんなことを言ってた。
「なんかごめんね。まーくん」
とりあえず涙拭きなよ。
「……っ!!! なんだその『全然わかんないけど、私のせいじゃないけど、とりあえず謝っとこうかな、めんどくさいしな』みたいな誠意のない謝罪は!!! しかもまーくんじゃねぇ!」
今まで悲しみに暮れていたまーくん……ゼズグラッドさんは、キッ! と眉毛をあげると、正面に座っていた私をビシッと指差した。
その金色の目は嘘は許さない! と見据えていて……。
「お前のスキルはなんだ!?」
「私のスキルですか?」
「そうだ!! ドラゴンがこんなことになるなんて聞いたことがない! お前のスキルのせいだろう!?」
ぎりぎりと私を睨むゼズグラッドさんの言葉に、ちらりと隣を見上げる。
そこにはハストさんがいて、ゆっくりと頷いてくれた。
うん。つまり、ゼズグラッドさんにスキルの説明をしてもかまわない、ということだろう。
というわけで、簡単にスキルについて説明していく。
「私のスキルは『台所召喚』です」
「だいどころしょうかん?」
「はい。私が『台所召喚』と気持ちを込めて唱えると……」
「唱えると?」
「私が台所に召喚されるスキルです」
「なんだそのスキル」
「なんでしょうね。このスキル」
は? という顔をするゼズグラッドさんに、わかるわかる、と頷いて見せる。
すると、ゼズグラッドさんはただただ呆然と私を見て…両手でそっと顔を覆った。
「……なんでギャブッシュはこんな平凡なやつに……なんで世界一かっこいい俺のギャブッシュがこんな平凡な女に……こんな平凡の中の平凡に……平凡……平凡……平凡……」
平凡の数が多い。ゲシュタルト崩壊。
「ゼズ、口を慎め。確認するが、ドラゴンは人間には懐かないんだったな?」
そんなゼズグラッドさんにハストさんが冷静に声をかける。
その声にゼズグラッドさんは一度鼻をずっとすすると、涙声で答え始めた。
「……ああ。ドラゴンは魔物ではないけれど、それに近い性質を持っている。基本的に食事は取らず、空気中の成分をエネルギーにしているという説が濃厚なんだ。だから、人間に限ったわけではなくて、一般的な生物とは違う規格なんだよ」
そんなゼズグラッドさんの言葉にちょっと驚いて、後ろを見る。
そこには率先して私のクッションになろうと地面に寝そべり、私の頬を時折ぺろんと舐めるギャブッシュ。
ちょうどいい感じの背もたれになるひんやりとした鱗を持つ体はどうやらトカゲが大きくなったというわけではないらしい。
「ゼズ。ギャブッシュはシーナ様の料理を食べるために宿屋まで来たのだと思う」
「……ギャブッシュが料理を食べるために?」
「ああ。最初はギャブッシュだけがなぜ宿屋まで来たのかはわからなかった。ドラゴンは人間には懐かないが、かといって人間をどうにかしても利はなく、こちらから近づかなければなにもしない。そして、ゼズがいれば意思疎通もできるため、こんな風に一人で暴走するギャブッシュを見たことはなかった。けれど、宿屋に現れたギャブッシュは確実になにかを欲していた」
「……お前たちと別れた後、とくになにかあったわけじゃない。それまでは今までどおりだったギャブッシュが突然、勝手に動き始めて……」
「それはシーナ様が料理を持ち、台所から現れたからだろう」
「……ギャブッシュのこんな行動は初めてだった……それがこいつの料理のせい?」
顔を両手で覆っていたゼズグラッドさんがじっと私を見る。
私はその視線を受けながら、少しだけ首を傾けた。
「あの……実は私のスキルが、ちょっとだけ普通とは違うみたいで……」
「うん! シーナさんのごはんはとってもおいしいけど、それだけじゃないんだよね!」
私の腕に絡みついているレリィ君がにこにこと笑う。
そして、それを引き継ぐようにハストさんはしっかりと頷いた。
「シーナ様の料理は……」
「こいつの料理は?」
「食べると強くなる」
「たべるとつよくなる」
「食べると元気になる」
「たべるとげんきになる」
繰り返される言葉たち。
わかるわかる……私もそんな気分だったよ。
「ドラゴンにとって食事とはなんだ?」
呆然としているゼズグラッドさんにハストさんが質問を投げる。
すると、ゼズグラッドさんは少しだけ考えてから答えた。
「……ドラゴンに食事は必要ない。食物をとる器官はあるが、そこから活動するためのエネルギーを得ているわけではないからな。だが、趣味として、嗜好品として食事をするドラゴンはいる」
「ギャブッシュはどうだった?」
「ギャブッシュは食事を好んでいるということはなかった。俺が食べていてもなんの興味も示していなかったな」
二人の話をほぅほぅと聞いていく。
基本的にドラゴンは食事をしない。そして、ギャブッシュもなんでも食べたがるちょっと変わったドラゴン、というわけではないらしい。
つまり、こんなにギャブッシュが食べたがったごはんは私が作ったりんごのパンケーキだけ、ということで……。
「シーナ様の料理には食べた者の力をアップさせる効果があるが、ギャブッシュはそれを感じ取ったのではないか?」
「……なるほど。ドラゴンは空気中からエネルギーをとっている。だから、食事からエネルギーはとらない。だが、こいつの料理に不思議な効果があるのなら、食事をすることでエネルギーを得られるのかもしれない。だから、ギャブッシュははじめて食事を魅力的に感じ、はじめておいしそう、という感情を持ったのか……」
「ああ。ギャブッシュにとって、シーナ様の作るものだけが『おいしそう』、そして『おいしい』と感じられるものなんだろう」
……うん。なんかちょっとすごく特殊な感じになってきたな。
つまり私のごはんはギャブッシュにとって……。
「ギャブッシュにとって、こいつの料理が特別で……それを作れるこいつ自身に懐いた、ということか」
……なるほど。これで人間には懐かないと言われていたドラゴンが懐いた理由がなんとなくわかった。
いろいろと遠回りしたけれど、結局は、おいしいごはんをくれたから好きです! みたいな、そういう単純なことでいいんじゃないだろうか。
うんうん。おいしいごはんは世界を救うってことだね。
そんなわけで、ゼズグラッドさんとハストさんの言葉にわかるわかると頷く。
とりあえずこれでドラゴン暴走問題は解決したし、街がちょっと壊れてしまったのは『OK! スラスターさん!』と唱えておけばなんとかしてくれるだろう。きっとかわいい弟のためにいろいろとするはずだ。
なので、ひとり納得し終えると、腕に絡みついているレリィ君が私を見上げてうっとりと笑った。
「……僕とおんなじだ」
ぽつりと漏れる声。
その頬はすこし恥ずかしそうに染まっていて……。
「僕のはじめてもすごかったけど……。ギャブッシュのはじめてもこんな街の中で奪うなんて……」
語弊。
なんかこう、全体的に語弊。
レリィ君から放たれるうっとりのオーラにうっと息を詰める。
すると、そんな私をじっと見てくる金色の目があって……。
「お前、本当にわかってるのか?」
低く、すこしかさついた声。
それが私に真実を告げようと放たれる。
「ドラゴンは自分の気持ちに執着する性質だ。そんなドラゴンの中でギャブッシュは自分の気持ちよりも自由や空を愛する珍しいやつだった。……つまり、ギャブッシュにとって『執着』したいと思ったのはお前だけだ。お前自身が嗜好品なんだ」
……なんかこわくなってきた。
さっきまでぺろんと舐められても、かわいいなぁと思っていたけれど、私自身が嗜好品と言われるとなんだかちょっとこわい。
あれ? やっぱり丸飲み?
「ドラゴンが喉を鳴らす意味はな……」
「あ、はい」
「求愛だ」
「きゅうあい」
え。
「そして、お前を呼ぶこのシャーシャーという空気を鳴らす音はな……」
真実を告げる声は低い。
その剣幕に押されるように、私はごくり、と喉を動かした。
「番を呼ぶ声だ」
「つがいをよぶこえ」
え。え、え。
「……あの? ……え?」
わからない。
わかりたくない。
だけど、ゼズグラッドさんはそんな私を逃がさないよう、その金色の目でじっと捕らえて――
「……ドラゴンは、卵生だぞ」
卵生とは。






