水色の目
この世界の人間なら誰もが持っているスキル。自分の力を表す、大事なものだ。
当たり前だが、スキルと一口に言っても、いろいろと違いがある。貴重なものから多くの人が持っているもの。有用なものからあってもなくてもこまらないもの、むしろ邪魔になるもの。実にさまざま。
そして、貴重で有用なスキルの代表と言えば、それはもう聖女様である。
そう。私と一緒に召喚されたあの女の子が持っていたスキルだ。
聖魔法、魔力∞、神の愛し子
もう、その響きだけですごさがにじみ出ている。
現在そのスキルを持っているのはあの女の子だけなのだそうだ。唯一。オンリーワン。レア中のレア。
しかもそのスキルはレアなだけではない。非常に有用であることがすでにわかっていた。
それは、そのスキルが過去に存在していたから。
女の子の持っていたスキルは過去の聖女様のスキルだったのだ。
歴代の聖女様はそのスキルを駆使し、この国を導いてきたらしい。
だから、この国の人にとって、女の子のスキルはとても素晴らしいものだった。
そして、歴代の聖女様はレアスキルはせいぜい一つか二つで、今回の女の子のように三つも持っている人はいなかったらしい。
もう一つのスキルである『幸運』は他にも持っているものはいるが、それがあるだけで人生はうまくいくと言われているようなみんなが憧れるスキルらしい。
女の子の鑑定結果が出た時、鑑定士は声を震わせ、とても感動していた。涙も流していたような気がする。
さすが聖女様。さす聖。
一方の私のスキル『台所召喚』だけど、実はこれもレアスキルだ。そのスキルを持っているのは私だけ。そう。私もオンリーワン。
それは現在だけでなく、これまでの過去の記録すべてにおいて。
――私のスキルは本当に私だけしか持っていない、そして誰も持ったことがないスキルだったのだ。
だから、私の鑑定結果が出た時、鑑定士はあれ? と首を傾げていた。顔になにこれと書かれていた。
うん。私もなにそれって思った。
そして、その平凡なスキルの名前ゆえに、特に気にもされず、そっと流された。
みんなが聖女様である女の子へ喝采を送ることへと集中し、私はただの一般人Aと化したのだ。
だから、私のスキルは誰にも重要視されていない。内密にする必要はなさそうなもの。
けれど、イケメンシロクマの表情は真剣で……。
「……私はこの国に仕える騎士です。だからイサライ様にこんなことを言える立場ではないのですが」
イケメンシロクマは低くつぶやくと、そっと私に近寄る。
そして私の座るソファの前に片膝をつき、その身をかがめた。
「あなたをこの国の事情に巻き込んだことを申し訳なく思います」
右手を左胸に当て、私に向かって頭を下げる。
いつもは私より頭ひとつ分は高い身長。それが今ではソファに座る私の頭のほうが高い位置にある。
いきなりのことにびっくりして、イケメンシロクマを見ると、そっと頭を上げて、その水色の目で私を見た。
「イサライ様が私の謝罪を受け入れる必要はありません。この謝罪のせいで、あなたに心苦しい思いをさせたいわけではないのです。ただ――」
低い声がぼそりと呟く。
「――ずっと心配していました」
鋭い水色の目。だけど、全然こわくはなくて……。
「召喚されてから、イサライ様は部屋に籠り、食事の量も少なかった。突然、この世界に召喚されたのだから当たり前のことです。なにか力になれればと考えていましたが、結局はなにもできないままでした」
あまり表情を浮かべない顔。その眉尻がほんの少し下がった気がした。
「先ほど、あなたはおいしいと言って笑っていました。……きっと、それがあなたなのだろう、と。その笑顔を曇らせたのが、私たちなのであろう、と」
……そうか。やっとわかった。
彼はそれこそシロクマに似てると思うぐらい体が大きい。目つきも鋭いし、無表情なことが多くて、一見するとすごくこわい人。
でも、私は彼がこわくなかった。心でイケメンシロクマって呼べるぐらい、実は親しみもあった。
「笑顔が見れて、良かった」
――それは鋭い水色の目の奥がとても優しいから。
私がひとり、ソファで膝を抱えて泣いていた時、扉の外でずっと待機してくれた。
窓の外を見て、どこか知っている景色はないかと探していた時、庭に行こうと誘ってくれた。
夜、ぼんやりとしたまま寝て、目覚めた時に見る景色に絶望した朝、いつも挨拶をしてくれた。
ひとつひとつは小さなこと。
けれど、私がこの異世界でやっていこうと割と早く立ち直れたのは彼のおかげもあったのかもしれない。
さっきだって、私が食事をするのを待ってくれた。
それも、私には必要なことだったのだ。
この異世界で楽しく生きるための第一歩。
召喚される前に食べたいと思っていた、その料理。
それをできたてのあつあつで食べたかったから。
「内密にしたほうがいいと言ったのは、これ以上あなたをこの国の事情に巻き込まないためです」
鋭い水色の目。けれど、その目の奥は優しく、私を気遣ってくれている。
「……私はこのスキルを使って行こうと思います。内密にする、というのはスキルを使わないほうがいい、ということですか?」
「いえ。スキルの使用に関しては、イサライ様の考える通りでいいと思います。ただ、イサライ様のスキルはとても貴重なものです。イサライ様しか持っておらず、その有用性も可能性も今のところ未知数。現在はこうして、王宮の一部屋に押し込められている状況ですが、そのスキルがこの国のためになると示せば、イサライ様への対応は変わるでしょう」
その言葉に頷く。
今はただの一般人A。けれど、『台所召喚』のスキルがすごいことを示せば、待遇は良くなるだろう。聖女様ほどではなくても、もっといい部屋を与えられ、もっといい暮らしができるかもしれない。
「イサライ様の話を少し聞いただけで、私はそのスキルが有用であると思いました。しかも、その可能性は大きいとも」
そして、このスキルにはそれをするだけの力がある。
「イサライ様がこの国に対し、その重要性、貴重性、有用性を示したいのであれば、もちろん内密にする必要はありません。むしろ、積極的にアピールするべきかと思います」
私は使える女ですよ! と声高に宣言をする。
スキル『台所召喚』はすごい! と表立って、使って行けばいい。
「しかし、この国はそんなイサライ様を利用しようとするでしょう。それが幸せにつながるかどうか、私には是とは申し上げられない」
低い声でしっかりと告げられた言葉。
彼は選択権を私に与えてくれている。そして、その上で警告までしてくれているのだ。
「……いろいろとありがとうございます」
彼はこの国の騎士だ。
きっとこんな風に謝罪をしたり、スキルを内密にしたほうがいいだなんてことは言わずに、私のスキルのことを上へと言うのが一番いいはず。
けれど、彼は片膝をつき、国に利用される道への疑問も伝えてくれている。
……本当に優しいイケメンシロクマだ。
私の出現を見てしまったのが彼で良かったと思う。
「それではひとまずはスキルのことは口外せず、使用する際も気をつけます」
今後どうなるかはわからない。
けれど、ひとまずはスキルのことは内密にすることにする。
私はこの国に取り立ててもらいたいわけでもないし、なにかめんどうなことになるのもいやだ。
――ポイントをためて、夢のキッチンを作るのが目標だからね!
「はい。私もイサライ様のスキルのことは秘匿します。そして、スキルを使用されている間は私がそれを守ります。今回のように出現を見られたり、イサライ様がいなくなることを悟らせないように」
「それは……すごく心強いです」
本当に。イケメンシロクマの『守ります』のパワーがすごい。
「あ、それではお近づきの印というか共犯のお供にというか、たいしたものではないんですが、スキルを使った料理、食べてみますか?」
今のミニキッチンでは作れる料理なんてほんの少ししかないし、相変わらず、スキル『台所召喚』についてはわかっていないことも多い。
だから、断られたらそれはそれでよかった。無理やり食べさせたり押し付けたいわけでもない。
ただ、これからスキルのことを相談できるのは、彼しかいないかもしれないのだ。
それなら、いろいろと知ってもらって、試したり、話したりできればいいなぁなんて。そんな軽い気持ち。
「……よろしいのですか?」
そんな私の言葉に水色の目がきらきらと光った。