ひやあつの出会い
ハストさんの分とレリィ君の分と。
右手と左手に一皿ずつ持って戻れば、部屋の中にあったテーブルについて待っていてくれていた。
テーブルは四人用だったので、三人で座っても大丈夫そうだ。
「わぁ! すっごく良い匂い!」
「ああ。たまごの入った生地が焼けている甘い匂いだな」
ハストさんとレリィ君は私が部屋に戻った途端にぱっと立ち上がり、くんくんと鼻を利かす。
ハストさんは相変わらず、感想がとっても的確。
そして、私のほうへと向かって来てくれた二人に手に持っていたお皿を渡した。
手ぶらになった私はもう一度、台所へと戻ると、自分の分とみんなのカトラリーを持つ。
そうしてテーブルへとつけば、待ちに待ったおやつの時間!
「お待たせしました。では、みんなで食べましょう」
「はい。今日もとてもおいしそうですね」
「うん! ねえシーナさん。今日のこれは?」
正面に座るハストさんが水色の目をきらきらさせて。
隣に座ったレリィ君がうっとりと私を見つめる。
私はその二人ににんまりと笑って返すと、目の前にあるふっかふかのパンケーキに視線を映した。
「今日はパンケーキ、と呼ばれるものを作ってみました」
「パンケーキ」
「はい。今回はりんごを使っています。ハストさんの言ったように、卵と小麦粉、そして牛乳で生地を作りました。焼きたてのふっかふかですよ」
「ふっかふか」
ハストさんがいつも通りの無表情で『ふっかふか』と呟くから、ちょっと笑ってしまう。
「この上に乗っているのは牛乳で作った冷たい氷菓子。アイスクリームです」
「氷菓子……ということは冷たいんだよね? 熱いものに冷たいのを乗せても大丈夫なの?」
ふっかふかのパンケーキの上でとろとろと溶けていくミルクジェラート。
それを見たレリィ君が心配そうに私をうかがうので、私はそれに自信たっぷりに頷いた。
「あのね、料理はね、見た目や味、匂いも大事だけど、温度もすっごく重要なんだ」
「温度も?」
「そう。でね、温度の違う、二つのものを一緒に食べると、また違ったおいしさを感じるんだけど……。食べてもらえればわかると思う」
「つまり、このパンケーキとアイスクリームを一緒に口に入れればいいのですね?」
私の言葉にレリィ君は興味深そうに頷く。そして、ハストさんはすぐにナイフとフォークを手にするとさっそく、パンケーキへと切り込みを入れた。
「本当にふかふかですね。しっかりとした厚みがありますが、ナイフは簡単に入っていく。りんごの表面はキャラメルですか?」
「はい。ところどころ固くなっていると思いますので、カリカリ感もおいしいと思います」
私の説明を聞きながら、ハストさんは器用に一口分にパンケーキを切り取ると、そこにミルクジェラートも乗せる。そして、それを口に運んで――
「……うまい」
――私をいつも嬉しくさせる、とっておきの言葉。
「ふかふかの生地に溶けたアイスクリームがじんわりと染み込んでいる。染み込んだところを噛むと、口の中に牛乳のまろやかさが広がり、とてもおいしいです。さらに、りんごの甘酸っぱさとキャラメルの風味が口の中で一緒になり、ただ甘いだけでなく、さまざまな食材の良さが掛け合わさっていきますね」
「そうなんです! パンケーキもりんごのキャラメリゼもアイスクリームもどれも一つでおいしいんですが、一緒だともっとおいしいんです」
そう。どれも一つだけでも十分おやつになるし、それだけで一品だ。
でも、それを合わせて食べると、もっとおいしい。
ハストさんの言ったように、おいしいが掛け合わさって、もっともっとおいしくなる。
「じゃあ、このふっかふかのパンケーキがシーナさんだね。それで、りんごが僕でハストさんがアイスクリーム」
私の言葉にレリィ君がくすくすと笑う。
そして、レリィ君にしては大きめに切り取ったパンケーキとミルクジェラートを口いっぱいに頬張った。
「おいしいっ!」
若葉色の目をいっぱいに大きくして。
心の底から楽しそうに声を上げてくれる。
「三つが揃うとこんなにおいしいから、僕たちも三人揃えば、とってもすごいね!」
そして、きらきらと笑うから、私もつられて笑っちゃう。
「うん。きっと無敵だね」
そう言って笑えば、ハストさんもレリィ君も私を見て、嬉しそうに目を和らげる。
そして、ハストさんは次のパンケーキとミルクジェラートを口の中へ。すると、しっかりと味を確かめるように目を閉じて――
「……これがシーナ様の言っていた、温度の違いを楽しむ、ということなんですね」
感心したようにハストさんがしみじみと呟いた。
「熱いものと冷たいものが反発し合うのではなくそれぞれの温度を楽しめる。そして、熱いパンケーキで冷たいアイスクリームが溶けるのを、口の中で実感しました。その温度変化がこんなにもおいしく感じるなんて……」
「うん。温度がおいしさに関係してるってよくわかる」
そう言って、レリィ君がパチパチと目を瞬かせるのを見て、私はにんまりと笑みを浮かべる。
「これが――ひやあつです」
「「ひやあつ」」
機密情報を伝えるようにすれば、二人は揃って言葉をくり返した。
そして、私もパンケーキにナイフを入れ、ミルクジェラートを乗せる。そして、ぱくりと口へ運べば――。
「おいしい……」
厚めの生地を噛めば、溶けて染み込んでいたミルクジェラートがじゅわっと広がる。そこにカリッとしたキャラメルの食感とほろ苦さ。さらにりんごの甘酸っぱさも。
あつあつのパンケーキとミルクジェラートの冷たさの違いがとってもおいしい! ひやあつ最高!
「これならしっかりボリュームもあって、お昼を食べていないシーナさんにもぴったりだね」
「うん。夕食までおなかは持つと思う」
「私は昼食を取りましたが、食べごたえがあるのに、多いとは感じません。パンケーキやりんご、それにミルクジェラートの配分で味が変化するからですね。あっという間に食べ終えてしまう」
その言葉を受け、ハストさんのお皿を見れば、もうすでに四分の一は無くなってしまっている。
私やレリィ君よりも多かったけれど、やっぱりハストさんにはそれぐらいでちょうどよかったようだ。
それを見て、私もより食欲が湧いてくる。
だから、次の一口を食べようと、自分のお皿へと視線を戻し、ナイフとフォークを動かしたんだけど――。
「……来る」
ぽつりとハストさんが言葉を落とす。
それは今までの和やかな雰囲気とは違い、低く緊張感のある声だった。
「え。来る……?」
なんだか覚えのある緊張感に私も思わず声を出す。
けれど、ハストさんは私にただ小さく頷いただけで、すぐにレリィ君を呼んだ。
「レリィ。シーナ様を守れ」
「はい」
その言葉にレリィ君は素早く反応し、立ち上がって私を守るようにそっと寄り添う。
そして、同じように立ちあがったハストさんは窓のほうをじっと睨んだ。
……そう。窓。
ここは宿屋の二階の一室だから、普通は扉を警戒するものだと思う。
でも、ハストさんは観音開きになり今は外に向かって開け放たれている、テラス窓をじっと見つめていた。
すると、遠くから悲鳴も聞こえてきて……。
「レリィ君。なんだか悲鳴がちょっとずつこっちに近づいてきてる気がする……」
「うん。僕もそう思う」
遠くに響いていた悲鳴。
それが今や、すぐそこ。宿屋の正面辺りで上がっているような気がする。
さらに言えば、なんだか地響きがして大きな何かがすごいスピードで走ってきているような気もする。
「レリィ君。なんだか今、目の前に赤い鱗が見えた気がする……」
「うん。僕も見えたと思う」
「レリィ君。あんなに大きくて赤い鱗で金色の目で鋭い牙を持った生き物がそこにいる気がする……」
「うん。僕もいると思う」
「レリィ君。私、これを知っている気がする」
「うん。僕もシーナさんは知っていると思う」
やっぱりか。このテラス窓から首を突っ込み、目の前で地獄の門が開いたような鳴き声を上げているる、この恐ろしい生き物はやっぱりあれか。私の天敵。二度と乗りたくない、あれか。
「なんで……?」
轟く悲鳴。ばしーんばしーんと振られるしっぽ。破壊される石畳。尖った爪で掴まれた宿屋の窓枠。そして窓から突っ込まれた首と頭。その大きな口からはングガォングガォと恐ろしい声が響いていた。
「……ギャブッシュ」
獰猛な不機嫌ドラゴンだ!






