りんごのパンケーキ~ミルクジェラートを添えて~
そんなわけで、計量なんだけど……
「はかるものがほとんどないんだよね」
そう。今回手がかからない。
安心安全、簡単! これを使うのだ!
「ホットケーキミックス!」
いつものパッケージを開けながら、にんまりと笑う。
――ホットケーキミックス。
それは魔法の粉。
各企業の努力によって、お菓子作りに必要な材料が絶妙な割合で配合されているサイエンス。
パッケージ裏に書いてあるとおりに作れば、誰でもおいしくふんわりのホットケーキが作れてしまう。
昔は種類も少なかったが、今ではたくさんの種類があり、砂糖がしっかりと入った甘めのタイプやあまり砂糖の入っていないタイプもある。
バターミルクパウダーが入りコクを増やしたものや、油分も加えてさらにふんわりサックリを目指しているものなどさまざまだ。
今回、私が使うのは、日本ではパンケーキと呼ばれている、砂糖が少なめのものを作るタイプのやつ。
しっかり甘いのもおいしいけれど、甘すぎるといつも同じ味になってしまうので、いろいろなアレンジがしやすいので、私はこちらを愛用している。
というわけで、金属のボウルにホットケーキミックスを投入。
今回はたっぷり8~10枚ぐらいを作れる量にする。
牛乳を計量して、あとはこれと卵と牛乳を混ぜて焼けば、おいしいパンケーキができるんだけど……。
「今日はりんごでアレンジしよう」
そう。今日作るのはただのパンケーキではない。
簡単だけど、おいしく豪華。そんなデザートを目指す。
計量を終えた材料を一度、調理台の隅に避ける。
そして、さっきポイント交換をした赤く熟れたりんごを手に取った。
今回は皮つきにしたいので、デトックスウォーターを作ったときと同じように、丁寧にりんご水洗いし、さらに塩でも洗っていく。
「よし。じゃあ薄切りにして……」
そうして、きれいになったりんごは四等分にしたあと芯を取り、1~2mmの縦の薄切りにしていった。
ここだけは少しめんどくさいけれど、これを丁寧にするとできあがりの見た目に差が出るのだ。
こつこつとりんごを切り終えれば、あとは焼くだけ!
「大きいフライパンで一気に!」
小さいのをいっぱい作って積み重ねるのはとってもかわいい。
小さくて分厚いやつもいい。
スフレタイプの卵をメレンゲにするやつも口どけが最高だ。
が、私は大きいフライパンしか持っていない。
そして、小さくきれいな丸のパンケーキを作るにはセルクルという底がない型があるといいんだけど、それもない。
なので、今回目指すのは大きくって厚めのパンケーキ。
まずはいつもの大きめのフライパンを電熱器で温めていく。
その間にホットケーキミックスと牛乳と卵を泡だて器で混ぜ合わせていけば、フライパンがちょうどよく熱されているという具合だ。
「混ぜたら、次は濡れ布巾を作って……」
しっかりと混ぜ合わせた生地を置き、きれいに畳まれた布巾を一枚手にした。
この布巾もいつも台所がきれいに戻してくれる、本当にありがたい仕様のやつだ。
そして、それを水で濡らし、調理台に広げた。
そこにしっかりと熱されたフライパンを乗せれば――
――ジュジュウゥッ
「いい音……」
熱くなったフライパンが濡れ布巾に触れると、そこからじゅぅっと音が鳴る。
この作業はフライパン全体を温めながらも、生地の当たる面の温度を下げるためにする。
フライパン全体を温めておかないとふっくらとしたパンケーキにならないし、かといってそのままにすると、すぐに焦げてしまうからだ。
そうして、温度を下げたあと、もう一度電熱器に戻し、そこへ冷蔵庫から出したバターを。
バターはあっという間に溶けていくので、焦げるないうちに、生地をすべて注ぎ入れる。
たっぷりの生地が大きなフライパン全体に広がっていく。
とろりとろり、たぷん。
すべて注げば、フライパンの中の生地はそこそこの厚みになった。
「さて、次はりんごを並べて、と」
そうして、フライパンに流し込まれた生地の表面に薄切りにしたりんごを並べていく。
並べ方は少しずつ端を重ねながら放射線状に。
表面すべてをりんごで覆うようにするために、一重の円ではなく、二重の円にした。
そうすれば、りんごがきれいに花が咲いたような形になるのだ。
「あとは蓋をしてじっくり待つ」
厚めの生地は中まで火が通るように、蓋をして、弱火で蒸し焼きにしていく。
一般的には裏返してから、さらに焼くので、だいたい半分ずつ火が通ればいい。
けれど、今回はりんごを並べたので、この最初の面を焼く時間を長く取らなくてはならないのだ。
生地をたっぷり入れたので、火が通るのは時間がかかるが、ここは少し我慢。
その間に次に使うものの準備をしたり、冷蔵庫に戻したりと片づけをすれば、そろそろ時間だ。
「よし」
ひとり頷いて、フライパンの蓋を開ける。
そこにはふわぁと湯気を立てたふっくらとしたパンケーキ。
生だったときと比べると二倍ほどに厚みを増したパンケーキ。
りんごの隙間から見える生地はじっくりと火を通したおかげで、すでに生ではなくしっとりと焼き上がっている。
そして、りんごには少しだけ火が通り、しんなりとしていた。
リンゴは焼き上がる前の生地に並べていたので、今では膨らんだ生地に取り込まれ、少しだけ生地に埋め込まれているような形だ。
「ひっくり返す!」
そう。しっかり火が通ったとは言っても、りんごの部分にもっと火を入れたい。
それにはやはり生地をひっくり返すしかないんだけど……。
でっでででー、でっでででー、でっでででー、でっでででー
聞こえてくる、あのテーマ。
ミッションがインポッシブルなあの曲!
こういう作業をするときに自然に頭に流れるやつ!
このパンケーキだけど、普通にひっくり返そうと思うと、難しく思えるのだ。
まず、パンケーキが大きいから、一つしかないフライ返しではやわらかなパンケーキが崩れてしまう可能性がある。
さらに、フライパンいっぱいに使っているから、ひっくり返すときに余剰分がなく、きっかりとした目測が必要になってしまう。
ミッションがインポッシブル!
特殊作戦です!
「……まあ、蓋があればそんな心配はないんだけどね」
うん。そうなの。
蓋をしてね、フライパンをひっくり返すとね、蓋の上にパンケーキが乗るからね。
あとは滑らせて、フライパンに戻せば、ほぼ失敗しない。
はい。BGMオフ。ポッシブル、ポッシブル。
というわけで、フライパンの蓋にはきれいに焼き上がったパンケーキ。
ずっしりと重いそれを片手で支えながら、もう片方の手でフライパンを電熱器に戻し、さらにそこに待ち時間にはかっておいた、バターとグラニュー糖を入れた。
ジュジュッとバターの溶ける音。
そこにグラニュー糖を入れて、フライ返しで鍋肌を擦るようにしていけば、こんがりと色がつき、すこし粘りも出てきて……。
「キャラメルってなんでこんなにいい匂いなんだろ……」
鼻腔に広がるこの香り。
あまくってこうばしくって……。
これだけで、ごくりと喉が鳴ってしまうよね……。
「あとはここにパンケーキを戻して……」
りんごの面が下になったパンケーキを蓋から滑らせながらフライパンに戻す。
すると、キャラメルとりんごから出た水分が混ざり、さらにおいしさが増していくのだ。
想像してみよう。
甘くてバターの香りがふんわり。
そこにりんごの甘酸っぱさが加わったその味を……。
「これはまずい」
まずい。
おいしいに違いないのがまずい。
喉のごくりが止まらない。
そうして、喉を何度も鳴らして。
焦げすぎないように気を付けながらも、しっかりと水分を飛ばして。
最後は焼き上がったパンケーキをりんごの面が上になるようにフライパンから大きなまな板にひっくり返せば……
「りんごのパンケーキ!」
ふっかふかの厚めの生地。
そこに乗ったりんごはキャラメリゼをされて茶色くパリパリになっていた。
「おいしそう……あちっ、あちっ」
しみじみと呟く。
そして、熱さと戦いながら包丁で四分割にした。
本当は冷えてから切ったほうがきれいに切れるんだけど、パンケーキはあつあつで食べたいもんね。
すると、台所がいつものスパダリ感でお皿を三つ用意してくれたので、それぞれに移していく。
私が四分の一。レリィ君が四分の一。
そして、ハストさんは四分の一が二枚で、ちょうど半分の量だ。
おやつにしては多くなってしまったけれど、きっとハストさんならぺろりと平らげてしまうだろう。
……多くないですか? って聞いて。
そうしたら、ハストさんはなんて答えるだろう。
きっと、無表情に『問題ありません』って答えるんだろうけど、その水色の目はきらきらと輝いているはずだ。
そんなハストさんの顔を考えると、頬が勝手にゆるんできて――。
「いや、にやけてないで仕上げ仕上げ」
そう。にやけている場合ではない。
なにせ、あつあつのうちにやらなければならない作業があるのだ。
雑念を払うように首を振り、さっき作ったミルクジェラートを冷凍庫から取り出す。
そして、台所が出してくれた大きなスプーンですくって、それをパンケーキの上へ乗せた。
あっつあつのパンケーキに乗ったジェラートは瞬く間に溶けていく。
さあ、これで完成!
――りんごのパンケーキ、ミルクジェラート添え!
「『できあがり』!」






