ドラゴン酔い
みんなに別れを告げた後、おそるおそるドラゴンへと乗り込む。
ドラゴンは先日の鳥型魔獣より一回り大きく、乗馬をするときに使うような鞍と鐙が首の付け根に取り付けてあった。
そして、背中にはゾウが人を乗せるために使うような、鞍と輿の合いの子のようなものがつけてある。四、五人で乗れそうだ。
空の上はとても寒いということで、毛皮を着こみ、フードをすっぽりと被る。
手袋もしっかりとした革製のものをつければ、地上にいるときは暑いぐらいだった。
そうして、ゼズグラッドさんは首の付け根に。
私とハストさん、レリィ君はドラゴンの背中側へと乗り、飛び立ったんだけど――。
「シーナ様。大丈夫ですか?」
ぐわんぐわんと回る頭にハストさんの低く落ち着いた声が遠くから響く。
いや、実際は頭上すぐから聞こえているんだけど、なんだか耳がキーンと鳴って、声が布三枚越しから聞こえているような感じなのだ。
「シーナさん、気持ち悪い? 顔が真っ青だ」
「けっ。こんなことで酔うなんて弱すぎるだろ」
気遣うレリィ君と呆れたようなゼズグラッドさんの声。
それもキーンという耳鳴りの向こうから響いている。
そう! 私は! めちゃくちゃ酔っている! ドラゴンに!
「木陰で少し休みましょう。 レリィ、毛皮を持ってくれ」
「うん」
ハストさんが木陰に向かって歩き出すと、私の体も一緒に揺れる。
ドラゴンとは違い、その揺れは気持ち悪くない。
むしろ、背中に回ったたくましい手と膝を支えてくれる優しい手はとても心強かった。
「……ハストさん、すみません」
「いえ。今のシーナ様は歩くのもつらいか、と」
「はい……」
……うん。ドラゴンでぐでぐでに酔った私は、その背中から一人で下りることもできず、こうしてハストさんに抱き上げられ、運ばれているわけですね。
非常に申し訳ない。
でも、申し訳ない気持ちはあるが、気持ちが悪い。動きたくない。もうこのまま寝ていたい。目を開けたくない。
人は体調が悪いとき、申し訳なさや恥ずかしさなど忘れる。羞恥心? 知らない子ですね。
そうしてハストさんに木陰まで運んでもらい、レリィ君が草の上に毛皮を広げる。
そこにそっと寝かせてもらえれば、少しだけ楽になった。
さらにレリィ君がそっと頭を持ち上げ、水を口元に近付けてくれるから、ゆっくりと飲んでいく。
そうやって私が休んでいる間に、ハストさんとゼズグラッドさんの話を始めた。
「シーナ様が思ったよりも疲れている」
「けっ。弱すぎるだろ。俺もギャブッシュもまだ飛べるぞ。見ろよ、お前らのために飛んでやってるのにすぐに休みを入れたからギャブッシュはイラついていんだよ」
ゼズグラッドさんの声にそうだそうだ、と加勢するようにドラゴンをしっぽを左右に揺らし、ビターン、バシーンと地面に叩きつける。
えぐれる草。耕される大地。こわい。
ゼズグラッドさんの話を聞くに、この不機嫌イライラドラゴンの名前が『ギャブッシュ』なのだろう。
うん。ギャーギャーと恐ろしい声で鳴きそうないい名前……! こわい。
「ゼズやギャブッシュがイラつこうとどうでもいい。予定を変える」
「けっ」
据わった目のゼズグラッドさんやグルルと低い音を出しながらしっぽで地面を畑に変えていくドラゴン――ギャブッシュにまったくひるまないハストさん。つよい。
そんなハストさんにゼズグラッドさんはふいっと目をそらすと、苛立たし気に言葉を続けた。
「今日は昼過ぎまで飛んで、一時間休憩して、その後夕方までに北の騎士団に到着予定だったのに」
「へ……」
その言葉に思わず目を開けて、ゼズグラッドさんのほうを見る。
そんな私にゼズグラッドさんはまたけっ、と吐き捨てた。
「昼休憩以外は北の騎士団まで飛び続ける予定だったんだよ。俺もギャブッシュもそれぐらいの力がある。それを、こんな一時間飛んで一時間休憩なんてことしてたら今日中につかない」
「え、いや……それ、本当に無理です……」
無理。絶対無理。
一時間飛んだだけでこんなにしんどいのに、基本的には飛び続けるとか……。
これは国際線の飛行機。ちょっと東京から大阪へ飛びますね。じゃない。圧倒的なニューヨークまで飛んでしまう感……!
もちろん、飛行機とドラゴンだと飛行機のほうが早いと思う。
だから、飛行距離は東京―ニューヨーク間に比べれば長くないはずだけど、それでも王宮と北の騎士団はそれなりに離れているようだ。
「そんな長時間乗ったら、たぶん体の水分が全部なくなります……」
涙とか冷や汗とか……あとは吐き気とか、いろいろ……。
先を思い、更に青くなる私。
そんな私を見つめ、レリィ君がうっとりと微笑んだ。
「シーナさん、大丈夫。シーナさんのは全部、僕が中で受け止めるから」
……語弊。
正確に言えば『シーナさんの(吐いたもの)は全部、僕が(輿の)中で(なにかの容器で)受け止めるから』だよね……。
いや、それもいやだな……。ドラゴンもうやだな……。
「とりあえず、昼過ぎを目指し、中間地点の街へ。そこで一泊する」
「……わかったよ」
もうなにもかもいやになるぐったりと目を閉じる。
そうこうしているうちにハストさんとゼズグラッドさんの会話は終わったようだ。
一日飛び続ける予定が、半日へと変わった。休憩も一時間に一回は取ってもらえる。
それでも、やっぱり私の体調は優れないままで、中間地点の街へ着き、宿屋へと移動した頃には私の魂は抜けていた……。
そして、宿屋の一室で昼食も取らずに眠る。
睡眠をしっかり取ったおやつ時。
ようやく私の体調は復活した。
「シーナ様、体調はどうですか?」
「はい、ご心配かけました。今はもう大丈夫です」
「今日はこのままここに泊まる予定なので、ゆっくりしてください」
目を覚ました私の部屋へとハストさんとレリィ君が来てくれ、これからの話をする。
ゼズグラッドさんとドラゴンのギャブッシュは街に入らず、近くの草原にいるらしい。
明日もドラゴンに乗るのは憂鬱だが、とりあえず今日は苦行は終了。
良かった、と息を吐くと、レリィ君が心配そうに私を見上げた。
「シーナさんがこんなに体調が悪くなるなんて思わなくて……。ゆっくりでも馬車にすればよかったね」
「いや、私もこんなに乗り物に酔ったのは初めてで、わからなかったから」
そう。車も電車も飛行機も大丈夫だった。
たぶん、ドラゴンが羽を動かす度に上下に揺れるのが合わないんだと思う。
――明日は仕方がない。
明日は死ぬ気で乗る。
――でも、私はもう二度とドラゴンに乗らない!
「あ、シーナさん、おなか空いてない?」
一人決意をし、拳を握っていると、レリィ君がごはんの心配をしてくれる。
そういえば、お昼は食べなかったので、体調が戻った今は、空いていると言えば空いているかもしれない。
「なにか用意しましょうか?」
ハストさんがすかさず手配してくれようとするけれど、それには首を横に振って答える。
そして、水色の目と若葉色の目ににんまりと笑いかけた。
「ちょっとおやつ作ってきます」
「おやつ?」
「はい。台所で。ハストさんとレリィ君も良かったら」
私の言葉に水色の目と若葉色の目がきらきらと輝く。
「ぜひ」
「うん! 僕も食べたい!」
その輝きが嬉しくて、緩んだ頬がもっと緩んでしまった。
「じゃあ、行ってきますね。『台所召喚』!」
ドラゴン酔いを吹き飛ばす、ふわっふわのおやつを作る!






