まーくん
北の騎士団への出発の朝。
アッシュさんやK Biheiブラザーズのみんなに見送られながら、騎士団の訓練場へと立っていた。
そう。訓練場。
そこから北の騎士団へと出発するからだ。
どうやって行くか。その交通手段が今、目の前にいた。
「……でかい」
目の前にででんとそびえるその巨体に思わず声が漏れる。
大きな体は赤い鱗に覆われている。
目は鋭く金色でまっすぐに縦に避けた瞳孔がぎらぎらと光っていた。
前足と後ろ足のついている鉤爪は銀色に鈍く輝き、時折、グルルルと警戒音のようなものを出す口からは鋭く尖った牙が。
背中から生える羽は今は畳まれているが、開けばとても大きくなるだろう。
「……ドラゴンか」
その姿に呆然と呟く。
……いるんだなぁ、本当に。
すごく凶暴です! っていう鼻息とその牙の見せ具合。
明らかに不本意そうだよねぇ……。
「シーナ様。こちらが移動に使うドラゴンです」
正直、ドラゴンはちょっとこわい。猛獣感がある。
でも、こんなのここにいても大丈夫なのかっていうような不機嫌なドラゴンを前にしても、ハストさんは右手でドラゴンを指しながら、なんてことないことのように紹介してくれた。
さすが、ハストさん。揺るがない。
ちなみにハストさんが『イサライ様』呼びから『シーナ』様呼びになったのは、みんなでお別れ地鶏パーティーをした後、残った鶏でシチューを作ったとき。
これまでのお礼をしようと作ったんだけど、そこでハストさんが私を何度も氷漬けにしたあげく、名前を呼ぶことを許して欲しい、と言われたのだ。
思い出すも氷漬け。
語るも氷漬けの事件だった……。
そのことを考えると心がピキピキピキと音を立てるので、そっとスルー。
大丈夫。名前を呼ぶのはレリィ君も一緒だから、なんにも問題ない。
「そして、こっちが竜騎士のゼズグラッドです」
そんな私にハストさんが新しい人物を紹介してくれる。
「シーナ・イサライです。この度はよろしくおねがいします」
なので、私も初対面としておかしくないように挨拶をしてみたんだけど……。
「けっ、俺はよろしくなんかしたくなかったんだよ!」
返ってきたのはどこぞの反抗期の少年のような言葉。
その言葉に凪いでいく心を感じながら、目の前の人物を観察する。
まず目につくのはその真っ赤な髪。波立つそれは背中のあたりまで伸ばされて、とてもワイルドな感じだ。
そして、次に印象に残るのはその金色の目。不機嫌そうに細められたその目は表現するのなら、据わっているというような感じだろう。
服装は黒地に赤の装飾が施されたもので、とても似合ってはいる。
身長も高く、ハストさんとおなじぐらいあるし、その不機嫌そうな感じがなくなればイケメンなんだろうなぁとは思うけど……。
「……見た目の年齢の割に言動が若いですね」
「あぁ!?」
ぼそりと呟いた言葉は聞こえていたようで、顔を近づけてギンッと睨まれた。
高い身長、ちょっとザラついた声。
鋭い金色の目で睨まれれば、女性であれば怖いと思う。
でも、私は怖くなくて……。
「従弟のまーくんに似てます」
「は?」
目の前にある不機嫌な顔がぽかんとした顔に変わった。
そして、隣にいたハストさんがそっと私に言葉をかける。
「まーくんとは?」
「あ、十個下の従弟なんです。いつもけっけって言いながら生きてて、私を見るといつも文句をつけてくるんですけど、最終的に一緒にごはんを食べると大人しくなるんですよね」
ハストさんの質問に答えながらありし日のまーくんを思い出す。
あれは私が新入社員で働き始めたとき。
一人暮らしを始めて、料理をするようになったから、小学六年生のまーくんに卵焼きを作ったのだ。
甘いのにするかしょっぱいのにするか、そんな話をして、結局両方作ったんだけど、どちらもおいしそうに食べてくれたなぁ……。
「……まーくん」
懐かしくなって、目の前の金色の目を見上げて、大きくなったねぇと名前を呼ぶ。
するとその金色の目はあっという間に離れて行き……。
「……っ! まーくんじゃねぇ!」
そうか。違うのか。
私より十個下のまーくんじゃないのか。
「俺はもう三十だ!」
「え」
「本気でびっくりした顔してんじゃねぇ!」
だって、思ったよりも年齢が上だった。
ハストさんよりは下だけど、私より年上だ。
「いいか! とにかく俺は本当はここを離れたくなかったんだ! 仕方なくついていくだけだからな!」
「ゼズ。それをシーナ様に言ってどうする。お前が役目を与えられたことが不満なのであれば、上へ言うべきであり、シーナ様にそれを言うのはお門違いだ」
「うん。ゼズさんってちょっとおかしいよね」
吠えるゼズグラッドさんとにハストさんが正論を突きつけ、レリィ君が天使の笑顔でなじる。
それに対し、ゼズグラッドさんはうぐぐと呻いた。
「シーナ様、申し訳ありません。ゼズは男兄弟で育ち、口が悪いのです。ただスキル『竜騎士』を持っており、ドラゴンを従わせることができる」
「『竜騎士』ですか」
「はい。竜は人間には懐きません。それと意思を介し、やりとりのできるスキルが『竜騎士』です。他にもいるのですが、竜騎士団は東に拠点を構えており、ここにいるのはゼズだけなのです」
「そうだ……俺は竜騎士団から聖女様を……シズクを守るように言われてきたんだよ! 俺は! シズクのそばにいてやりたかったんだよ!」
しずく。
それは聖女である女子高生の名前だ。
……あ。そういえば、前に女子高生を目撃した裏庭にはたくさんのイケメンがいたけれど、赤い髪のイケメンもいた気がする。
そうか。それはゼズグラッドさんだったのか。
なるほど、と一人納得していると、ゼズグラッドさんは金色の目をすこしだけ揺らして呟いた。
「俺は……シズクを妹のように大切に思ってるんだ」
その本心から出たであろう言葉になんとなく空気が少し重くなって……。
私はうんうんと頷いて、言葉を発した。
「――犯罪の匂いがしますね」
その言葉に金色の目がキッと吊り上がる。
「どこがだよ! しんみりした空気で何言ってんだよ! 妹だって言ってんだろ!」
「いや、しかし妹のように思っていた気持ちがいつの間にか育っていくのが定番なのでは。そしてそれは私の国では年齢差とか学生とか条例的な色々があり、私の心は犯罪の匂いを感じ取りました」
語気を強めるゼズグラッドさんに私は真剣なまなざしでゆっくりと頷く。
そんな私にゼズグラッドさんはけっと吐き捨てた後、ビシッと私の左腕を指差した。
「お前だっておかしいだろ!」
ゼズグラッドさんの指の先。そこにいるのはレリィ君。
そう。私の左腕にヒシッとくっつき、腕を絡め、時折こちらをうっとりと見上げるレリィ君。
うっ……頭が……。
でも……これは……そう……。
「おとう、とだから」
そう。いいんだ。
「じゃあ、いもうともいっか」
いっか。
もうやめよ。この話、やめよ。
「やめましょう。この話は闇が深い」
「深くない! 少なくとも俺は深くない!」
さぁ。私は見送りに来てくれたみんなに挨拶をしなきゃ。
レリィ君、ちょっと待っててね。
「アッシュさん、今までありがとうございました」
今日も紺色の騎士服をきっちりと着こんで、皮のブーツもピカピカに磨き上げてくれている。
その心が嬉しくて、お礼を言えば、アッシュさんはしっかりと頷いてくれた。
「なにかあればいつでも呼べ。私たちはどこへでも駆けつける」
みんなが一様に姿勢を正して、私をまっすぐに見てくれる。
それにまた胸が熱くなって……。
「おい! 聞いてるか! 俺の話、聞いてるのか!」
おっと、副音声が。
これは聞かなかったことにして……。
「はい。ありがとうございます。……がんばってきます!」
「ああ! 行ってこい!」
笑顔で告げれば、アッシュさんもははって笑いながら返してくれる。
K Biheiブラザーズのみんなも、口々にいろいろと激を飛ばしてくれるから、それに手を振って返した。
「おい! なに感動的な別れ方してんだよ! 俺を見ろ! 俺の話を聞け!」
副音声がオフにならない。
アッシュさんにも副音声は聞こえているだろうが、持ち前の高笑いですべてをなかったことにしてくれた。
そして、そんな私たちを見て、ハストさんとレリィ君は二人で話しているようで……。
「よかった。ゼズさんは気難しいからどうかと思ったけど、大丈夫そうだね」
「ああ。ゼズがもう懐いている。さすがシーナ様だな」
懐くとは。






