地鶏のローストチキン
目からハイライトが消えていく。
人は光を浴びすぎると闇が濃くなる生き物なのだ、きっと。
「おい! イサライ・シーナ! 次は?」
そんな私に次の作業の指示を要求するアッシュさん。
うん。本当にはりきってる。そうだね。今、大好きな草を入れたところだもんね。そうね……。
なので、その声に答えるように、ぎゅっと抱き付いているなにかを意識の外へと追い出し、無になって続きを見せていく。
「では、野菜が出てこないように木の串で穴をじぐざぐと縫ってください。こんな感じです」
そうして指示をすれば、みんな一様に木の串を持ち、丸鶏に木の串を刺していく。
この木の串はハストさんがスキルが作ってくれたもので、とても使いやすい。要はつまようじなんだけど、先がすごく鋭く研がれているから、簡単にお肉に刺さるのだ。
「これで下ごしらえは終わりです」
そう。下ごしらえはたったこれだけ。基本的には塩で味をつけて、野菜を詰めただけだ。
でも、地鶏の旨味と野菜の甘味、それを炭火で焼けば、それだけで絶対においしいから!
そう! 今日は丸鶏をそのまま野外で焼く、地鶏パーティー!
「下ごしらえができたら鍋におねがいします。鍋は重いので気を付けてくださいね」
できた丸鶏を用意していた黒く光る鋳物の鍋に入れていく。
これも料理長が貸してくれた。
ちょうど丸鶏が一羽ずつ入るサイズで、しっかりと手入れされたそれはダッチオーブンと呼ばれるものだ。
それを七つも貸してもらった。本当にありがたい。
そして、その鍋を見るとにやにやと口元が緩んでしまって……。
「ああ……黒くてかっこいい……」
うん。この鍋、すごくかっこいい。
消えたハイライトが戻ってくる。
ダッチオーブンはきちんと手入れをしないと錆びやすいから、手軽に使い続けられるものではない。
でも、その分、育てていく喜びがあり、愛着を持てる鍋でもある。
料理長から貸してもらったのは、いわゆるブラックポットと呼ばれるもので、黒く輝いたそれは長年に渡り愛情を持って使われてきた証だ。
今回はそれを使わせてもらっているので、大切に扱わければならない。
そして、なによりも、この鍋を使えば、おいしくなるに決まっている。そんなの、にやにやするに決まっている。
「草だけじゃなく鉄も好きなのか?」
そんな私に正面から声をかけてくるアッシュさん。
いや、草が好きなのはアッシュさんだし、私が好きなのは鉄ではなく鍋です。
「あ、火の用意、大丈夫でした?」
そういえば、と声をかけると、アッシュさんはふふんと胸を張った。
「ああ。どこかの犬が大量に王宮の木を切り倒して魔獣に刺したせいで、木材があふれていたからな。それを組んでこれから燃やすところだ」
「僕が火をつけるから、見ててねシーナさん」
「うん」
胸の辺りで聞こえる明るい声にとりあえず頷いて返す。その足元に怨嗟の表情で私を見つめる深緑色の目があった気がするが、たぶんまぼろし。
「それじゃあ、鍋に入れたらあとは焼くだけなので、ここを少し片付けてから、火をお願いします」
そうしてみんなの作業が終わり、片付けも済めば、ついに着火!
私としてはちょっとしたたき火を囲んで鶏を焼きながら、ゆっくりと語らう……みたいなパーティーを想像していたんだけど……。
目の前にあるのはやぐらだった。
うん。やぐら。
木材を組み合わせ、二階建ての詰所より高いやぐらが組まれている。
そこにレリィ君がはりきって青い火を向ければ、たき火というか火の祭り。ほぼ火事。
これはどうするんだろう……と遠い目になったが、レリィ君が火力を調整して、すぐにに燃やし尽してくれた。残ったのはとってもいい感じの炭火。いわゆる熾火になっている。
真っ白な表面だけど、内部はしっかりと赤い。煙もほとんど出ておらず、調理には最適だ。
「シーナさん、できたよ」
誇らしげなレリィ君。
……さよなら、ゆるやかな語らい。
さよなら、火を囲んでお互いのことを語り合う、あたたかくもほっこりする時間。
思ってたのとは違うけれど、レリィ君のスキルはやっぱりすごい。
そんなわけで、さっそく、鍋を炭火の上に置いていく。
七つ全部置いた後、鍋の蓋の上にも炭火を乗せる。こうして上からと下からと焼いていけるのがダッチオーブンのいいところ!
焼き時間は一時間半ぐらい。みんなでわいわいと話していれば、その時間はあっという間だった。
焼き上がったダッチオーブンを大きなテーブルに移動して、ミトンをはめた手で蓋の取っ手を持つ。
「よし! イサライ・シーナ! 開けてみろ!」
「はい」
アッシュさんに言われて、ダッチオーブンの蓋を開ける。
すると蓋を開けた瞬間、鶏の焼けた良い匂いとハーブの食欲をそそる匂いがあふれてきて……。
「……おいしそう」
表面の皮にはしっかり焦げ目がつき、その身はつやっと光っている。おなかに入れた野菜やきのこにも火は通っていそうだ。
うん! 完成!
――地鶏のローストチキン!
「できあがり!」
私が声を上げれば、釣られるようにみんなも声を上げる。
「すごい! とってもおいしそうだね!」
「はは! 具を詰めて焼いただけなのにこんなにうまくできるのか!」
「では、イサライ様、取り分けます」
おいしそうなチキンに目を奪われていると、ハストさんが器用にサーバー用のナイフとフォークを使って、鍋からチキンを取り出す。そして、手際よく解体してくれる。
なんでも、こちらではこういうのの取り分けは男性の仕事らしい。
アッシュさんやK Biheiブラザーズのみんなもそれぞれお皿に取り出して、上手に解体していた。
「イサライ様、こちらを」
そう言ってハストさんが差し出してくれたのは、チキンの一番いい場所。骨付きのもも肉だ。野菜やきのこもバランスよく乗っていて、とってもおいしそう。
それを受け取り、テーブルと共に外へ持ち出していた椅子に座る。そして、みんなにチキンが行き渡るのを待ってから、一緒に食べ始めた。
一応、ナイフやフォークも用意されていたけれど、私はもも肉の骨の部分を手で持つ。
そして、皮のパリッとしたところを、その身と一緒にがぶっとかじった。
その途端に広がる旨味の詰まった肉汁。
やっぱり地鶏だから、肉はしっかりと噛みごたえがある。でも、それは固いというのとはまた違って……。
「……うまい」
隣で聞こえるいつもの声。そして、今日はさらにたくさんの声も上がる。
「シーナさん! とってもおいしいよ!」
「なんだこの鶏は! すごく味がいいな!」
みんなのびっくりしている顔がたまらなく嬉しい。
「やっぱり地鶏は最高ですね」
だから、そんなみんなににんまり笑って返す。
しっかりと締まったお肉に味の濃い皮。そして、染み出る肉汁はおいしいのひとこと!
そして、一緒に焼いた野菜ときのこもとってもおいしい。それぞれの風味に鶏の旨味が加わって最高!
本当においしい。
みんなで同じものを食べて、一緒に笑っているともっとおいしくなってくる。
そうして、みんなで食べながら、気になっていたことを最後に。
「あ、スラスターさん、聖女様のこと、おねがいしますね」
レリィ君の隣に座る人物に声をかける。さっきまではずっと地面にいたが、ようやく椅子に座ったのだ。
そんな私の言葉にスラスターさんはとくに感情を感じさせず、さらっと答えを返した。
「聖女様。シズク様のことですか」
「あ、しずくっていう名前なんですね」
初めて知った。どうやら女子高生の名前は『しずく』というらしい。
かわいい雰囲気でとても似合っていると思う。
「私が王宮にいたからと言ってなにかできたわけでもないし、これからもできるわけでもないんですけど、北の騎士団に行ってしまえば本当に会うことはできないと思うので」
そう。これからはこっそりと伺うことすらもできないから。
「……向こうはあなたを忘れているかもしれないのに。お優しいことですね」
そんな私の言葉にスラスターさんは冷たく言葉を返す。
すると、レリィ君がスラスターさんをじっと見つめた。
若葉色の目と日の光にきらりと輝く青い髪が本当に美少年。
「兄さん」
「ああ! レリィ! どうした? もっとチキンを細かくしようか?」
スラスターさんの兄らしい気遣い。
でもレリィ君はゴミを見る目でぺっと吐き捨てた。
「シーナさんがおねがいって言ったんだから、はいって答えればいいんだよ」
「はい。聖女様のことはお任せください」
今日も二秒ですべてが解決。
兄弟とは。
兄弟愛とは。
まあ、でも、これでひとまずは安心だ。
「北の騎士団、とっても楽しみです」
兄弟のやりとりを見ながら、隣をそっと見上げる。
そこには優しい水色の目があって……。
「はい。私もイサライ様がいることがうれしいです」






