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どこからなにがこぼれるのか

 とりあえず、レリィ君の染まった頬を見てぴゃっと体を退ける。

 そして、冷静にみんなの顔を見回した。


「さて、この塩はおなかの中にも塗ってください」


 なにもない。なにもおきなかった。

 だから私は無になって、次の作業を指示していく。


「塩が終わったら、にんにくもすりこみます。にんにくは皮を剥いて半分に切ってください。断面を鶏にすりつけます」


 見本を見せるようににんにくをひとかけ取り、その作業をする。

 包丁やまな板なんかも料理長が貸してくれたので、みんな一斉に同じ作業をしても安心だ。


「にんにくもおなかの中にすりつけてくださいね。あと、そのにんにくは使うので取っておいてください」

「料理というのはおかしなものだな。これを塗るだけで味が変わるのか?」


 アッシュさんはやれやれと言いながら、それでも言った通りに割と丁寧に作業をしている。

 それはK Biheiブラザーズのみんなも同じで、やれにんにくの皮が剥きにくいだの、やれにんにくを横半分じゃなくて縦半分にしてしまっただの。わいわい言いながら作業をしていて、なんだかんだ楽しそうだ。

 そして、みんなの作業を見ながら、頃合いを見て、次の作業を指示していく。


「では、にんにくが終わったら、次はおなかの中に、野菜ときのこを入れていきます」


 そんな私の指示にレリィ君が不思議そうにぱちりと目を瞬かせた。


「鶏と野菜を鍋に入れて、一緒に煮込むわけじゃないの?」

「うん。丸鶏のおなかの中に具材を入れるとね、中に入れたものが蒸し焼きみたいになって、すごくおいしくなるんだ。鶏には野菜の風味が。野菜には鶏の旨味が移るから」


 その言葉にレリィ君はわぁと感心したように声を上げた。

 すると、今まで黙々と作業をしていたハストさんがぼそりと呟いて……。


「……それは楽しみですね」


 落ち着いた低い声。でも、それはなにかを期待するように少しだけ弾んでいる。

 きっと私の話を聞いて、味を想像したんだと思う。

 レリィ君とは反対側の隣に立つハストさんの水色の目がきらきらと輝いた。

 その目に思わず口元が緩んでしまう。そして、それを治すために一度、口をイーッと横に引き伸ばした。


「おいイサライ・シーナ。変な顔をしてないで、次は何をするんだ?」


 そんな私にアッシュさんが声をかける。

 ……確かに変な顔をした自覚はある。

 なので、文句は言わず、次の作業の指示へ。


「野菜ですが、これは一口サイズに切ってください。たまねぎは皮を剥いて、くし形に。にんじんはしっかり洗って、泥と薄い皮は取ってあるので、そのまま切っても大丈夫です。セロリは茎の部分を使うので、こうやって……」


 話をしながら、セロリを茎と葉に分かれている部分でポキっと折る。そして、葉の部分をすーっと茎の部分へと下ろしていくと茎に縦に入っている筋が一緒に取れていき……。


「おお……」


 アッシュさんやK Biheiブラザースが思わず、と言ったように声を上げる。

 そう。セロリの筋取りはね、ちょっとすごいよね。なんてことないけど、なんかすごいよね。


「もしうまく筋が取れなくても、あとで包丁で取れるので、問題ないですから。あと、きのこは適度な大きさに分けてください」


 そうして、私の作業を見終わると、それぞれがまた作業に取りかかる。

 みんな、セロリを折りたいようで、あっちでポキっ、こっちでポキっ。俺のほうがたくさん筋が取れただの、俺のほうがきれいだの、わいわいとしている。


「……ハストさん、上手ですね」


 そうして、みんなの作業を見ていたんだけど、ハストさんの作業が早い。

 たまねぎもきれいなくし形だしセロリの筋取りも上手。

 みんなと違って黙々と作業をしていることも関係あるだろうが、なんだか調理自体に慣れているような感じだ。

 あっという間に野菜のカットを終えて、包丁をまな板に置くと、ハストさんは話を始めた。


「北の騎士団は食事が当番制なのです」

「あ、そうなんですね」

「はい。ここのように専任の料理人がいるわけではありません。近くの村の女性たちを雇い、洗濯などは頼んでいますが、彼女たちは家族のものを作る必要があるので、食事を頼むことはできないのです」

「なるほど」


 そういえば、ハストさんは北の騎士団はこことは違うと言っていた。魔獣を相手にするところだから、由緒正しい騎士には厭われている、と。

 だから、そういうところもこことは違うことがたくさんあるのだろう。


「じゃあ、私もお手伝いできるかもしれませんね」


 水色の目を見上げて、にんまりと笑った。


「ここは専任の料理人がいらっしゃるから、そこに入るのは迷惑だし、失礼かな、と思ってあんまり行けなかったんですよね。でも、当番制なら、私が厨房に入っても大丈夫かもしれません」


 そう。ここではただ部屋にいるか、ハーブの世話をするぐらいしかできなかった。

 でも、北の騎士団では違うかもしれない。

 魔獣のいる森に近づくのだから、危険なことはいっぱいあるだろう。でも、その場所を想像するとなんだかわくわくしてきて……。


「……楽しいことがいっぱいあるといいな」


 小さく呟く。すると、腰の辺りがぎゅうっと締め付けられて――


「シーナさん。僕が守るから!」


 驚いて目線を下げれば、そこにあるのは若葉色の輝く目。

 レリィ君は離さない、というようにぎゅうぎゅうと私に抱きついてくる。


「レリィ君、ちょっと待って……ほら、おなかの中に野菜を入れないと……」


 うっと息を詰めながらも、なんとか手を動かし、レリィ君に見本を見せる。

 ほら、こうやってね、丸鶏のおなかにね、一口大に切った野菜を入れてね。きのこも入れてね。にんにくとローズマリーやタイムなどのハーブも入れて……。


「ん……でも、今は無理だよ」


 必死に。それはもう必死に手を動かす私に、レリィ君は無情にもうっとりと笑った。


「僕のおなかの中はシーナさんでいっぱいで、動くとこぼれちゃうから」


 語弊。

 語弊オブ語弊。


 いっぱいになるのは胸。おなかではない。

 そして、気持ちは動いたからといってこぼれたりはしない。決して。


「ハストさぁん……」


 たすけて……私の心のやわらかいところが……。

 そう思って、水色の目をすがるように見上げる。すると、その水色の目には熱があって……。


「私も。必ずあなたを守ります」


 まっすぐな水色の目。じっと私を見つめる熱いその色。


 ……いま、守って。

 語弊から守って……。

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