OK! スラスターさん
更新遅くなり申し訳ありません。
名前を少し変えましたスラスト→スラスター
これからもがんばりますので、よろしくお願いします。
みんなの前で抱き上げられるという恐ろしい体験の後、王宮は急ピッチで片付けられ、私はハストさんと一緒に北の騎士団へ行くことになった。
本当ならさまざまな手続きがあるんだろうけど、それも問題はない。
『オーケー、スラスターさん。北の騎士団への行き方』
と呪文を唱えれば、すべてはなんとかなる。
『ヘイ、スラスターさん! 北の騎士団 行き方』
の呪文も使える。互換性がある。
そんな便利なスラスターさんだけど、レリィ君と離れるのがつらいらしく、何度もレリィ君にすがりついていた。
部屋のソファに座る私とその腕に絡まっているレリィ君。まあいつもの光景だ。
おと、うとだからね。
そして、兄であるスラスターさんはレリィ君の足元に侍りながら、私には一瞥もくれない。これもいつもの光景。
スラスターさんはレリィ君の膝の辺りをすーはーすーはーと胸いっぱいに吸い込んでいる。こわい。時々、レリィ君に蹴られてるのにまったく気にしていないところが更にこわい。そんな兄弟がすでに私の日常に組み込まれていることはもっとこわい。全体的にこわい。
「ヴォルヴィはここにいることがおかしかった。早く北へ帰ればいい。あなたも今のところはまだ自由です。多少の首輪はつけますが、基本的には好きにしてくださって結構」
そんなスラスターさんに北の騎士団行きのことを話すと、即了承された。
うん。深緑色の目がね、消えろ、ドブネズミ! って言ってるね。
そして、そんなスラスターさんにレリィ君はなんでもないことのように言い放った。
「あ、兄さん、僕も行くからね」
「……え?」
「シーナさんが行くなら、僕も行く。シーナさんは僕のはじめての人なんだから」
語弊。
まっすぐな瞳で語弊。
もう恒例になってしまった語弊だけど、今回はスラスターさんにとっては受け入れられないものだったようで……。
それまですーはーすーはーしていた至福の顔は一気に変貌した。
曰く、一日一回はレリィ君を吸わないと禁断症状が出るだとか、男だらけの騎士団に行ったらレリィ君が辱しめられるだとか。子ウサギが狼の群れの中に……! だとか。
全体的にあれだが、その弟を思う気持ちは本当らしい。でも、そんな兄の心配に対して、レリィ君は気持ち悪い、とバッサリ。
そして、最終的には「僕の言うことを聞くの?聞かないの?」とゴミを見る目になり、スラスターさんは二秒で「聞く!」と元気に返事をしていた。
兄弟とは。
兄弟愛とは。
まあ、そんなわけで私たちの北の騎士団への移動は概ね問題なく了承され、今日は今までお世話になった人とお別れ会のようなものをすることになったのだ。
場所はお馴染みの騎士団の訓練場。
私とハストさん。レリィ君にスラスターさん。そして、アッシュさんやK Biheiブラザーズのみんなで一緒に。
訓練場に持ち出した大きなテーブルに各々が集まっている。そして、その前にはまな板と包丁。
そう! 今日はみんなでごはんを作るのだ!
「では、手洗いも終わったので、早速作業に入りますね」
「はい。準備はできております」
私の言葉にハストさんがテーブルを指す。
そこにはにんじん、たまねぎ、セロリ、マッシュルームなどのきのこ、にんにく、ハーブ。そして、中央には布がかけられたこんもりとしたふくらみがあった。
「イサライ・シーナ! まずはなにからするんだ!」
私の声にしっかりと腕まくりまでしたアッシュさんがははは! と高笑いを上げる。
うん。最初に計画を話したときはなんだそれは! と言っていたが、結構乗り気である。そして、それにつられるようにK Biheiブラザーズもしっかりと腕まくり。
「シーナさんと一緒に料理ができるなんて……」
そして、私の隣でうっとりと目を細めるレリィ君はあざとくもピンクのフリルエプロンをつけている。大変目に良くない。
「ああ! 私の子ウサギ! エプロン姿もなんてかわいらしい……! ああ……この、きらめきの中に淡く感じるときめきのなんというかぐわしさ……!」
そんなレリィ君の足元に縋りつく男性。いつも通りのきっちりした貴族服は膝が土で汚れている。
レリィ君との別れが迫った昨今。スラスターさんはすべての対外的姿勢を放棄した。誰に見られてもかまわない。ずっと嗅いでいたい、と。
というわけで、今回も手伝うつもりがまったくない。
まあ許可をもぎ取ってきたのは彼だから、彼の役目はすでに終わったんだろう。
なので、それは見なかったことにして、こほんと一つ咳払い。
「では、さっそく。今日、みなさんに使ってもらうメイン食材はこれです!」
でーでっでーでっでーでっでっででー!
心の中で音を流しながら、テーブルの中央にかかっていた布をザッっと手元に引き寄せた。
するとそこからはどどん! と食材が現れて――
「地鶏!」
大げさに。そしてはっきりと!
丁寧に下処理をされたそれはしっかりとした皮で覆われている。
その身には張りがあり、とくにももの部分は大きく、胸も大きく膨らんでいた。
そう! これはあの地鶏!
魔獣から私の包丁(聖剣)で変化したあの地鶏! コッコッと鳴いていたあの地鶏なのだ!
おいしくいただきます。
「イサライ・シーナ! これは……」
「はい。王宮にいたのを捕まえてもらって、料理長に下処理を頼んでおきました」
きれいに羽を取り、内臓が抜かれている地鶏だが、さすがに私には生きている鶏を下処理をする技術はない。だからどうしようかな、と思っていると、料理長が声をかけてくれたのだ。
いつもハーブの世話をしてるんだから、それぐらいはやらせろ、と。
本当にありがたい限りだ。
そんな下処理をされた地鶏、こうなると丸鶏という呼び方がわかりやすいかな。それを見て、レリィ君がこてりと首を傾けた。
「シーナさん、これはこのまま使うの?」
「うん。何品か作ろうかと思ったんだけど、人数が多いから一品をたくさん作って、みんなでわいわい食べたほうがいいかなって」
「いいと思う! なんだか豪華な感じになるもんね」
ピンクのフリルエプロンをふわりと揺らし、レリィ君が嬉しそうに笑う。
そんなレリィ君のそばで、ああかぐわしい、ああかぐわしいと呟く人がいるが、きっとまぼろしである。
「では、さっそくなんですが、みなさん手元に一羽ずつ取ってください」
私の合図で、それぞれが一羽ずつ丸鶏を手元に取る。
全部で七羽いたが、一緒に作業をすればあっという間に作業も終わるだろう。
「まずは塩をすりこみます」
わかりやすいようにみんなに説明をしながら、右手で塩をつかみ、それを丸鶏にまんべんなくつけていく。
みんなも私の作業を見ながら、それぞれ手元にある丸鶏に塩をすりつけていった。
「おい! これはどれぐらいつけるんだ?」
向かい側から聞こえる声にそちらを見ればアッシュさんが塩を前にうーんと唸っている。
「そうですね。今回はタレに漬けこんだりはしないので、しっかりつけて欲しいです」
「これぐらい?」
そんなアッシュさんの声に答えれば、隣にいたレリィ君が塩をてのひらに乗せて、分量を見せてくる。
だいたいそれぐらいで大丈夫なので、うん、と頷いて、その手に私の手を寄せた。
「まずはこうやって全体に振ってね……その後でこんな感じで塩をすりつけていく感じ」
アッシュさんにもわかりやすいようにレリィ君の後ろに周り、その手を支えて、一緒に作業をする。
塩をすりつけるところは、レリィ君のてのひらの上に私のてのひらを乗せて、ゆっくりと撫でる感じに……。
「……シーナさんが手取り足取り」
ぼそりと呟かれた言葉。そして、よく見ればレリィ君の頬は桃色に染まっていて……。
ちがう。
ちがうよ。
確かに手は取った。
でもね、足は取ってない。
それをできるのはレリィ君のお兄さんぐらい。私にはできない。
人前で足を取っても大丈夫。
そう、スラスターさんならね。






