包丁のひみつ
回復した金髪剃り込みアシメがすぐに状況を確認して、怪我人は十名。全員警備兵だとわかった。
王宮の避難はハストさんやスラストさんのおかげで、かなり素早くできたらしい。
だから、けが人は最後まで王宮にいた警備兵で、それも落石によるものだけだった。
金髪剃り込みアシメが魔獣と対峙してしまったのは例外。
魔獣は今もハストさんが一人で相手をしているようだ。
今はレリィ君も援護に向かっているはず。
全員にデトックスウォーターが行き渡るように二度ほど台所に戻り、デトックスウォーターを作る。一度に四つ作れるので、それを三回繰り返したので計十二個作ることになった。
そして、そこから怪我人である警備兵十人に渡せば、手元には二つ残る。
……うん。行こう。
黒いもやが出て、きらきらと輝くK Biheiブラザーズを見ながら、心を決める。
ハストさんが強いのは知っている。レリィ君のスキルもきっと強い。
でも、やっぱり心配だ。
ハストさんとレリィ君に料理を届けたい。
――すぐに治せるように。
――もっと力が出せるように。
なので、K Biheiブラザーズが治ったのを見届け、こっそりとその場を離れた。
左手にはデトックスウォーター二つ。そして、右手にはハストさんの作ってくれた包丁!
……ほら、丸腰だとちょっとこわいし。
後ろから「待て!」という声が聞こえた気がしたけれど、それは聞かなかったことにして、木の陰に隠れながら進んで行く。
空を見上げれば、まだ影はたくさんあって、一か所に群がっているように見えた。
きっと、そこにハストさんとレリィ君がいるんだと思う。
そうして、魔獣がいるほうへと向かえば、そこはいつも訓練している警備兵の詰所だ。
王宮の奥にあるそこで、ハストさんとレリィ君は魔獣を迎え撃っているらしい。
そして、私はそこに広がる光景を見て、思わず呟いた。
「これはひどい」
ひどい。
魔獣が死屍累々。
幸いなことに、魔獣には『血液』というものはないようで、大きな体がどすんと落ちているだけ。
もし、これで血液どばぁっとなっていたら、ここはもう川ができていたと思う。
あっちの魔獣には首がないし、こっちの魔獣は黒焦げ。さらに串刺しはりつけ状態の魔獣がごろごろいる。ごろごろ。
……うん。この木の棒が突き刺さっている感じ、とても見覚えがあるね。
それをしたであろう人の姿を空を見上げて探す。
すると、その人は思ってもみない場所にいて……。
「……魔獣に乗ってる」
そう。翼を動かし高く舞い上がる魔獣の背にハストさんが乗っていた。
魔獣の大きさはけっこう差があるけれど、今ハストさんが乗っているのは羽を広げれば、こじんまりとした一戸建てぐらいの大きさがある。4LDK+ウォークインクローゼットって感じ。
褐色の羽毛に覆われた魔獣は背に乗るハストさんを振り落とし、攻撃を加えるために首を曲げる。
けれど、その錆色の目はハストさんを見ることはなくて……。
「……わぁすたーんって」
首がね。すたぁーんって。
ハストさん、背中に乗ったまま魔獣の首を落とした……。
当たり前だけど、魔獣は力をなくして地面に落ちていく。
でも、ハストさんは次の魔獣へと狙いを定めるとその魔獣に向かって大きく跳躍した。
「……なるほど。落ちる前に次の魔獣に乗れば、永遠に空の上ってことか」
そして、また首がすたぁーん。
落ちる前にぴょーん。
そして、すたぁーん。
ぴょーん。
すたぁーん。
ぴょーん。
「これがくんれんでえられる」
ひとり、空を見上げて戦慄く。
いつぞや、ハストさんが口にした言葉を思い出したのだ。
『コツさえ掴めば、魔獣も一撃で屠れるようになるかと』
私が訓練したらこうなるの……?
ほんとうにいちげきでほふってる……。
「シーナさん!」
目の前に広がる惨劇に淡く笑えば、少し遠くからレリィ君の声がした。
そちらを見ればレリィ君が私を見ながら、ちょうど魔獣に向かって炎を放つところだった。
レリィ君の右手に青く揺らめくものが巻き付いている。
そして、その右手で魔獣を指差せば、その青が魔獣の体に乗り移って……。
……うん。ウェルダン。よく焼き。
どうやら、あちらこちらにある黒焦げ魔獣はレリィ君がやったようだ。
炎が青いのはそれだけ温度が高いからだろう。
ガスの火などと同じように、たぶん赤やオレンジの火よりも高温なんだと思う。
すごく強いスキル。だからこそレリィ君はそれに命を脅かされていた。
それが、今では自由自在に操れている。
「シーナさん、どうしてこっちに?」
「警備兵の人たちは元気になったから、二人にと思ったんだけど……」
走ってくるレリィ君に左手で持っていたデトックスウォーターを見せる。
するとレリィ君は魔獣との戦いの中とは思えないくらい、うっとりと笑った。
「僕のはじめて、だ」
語弊。
「って、レリィ君! 後ろ!」
うっとりと笑うレリィ君の後方から迫る魔獣。
上空から急降下してきたようで、足についた鋭い鉤爪をまっすぐにレリィ君に向けていた。
焦って思わず包丁を魔獣に向けた私とは対照的に、レリィ君は落ち着いてその右手に巻き付く青い炎を魔獣に向けた。
けれど――
「え」
「……え?」
急降下してきたアフリカゾウぐらいの大きさの魔獣。
それがなぜかきらきらと輝く。
そして、その身から光があふれ出した。
まぶしくて目を細めれば、光の中で魔獣の体がぐんぐんと小さくなっていくのがわかる。
その光はパンッと弾けるように消えると、その後には茶褐色の両手で抱えられるくらいのものだけが残った。
「これは――」
いきなりのことにレリィ君はその場から動けずパチパチと瞬きをしている。
けれど、私はその現れた姿を前にごくりと喉を鳴らした。
「――地鶏」
「……じどり?」
レリィ君の不思議そうな声にこくと頷く。
そう。そこにいるのは紛れもない地鶏……! コッコッと鳴きながら、あっちに歩いてる……!
一般的に日本で食べられる鶏はブロイラーと呼ばれるものだ。
ぎゅうぎゅうに押し込まれた工場内で日夜ごはんを食べ続け、あっという間に大きくなる。
それも十分おいしいが、地鶏というのはブランドで飼育環境からきちんとした決まりごとがあるのだ。
だから、厳密に言えば地鶏じゃないかもしれないが、そこにいる茶褐色の体を持つ鶏は地鶏の風貌をしていた。
茶色の羽毛は毛ヅヤがよく、しっかりと生えそろっている。
とさかも健康的な赤色。黒い瞳は光を反射しきらっと輝いた。
そして、なによりもその肉付き! しっかりと運動し鍛えたももはふっくらとしていて力強く、胸は大きく張り出していた。
――まさに地鶏!
「今、シーナさんがその包丁を向けると、魔獣が変化したよね?」
「……うん」
そう。包丁がなんか光ってた。
包丁を魔獣に向けると、包丁がきらって光って、それから魔獣の体が一気に輝いたように思う。
「魔獣は元々はただの動物だったんだ。でも、瘴気に飲まれて体が変化してしまう。生命の輪から外れたものだから、血は出ないんだ。一度、生命の輪から外れたものはもう戻れない。正確には魔獣化したときに命は終わってる」
「……これってすごいこと?」
「うん。伝説になると思う」
……伝説!
作ったときに過った一抹の不安。
それは切れすぎたらどうしよう? だった。
でも、ちゃんと包丁だった。今日この日まで、金髪剃り込みアシメが材料を提供し、ハストさんが作ってくれた包丁は紛れもなく包丁だった。
でも、今はなんだかちょっと違う。なにかちょっと違う。
包丁をじっと見て動けなくなった私。
でも、レリィ君はそんな私を崖から突き落とすように、若葉色の目をきらきらさせた。
「聖剣だね」
「せいけん」
私は 魔獣が地鶏に変わる聖剣 を 手に入れた!






