合法的な草
台所へと行き、まずはポイント交換。
レモン、オレンジ、洋梨、ミネラルウォーター!
そう。作るのはデトックスウォーター。レリィ君に作ったのと同じものだ。
違う料理でも効能は一緒だと思うけど、今は確実な成果が欲しい。
台所が白く光り、いつも通り、調理台の上にポイント交換したものが現れる。
素早くそちらに移動すると、果物を流しに入れた。まずは塩洗い!
「あー、狭いっ。一度には作れないか……」
さっき見た感じだと、王宮のホールには怪我人が十人ぐらいいた。
できれば、一気に作って全員に渡したかったが、この狭い台所では無理そうだ。
とりあえず、作れるだけ作って、何度か行ったり来たりしよう。
「まずは四つかな」
デトックスウォーターひとつにつき四分の一の果物を入れる。なので、四つのデトックスウォーターを作ると無駄がない。
それを呟くと台所が承知した、とばかりに四つのガラス瓶を調理台の上に出してくれた。
「本当にありがとう!」
いつもいつもすごすぎる。
神でスパダリ……。石油王かな……。
そうして口を動かしながらも、手は止めない。
レリィ君のときはガラス瓶の煮沸消毒もしたし、果物の皮についた農薬やワックスなどを除去できれば、と茹でこぼしもしたけれど、今日は時間がない。
なので、果物を塩で洗いながらも、蛇口のハンドルを一番熱いところにして、出しっぱなしにする。
そして、だいたい五十度ぐらいだと思われるお湯で塩洗いした果物の塩を落とした。ついでに今朝摘んでおいたハーブもつけておけばシャキッと元気になる。
必殺・五十度洗い。
よくわからないけれど、葉物がパリッとする。
温度が低くなると雑菌が湧きやすくなるらしいので注意。
そうしてすこしほっかりとした果物とハーブを敷いていた布巾に乗せる。
ざざっと水分を拭けば、後はカットして瓶に詰めるだけだ。
果物を詰めた後にハーブも入れて、はちみつをスプーン一杯と塩を少々。そこにミネラルウォーターをたっぷりと注いだ。
「よし」
丁寧さは足りない。
レモンの輪切りはちょっと太くなってしまったし、オレンジの種も入ってしまった。
でも、今、必要なのは丁寧さではなく迅速さだから。
急いでガラス瓶に蓋をし、それを持ってバタバタと冷蔵庫に向かう。
そして、四つのガラス瓶を無理やりに冷蔵庫に入れれば、あとはドアをぱたんと閉じるだけ!
「おいしくなぁれ」
一応、呪文を唱えて、ドアを開ける。
そこにはきらきらと輝くデトックスウォーター。
「『できあがり』!」
四つのガラス瓶を持ち、その言葉を唱えれば、あっという間に王宮のホールに戻ってきた。
私が現れたのは台所に行く前と同じ場所。金髪剃り込みアシメの枕元だ。
「うわぁっ! 本当に戻ってきた!」
「驚かせてすみません。スキルなんで気にしないでください」
うん。突然に人が消えて現れたらそりゃ驚く。
でも、今はすべてを受け入れて。受け流して。
「これ、症状の重篤な方から配ってもらっていいですか。あとでみなさんのは作りますので」
「……これはなんですか?」
目を大きくするK Biheiブラザーズになんでもないことのように振舞い、手に持っていたガラス瓶を三つ渡す。
K Biheiブラザーズは受け取りながらも目を白黒とさせていた。
「これは――」
「これは?」
「これは――」
……なんと言えばわかってもらえるだろうか。
デトックスウォーターって言われても意味が分からないよね。
かといってレリィ君の言っていたような聖水ではないし、魔法でもなければ薬でもないし。
K Biheiブラザーズが私を伺うように見る。
私はその目をまっすぐに見つめると、力強く頷いた。
「――飲むと元気になる、合法的なものです」
「……え」
……自分でもちょっと怪しいかなと思った。
合法的とか付け加えたせいで、より怪しい感じになったな、と思った。
でも、今はすべてを受け入れて。受け流して。
「うまく説明はできないんですが、実際に見てもらったほうが早いです。まずは彼に飲んでもらいましょう」
K Biheiブラザーズから金髪剃り込みアシメへと視線を移し、よいしょと頭を持ち上げる。
……たぶん、痛い。
いや、もしかしたらもう痛くないかもしれない。
まだ温かい体にほっとするけれど、その弱い息遣いにおなかは冷えていく。
だから、それを吹き飛ばすように。
おなかに力を込めて、精いっぱい声を上げた。
「アッシュ!」
金髪剃り込みアシメの名前。
みんなにそう呼ばれて、金茶の髪を自慢げに風にそよがせていた。
「アシュクロード!」
名前なんて呼んだことなかったけど――。
――でも、今は全力で。
すると、今まで変わらなかった表情がやっと動く。
眉間にしわが寄って……ほんの少しだけど、髪と同色の金茶の目が開いて……。
「……う、る……さいぞ、田舎も、の」
掠れた声。
いつも通りの憎まれ口。
「あなたの大好きな草料理を作ったので食べて下さい」
「草が……好きな……お前だ……ろう」
いやいや。あなたでしょ。
「しんどいと思いますけど、一口だけでも飲み込んでみて下さいね」
まだ飲み込める力があるのか……。
わからない。
でも、少し話すことができたから、きっとまだ希望はある。
だから、手に持っていたガラス瓶を開けて、慎重に口元へと運んだ。
むせないように。
一滴でも体に入れば、きっとなんとかなるはず……。
けれど、やっぱりうまく飲みこめなくて、口からデトックスウォーターが零れてしまう。
「……ちょっと無理やりにしますね」
その様子を見て、心を決めた。
「苦しくても、我慢!」
ぐいっと口を開けさせ、そこにデトックスウォーターを注ぐ。
そして、急いでその口を無理やり閉じて、ぎゅうっと頭ごと胸の辺りで抱え込んだ。
「飲んだら楽になりますよ!」
たぶん、今、彼は溺れている。
胸の辺りでむぐっとか聞こえて、弱々しく暴れている気配があるし。
満身創痍で更に溺れるなんて災難だけど、少しでも飲みこめればきっと全部治るから大丈夫!
そして、そのおかげか、体から黒いもやが噴き出してきて――。
「……っ! これは……っ!」
「いったい何を――っ」
周りにいたK Biheiブラザーズの焦った声がする。
でも、それをかき消すように黒いもやは空気の溶けていき、代わりにきらきらと光が輝いた。
そして――
「っお、い! おい! 田舎者!」
抱え込んでいた頭からきぃきぃと怒鳴る声。
「怪我人には優しくしろ! これだから田舎者は!」
いつも通りの声にそばにいたK Biheiブラザーズがわっと沸く。
私は彼らと入れ違いになるように、金髪剃り込みアシメから離れた。
「大丈夫ですか?」
「痛みはっ!?」
「痛み……。ああ、そういえばないな」
「ない?」
金髪剃り込みアシメが首を傾げながら答える。
すると、K Biheiブラザーズが金髪剃り込みアシメに巻き付けていた真っ赤に染まった布を取っていく。すると、そこから現れたのはざっくりと破られた服とその下にある染み一つない肌。うん。案外、筋肉がある。
「……傷がない」
「そんな……」
絶句するK Biheiブラザーズ。
私はその傷跡は見ていないけれど、この服の様子を見るに、たぶんザックリいっていたのだろう。
それが今ではまったくその名残はない。
レリィ君の体を治すことはできたが、実際に傷に効くにかどうかは未検証だった。
だから不安もあったけれど、さすが私のスキル。傷にもよく効く!
「お前がやったのか……?」
金髪剃り込みアシメの金茶の目が驚いたように私を見る。
だから、それに頷いて答えた。
「今はとりあえず怪我が治ると思って下さい。私のスキルでここにいる方に同じものを作ります。ここにあと三つあるので、早く重篤な方へお願いします。残りもすぐに作ってきます」
「……そうだな。今はそれが重要だな」
私について聞きたいことは色々あると思う。
でも、金髪剃り込みアシメはそれを言葉にはせず、そばにいたK Biheiブラザーズに指示をしていく。
そして、K Biheiブラザーズは三つのデトックスウォーターを持って怪我人のもとへと向かった。
「私は状況を把握する。怪我人の数がわかれば伝えればいいか?」
「はい。お願いします」
金髪剃り込みアシメは立ち上がると、自分の体を確かめるように視線を送り、手を握ったり足を動かしたりしている。
不思議そうなその様子がなんだかおかしい。
「私の草料理、おいしいですか?」
草、大好きだもんね。
なので、にんまりと笑って声をかけると――
「ま、あまあだな」
ふんっと鼻を鳴らして答えた。






