美少年のはじめて
私のスキルを知る人が増えた。
さらに、料理を食べてもらったことでポイントも増えた。
やはり私の料理は誰かに食べてもらうとポイントがもらえるようだ。
レリィ君にデトックスウォーターを飲んでもらった後、台所に確認しに行くと、液晶にはこう表示されていた。
『美少年のはじめて 2000ポイント』。
語弊。
とりあえず、スキルは引き続き、秘匿していくことになったので、生活に変わりはない。
だけど、一つだけ大きく変わったことがある。
ふと気づけば、レリィ君が王宮へと移り住んでいたのだ。
私の部屋、ごはんを食べる部屋、そして、レリィ君の部屋と配置され、当然のように一緒に生活を送っている。
……お、とうとだから。
そう。おとうとだから。
レリィ君のことは次期宰相であり、それなりに権力を持つスラストさんがいろいろと便宜を図っているらしい。
うん、権力ってなんでも叶うのね。
なので、ついでにその権力で私の外出許可も取ってきてもらうことにした。
ハストさんと市場に行こうと言っていたのだが、なかなか外出許可が下りなかったのだ。
それがスラストさんに言えば、即座に。正しく言えば、レリィ君がゴミを見るような目でスラストさんに意見すれば、二秒で外出許可が出た。
そんなわけで、今日はこれからようやく市場に行ける!
朝からなんだかそわそわして、にやにやしてしまう。
市場へは朝の日課を終えたあとで行く予定なので、今はレリィ君と一緒にハーブの世話の真っ最中だ。
そして、少し遠くに見える訓練場ではK Biheiブラザーズとハストさんが訓練をしている。
この訓練、最初とはまったく雰囲気が違う。
最初は嫌がっていただけのK Biheiブラザーズが変わってきていて……。
「なんか目が輝いているな」
そう。なんだかきらきらしてる。
初めはてんでばらばらにハストさんに向かって行ってただけなのに、今では陣形のようなものを組んだり、作戦を立てているようにも見えた。
K Biheiブラザーズは毎日ぼこぼこにしてくるハストさんをなんとか倒すためにあの手この手を考えているらしい。そして、それがしっかりと訓練になっている。
「……すごい」
いつだってハストさんは強い。
でも、それだけじゃなくて、倒した後になにか助言のようなものをしているようだ。
で、それを聞いたK Biheiブラザーズはそれを意識しながら、もう一度ハストさんに向かって行く。
金髪剃り込みアシメも後ろからだけど、なんだかんだ指示しているみたい。
あれがダメならこれも。これがダメならそれも。
試行錯誤がわかるし、だんだんそれが楽しくなってきたんだろう。
そして、その光景を私は何度か見たことがあって……。
「部活っぽい」
そう。すごくそういう雰囲気がある。
朝の空気感によりきらきらが増しているように感じた。
「ぶかつ?」
私の呟きに隣で作業をしていたレリィ君が若葉色の目を瞬かせる。
私はそれに微笑んで答えた。
「うん。……なんだかみんな楽しそうだなって」
ハストさんの冷静な声と金髪剃り込みアシメの激を飛ばす声。土に汚れながらも何度も立ち上がり、ハストさんに向かって行くK Biheiブラザーズの姿はちょっと感動する。
レリィ君は私の言葉に作業していた手を止め、訓練場のほうを見た。
「……警備兵のお兄さんたちもいろいろあるみたいだよ。騎士団所属といっても、近衛兵や聖女様の特務隊とは差が付けられているから」
「そうなんだ……」
同じ王宮で働く騎士でも、待遇に差がある。
警備兵の主な仕事は立番だから、問題が起こらない限り、体を動かしたり、なにかしたりするわけではない。
そんな日々の中、こうして目的を持って、体を動かすのは楽しかったのだろう。
「あ、終わりみたいだよ」
「本当だね。私たちも終わりにしようか」
「うん!」
今日は大きくなっていたハーブの枝を切り、新しく新芽が出やすいように思い切って小さくした。
いわゆる切り戻しという作業だったので、収穫したハーブはいつもより多く、かごは青々とした葉でいっぱいだ。
そのかごを持ち、訓練を終えたハストさんたちの元へと歩いていく。
「おっ今日は豊作だな」
「イサライさーん……ちょっとは手加減するように伝えてくださいよー……いてぇ」
「ははは! 今日も草か!! 草! はは!」
かごを持つ私にK Biheiブラザーズが声をかけてくれる。
これまではあまり関わりもなく、なんとなく警備されているような気がしないでもない、ぐらいだったが、少しずつ打ち解けてきたのだ。
最後の高笑いだけはいつも高笑いだけど。
「今日は市場に行くらしいな! まさかその草を売りにでも行くのか!」
「この草に合う食材を見に行くんです」
「やっぱり草がらみか! はは!」
うん。今日も元気なHA。隣でハストさんが少しずつ寒くなっている。
金髪剃り込みアシメはそれに気づいていないけれど、K Biheiブラザーズはそれに気づいたようで、誤魔化すように、私へと言葉をかけた。
「あ、ああ! 市場に行くんですか?」
「はい。ここに来てからどこにも行けなかったので」
そう。今までは王宮から出られなかったけれど、今日からは違う! 外に出られる!
嬉しくて、うきうきと笑って返すと、K Biheiブラザーズは顔を見合わせ、どこかバツが悪そうに声を落とした。
「あー……すまない」
「……その節は申し訳ありません」
「悪かったな。俺達が考えなしだった」
K Biheiブラザーズに口々に謝られる。
どうやら、初めのころの態度について、謝ってくれているらしい。
一人が謝り始めると、俺も俺も、とそれが広がっていく。
でも、自分が落ちぶれ令嬢だと思われていることは知っているし、さらにこんなにたくさんの人に一度に謝られたことはないので、正直どうしていいかわからない。
すると、レリィ君が困ったように首を傾けた。
「なぁに? お兄さんたち、シーナさんに悪いことしたの?」
かわいらしい顔。
かわいらしい仕草。
まさに美少年!
「……階級と名前と犯した罪を僕に教えてよ」
いけない。美少年がゴミを見るような目に……。
「あ、時間だ」
「時間だな」
「時間、時間」
その変貌になにかを感じ取ったらしいブラザーズたちはサッと解散していく。
けれど、金髪剃り込みアシメはなにも感じ取っていないようで、そこに残ったままだった。
「王都の市場はかなり発展している。田舎とは比べものにならないぞ!」
「はぁ」
「お前には想像もできないだろうが、人であふれている」
「へぇ」
「お前ではうまくできないことだらけだろうな!」
「ほぉ」
「田舎者のお前が周りに迷惑をかけないよう、私が仕事の合間を縫って――」
金髪剃り込みアシメがなぜか胸を張り私を見る。
しかし、その言葉は最後まで発せられることはなく、代わりに石壁へと木の棒が深々と突き刺さった。
「我々が付いていますので、ご心配なく」
「ひぃ」
北極ハストさんがギロリと目を動かすと、金髪剃り込みアシメは足を縺れさせながら詰所へと帰っていく。
青い空。白い雲・突き刺さった木の棒と、金髪剃り込みアシメの悲鳴。
うん。今日も平和だ……。
そうして朝の日課を終え、ついに市場へ出発!
レリィ君と馬車に乗り込み、道を行く。
王宮と市場とは少し離れていて、馬車で近くまで行ってから、歩いて市場を回るらしい。
ハストさんは馬車ではなく、違う馬に乗り、並走していた。
「シーナさん、うれしそうだね」
「そう?」
「うん。口元がふわふわしてる」
レリィ君の言葉にぎゅっと唇を噛んで、口元の緩みを直そうとするんだけど、やっぱり勝手に顔が笑ってきてしまう。
順調に進む馬車。ガタゴトという音とともに私の胸も弾んでいく。
けれど、それは続かなくて、しばらく行ったところで馬車がゆっくりと止まった。
「……あれ? 市場はまだだと思うけど」
「そうなの?」
私には王宮から市場までの正確な距離がわからないのだけど、レリィ君の顔を見るに、市場についたわけではないらしい。
なんでだろう、と二人で顔を見合わせると、コンコンとノックが鳴り、レリィ君がいそいで馬車の窓を開けた。
「ヴォルさんどうしたの?」
「……嫌な予感がする」
そこには馬に乗ったまま、じっと王宮がある辺りの空を見上げるハストさんがいて……。
「イサライ様、申し訳ありません。市場はまた次の機会に」
「え」
「レリィ。私は王宮へ戻る」
いつも無表情なハストさんだけど、なんだか今は怖いくらいにピリピリとしている。
レリィ君はそんなハストさんの様子を見て、即座に真剣な顔に変わった。
「わかりました」
「レリィ。判断は任せる。しばらく様子を見て王宮のほうが安全だと思えば帰ってこい。帰らないほうが良ければこのまま行け」
「はい」
いつもとは違う二人のやりとり。
普段は面倒見のいい兄とやんちゃな弟のような関係なのに、今は上下関係が見える。
そんな二人の様子に、私も引っ張られるように顔を引き締めた。
……私にはなにもわからない。
わからないけれど、ハストさんの緊張感を見れば、何かが起こるのは間違いなくて……。
「なにかあれば王都の屋敷に避難します。そこも危険なら違う領地へ。伝手はあります」
「ああ」
レリィ君の言葉にハストさんが頷く。
そして、ハストさんは私に目礼をすると、馬を駆り、元来た道を戻っていった。
さっきまで喜びで弾んでいた胸が、今は違う音で支配される。
レリィ君はじっとハストさんの去っていったほうを見たまま、動かない。
しんと静まり返った馬車には私の胸のどくどくという音だけが響いているような気がする。
「なにかな、あれ」
レリィ君の見ている方角を見れば、そこにあるのは王宮。
王宮の上に広がる空は青く、さっきみたのと変わらない。
けれど、その向こうに小さな黒い影が見えた。
その影はどんどん大きくなり、数もたくさんあるようで……。
「……魔獣だ」
レリィ君の口から、小さく言葉が漏れた。