ビフォーアフター
ハストさんへの差し入れを持ち、足取りも軽く、騎士団の詰所へと向かう。
ふわふわした心のまま、右手に触れるのはよく冷えたガラス瓶。
その冷たさに、勝手に頬が緩んできて……。
……そう。私、なんかにやついてた。
間違いない。
けれど、目の前に突如現れた光景にそれはあっという間に吹き飛んで――。
「え」
――なんということでしょう。
ここは騎士団の詰所近くの人通りの少ない通路。
左右を石壁に挟まれた薄暗いそこは、部屋に帰るときに通った時は何の変哲もない空間だった。
それが今では大変身!
「っどうしたの?」
男の子が苦しそうに胸を抑え、座り込んでいるではありませんか!
劇的です。ビフォーアフターしてます!
「大丈夫?」
慌てて駆け寄れば、その子は苦しそうに顔を歪めながらも、私の顔を必死に見返してきた。
その子の歳は中学生ぐらい。さらさらの青い髪に若葉色の目をしている。
その顔は苦しそうだけど、すっごく美しい。かわいいというか美しい。
まさに紅顔の美少年。なんか発光してる。
「あ、えっと。あ――、そうだ。うん。どこが苦しい? 人を呼んで来ようか?」
あまりの輝きに思わず戸惑ってしまったが、今はそれどころじゃない。
なんとか平静を保ち、隣に屈みこみながら声をかける。
すると、美少年は苦し気に。けれど、しっかりと首を横に振った。
「ひとは……っ呼ば、ないで」
「いや、でも……」
「だい、じょうぶ。じびょう、だから」
「持病?」
「いつもの、ことなんだ。……っ少し経てば、治まるから」
そんな美少年の言葉に思わず黙ってしまう。
いや、だって、人を呼ぶなって……。
普通なら、絶対に人を呼ぶべきだ。でも、持病で、この症状が初めてではなく、美少年が対応を知っているのならば、美少年の言うことを聞くべきだろう。
けれど、かなり苦しそうで……。
もしこれが持病なのだとしても、こんな状態なら、絶対に人を呼んだほうがいいと思う。
私に医学知識はないし、この世界の病気はわからないけれど、なにもせず耐えるだけ。しかもこんな薄暗い通路にいるだなんて、絶対に良くない。
だから、やはり、人を呼びに行こうと立ち上がろうとしたんだけど、美少年がぎゅっと私の服を掴んできて――
「お、ねがい」
「でも」
「これ、治るものじゃないんだ……ここでも、ベッドでも、変わらな、い。でも、知られたら、もうここには来れ、ない」
「……うん」
「おねが、い」
私を掴む手。必死に私を見上げる目。
それが私の決意を揺らがせて――
「……わかった」
立ち上がろうとした体勢を戻し、美少年の横へと座り込む。
美少年の若葉色の目が不安そうに揺れていたので、その目を見返して、ゆっくりと言葉を告げた。
「もし、苦しくなるようならすぐに言って。もっと悪くなるようなら、人を呼びにいくから」
「は、い……」
「ほら。手を離して、私にもたれていいよ。楽な姿勢になって」
「あ、りがとう」
美少年の隣に座り、その体を引き寄せる。
さっきまで必死な顔をしていた、美少年はまだ苦しそうではあったけど、安心したように目を閉じた。
「体、熱いね」
そうして美少年に寄り添ってわかったのは、その体の熱さ。
よく見れば、額にはじんわりと汗をかいており、体温が高くなっているようだ。
「いやだったら言ってね」
なので、ひとこと断ってから、そっとその額に私の手を乗せた。
「ん……きもち、いい」
「冷たいのいやじゃない?」
「は、い」
美少年の言葉にほっとする。
この美少年の病気がなにかはわからないけれど、今の様子は高熱に苦しむ人、そのものだ。
だから、冷やしたほうがいいだろうと思ったんだけど、少しでも楽になったのなら、よかった。
ちなみに私の手が冷たいのはハストさんへの差し入れを持っていたからだ。
よく冷えたガラス瓶さまさま。
この世界には冷蔵庫がないから、こういう時に体を冷やすのも大変なんだろうなぁ……。
美少年の額に手を乗せながら、ぼんやりとこちらの世界の事情を考える。
どうせならもっとしっかり体を冷やしたほうがよさそうだけど、こちらの世界では難しいのかもしれない。
氷のうとか作れたら、すごく楽になると思うんだけど……。
……いったん台所に行って、氷のうを作ってこようか。
冷蔵庫には少しだけなら氷もある。
浮かんだ考えに、そっと美少年の顔を伺う。
その顔はやはりまだ苦しそうで、胸の辺りをぎゅっと抑えていた。
息は短くはっはっと途切れがちで、体も熱いままだ。
……私がここを離れたら不安になるだろうか。
私が人を呼びに行ったと思うかもしれない。
ここにそのままいてくれたらいいけれど、移動されると困る。
でも、目の前でいきなり台所に行くわけにもいかないし……。
持病だと言った病気を私がなんとかすることはできないだろう。
でも、なんとかしてあげたい。
――せめて、今、この一瞬だけでも。
「……喉かわいてない?」
そう思えば、手に持った冷たいガラス瓶の存在を強く感じて……。
「あのね、これは私が作ったんだけど、汗をかいた後に飲むと、体が楽になるんだ」
私の言葉に美少年が閉じていた目を開ける。
そして、その若葉色の目に持っていたガラス瓶を見せた。
「きれい……」
「水にちょっと味があって、果物が入ってるだけだから。安心して」
一応、塩分、糖分補給やクエン酸で疲労回復と、考えて作っているのだけど、ざっくりと説明する。
とりあえず、おかしなものではないとわかってもらえればいい。
そんな私の説明に美少年はこくんと頷き、その手にガラス瓶を持った。
「わ……冷たい」
「うん。少しでいいから、飲んでみて」
……これで、ハストさんに差し入れをしよう計画はダメになってしまった。
でも、きっと、これで美少年の体は少し楽になるはず。
今までハストさんに食べてもらった経験で、私の料理は半日ほど体を強くする効果があることがわかっている。スキルも強くなるらしいけど、それはまあ、今回は置いておく。
とりあえず、この苦しい状態が半日だけでも楽になればいい。
逆に言えば、半日ほどしか保てない。
力になれず申し訳ないが、それぐらいのほうが、美少年の体の変化を誤魔化しやすいだろう。
私の力を隠しつつ、美少年の体を少しだけ楽にできる。
薄暗い通路だし、美少年はそもそも発光しているから、体が光るのもなんとか誤魔化せる。うん、よし。
だから、どうぞ、と笑いかけると、美少年は苦しそうだけど、精いっぱい笑い返してくれた。
「……ありがとう」
美少年が慎重に金属の蓋を開ける。
その途端、私のところまでいい香りが漂ってきて……。
「いい香り」
「レモンとローズマリーだね」
透明な水がきらりと輝き、中に入れられた果物とハーブが少しだけ揺れる。
美少年はその揺れる水面を見ながら、ゆっくりとデトックスウォーターを口に運んだ。
すると、体がきらきらと輝い――
「ええ!?」
輝かない! 全然輝かない!
むしろ、さっきまで発光していた美少年が真っ黒!
「黒いの出てきたよ……!?」
美少年の体から黒いもやが立ち上ってるけど!?
明らかに悪そうなものを体外に排出してるけど!?
真横で始まった突然のことに私はごくりと喉を鳴らした。
「もしや……デトックスしてる……?」
効能を信じてないとか言ってごめんね……!
こうかは ばつぐんだ!






