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K Bihei

 ハストさんの命をもらってしまった、にんにくの残り香事件から数日。

 いまだに思い出しては、心からなにかがあふれそうになる恐ろしい事件だった……。

 なんかふとした瞬間に思い出して、ひとりで悶えてしまうんだよね。こわい。


 そんな悶える日々の中、今日は料理長のハーブ畑に来ていた。


「ミントとローズマリーでいいかな」


 ハーブの前に座り込み、どの種類を採取しようかと、物色する。

 朝の光に照らされた、緑はとてもきれいだ。

 そんな青々と茂った緑を見ていると、心がゆっくりと落ち着いてくる。

 ハストさんの色気あふれる表情をハーブたちが上書きしてくれるのだ。


 緑に白の模様がかわいいパイナップルミント。

 きれいな緑のペパーミント。

 つんつんととがったローズマリー。


 必要な新芽の部分を取れば、それぞれの香りがふんわりと漂ってきて……。


「ああ……癒される……」


 パイナップルミントの甘いながらも爽やかな香り。

 ペパーミントのスッとする香り。

 そして、ローズマリー特有の少し刺激のある強い香りが広がる。


「……今日みたいな日だったらいいのに」


 なにもにんにくを調理した手にキスすることはないじゃないか。

 今日みたいな爽やかな香りに包まれた手にしてくれれば――。


「――いや、ちがう。それもちがう」


 そうだった。そもそもキスがよくない!

 にんにくだろうとハーブだろうと、あんな色気はよくない。よくないったらよくない!


 せっかくハーブの癒し効果で忘れていた悶えを思い出し、それを振り払うために頭を左右にぶんぶんと動かす。

 すると、背後からあのお馴染みの声が響いた。


「ははっ! 田舎者がなにをやっている! 髪に虫でもついたのか!」


 うん。今日も元気な高笑い。


「おはようございます」

「お前につく虫がいるとはな! 物好きな虫もいるものだな!」


 私の挨拶をまるっきり無視して、今日も高らかに笑っている。

 どうやら今日の笑いのツボは虫らしい。


「あ、ハストさん」

「ふん! またそれか! だから私が何度も同じ手に――」

「今日も口が減りませんね」

「ひぃっ!?」


 そして、いつもの悲鳴も追加してくれる金髪剃り込みアシメ。

 そんな金髪剃り込みアシメの背後から、吹雪をまとったハストさんがスッと姿を現した。


「っ……お前、さっきまでいなかったはず!」

「いいえ。私は常にイサライ様のそばにいます」


 怯えて後ずさる金髪剃り込みアシメに対し、ハストさんはあくまで無表情。


 こわい。

 吹雪も表情もセリフも。

 全部こわい。


 あのにんにくの残り香事件の後から、頑なに休みを取ろうとしなくなったので、そのセリフが事実なことがよりこわい。


「ハストさん。やっぱり休みませんか?」

「それについては何度も話しましたが、私はイサライ様の護衛をしたいのです」


 私の言葉にハストさんはしっかりと首を横に振る。

 そう。実はハストさんに休みを取る姿勢がまったくなくなったのだ。


 先日、聖女様に会ったり、包丁を作ったりでせっかくの休みを潰してしまった。

 だから、次の休みは早めに……と思ったら、なんと、休みは一切いらない、とハストさんは言い出して……。

 まさかの社畜宣言。

 折に触れ、さりげなく休みを勧めているのに、全然ハストさんに響かない。

 むしろ、その姿勢は強くなる一方で……。


「もちろんイサライ様が一人になりたいと言うのでしたら、それは叶えたい。けれど、イサライ様の護衛は私一人です。私がいない時になにかあったらと思うと、むしろ、イサライ様のそばにいないときのほうが休まらないのです」


 ハストさんが金髪剃り込みアシメから私へと視線を移す。

 いつも優しく、時に色気をあふれさせる水色の目が、今はすこし悲しみをたたえていた。


「イサライ様は私に元気でいて欲しいとおっしゃってくださった。私が元気でいられるのはイサライ様のそばなのです。……どうか、護衛をすることを許して欲しい」


 あ、あ、あ……。

 吹雪の中、親グマを見失い、必死で探す子グマ感……。

 おかあさーん! って聞こえる。

 うんうんうん、大丈夫! おかあさんはここよ!


「……無理のない範囲でお願いします」


 思わず出てしまうその言葉。

 何度もやりとりを続けるうちに、より子グマ感が増してきたような気さえする。

 ……そう! 私はこうしてハストさんに休みをとってもらうことに失敗し続けているのだ!


「なんだ、北の犬は休日も知らないのか!」


 そんな私たちのやり取りを聞いて、金髪剃り込みアシメが俄然強気になった。


「しっかりと休みをとってこその仕事。休まず続けたからと言って、それが正しいとは限らない。効率的な仕事ぶり。充実した私生活。それができる男だ」


 うん。そうだね!

 全然仕事をしていない金髪剃り込みアシメが言うとびっくりするけどね!


 誇らしく胸を張る金髪剃り込みアシメ。

 ハストさんはそんな金髪剃り込みアシメに向き直ると確かに、と頷いた。


「はい。その通りかもしれません。そんな私ですが、イサライ様は気遣って下さいます。ずっと部屋にこもっていては良くない、と」


 そして、水色の目がぎらっと輝く。


「――ですので、これからは毎日、こちらで訓練をしようと思います」

「は? 訓練?」


 ぽかんと口を開ける金髪剃り込みアシメ。


「はい。私はここでハーブの世話。ハストさんは騎士団の訓練場で体を動かせばいいかな、と。場所も結構近いですし」


 そんな金髪剃り込みアシメのぽかん顔を見ながら、私もうんうんと頷いた。

 休みをとってもらうことには失敗し続けている私だけど、できるだけホワイト護衛対象でいたい。

 結果、護衛されながらも、ハストさんの望みも叶えられるように行動すればいいんじゃないかという結論に達したのだ。


 ハストさんはもう少し体を動かしたい。

 でも、私を置いて一人で訓練には行くような人ではない。

 それならば、私がついていけばいいのだけだけど、私が何もしていないのも気になってしまう。


 ならば、とハーブの世話をすることにした。

 あまり世話がいらないのがハーブのいいところだけれど、それでも最低限の世話はいる。

 ハーブの世話をすれば、ハストさんは気にせず訓練ができ、私もハーブの色や香りに癒される。しかも、料理にも使える。さらに、ここの世話をしていた料理長も喜び、ハーブ自体も生き生きとする。まさに一石五、六鳥。


 そんなナイスなアイディアなのに金髪剃り込みアシメは呆然としたまま呟いた。


「毎日……訓練……?」

「はい。以前、稽古をつけていただいた時もとてもためになりましたので。ぜひ、またお願いしたい」


 ハストさんの言葉に、金髪剃り込みアシメがさっと目線を自分の腰元に走らせる。

 そこにあるのはきらっきらの剣。家宝の剣その2。

 あれからすぐに腰に佩いていたから、作るのをすごく急がせたのだろう。

 ちゃんと直ってよかったね。


「私たちは忙しい!」

「はい。聞き及んでいます。ですので、既に上とは掛け合いまして、朝のこの時間帯であれば、余裕がある者もいると聞きました。許可もいただいております」

「……くっ」

「さあ、訓練を始めましょう」


 ハストさんの水色の目に追い立てられるように金髪剃り込みアシメが騎士団の訓練場へと向かって行く。

 ……まあ、わかってたけど騎士団で一番暇しているのは金髪剃り込みアシメとその取り巻きたちだ。

 つまり、ハストさんの訓練相手は彼らになるわけで……。


 金髪剃り込みアシメは一度、詰所に入ると、中にいたと思われる取り巻きたちを連れてきた。彼らの腰には剣はない。

 うん。前回のことがあるからだろうね。ちゃんと金髪剃り込みアシメが指示をしたようだ。

 今日は前回と違い、その手には真剣ではなく、訓練用と思われる剣を持っていた。

 そして、ハストさんは訓練場に置かれていた木の棒を手に持って……。


 金属の剣の多人数対、木の棒一人。

 圧倒的にハストさんの不利……!


「でも、まあね……。そうなるよね……」


 遠くから見ているだけでわかる圧倒的な実力差。

 ハストさんは前回と違い、気を封印しているようで、一気に周りの者が失神するようなことはない。

 けれど、ハストさんにかかれば、得物の違いや多勢に無勢は関係ないようで……。


 ――ひとり。

 ――またひとりと髪が散る。


 両サイドを刈り込まれたもの、すべて刈り込まれ、さらに右側頭部にだけ稲妻型に剃り込みを入れられたもの。左側だけ剃り込まれたもの。なんとかすべてを守り切っているもの。


 ……警備兵だからか、彼らはそれなりにしっかりした体つきはしている。

 男性ばかりだし、ちょっと男臭さもあるというか。


 そんな人たちがさまざまな髪型になると、こうさ。

 こう、心にくるものがあるよね。


「……さんだいめ」


 K Bihei


「ブラザーズ……」


 ――バーバーシロクマは今日も大繁盛です。

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