聖剣
金髪剃り込みアシメが残して行ったもの。
自慢の髪と床の穴。
そう。ハストさんが投げた刃先は見事に床に刺さっていた。
ソファに座っていた金髪剃り込みアシメに、立っていたハストさんが刃先を投げたから、ななめ45度って感じになって床に刺さったんだな。
忍者の投げたくないみたいな刺さり方してる。私の部屋に新たな歴史が刻まれてる。
とりあえず、その辺りは見ないことにして、ハストさんへと向き直ると、もう一度お礼をした。
「休みだったのに、わざわざありがとうございました」
「いえ……休んではいなかったので」
「そういえば」
まったく休みになってない。
普通に私の護衛をしている日と替わらない。
それなら……。
「あの、今日も仕事をしてしまったついでに、少しだけ食べて行きませんか? せっかくなので、早く使ってみたくて」
包丁を手にハストさんを見る。
すると、ハストさんは嬉しそうに目をきらきらと輝かせた。
「ぜひ」
ハストさんの目を見ると、食べることを楽しみにしているのが、すごくよく伝わる。
付き合いやお世辞などではなくて、本当に食べたい! と思ってくれているのだ。
だから、私もにんまり笑って、任せてください、と頷いた。
「ハストさんの作ってくれた包丁ならなんでも切れそうです」
「そうですね。イサライ様が望むのであれば、一緒に訓練をしましょう」
「え」
「コツさえ掴めば、魔獣も一撃で屠れるようになるかと」
「いちげきでほふる」
まったく包丁に似つかわしくない単語。
それはもう包丁ではない。武器だ。エクスカリバーだ。
訓練したら、私でもハストさんのようになれるんだろうか。
いやいや、そんなバカな。訓練とかコツとかそういう次元の問題じゃない。
「……ちょっと包丁置いてきますね」
淡く笑ってから、台所へと一度包丁を置く。
……すごいのができそうだと思ったけど、聖剣ができるとは思っていなかった。
いや、聖剣じゃないよね? 包丁だよね? まな板と調理台を一緒に切っちゃいました! みたいなことにはならないよね?
包丁を振り下ろすと、そのまま地面に到達してしまう様を想像する。
絶対にありえないとは言い切れないことがこわい。包丁こわい。
いや、大丈夫。料理用だって言ってた。ハストさんは料理用に研ぎましたって言ってた。これは包丁。食材を切るもの。ほら、私の台所にこんなによく似合う!
そうして、自分に言い聞かせてから、部屋へと戻る。
ハストさんは床に刺さっていた刃先を回収したようで、そこには穴だけが残っていた。
「ここの掃除を頼んで参ります」
「あ、そうですね」
穴はどうにもできないかもしれないが、金髪剃り込みアシメの髪があるもんね。
「何か必要な食材があれば、お持ちします」
「あ、それならパンが欲しいです。いつも通りの斜め切りにしてあるやつ」
「かしこまりました」
「あと、私も少し出ますので、その間に掃除をしてもらえばちょうどいいかと思います」
「わかりました。侍女に伝えておきます」
「お願いします」
そんなわけで、ハストさんと共に部屋を出る。
途中でハストさんとは別れ、私がやってきたのはさっきのハーブ畑。
そこで目的のハーブを少し頂いてから部屋に戻ると、すでに部屋はきれいになっていた。
……床の穴はそのままだけど。
「『台所召喚』」
部屋の中で呪文を唱え、台所へと移動。
調理台の上にはさっき作ったばかりの包丁がきらきらと銀色に輝いていた。
「よし! まずはポイント交換!」
調理台の上に摘んできたハーブを置き、液晶の前へと移動する。
そして、慣れてきたポイント交換作業。
ポイントはかなり溜まっているので、そろそろ大物を手に入れたい。具体的には二口コンロともう少し大きな冷蔵庫が欲しい。今はドアが一つなので、せめてツードアのものに。
そうして、思いを馳せていると辺りが白く輝く。
そして、調理台の上に現れた調理器具や材料。手に入れたそれににんまりと笑いながら近づいた。
「ついにまな板も……!」
そう。今までは包丁がなかったから、まな板は手に入れてなかった。
でも、これからはたくさん使うはずなのでその白さがなんともかわいく見える。
木のまな板と迷ったけれど、今回はしっかりと重さと大きさのあるプラスチック製にした。
この台所では、手入れを気にする必要はないから木でもいいんだけど、まあ慣れの問題だ。今まで水分が染み込まなくて、簡単に塩素消毒できるまな板に慣れ親しんでいるから。
「ちょっと大きすぎたかな」
調理台が小さいから、まな板でいっぱいになってしまう。
これは調理台の拡張も早くしたいな……。
まな板を洗い、さっと布巾で拭く。そして、食材を邪魔にならないところに移動させると、その中の一つを手に取った。
それも水洗いをし、食材用の布巾で拭いてからまな板の上に置いた。
真っ白なまな板と真っ赤なそれのコントラスト。
「やっぱり包丁の試し切りはトマトだよね」
テレビショッピング的に。
真っ赤に熟れたトマトは少し柔らかめ。皮はピンと張りがあってこれは試し切りにはちょうどいい難しさだ。
……どうかまな板と調理台まで切れませんように。
祈りながら、トマトを立て、横半分に切って行く。
まず、刃の根元の方を張りのある皮へとそっと触れさせる。力押しで上から押さえつけてしまうと、この固さのトマトなら潰れてしまうから、最小限の力で。
そうして、刃の当たったところから、皮にプツッと切れ目が入る。そこから、徐々に刃先をトマトに触れさせるといとも簡単に切り込みが入った。
「すごい……」
力を込めてないのに、刀身の重みだけで簡単にトマトに入っていく。
柔らかい完熟の身もなんのその。その身を潰すことなくきれいな切り口。そして、まな板まで刃があたると、トマトの手で持っていない方はころんと切り口を上にして倒れた。
そして……。
「切れてなぁい」
……よかった! まな板も調理台も切れてない!
私が手にしたのはちゃんと包丁だった。聖剣じゃなくて本当に良かった!
そうして、感動と安心を味わいながら、トマトの種とゼリーの部分を丁寧に取り除く。
今回は果肉の部分だけを使うのだ。口当たりがよくなるから皮も湯剥きすればいいんだけど、今回は試し切りも兼ねているので、そのまま切っていく。
「果肉も皮もスッと切れる。さすがハストさんの作ってくれた包丁」
1cm角に切るために何度も動かしているけれど、トマトの果肉は潰れない。かといって皮の部分で引っかかることもなくスッスッと本当に気持ちよく切れて行く。
いまだかつてこんなに楽しい1cm角切りがあっただろうか。いやない。
もっと切りたくて、1cm角より細かくしそうになったところで、自重をし、手を止める。
すると、台所は角切りトマトを入れるためのお皿を用意してくれた。
「いつもありがとう……」
ナイスアシスト。本当に最高。
そうして、トマトをお皿に移すと、トマトを切った包丁とまな板を洗い、布巾で拭く。
採ってきたハーブも洗い、布巾で丁寧に拭いた後、まな板の上に並べた。
「トマトとバジルは親友だよね」
そう。私がハーブ畑で採取したのはバジルだ。
トマトとバジルはいつも一緒。
お互いにお互いがいると輝ける。おいしい関係。
「みじん切り!」
葉を並べてさくさくと切っていく。
やっぱり包丁の切れ味は抜群で、数枚重ねたバジルも繋がることなく、あっさりと切り離された。
「楽しい……」
切る作業が楽しい。
包丁がちゃんと切れるっていうだけで、ストレスが全然違う。
これならきっと鶏もも肉の皮も簡単に切れ、ゆで卵の黄身ももさもさにならない気がする。パン切り包丁じゃないけど、サンドイッチの断面もきれいに出そうだ。
これから作れるものを考えるとわくわくする。
せっかく異世界に来たんだから、外の世界も見てみたい。
お弁当持って、ピクニックをしたり。
……ハストさんも一緒に来てくれて。
お弁当食べて、おいしいって笑って欲しいな。
なんだかそんなことを考えると、自然に口元が笑ってしまって……。
そうやって、にやつきながらバジルをみじん切りにしていると、ふとある声が思い起こされる。
そのせいで、一気ににやつきは収まった。
……うん。これは絶対にバジルのせい。
バジルをみじん切りにしているから、あの声がリフレインされるんだな……。
『草! 料理! 草!』
あの、高笑いが。






