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スキル『台所召喚』

 大陸の南側に位置するリディアータ王国。

 それが私の召喚された国だ。


 リディアータ王国は穏やかで暖かな気候に恵まれ、幾筋も流れる川が土地に豊かな実りをもたらす。

 東の海を渡った友好国と交易をし、財政的にも潤った国で、花の王国とうたわれているらしい。


 そんな話を聞く限り、聖女なんて召喚しなくてもよさそうだ。

 けれど、この国にはどうしても聖女を召喚しないといけない理由があった。

 それが北の森に住む魔獣だ。


 リディアータ王国の北には森が広がっていて、その森は土地柄か、異様に魔力が溜まりやすいらしい。

 そして、魔力が溜まるところには強力な魔獣が生まれてしまうらしく、何度倒しても、新たな魔獣が生まれてくるとのことだ。

 よって、誰もが欲しがる土地であったが、リディアータ王国以外はそこを治めることはできなかった。

 かくいうリディアータ王国も無傷でそこを治めることができたわけではない。

 たくさんの犠牲者を出し、ようやく北の森に対抗する術として手に入れたもの。


 ――それが異世界から召喚される聖女である。


 聖女は聖魔法により北の森に強力な結界を作ることができた。

 その身に宿る魔力を注ぎ込むことで、結界を維持し、北の森から来る魔獣の侵入を阻むのだ。

 リディアータ王国は聖女により憂いを払い、繁栄をしてきた。


 ――リディアータ王国は聖女により守られている。


 今回、召喚された女の子のスキルは聖魔法だけでなく、魔力∞というのもあった。

 完璧。まさに聖女の中の聖女。結界を張ってもらうのに最適すぎる。

 この世界の人間じゃない私には魔力がどーのこーのというのはよくわからないけれど、魔力が尽きることもないのだから、危険なこともないだろう。

 あの女の子も若いのに家族と別れてしまってかわいそうだが、イケメンがたくさんいたし、聖女様としてちゃんと扱ってもらえるはず。

 同郷として心配しているが、私にできることはないだろう。


 そんなわけで、とにかく私は私が楽しく生きる道を探すことにした。

 王宮の端の端にある私に与えられた部屋の中で一人。自分のスキルの確認をしてみる。


 ……とりあえず、定番だし、唱えてみようか。


「台所召喚――ってわぁ!?」


 魔法っぽく唱えてみたら、なんと突然自分の体がワープした。いや、たぶんだけど。

 今まではベッドとちょっとしたソファのある洋風な部屋にいたはずなのに、気づけば小さなキッチンに立っていた。


「ええ……台所召喚って、台所が召喚されるんじゃなくて、私が台所に召喚されるの……?」


 なんだそのスキル。


 今、私がいるのは小さな小さなキッチン。

 なんとなく既視感があるのは、その内装がまんま私が一人暮らしをはじめた頃のキッチンだからだ。


 はじめての一人暮らし。それは1Kのトイレがついているユニットバスがある部屋だった。

 玄関を入ると左手に小さなキッチンがあり、右手にはユニットバス。まっすぐ進めば六畳の部屋がある、すごく一般的な間取りのあの部屋。

 私がいるのはそのキッチン部分だけで、玄関もなければ、ユニットバスへ続く扉もない。

 二畳ぐらいの空間にミニキッチンと腰位までの高さの冷蔵庫があるだけだ。


「……これが台所召喚」


 ……しょぼくないか。


 だってこのキッチン、コンロが一口しかない。しかもガスでもIHでもない。電熱線がぐるりと蚊取り線香のように丸まっているタイプのやつ……。めっちゃ火力が弱いやつ……。

 流しはマグカップを四つぐらい置いたらいっぱいになるし、冷蔵庫は小さすぎて物が入らない。


 懐かしい。懐かしすぎていやになる。


「しかも、なにもない」


 懐かしの不便さを思い出しながら、冷蔵庫を開けてみるけれど、そこには何も入っていない。

 がっかりしながら、流しの下の扉と一口コンロの下の扉も開けてみる。やっぱりそこにも何もない。


「……調理器具も食材も食器も調味料もなにもないのか」


 ……しょぼいな。

 私のスキル、すごくしょぼいな。


 こんなミニキッチンに移動できるだけの能力ってなんだ。

 それなら、この世界の台所のほうがよっぽど発達してるんじゃないのか。


「あ、水は出る。電熱線も赤くなってる」


 半目になりながら流しの蛇口をひねれば、そこからは勢いよく水が出た。

 電熱線もスイッチを入れて少し経つと赤くなったし、どうやらコンロと流しは使えるようだ。そういえば、冷蔵庫もちゃんと冷えていた。

 とりあえず、蛇口から出ている水を手のひらですくって、少しだけ飲んでみる。

 うん。水道水。

 仕組みはわからないけれど、水が使えるなら、遭難した時とかには役に立ちそうだ。……遭難する予定はないけど。


「ん? これなに?」


 そうして、キッチンの確認をしていると、ふと見覚えのないものが目に入った。

 キッチンの向かい側の壁。そこにコミックの単行本ぐらいのサイズの液晶がかかっている。

 不思議に思いながらも、正面から覗きこむ。すると、そこには文字が表示されていて……。


『台所ポイント:100pt』


 ……だいどころポイント?


 よくわからないそれ。とりあえず右手の人差し指で触ってみれば、タッチパネルだったようで、表示をいろいろと変えることができた。

 現れた画面は設備、調理器具、食材、調味料などに分かれており、大量に表示された名前の横にはポイント数が表示されている。


「そっか……ふむ、なるほど」


 そうして、操作してみれば、なんとなくこの『台所召喚』というスキルがわかってきた。


「つまり、台所ポイントを溜めていけば、色んなものを手に入れられて、この台所が豪華になっていくってことか」


 設備のところには冷蔵庫拡大やコンロの増設などもあった。調理器具にはフライパンや鍋などのものはもちろん、ケーキの型やハンドミキサーなんかもあった。


「……これってもしや、すごいキッチンが作れるんじゃ」


 今はただのしょぼいミニキッチン。

 でも、ポイントを溜めて、色んなものと交換していけば、このキッチンはどんどん大きくなっていく。 業務用のガスオーブンやパンを発酵させるためのホイロなんかもあった。元の世界ではスペースの問題で諦めたものや、いつか買おうと思って結局買えなかったものなどもあった。


「すごい。スキル『台所召喚』すごい!」


 しょぼいなんて思ってごめん。

 なんて伸びしろの大きいスキル。というか、私にとっては最高のスキル!


 意味もなく召喚され、これまでのものを全部なくした。

 とりあえず保護されているだけの状況で、不安定だった自分の足元。それがゆっくりと照らされていく気がする。

 元の世界では手に入れることが叶わなかった設備や調理器具、あれもこれも手に入れて、おいしい料理を作ってみたい。


 よし! このスキルで夢のキッチンを作る!

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【新作】魔物をペット化する能力が目覚めたので、騎士団でスローライフします

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