家宝の剣(二本)
普通に考えて、金髪アシメが家宝の剣をくれるとは思えない。
真っ二つで二度と使えない剣とは言え、元家宝。
まさに真っ二つにした張本人であるハストさんや、話の流れ的に原因になった私に渡してくれるだろうか。いやないな。
「折れた剣は元の形には戻りません。どれだけ値が張った剣だろうと、今はただの金属片にすぎず、価値はない。あとは捨てられるだけのものです」
「でも、いらないものだとしても、私には渡さないんじゃないでしょうか」
なにを言っているんだ。これだから田舎者は! はは! って高笑いされる気がする。
「その可能性はあります。ですが……必ず手に入れてみせます」
ハストさんの力強い言葉。
ハストさんはゆっくりと頷くと、その腰にはいている剣へちらりと視線を投げた。
……あ、今、寒くなった。
なにこの惨劇の予感。刺し違えてでも手にいれる的な決意感。そうあの時の私はまさかあんなことになるなんて思ってもみなかったのだ的な圧倒的伏線感。
「私が話しますね」
「いえ、イサライ様はこちらでお待ちを。すぐに品を持ち帰りますので」
「私が話しますから」
「私はやれます」
殺らないで。
私の包丁に、血に塗れた戦慄の過去はいらない。
「私の頼んだことですし、私が話したいです」
「……そうですか」
ハストさんがわかった、と頷く。
よし。『かほうのけんの夜』ルートは回避した。雪山のペンションに閉じ込められて、一人ずつ殺されていく金髪アシメたちのサウンドノベルゲー的展開は回避した。
「家宝の剣を私に渡せば、あちらにも得になるよってことを示せばいいと思うんですよ」
「そうですね。交渉事の基本です」
「あの剣ってすごく高そうですよね……なんかすごくいろいろと飾りがあった気がします」
「あれは装飾剣ですね。刀身にまで金の紋様がありました。刃の研磨も見た目だけのものです。実際にあれで切ろうとすれば、すぐに刃が欠けてしまうでしょう」
なるほど。剣といってもいろいろとあるようだ。
では、金髪アシメの持っていたのは言葉通りのお飾りの剣ということかな。
「あ、そういえばハストさんはゴテゴテした飾りは取ればいいって言ってましたが、取れるんですか?」
「はい。私のスキルで飾りと刀身の接する点だけを研磨すれば、装飾はそのままの形で取ることができます」
「……それ、使えそうですね」
ハストさんの言葉ににんまりと笑う。
うん。家宝の剣、うまく手に入れられそううだ。
というわけで、とりあえずハストさんには部屋で待機してもらって、ひとりで騎士の詰所にやってきた。
ハストさんと行くと、確実に惨劇が起こりそうだったから……。北極、ふたたび。こわい。
詰所の入り口で金髪アシメの居場所を聞いたところ、談話室で休んでいたようだ。
金髪アシメは私の訪問にすぐに対応してくれたが、髪は相変わらずアシンメトリーのままで、キッと目を吊り上がらせていた。
「なんだ田舎者! 私に何の用だ!」
「あ、どうも」
「くそっ。退勤時間にならないから、髪を整えることもできない! 覚えてろよ、あの北の犬が……!」
金髪アシメは短くなった左の側頭部を手で撫で、その目を復讐に燃やす。
すごいな。あんなにひぃひぃ言ってたのに、今はもう強気。
どうやらバーバーシロクマのカットが気に入らなかったようだが、二度と私やハストさんに関わらない、というような決意はないらしい。しかも、退勤時間までは一応いるらしい。
明らかに仕事はしてないけどね。
「でも、その髪型、悪くないですよね」
きぃきぃ怒鳴る金髪アシメの髪を見ながら、素直に感想をのべる。
そう。ここではアシンメトリーカットなんてないのかもしれないけど、私の中ではありかなしかで言えば、全然ありだ。
むしろ、おかっぱの時より片方の耳が見えている今のほうが男らしくていいんじゃないか。
「私のいたところでは、そういう非対称な髪型もありました。それに……」
騎士団の詰所の入り口。
窓から差し込んだ光を受け、金髪アシメの髪が少しだけ輝いた。
「とてもきれいな色ですよね。金茶っていうんですかね」
金髪アシメは金髪だけど、裏庭で見た人のようにきらきら輝く金髪ではない。
茶色だけど実は金色? よく見れば、落ち着きのあるその色はとても上品だ。
茶トラ猫の色が薄いところ。そんな色。
「そうか! ははっ! 田舎者にもこの高貴な色がわかるのか!」
金髪アシメがしきりに髪を触っていたため、話題に出したが、金髪アシメは見るからに機嫌がよくなり、胸を張った。
「私のこの色はな! 高貴な血筋によるものだ! 美しいだろう! 王家しか持たぬ金色が! この私に薄くではあるが高貴な血が入っていることを証明する、すばらしい色だろう!」
「はぁ」
「私は故にこうして王宮の騎士として勤めているのだ!」
「ふむ」
「どこのものとも知れぬ、北の犬とは違う!」
「へぇ」
「由緒正しい血統! これがその証なのだ!」
「ほぉ」
とりあえず、いつもの相槌。
さすが金髪アシメ。話の情報量がすごい。
どうやら、ここで金髪と言えば、王家のもののようだ。
ということは、裏庭で見たきらきら輝く金髪の人が王太子だったのかもしれない。確かにきらっきらで高貴な感じだった。
で、金髪アシメはそれの遠縁で、良い血筋のお坊ちゃま。
なるほど。わかりました。つまりはコネ入社の縁故採用ですね。だから、いつも詰所にいるか私にくっついているかだったんですね。
仕事しろって思ってたけど、仕事しろって言う人はいないのだろう。上司が金髪アシメの顔色を窺い、同僚はちやほや。うんうん。自分の持てる力を存分に発揮してるわけだね。うんうん。
よし。遠慮せず家宝の剣をもらおう。
「あの、家宝の剣ください」
「あ、ああ。あ?」
「二つになっちゃった剣。まだここにあるって聞いたんです」
「あ、れか……」
家宝の剣をもらうことに良心の呵責がなくなった私は笑顔で金髪アシメを見つめた。
「私が欲しいのは刀身なんです。周りについていた金の装飾や宝石などはすべて取り外して返しますので」
「取り外す?」
「はい。スキルを使えば、装飾品に傷をつけることなく、取り外すことができます」
「傷なくか!」
金髪アシメが、その言葉に目を輝かせる。
そう。私は金髪アシメが剣を持ち帰らず、詰所に隠しているのは、家宝の剣が使えなくなったことを秘密にしたいのだろうと考えたのだ。
ハストさんが家宝の剣を切った時、金髪アシメの取り巻きたちはことごとく気を失っていた。
だから、金髪アシメがそのことを言わなければ、誰も知ることはない。
でも、いくら秘密にしていても、いつかはばれてしまうことだろう。
新たな剣を作ることはできるが、まったく同じ装飾品を集めることは難しい。かといって、今の剣についている装飾品を取ることも、普通であれば難しい。
装飾品を取り外す際に、傷がついたり、それを再研磨し、小さくなってしまうのは避けられないのだ。
「つまり、剣さえ入手すれば、同じ装飾が可能になる……」
「はい。金飾部分もそのまま残せるそうです。最終的には溶かすにしても、実物の紋様を見せることができるので、金飾をする職人もその通りに作ることができます」
「そうか……! なるほど……!」
完全に乗り気になった金髪アシメににんまりと微笑みかける。
ね。家宝の剣が使えなくなっちゃったよーわーん! って言えなかったんだよね。わかるわかる。
「家宝の剣、作りませんか」
一本ダメになったなら、もう一本作ればいいじゃない。
「うむ……!その話、乗った!」
金髪アシメの顔が輝く。
金髪アシメは家宝の剣を手にし、私は家宝の剣の包丁を手にする。
一本でも家宝。二本でも家宝!
「それにしても、その剣でお前は何をするんだ? 二つになってしまっては剣としての価値はないぞ」
「これは包丁にしようと思って」
金髪アシメが詰所のどこかから持ってきてくれた二つになった家宝の剣。布でぐるぐるに巻かれていたので、そのまま受け取った。
「包丁?」
「はい。剣としては使えませんが、包丁に作り直すことができる、と教えてくれた方がいて」
「便利なスキルもあったものだな! それで作るのが包丁とは、田舎者の考えは本当に田舎者なのだな!」
はははと金髪アシメが高笑いを上げる。
「もしかして、先ほどの草を切るための包丁ではなかろうな!」
「はぁ。まぁ。そんなこともするかもしれません」
「ははっ! 田舎者が草で料理か!」
ははははっ!
「田舎者が草で料理! 草で!」
はははっ!
「田舎者が料理! 草!」
語彙力。
金髪アシメは田舎者、草、料理。HA。しか話してない。
前から思ったけど、金髪アシメは笑いすぎ。草がツボすぎ。
そうして、高笑いしながらも金髪アシメは私についてくる。
まあ、家宝の剣を私に預けたわけで、それの行く末は気になるのかもしれない。
しかたなくそのまま金髪アシメを引きつれ、私の部屋に帰り、扉を開ける。
すると、そこは、やばい、冬なのに窓をすべて開けて出かけてしまった。雪も吹き込んで、最高に寒い。というような状態になっていて……。
「……その方を貶めるな、と何度言えば?」
「ひぃっ」
あ、HIも話した。






