家宝の剣
包丁には色々な種類がある。
大きく分ければ和包丁と洋包丁。片刃か両刃かの違い。サイズも形も様々だ。
でも、私が最初に欲しい一本。
それはもう決まっていて……。
「さんとく包丁?」
「はい。家庭料理ならとりあえずこれを持っとけっていうやつなんです」
三徳包丁は日本独自のものだから、当然この異世界にはない。
なので、ハストさんに私が欲しい包丁の説明をしたいのだが、まずはここの包丁がどんなものかを知らないと、ハストさんにどう説明していいかもわからない。
そんなわけで、王宮の食堂へと行くことになった。
どうやらハーブ畑を栽培しているのも、ここの食堂の人だとのことで、ついでに採取をするお願いもする。
昼時の忙しさを終え、休憩していたところだった料理長は最初は嫌な顔をしていたが、ここ最近食べたメニューを上げ、味の感想とおいしいとありがとうを伝えると、にこにことご機嫌になった。
ハーブの採取も好きにしていいとのことでありがたい限りである。
「その包丁はシェフナイフと似たようなものなのですね?」
「はい。シェフナイフは刃幅が少し細めで刃先が鋭いですよね。三徳包丁はもう少し刃幅が広めで、先端が緩やかにカーブしてる感じです」
部屋に戻り、紙に図を書きながら説明する。だいたい実物大で。
引き合いに出しているシェフナイフとは牛刀のことで、お肉が切りやすいやつだ。
他にもペティナイフやブレッドナイフなど、いろいろとあったが、それが一番説明しやすい気がする。
「刃の長さはだいたい拳二つぶんと半分ぐらいですかね」
手をぐうにして横に二つ並べる。
ハストさんに見やすいように、顔の前までそれを上げると、なぜかハストさんが少しだけ笑っていた。
「どうしました?」
「い、え」
こほん、とわざとらしく咳ばらいをして、私から目をそらす。
「……イサライ様は手が小さいですね」
そして、小さく呟いた。
……ん? そんなこともないと思うけど。
「いや、普通に標準ですよ。あ、ハストさんが大きいんじゃないですか?」
そう。私が小さいんじゃない。ハストさんが大きいんだ。
横に並べていた手を一つだけ下ろす。そして、ハストさんに右手をちょっと突き出した。
「ほら、ハストさん、ここに手をこつんって当ててみてください」
「いえ」
「はい」
くらべてみよう! と手を動かす。
すると、ハストさんはぎゅっと手を握りしめ、私の拳におそるおそる当てた。
「わあ! やっぱり剣を握るにはこれぐらいの大きさがいるんですね」
「は、い」
「これだと、全然サイズが変わるんで、私の拳って注釈を入れときますね」
拳を開いて、手元の紙に注釈を入れる。
なるべくわかりやすくなるように、包丁の絵から線を引いて、情報を書き込んだ。
「で、この背の部分……峰なんですけど、ここはほぼまっすぐで、厚さはこれぐらいで、重さはちょっとあったほうが好きです」
軽い包丁と重い包丁。厚みがあるものとないもの。いろいろと好みがあるけれど、私は包丁自体に重さがあって、峰の部分もすこし厚みがあったほうがいい。
細かい作業をするならまた違うけれど、刃の切れ味だけで切るものより、刃の重みで切っていくもののほうが私は手が疲れないから。
「……ハストさん?」
そこまで言って、ハストさんがまだ拳を握ったままなのに気づいた。
やっぱりちょっと笑ってる……というか、にやけてる?
不思議に思って、ハストさんを見ると、ハストさんはまたこほんと咳払いをした。
「申し訳ありません。続けて下さい」
ハストさんの笑いのツボがよくわからないな……。
けれど、本人が続けろと言っているので、また手元にある紙に目を戻した。
「じゃあ、刃の部分はこれぐらいにして……。あとは柄なんですけど、材質は木材だったり、プラスチック……あー、水に強くて軽い素材だったりします。刃と柄が一体型で継ぎ目がない金属製のものもあります」
「こちらの包丁の柄は木でできています。接続部の細工などを考えると、私のスキルだけでできるかどうか難しい。形は作れても、それを継ぐ技術が必要になります」
なるほど。確かに、一つずつの部品が作れても、それを組み立てなければいけないと考えるとハストさんの力だけでは難しいかもしれない。
まあ、普通にポイントで交換すればいいだけなので、問題はない。
なので、とりあえず話に付き合ってくれたお礼をしようと、視線をハストさんへと向ける。
すると、その水色の目が楽しそうに輝いていて……。
「ですが、金属の一体型であれば可能ですね」
「本当ですか!」
「はい。柄も金属で作るのであれば、相応の材料があれば、私のスキルだけで作ることができるかと」
「あ、そうか。材料がいりますよね……」
それはそうだ。うっかりしてた。
当たり前だけど、無一文でぱっと異世界に召喚され、ぽいっとこの部屋に投げ込まれている私にはお金がない。ノーマネー。
衣食住。一応保障されているが、私が選んだものはなに一つないのが現状である。
「すみません。一緒に考えてくれてありがとうございました。ハストさんの力を見て、なんかすごい包丁ができそうだなと舞い上がってしまって」
こんな時は笑って誤魔化す。
「いつもハストさんが私のごはんを食べてくれているので、ポイントもかなりたまってるんです。なので、包丁もポイント交換しますね」
そう。ハストさんのおかげで包丁を交換するぐらいのポイントはあるのだ。
電熱器をガスかIHに変えて、ついでに二口コンロにして、魚焼きグリルもつけちゃおう! と一挙に使うためにためていただけだから、ポイントを使ったって何も問題はない。
なので、ハストさんに感謝の気持ちと、スキルのすごさを伝えて、この話はおしまいにしようと手元の紙を畳もうとした。
けれど、その紙をハストさんが素早く引き抜いて……。
「イサライ様。材料ならばちょうどいいものがあります」
「え」
「むしろ、このためだけにそれがあったと言っても過言ではない」
「え」
そんなものあっただろうか。
いや、もしかして、ハストさんが手持ちから出す感じ? いやそれはさすがにちょっと申し訳ない。
不安になる私にハストさんはその水色の目を穏やかに細めた。
「大丈夫です。それはもう誰にも使われることのないもので、今は騎士団の詰所に隠すように置いてあるものですから」
「……騎士団の詰所?」
ハストさんの言葉に首を傾げると、ハストさんはゆっくりと頷いた。
「はい。刃幅もあり、金属としての価値は高かった。柄のところにゴテゴテした飾りがあり、実用的ではありませんでしたが、それらをすべて取れば、問題ないでしょう」
……あ、なんかわかったかも。
うん。なんかそれ見たことがある気がするな。
「真っ二つにしましたが、刀身の長さも柄の大きさも研磨するにはぴったりです」
「あの、それって、あの……」
「警備兵が持っていたものですね」
うん。つまり、ハストさんが木の棒で切ったあの剣。
――金髪アシメの家宝の剣だ!






