イケメンシロクマ(つよい)その2
聖女様に近づくのはまずそうだ。
そう判断し、とりあえず裏庭から離れるために歩き出す。
とくに目的はないんだけど、聖女様の去っていった方向と逆へと向かうと、なぜか金髪おかっぱも私の後ろをついてくる。
そして、聖女様の一団としっかり距離を取った後、金髪おかっぱは悔しそうに言葉を発した。
「そもそも、聖女様を守る特務隊は五十人ほどいるんだから、そちらでなんとかするのが筋だろう!」
「はぁ」
「あちらが連絡していないものをこちらが知るわけがないんだ!」
「ふむ」
「最初から予定を決めて、こちらに周知。その上で警備の者を攻めるならわかるが、勝手に行動しておいて、こちらの監督ミスのように言うのはいかがなものか!」
「へぇ」
「あちらは王太子殿下やその側近の方々がいらっしゃったようだが、そうであればこそ、もっと慎重に行動するべきであろう!」
「ほぉ」
金髪おかっぱの愚痴がやめられない、とまらない。
めんどくさいから便利な相槌はひふへほで答える。ひぃは悲鳴っぽいから今回は免除。
「聞いているのか! お前のせいで、次期宰相であるスラスト様に目をつけられたらどうするんだ!」
「はぁ」
「……田舎者」
「ふむ」
「……行き遅れ」
「へぇ」
「……落ちぶれ令嬢」
「ほぉ」
「お前! 全然聞いてないじゃないか! ちゃんと耳がついているのか!」
金髪おかっぱがきぃ! と怒鳴る。
いやいや、そんなに怒らなくても、ちゃんと聞いてるよ。だって、この金髪おかっぱの話、かなりの情報量だ。
前も思ったけれど、この金髪おかっぱは情報を漏らしすぎじゃないだろうか。
きぃきぃ怒鳴る金髪おかっぱの言葉を右から左へ受け流しながら、その話を整理する。
まず、聖女様の周りにいたイケメンたちは王太子やその側近などでかなり立場が上の人。
そして、今回の行動は突発的なもので、誰が言い出したかはわからないけど、聖女様にはそれぐらいの自由があるということもわかる。
さらに、さっきの金髪おかっぱを叱責した青い髪の人は次期宰相のスラスト様。これもかなり立場が上の人だろう。
そして、最後に、特務隊は五十人ほどで警備をしているということもわかった。
うん。それなりにちゃんと人数がいる。夜勤などを入れてもしっかり回していける体制だろう。
つまり特務隊の隊長になるはずだったハストさんはそれをまとめるトップになるはずで、王太子やその側近、次期宰相の人と関わりを持てたはずで、そりゃあもうすごい大出世になるはずで……。
かわいらしい聖女様と周りにいたイケメンたち。とってもバラが似合っていた。
本来ならば、そのイケメンたちと同じように、ハストさんがあそこにいたとしてもおかしくない。
無表情な北極であるハストさんだけど、間違いなくイケメンである。
あの色とりどりの髪色の中に銀髪の彼がいれば、それはもう絵になっただろう。
それが今では田舎者で行き遅れの落ちぶれ令嬢の護衛である。本当は違うけど、表向きはそういうことだ。
わぁ……なんかもう。わぁ……。
「いいか! 今回のことが偶然であることは私はわかっている! けれど、これからはもっと周りを見て、状況を考えろ!」
「はぁ」
はひふへほを続行しながらも、その言葉だけはなんとなく納得できる。
あの次期宰相は私を聖女様に近付けるな、と言った。
それは私をどういう立場の人間として見た場合の言葉なのか。
聖女様である女の子と同じ異世界人として見た場合の言葉なのか。それとも落ちぶれ令嬢として見た場合の言葉なのか。
女の子の意思なのか、それとも別の誰かの思惑なのか。
なんかいろいろとめんどくさそうだけど、自分がどう動くのが最善かを考えるためには知っておいたほうがいいだろう。
……ただ楽しく生きて、台所をグレードアップしたいだけなのになぁ。
先行きを思うと少しだけ溜息が出そうになる。
けれど、そんな気持ちは目の前に広がる光景にあっという間にかき消されて……。
「うわ! すごい!」
王宮の裏庭から出て、あまり人通りのない一画。
そこには膝丈や腰丈ぐらいの草が青々と茂っている。
歓声を上げて駆け寄れば、後ろのほうで金髪おかっぱも慌ててついてきているのがわかった。
「いきなりどうした田舎者!」
「あの、これ、食べられるやつですよね!」
「あ、あ。あ? こんな草を?」
「ここって野生動物とか野良猫とか出たりしますか?」
「ここは王宮の敷地内だぞ。そんなものはいない」
「じゃあ、誰かがトイレをしたりとか……」
「田舎者が! ここは王宮の敷地内だぞ!」
「それはよかったです」
きぃと怒鳴るその声にも、今は思わず笑顔を向けてしまう。
そして、その場にしゃがみ込むと、目の前にある緑に手を伸ばして、一つずつ確認した。
「バジルにローズマリーにタイム。ミントにカモミールにセージも」
ここはハーブの宝石箱や!
「これって採取しても大丈夫でしょうか」
「……べつにいいんじゃないか」
にんまりと笑ったまま、金髪おかっぱを見れば、なぜか金髪おかっぱはきぃと怒鳴るのをやめた。
そして、なぜかえらそうに胸を張る。
「まあ、田舎ではそのようなものも食べるのだろうな! こんな草で喜ぶなんて安い女だ!」
「あ、しそもある」
「落ちぶれ令嬢が草を食べるとはなんとも愉快だな!」
「おお、パセリ」
後ろから嘲笑が聞こえるけれど、それは本当にどうでもいい。
だって目の前に見えるのは新鮮なハーブ畑! 乾燥ハーブもいいが、生のハーブが気軽に手に入るのなら、とってもありがたい。
金髪おかっぱは採ってもいいと言ってくれたが、後でハストさんに確認してみよう。誰かが育ててるんだったら悪いしね。
「田舎者の落ちぶれ令嬢が草! ははっ!」
……というか、いつまでいるんだ金髪おかっぱ。
仕事しろよ。
「あ、ハストさん」
金髪おかっぱの背後を見て、言葉を発する。
そんな私に金髪おかっぱは勝ち誇ったように笑みを浮かべて……。
「ふんっ! 田舎者が! 私がそう何度も同じ手に――」
ザシュッ。
「わ」
嘲笑した金髪おかっぱの背後から突然の疾風。
その疾風に肩口で切り揃えられていた金髪おかっぱの左側の髪だけが空中に舞い上がった。
「っひぃ」
風が通り抜けた後、金髪おかっぱはその場にへたりと座り込む。
さっきまえ同じ長さだったはずのその髪は右と左で長さが違っていて……。さらさらだった金髪は左側だけ、耳の高さでザックリと切り取られていた。
「その方を貶めるのはやめるよう進言したはずです」
尻もちをついた金髪おかっぱ(アシンメトリー)に低い低い声で告げるハストさん。
ごっかん。極寒。
「どうせなら反対側も切りましょうか。いえ、どうせなら他のところを切りますか?」
北極状態のハストさんが無表情に手に持った木の棒を見る。
それはただの木の棒にしてはするどく研がれ、まるで槍の先のような形状になっていた。
その木の棒を持ち、ハストさんは金髪おかっぱ(アシンメトリー)を見下ろしながら移動する。
たどり着いた場所には王宮の石壁があって、それを左手で撫でると、そこに持っていた木の棒を深々と――。
「え」
「ひぃぃい」
石の砕ける音と、その破片が土の上へと落ちる音。
そして、残ったのは石壁に突き刺さった木の棒。
「髪を整える時はいつでもお呼びください。すぐに参ります」
無表情で言葉に感情はない。
けれど、そこには確かに猛吹雪の幻影が見えて……。
しっているか シロクマは きのぼうをいしにつきさす






