麗しの聖女様
この異世界で楽しく生きると決め、だいたい一か月ぐらいが過ぎた。
毎日同じメニューだった食事はグレードアップされ、パンとぬるいスープだけというようなことはなくなった。
イケメンシロクマ、ハストさんがいろいろとしてくれたらしい。……相手は侍女だし、物理でなんとかしたわけではないと思う。話し合いだと思う。たぶん。
そして、市場に行くことはまだできていない。
ハストさんが何度か上に掛け合ってくれているらしいのだけど、まだ許可が下りないようだ。
なにやら私が市場に行くだけなのに許可がいるらしい。日当たりの悪い部屋に押し込められているけれど、そんなところは特別待遇。
周りから見れば、落ちぶれた令嬢だけど、一応は異世界人ということでいろいろあるのだろう。
そんな私の護衛はハストさんしかいない。
まあ、ハストさんはすごく強いし、私が誰かに狙われることもなさそうなので、私にしてみれば十分。
だけど、普通にハストさんの体調が心配でもある。
ハストさんはたった一人の護衛と言うことで、おはようからおやすみまでいつも一緒なのだ。大変申し訳ない。拘束時間が長すぎる。
ハストさんが、「夜の護衛もしたい」とか言った時は「え……(とくん)」となる前に、いいから寝て欲しい。と真顔で言った。私のごはんを食べていると力が余るぐらいだから大丈夫と言っていたけれど、ぜひその余った力は自分のために使って欲しいところだ。
そんなわけで、ハストさんと話し合って、時々はお休みを取ってもらっている。
いや、私と話し合わなくても、ちゃんとした勤務体制があるのならそれでいいのだけど、どうやらハストさんの仕事である私の護衛はハストさんの裁量に任されているらしい。
なので、変な話だけど、私の護衛についてはハストさんと話し合って、勤務時間や勤務日を決めているのだ。
九時五時の週休二日にしたい私と一日中護衛しようとするハストさんの攻防。負けられない戦いがそこにはある。
そして、今日はハストさんのお休みの日。
部屋にいるのも飽きるので、庭へと散策に行くことにした。行っていい場所はハストさんに確認済みだし。
「もっと優雅に歩けないのか?」
で、王宮の廊下を歩いているわけだけど、なぜか金髪おかっぱがついてくる。
いや。本当になんでだ。
「これだから田舎者は……」
やれやれと溜息をこぼし、ハッと鼻で笑う。
いや。いいから仕事しろよ。
「あ。ハストさん」
「なにっ」
私の斜め後ろをついて来ていた金髪おかっぱがサッと私から距離を取り、手近な場所に隠れる。
もちろん私はそんな彼を待つことはなく、急ぎ足で裏庭へと向かうのだけど……。
「おい、いないじゃないかっ!」
「見間違いでした」
「なんのために田舎で暮らしてたんだ! 態度だけでなく、目も悪いなんて!」
小走りで私に追いつき、またハッと鼻で笑う。
あのね。目が悪いのはね。社会人の基本なんだよ。ドライアイは普遍なんだよ。社会の波に揉まれると瞬きを忘れるんだよ。
「あ。ハストさん」
「なにっ」
金髪おかっぱに返答するのがめんどくさいから、またハストさんの名前を出す。すると、金髪おかっぱはすぐに隠れた。
で、またすばやく私に追いついてくる。
……惜しいな。この呪文、魔除けの効果はあるがニ十歩ぐらいしか効果がない。まあ、唱えるのにMPはいらないわけで、何度でも唱えるけどね!
「おい、いないじゃな――」
「ハストさん」
「なにっ」
お。外はいい天気だな。
「田舎者! 私を――」
「ハストさん」
「なにっ」
今日は裏庭に行ってみよう。
「いい加減に――」
「ハストさん」
隠れて、出てきて、隠れて、出てきて、また隠れて。
……もうさ。私にくっついてないで、仕事しなよ、本当に。
彼は王宮の警備をしている一人で、私について回らないといけないということはないはずなのに、ハストさんがいないといつもこうしてついてくる。なにがしたいんだろう。監視なのかな? 目につくから嫌味を言いたくてたまらないんだろうか。
そうして、金髪おかっぱに呪文を唱えながら、ようやく裏庭につく。
そこはきれいなバラが満開で、降り注ぐ陽の光を浴びてきらきらと光っていた。
「おお。きれい」
「……ふんっ田舎者には見たことがない光景だろうなっ!」
感心していると、なぜか金髪おかっぱが胸を張る。
本当になんなの。また家宝の剣、切ってもらうぞ。
「あ。聖女様」
「なにっ……って。え」
私の言葉に金髪おかっぱはすぐに身を隠そうとした。多分、条件反射。
けれど、私の言葉の意味を少し遅れて理解したらしい彼は、そのまま身を固くして、バラの生垣の向こうを見た。
そう。そこにいたのは私と一緒に召喚された女の子。聖女様だ。
黒く艶やかな髪は複雑に編み込まれ、きらきらと輝いて――たぶん、至るところに宝石が差し込まれているのだろう。
真っ白なドレスはプリンセスライン。腰の辺りで切り替えられた布地はふんわりと広がり、より女の子らしく見せている。
「……かわいいな」
初めて見た時もかわいい女の子だと思った。そして、今はさらにかわいらしくなっている。あんなに白が似合う子がいるだろうか、いやいない。
そんな聖女様である女の子の周りには、何人かの男の人がいて、これがまたかっこいい。青い髪に赤い髪、きらっきらの金髪に深い茶色。うん。色とりどり。
……とりあえず大丈夫そうかな。
生垣の向こう側にいる女の子の様子に少し安心する。
見た感じ、とても大切にされているようだ。
顔色も悪くないし、周りにいる男の人も彼女に悪意を持っているように見えない。
服装もしっかりしすぎているぐらいしっかりしているし。うん。あれはどう見ても高いやつ。
ちなみに私の服装はこんにちは町娘です! といったような服だ。金髪おかっぱの田舎者という言葉から察するに、デザインもよくないのかもしれない。
私としてはヨーロッパの民族衣装っぽくてかわいいと思っているけど。
……というか、声をかけてもいいのかも?
なんか待遇に差がありすぎて、迷ってしまうけれど、こんな陰からそっと見守る必要はないのでは……?
バラの生垣の陰から出るかどうか迷う。
すると、女の子の周りにいた一人の男性が私に気づいたようで、近くにいた人になにかを話してから、こちらにやってくる。
そして、女の子は歩き始め、私から離れて行った。
「なぜここに」
「も、申し訳ありません」
「聖女様に近付けるな」
「はっい、もうしわけ――」
青い髪に深い碧色の目。切れ長の目は眼鏡の向こう側で、冷たく金髪おかっぱを見下ろしていた。
男の人にしてはきれいな声。彼は私を見もせずに、金髪おかっぱにそれだけを言うと、さっさと踵を返した。
金髪おかっぱは謝罪の言葉を最後まで言うこともできず、もごもごと口を動かす。
そして、青い髪の眼鏡の人が遠くに行った後、私を見て、キッと目を吊り上げた。
「なんで私が謝らないといけないんだ!」
うん。そうだね。あなた、私の護衛でもなんでもないしね!
ただサボってただけの王宮の警備兵Aだもんね!