ヴォルヴィ・ハスト
あとがきにお知らせがあります!
ハスト視点です。
異世界から召喚されてきた女性二人。
すぐにスキルが鑑定され、まだ幼さの残る少女が聖女であろうと推測された。
そして、もう一人の女性のスキルは『台所召喚』という、これまで存在した記録はないスキルであった。
リディアータ王国ではスキルは重要視され、誕生とともに鑑定され、戸籍とともに登録される。そして、それぞれのスキルに合った教育を受け、成長していくのだ。
なので、スキルについては厳密に登録され、国が主体としてそれを管理できる組織を運営している。
リディアータ王国の記録に存在していないということは、固有のスキルということで間違いはないだろう。
固有のスキルなど、滅多にあるものではない。
こちらの都合で召喚した女性だ。手厚く保護すべきなのはもちろん、固有のスキルについても慎重に考えるべきだと進言しているが、あまり感触は良くなかった。
国はスキルの数や強さ、効果などから召喚されてきた少女の、一見してわかる素晴らしさに目を奪われたのだ。
・聖女として手厚く保護すること
・魔獣の森の結界を張り直すように誘導すること
・スキルがリディアータ王国に留まるだけで有用なため、今の場所が一番いいと刷り込むこと
これが召喚された少女に対する、国の上層部が決めた姿勢だ。
突然召喚されて、この国に利用されるのは、少女にとっては酷なことだろう。
だが、もはや召喚されてしまった今、少女の今後が幸多く、健やかなものになるように動いていかなければならない。
聖女を守る特務隊の隊長に任命されている者として、その責任を全うしようと思っていた。
あの話を聞くまでは――
「……召喚された女性が王宮の隅の部屋に入れられているというのは本当か?」
慣れない王宮を歩いていたとき、警備兵の一人の話を偶然、耳にした。
珍しい黒髪で、異国風の衣装の女性が、王宮の一階の隅の部屋にいる、と。
この国ではあまり見ないため、他国から来たどこかの令嬢だという話だった。
召喚された女性が二人であったということは、その場に居合わせた者や、聖女と直接関わる上層部以外には秘匿されている。
だから、警備兵が異国風の女性を見て、他国の令嬢だと思うのは当然だろう。
だが、召喚された女性が二人いると知っている者であれば、すぐに検討がつく。
――召喚された女性は手厚く保護されるわけではなく、王宮の隅に捨て置かれるようにされているのだ、と。
「ああ、気づきましたか」
警備兵の話を聞き、訪れたのは次期宰相であるスラスターの執務室。スラスターは書類を読んでいたようで、机の上には何枚もの紙の束が置かれていた。
部屋の主であるスラスターは興味なさそうに呟いた。
「上は今、前代未聞の素晴らしいスキルを持つ聖女様に沸き立っています。今代の治世は盤石なものになるだろうとね。そんな中、一緒に召喚された女性に気を配る者などいません」
スラスターの言葉に自分の表情が険しくなるのがわかる。身勝手な国と上層部。……そして、自分自身がその一員なのだ。
「私は聖女様に侍ります」
「自分の利しか考えないお前がか?」
「そうです。私には聖女様に侍る利がある」
「……レリィか」
「ええ。私はレリィを助けられるならなんでもいい。この国に保管されている記録はすべて目を通しました。これまでもスキルが強すぎて亡くなってしまった者がいる。私はレリィをこの記録の中の一人にするつもりはありません」
スラスターの眼鏡の奥の瞳が光る。
スラスターはこの召喚に、ほかとは違う希望を持っているのだ。
「魔力∞、聖魔法。このスキルがあればレリィの延命が望めるかもしれない。レリィのためならば、少女の顔色を窺い、美辞麗句を告げるのはたやすい」
スラスターの弟であるレリィは、スキルが強すぎるために常に寝込んでいるような状況だ。が、聖女の力があれば、所謂、奇跡というものが起こる可能性があるのだろう。
その話を聞いて、ここに来るまでに考えていたことに決断ができた。
「……特務隊の隊長を降りる」
聖女を守る特務隊。それはとても名誉ある職である。
その隊長ともなれば、騎士であればだれもが目指すものだろう。
――その任から降りる。
それが、自分の決断だった。
「あなたが地位に興味がないのは勝手ですが、この国の防衛の要がそばにいないというのは聖女様にとっては不利になります」
スラスターはやれやれと肩をすくめる。
しかし、気にせずに話を続けた。
「お前のほかにも何人もつくのだろう?」
「そうですね。今は王太子のバカとゼズグラッド、ほかにも見目のいい高位貴族が何人か」
「……十分だろう」
スラスターは私利私欲で動く人間だが、レリィが絡めば聖女である少女のために動くだろう。
王太子のエルジャは飄々としているが国を思う気持ちは本物だ。少女が国を守るために力となるとわかっている今、少女を守るはず。
ほかの高位貴族もそれぞれの思惑があるだろうが、少女に害を為すことはない。
そして、ゼズグラッドは生真面目であり、召喚という別世界に突然連れてこられた少女の気持ちを考えられる人間だ。
それだけいれば、だれか一人ぐらいは少女の心を支え、守る人間がいる。
だから――
「――召喚されたもう一人の女性の警護につきたい」
――せめて一人ぐらい。
少女ではなく、もう一人の女性の警護をする者がいてもいいはずだ。
男ばかりの北の騎士団で育ち、女性の扱いはわからないし、スラスターが言ったような美辞麗句を言うことはできない。だが、幸いなことに武力はある。
なので、スラスターにそう告げると、スラスターはぴくりと眉を動かした。
「私があなたの希望を聞く利はありますか? 私としてはあなたは聖女様の護衛につくべきだと考えます。自分の利害ばかりの男性の中、あなたがいれば聖女様も心が安らぐでしょう」
「ゼズがいるだろう」
「ゼズグラッドは我慢が効かない。あなたも聖女様に侍るべきです。これが私の考えなので、私があなたの希望を叶えるために動くことはありません」
スラスターはそう言い切ると、話は終わったと手元の書類へと視線を移した。
その姿を見下ろして……。
あまり、使いたくない方法を取ることにした。
「レリィの魔具の都合をつけただろう。これからも可能だ」
レリィの魔力を抑えるために作られた魔具。その魔石を手に入れ、貴金属として加工したことを盾に配置換えを要望する。
過去のことでスラスターが動くとは考えられないので、未来も匂わせておく。
スラスターの有能さはよくわかっている。
自分の昇進のために、このような方法は取りたくないが、今回はむしろ降格に近いのだから問題ないだろう。
すると、スラスターは手にしていた書類を片付け、引き出しから新しい紙を取り出した。
「わかりました。では、ヴォルヴィ・ハストの特務隊隊長の任を解き、貴人の警護へと回します」
そう言って、なにも書かれていなかった紙に素早く文字を書いていく。
どうやらすぐに配置換えの書類作成へ取り掛かったようだ。
「頼む」
スラスターが動くということは、ほぼ配置換えは行われると思って間違いない。
召喚された女性になにができるかはわからないが……。
自分にできることの少なさに、眉間に力が入るのがわかる。
すると、筆を走らせながら、スラスターは右口端を上げた。
「まさか名誉ある特務隊、精鋭揃いの百人の長を降り、貴人の警護にたった一人で就くなど、普通の者には選べないでしょう。面白おかしく様々な噂が立つでしょうね」
「構わない」
スラスターの嫌味な言い方に、特に感情は動かない。
最初から王宮に長く留まるつもりなどなかった。どんな噂が立とうと、どうでもいいことだ。
――そばにいて守れれば、と。
王宮の隅に追いやられている女性。
この国の都合に振り回される女性の力になりたい。
そう思って――
***
「ハストさん! 見て下さい! 大きなお芋をたくさんもらいました!」
そう言って、笑顔で私に手を振るのは、異世界に召喚され、王宮の隅に一人追いやられていた女性。守りたいと思った、イサライ・シーナ様だ。
出会ったとき、部屋に閉じこもり、塞ぎ込みがちだった彼女は、今ではたくさんの人に囲まれ、笑顔で陽の下を歩んでいる。
――守りたいなど、傲慢だった。
自らの境遇を恨むでもなく、嘆くでもなく。
だれのせいにするでもなく、彼女は笑顔でいることを選んだ。
彼女はそういう話をだれかにすることはないが、それを決めるには、苦しくつらいときもあっただろう。
けれど、彼女は一人で立ち上がり、前を向いていて――
――気づけば、自分の胸には彼女への思いが芽生えていた。
彼女が楽しそうであればうれしいし、こちらを見て、笑顔を向けてくれたときなどは、年甲斐もなく胸が弾んだ。
自分の気持ちを明確にする前は、胸のおかしさに病気なのかもしれないと思ったほどだ。
いやに鼓動が早くなったり、ぎゅうと締め付けられたリ、なにかがあふれそうになったり。
それに答えを見つけたあとは、この気持ちが彼女の重荷にならなければいい、とそれだけが心配だった。
「今日はお芋パーティーですね。焼き芋、お芋ごはん、スイートポテト、天ぷらやさつまいもチップスとかもいいですね……」
旅先で人を助けたお礼に、カゴいっぱいの芋をもらった彼女が、我慢できなかったように頬を緩ませる。
そんな彼女の言葉や笑顔に釣られるように、レリィや聖女のミズナミ様、アシュクロード、ゼズが口々に会話を続けていく。
今日の食事もにぎやかで楽しいものになるだろう。
「ハストさん、行きましょう!」
「はい。お持ちします」
彼女の手からカゴを受け取る。
そして、そのついでにそっと耳元に顔を近づけて――
「シーナ。名前を呼んではくれないのか?」
――ちょっとした悪戯心。
出会ったころのことを思い出しているうちに、今を実感したくなったのかもしれない。
そんな言葉に彼女はわかりやすく、顔を真っ赤にした。
「ひぃっ……あ、う……」
「ダメか?」
ほんの少し、甘えた声が出てしまったかもしれない。
すると、彼女は私からバッと体を離し、手で耳をぎゅっと覆った。
「あ、あとで、です!」
「あと?」
「――っ、ふ、二人きりに……なったときに……っ!」
彼女はそう言うと、顔を真っ赤にしたまま、走って行ってしまった。
レリィやミズナミ様はそんな彼女を追っていく。
「氷の特務隊隊長と思えない、緩み切った、しまりのない顔をしていますよ」
どうやらスラスターが見ていたらしい。
が、これは仕方がないだろう。
「あとで、か」
二人きりのときならば、彼女は名前を呼んでくれるようだ。
「楽しみだな」
彼女とともに歩んでいけることが本当にうれしい。
そして、あのときの彼女と最初に出会ったのが自分でよかった。
――彼女が愛しくて仕方がない。
11/10に台所召喚の4巻の発売されることになりました。
二年ぶりの続刊ということで、みなさんのお力のおかげです。本当にありがとうございます。
詳しくは活動報告に。
書籍の書き下ろしではシーナとハストの名前呼びについてのエピソードがありますので、読んでいただければうれしいなと思います。
また、書き下ろし小説のコミカライズがゼロサムオンライン様で始まっております。
無料で読めますので、そちらもぜひ。↓にリンクあります。
よろしくお願いします。