やっぱり君に決めた!
まさか人魚の尾ひれを足に変える力があるとは思わなかったが、さすが私の台所……。
ミカリアム君が陸にも対応できるようになったので、無人島に留まる意味はない。
私たちはギャブッシュに乗り、宿へと帰った。
宿にはスラスターさんが一人残っていて、色々と雑務をしていたらしい。
そういえば、無人島にいなかったな、と気づいたのは、宿でスラスターさんの顔を見てからだ。
……いや、レリィ君といるとだいたいラグとして存在しているので、忘れがちなんだよね。
そんなスラスターさんは両脇を雫ちゃんとレリィ君に固められ、背中側からミカリアム君に抱きつかれている私を見て、思いっきり顔を顰めた。
「それで、貴女は半裸の男性を連れて帰ってきたわけですね」
語弊。兄による語弊。
宿の一棟。広いリビングのソファ。
そこ座る私を、スラスターさんは厳しい視線で見ていた。
「これからはミカリアム君も一緒にこれから過ごせたら、と思います。……できれば、今のようにみんなで旅をしたり、ゆっくり過ごしたりできれば……と」
語弊と厳しい視線に耐えながら、今後の希望を伝える。
我が特務隊の頭脳担当はスラスターさんである。難しいこともスラスターさんに頼めばだいたい叶うという実績があるからだ。
が、スラスターさんは、だいたい私の希望は聞いてくれないんだけどね!
なので、案の定、スラスターさんは私の言葉を聞き、嫌そうに眉を顰めた。
「このドブネズミは、いつもいつも問題ばかり引き寄せて……」
吐き捨てるようにつぶやくスラスターさん。
ごめんね……巻き込まれドブネズミで……。
が、もちろん、この言葉をレリィ君が聞き逃すはずがなく……。
「兄さん?」
あ、美少年が……。
「シーナさんが一緒に過ごしたいって言ってるんだから、一緒に過ごす方法を言えばいいんだよ」
ゴミを見る目。
その瞬間、スラスターさんはすぐに表情を変え、エルジャさんへと話しかけた。
「今回の魔魚の襲来は密漁者のせいにしましょう」
切り替えが早い。
「ハハッ! もちろん、それは可能だヨ。今回の魔魚の襲来に関して、港の者たちは密漁者が魔海を荒らしたせいだと思っているからネ! それをわざわざ訂正することはないかもしれないネ」
「今後、人魚が魔魚を魔海から出さないのであれば、問題は置きません。港の者たちはこれを教訓とし、魔海への警戒心を持ちながら、共存していけるでしょう」
「そうだネ。魔海の危険性をを最小限の被害で学ぶことができた、とも考えられるネ」
「これまで魔海についての認識が甘かったことも事実ですし、これぐらいの刺激があったほうが今後のためにもよかったはずです」
……すごい。
あっという間に、これでよかったという方向へ話が進んでいる。
「密漁者についてはすでに領主へ引き渡しました。今回のことは王太子の名で進めましたので、領主は夜明けまで待たず、こちらへ到着できました」
「ボクの普段の行いがいいから、協力的なんだネ!」
「ええ。あなたに歯向かいたい者はだれもいませんから」
「ハハハッ! ボクはすごく強いからネ!」
今回の魔魚の襲撃については、密漁者が原因。そして、その原因はすでに捕縛された。
エルジャさんもとくに反論しないし、二人の中ではこれで通すのだろう。
「シンジュについてですが、残念ながらすでに売買されたものについては回収できていません。最初からないものとして扱えればよかったのですが、それは難しいでしょう。そこで、あえて名を広めようかと思います――シズク様にその役目を果たしてもらおうか、と」
「……私、ですか?」
「はい。あなたは千年結界の聖女として、民に非常に人気があります。シンジュについては、あなたがなにかを感じ、この港まで探しにきたということにすればいい。赤い魔石とは違う、白い魔石。それは聖女のためにある、と民に信じてもらいましょう」
「真珠が私のために……」
いきなり話題にされ戸惑う雫ちゃんをよそに、スラスターさんは表情を変えずにそこまで言い切った。
そして、右口端をあげて笑う。
「はい。シンジュがまさか魔王のごとき力を持つ者のためにあり、魔魚を自由自在に動かせるようになるとは公表できませんので」
……魔王のごとき力を持つ者。
きっと、それは私のことだろう。
隣に座る雫ちゃんが息を飲んだのがわかった。
「わかりました。私の名前を使ってもらって構いません。……いえ、むしろ使ってください。それで椎奈さんを守れるのならば」
「雫ちゃん……」
「大丈夫です、椎奈さん。私、こういうとき本当に思うんです。……聖女でよかったって」
雫ちゃんはそう言うと、ふわっと笑った。
その笑顔がとてもかっこよくて……。
「シズク様の名前を出したからといって、シズク様に不利になるようなことはないでしょう。むしろ、新しい魔石を発見した聖女として、信奉力を増すか、と。より地位を確立し、安全になると考えます」
「なるほど……」
それならば、それが一番いいのかもしれない。
聖女の魔石ということになれば、ミカリアム君のことも隠していけるだろう。
もし、これからミカリアム君が涙をこぼして、真珠になることがあっても、雫ちゃんの元だから、それが手に入るのはおかしいことではないはずだ。
さすが、スラスターさん。頭がいい。
うんうんと頷く。
すると、エルジャさんがじっとこちらを見た。
「むしろ、シーナ君はそれでいいのカナ?」
紫色の目が私をまっすぐに見据える。
「自分の力であるはずのものを、シズク君に横取りされるようなものじゃないカ?」
それでいいのか? とエルジャさんは私に問う。
「シーナ君はとても強い。スラスターがはっきり言ったネ。そう。君は魔獣を従える者。いわゆる魔王だとボクは思っているヨ」
静かに、だがはっきりとエルジャさんは告げた。
「この世界に召喚された女性。一方は聖女。ではもう一方は? 対になっているとすれば?」
「聖なる者の反対……。魔の者……ですね」
「そう。それも最も力のある、魔の者だヨ」
エルジャさんの言葉に、私は……。
「たぶん、そうかもしれません」
すんなりと頷いた。
「さっき、無人島でも考えたんです。自分でもそうだろうと思いました。だから、うん……そうなんだろうなって」
世界を滅ぼす気は今は起きてないけれど……。
でも……。
「もし今の私にそんな気がなくても……。不安はずっと付きまといますよね。私はいないほうがいいのかなって」
「じゃあ、なんでボクに正直に言った? 無人島ですべてを説明する必要なんかなかっただろう? ボクには黙っていたほうがいいはずだヨ。宿に戻って、ボクがいないうちにスラスターに相談すればよかった」
エルジャさんの紫色の目が真剣に私を見つめる。
君は間違った、と私に告げる。
「ボクは国のために君を殺す。ボクは将来の不安を排除したい」
ギラッと紫色の目が光った。
そして、楽しそうに細まる。
「ボクはね、世界で一番強いんダ。この国を建てた英雄の子孫。この土地を魔獣から奪った人間の王だ。ボクなら君を殺せると思う。ボクは魔を倒すために生まれた。君の周りにいるたくさんの仲間はすごく強いけれど、ボクのほうが強い。異分子は排除するべきダ!!」
どこから取り出したのかわからない。
けれど、エルジャさんは両手に剣を持っていた。
その双剣の切っ先が私を向く。
だから、私は――
「――エルジャさんは、そんなことしないです」
にんまりと笑って、答えた。
「エルジャさんは楽しいことが好きですよね。私をここで殺したら、楽しいことがなくなってしまいます」
そう! 私には自信がある!
「エルジャさんのおなかを引き攣らせるほど笑わせられるのは、私ぐらいだと思います」
驚いたように固まっている紫色の目に笑いかける。
すると、その目はふっと柔らかく細まった。
「っそうだネ……たしかにッ……」
こらえきれなくなった笑いが空気として漏れる。
双剣をどこかへ消したエルジャさんはおなかを抱えた。
「こんなにボクを笑わせてくれるのはシーナ君ぐらいだヨ……っ!」
ひぃひぃ笑うエルジャさんはすごく楽しそう。
なので、もう聞こえなくてもいいんだけれど、一応付け足しておく。
「それに……その場合、エルジャさんが一人になってしまいますしね」
聞こえなくてもいいと思った言葉。
でも、それはエルジャさんに聞こえたようで……。
「ボクが、ひとり?」
エルジャさんが不思議そうに私を見つめる。
なので「そうですよ」と頷いた。
「『エルジャさん対みんな』になってしまいますよね。だからと言って、私がエルジャさんにつくというわけにもいかないですし……」
エルジャさんは私を倒そうとして、みんなと敵対するんだから、私がどうこうできるのならば、本末転倒だ。
なので、難しい問題だよね……。
「シーナ君がボクについてくれるのカ……」
エルジャさんはボソリと呟くと……紫色の目を優しく細めた。
「……本当は、シーナ君を排除したいなんてこれっぽっちも思ってないヨ。少しでも外れた者を排除する。その先にある世界にボクは興味がない」
それはとても優しい色をしていた。
「……それに、この世界で一番の異分子はボクだから。みんなが同じ形をした世界ではボクは生きられない」
エルジャさんが言っていた「世界で一番強い」という言葉。
それは世界の中で、一番浮いているという意味でもあって……。
「色んな形をした者が生きていける世界。ボクはそういう国にしたい」
エルジャさんはそこまで言うと、ハハッ! と高笑いをした。
さっきまで優しい色をしてた目が、今度は悪戯っぽく輝く。
「シーナ君とミカリアム君の件について、ボクは条件をつけるつもりはなかった。国として被害もなく、早く見つけることができてよかったと思っていたからね。でも……気が変わった」
エルジャさんはそう言うと私に向かってパチンとウィンクをした。
「シーナ君をボクの乳母にする!」
「え」
「絶対に乳母にする!」
「え、いや、それは、もうお断りしたはずで……」
「シーナ君が乳母になってくれないと、全部許可しないヨ! シーナ君が乳母になってくれるなら、全部許可する!」
そんな。
そんな権力の振りかざし方があるだろうか。
「す、スラスターさん……っ!」
「このバカの乳母になると、あなたの地位も固まります。問題ないのでは?」
スラスターさんに助けを求めれば、すげなく躱された。
ぐっと息を飲めば、隣から拗ねた目線を感じて……。
「また……シーナさんは……はじめてを奪って……」
語弊。
「……乳母の仕事は……?」
「とくにないヨ! ただ、ボクの頭をときどき撫でてもらいたい!」
「頭を撫でるだけでいいんですか?」
「うん! ボクを殺せるかもしれない手で撫でられると思うと、きっと楽しいと思うんダ!」
そんなスリルに満ちた手だったのか、私の手は……。
エルジャさんがよくわからない。
よくわからないけれど、一つだけわかるのは――
「わかりました」
ソファから立ち上がり、エルジャさんの元へ行く。
エルジャさんはちょっとびっくりした顔で私を見ていた。
「……これでいいですか?」
――きっと、エルジャさんは私に甘えているんだって。
甘えるのが下手なエルジャさんはきっとそんな風にしか表現できないのかもしれなくて……。
だから、金色のふわふわの髪をゆっくり撫でる。
すると、エルジャさんは黙って、されるがまま。
「乳母の初仕事ですね」
「……うん」
何度か手を行き来させたあと。
「……またお願いしたいナ」
そう一言だけ漏らした。






