スキル『台所召喚』はすごい!
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台所から無人島へ戻ると、旅行初日のように、そこはすでにキャンプ地になっていた。さすが我が特務隊。
たき火を囲むように置かれた木のベンチ。
初日と違うのはそこにミカリアム君もいるということ。
「みなさん、器は行き渡ってますか?」
「うん! あるヨ!」
「もしかしたら魚の骨があるかもしれないので、それだけ気をつけてください」
丸ごとの真鯛を使っていて、取り分けが大変だったけれど、ハストさんに手伝ってもらった。
大きな骨は取ったので、それぞれの器には切り身と貝、野菜とスープが入っている。
みんなはその器を持ち、わくわくと私を見ていた。
「では、どうぞ食べてみてください!」
「うん!」
「おう!」
「はい」
私の声を合図に、みんなが食べ始める。
最初に口に入れたのはレリィ君だ。
「おいしい! シーナさん、すっごくおいしいよ!」
「よかった」
「この魚、とってもふわふわだね!」
「うん。ふっくら仕上がったね」
隣に座るレリィ君の若葉色の目がきらきらと輝いている。
すごくおいしそうに食べてくれるから、うれしくて、私も笑顔になってしまう。
「本当だネ! 魔魚がこんなおいしい魚になるなんて!」
次いで、エルジャさんが紫色の目を丸くする。
そして、ハハハッ! と笑った。
「やっぱり人魚漁業は大切だネ! これは閉じ込められないヨ!」
「当たり前だろ。シーナはなにもしない。そういうことを言うのはやめろ」
エルジャさんの言葉を真っ先に否定したのは、意外にもゼズグラッドさんだった。
「冷たいじゃないカ! そんなに首輪が嫌だったのカナ?」
「だから、そういうのをやめろ」
そういえば、北の騎士団にくるとき、ゼズグラッドさんは国の命令で私についていたんだった。
もしなにかあったときに、王宮に私を連れて帰るための首輪。
それがゼズグラッドさんだった。
「シーナ、俺はお前の首輪として、ここにいるんじゃない。お前が言ってくれただろ?」
「はい。――自由の翼、です」
「だよな」
私の言葉にゼズグラッドさんがニカッと笑う。
そして、器にスプーンを入れ、アクアパッツァを口に入れた。
「これも、すげぇうまいぞ! 俺は細かいことは言えねぇけど、すげぇうまい!」
「シャー!」
私とゼズグラッドさんのやりとりを聞いて、ギャブッシュが声を上げる。
私はそれに、ふふっと笑った。
「そうだよね。ギャブッシュも食べよう!」
「椎奈さん、椎奈さんの分は持っておきます」
「ありがとう」
雫ちゃんに私の分の器を託し、私はギャブッシュの分を持つ。
ギャブッシュに向かって、差し出せば、ギャブッシュはそれをぺろんと一口で食べて――
「ンガーァアー!」
ギャブッシュの『おーいしーい!』!
いつものそれに、心がぽかぽかとあたたかくなっていく。
無人島までみんなを乗せてきてくれて、すごくがんばってくれたからね。
ギャブッシュがうれしそうに金色の目を細めるのがかわいくて、よしよしとすべすべの鱗を撫でた。
「シャー」
そんな私をギャブッシュはそっと鼻で押す。
『ほら、食べておいで』と言ってくれているのだろう。
ギャブッシュはいつも私を大切に扱ってくれる。
「じゃあ食べてくるね」
「シャー」
ギャブッシュの体がきらきらと光り、器がなくなるのを確認してから、席へ戻る。
雫ちゃんから、自分の分の器を受け取って、さあ、私も!
「よし!」
まずは真鯛にそっとスプーンを差し入れる。
ふっくらとした身を一口分にして、スープを少しとパプリカを載せた。
それを口に入れれば――
「……おいしい!!」
白身魚の淡白な味わいが貝の旨味の聞いたスープとすごく合う!
味付けが塩こしょうだけとは思えないおいしさ!
「椎奈さん、とってもおいしいです!」
雫ちゃんが私の声に合わせるように、顔を輝かせて私を見つめる。
うるうるの黒目がうれしそうに細まり、頬はほんのりと赤い。
本当においしいと思ってくれていると、その表情を見ればすぐに伝わった。
「この香草もいいな!」
「そうですね。アッシュさんの大好きな草ですね」
「はははっ!」
アッシュさんが高笑いをしながら、おいしそうに食べてくれる。
そして――
「……うまい」
――ハストさんの、おいしいのしるし。
「魚の身がふっくらしていて、とても柔らかい。骨が大き目で離れがいいとは思いましたが、大味というわけではないですね」
「はい。真鯛は脂が多い魚ではないんですが、火を通した身がとても食べやすくて旨味があると思います」
「貝の旨味と野菜やきのこの旨味。そのスープが染み込んだ身。ほんのり香るのはお酒ですか?」
「あ、ワインをいれてます。白ブドウ酒です」
「その香りもわずかにして、味が一体となっていて……。本当にとてもおいしいです」
「……よかったです」
ハストさんの水色の目が優しく細まる。
いつも言葉を尽くしてくれるから、みんなのおかげで、あたたかくなっていた心が、もっとぽかぽかになった。
また食べて欲しいなって。
そう思える。
「ミカ、これであってる? こうやってつかえばいい?」
輝く水色の目を見ていると、器用に丸太に座っていたミカリアム君が、ハストさんと私を見て首を傾げる。
どうやらスプーンを使うのが初めてのようで、見よう見マネでやろうとしているようだ。
「うん。ミカリアム君、あってるよ。左手で器を持って、右手にスプーン。すくって口に入れてみて」
「ミカ、たべるのはじめて」
「あ、これまで食べなくても大丈夫だったんだ?」
「ミカ、おなかすかない。……でも、これはたべてみたい」
「じゃあ、説明したみたいにやってみて」
「うん!」
そう言うとミカリアム君は、おそるおそるスプーンを器へと近づけた。
これまで食事をせずに生きてこられたということは、ミカリアム君はやはり人間とは違うのだろう。
想像した通り、魔魚と人間の間。魔獣と動物の間にいるギャブッシュが一番近い存在なのかもしれない。
「……熱いから、息をかけて冷ますといい」
「いきをかけるの?」
「ああ。ふぅとすればいい」
「あ、こうやるんだよ!」
スプーンでスープと真鯛をすくったミカリアム君にハストさんが声をかける。
たしかに、そのまま口に入れたら、はじめての食事で火傷するようなことになりそうだ。
ギャブッシュは熱くても一口で食べちゃうけど、普通は無理だもんね。
ハストさんの言葉を聞いたレリィ君が、ミカリアム君がわかるように、実際にやって見せている。
ミカリアム君はそれに倣って、ふぅふぅと息を吹きかけたあと、そっと口に入れた。
初めての食べるという行為に不安げだったミカリアム君の表情。それがみるみる間に変わって――
「おいしい!!」
ぱぁっと輝く。
「くちがしあわせってなって、おなかがあったかくなる!」
「わかる! 僕もシーナさんの料理を食べると、あったかくなるよ!」
「……私も」
ミカリアム君の言葉にレリィ君と雫ちゃんが同意をする。
ミカリアム君はそんな二人を見て、パチッと目を瞬かせた。
「おいしいとあったかい?」
「シーナさんの料理はあったかいよ」
「どの料理もそうなるってわけじゃなくて、椎奈さんの料理だからそうなるんだと思います」
「そうなんだ……」
ミカリアム君はそういうと、もう一度、器にスプーンを入れて、スープをすくった。
今度はきのこだ。
まだ食べる動作に慣れていないミカリアム君は少し難しそう。
けれど、スプーンは止まることはなく、しっかりと口に入った。
「おいしい!!」
二度目だけど、一度目と同じぐらいの感動が伝わる。
「ああ! シーナ君の料理は絶品だネ!」
「俺はもう食っちまったぞ」
「ングガオ」
「この貝もおいしいよ!」
「野菜もおいしいです」
「イサライ・シーナは食べることが好きだからな!」
「ゆっくりでいい。骨に気を付けろ」
そんなミカリアム君にみんなが声をかける。
ミカリアム君の澄んだ青い目が困ったようにさまよったのがわかった。
だから、私はその目にそっと笑いかけて――
「ミカリアム君。……おいしいね!」
にんまりと笑いながら言えば、青い目はこらえるようにぐっと細くなる。
「ミカが……ずっときいてた、こえ」
「うん」
「たのしそうなっ、こえ……」
「うん」
「ミカも……っいっしょ……っ」
「そうだね。ミカリアム君も一緒だね」
ミカリアム君の目からぽろぽろと涙がこぼれる。
私はミカリアム君の隣まで移動すると、そっとその目元を拭った。
「ミカっ……じぶんで、ふけないと……だめ、なのにっ」
「大丈夫。ミカリアム君ががんばってるのわかるから。大丈夫」
急いでハンカチを取ろうとしたミカリアム君をよしよしと撫でる。
「できるときは自分で拭いたらいい。できないときは私が拭くから」
だから、大丈夫。
「しぃなっ……しぃなっ……」
「うん。ゆっくり食べよう。私も食べるからね」
「うんっ」
ときにミカリアム君が自分で拭いて。
うまくできなかったときは私が拭いて。
そうして、私たち二人が食べ終わる頃には、全員が食べ終わっていた。
いつものように、みんなの体がきらきら光る。
それはミカリアム君も同じだったようで――
って。
「なんだか、ミカリアム君の下半身だけ、すごく光ってません!?」
消えるお皿に手を合わせて感謝をしていたのだけど、どうもおかしい。
ミカリアム君だけ、ほかの人より、段違いで光っている……!
「しぃな」
「大丈夫! たぶん!」
当のミカリアム君はとくに変なところはないようで、不思議そうに顔を傾けているだけだ。
なので、全然頼りにならない言葉を発しながら、とりあえず光が収まるのを待つ。
すると――
「シーナ様」
――ハストさんが座っていた私をぐっと抱きしめた。
「え」
突然のことにただポカンと口を開けてしまう。
が、抱きしめられたのはほんの一瞬で、すぐにハストさんは私から離れた。
「えっと……?」
「申し訳ありません。光が消える瞬間がわかったので」
「あ、それは大丈夫なのですが……」
「もうミカリアムを見ても問題ありません」
よくわからないが、私からミカリアム君が見えないようにしてくれたようだ。
でも、なぜ、ミカリアム君を見てはいけなかったのだろう。
不思議に思いながら、ハストさんの影から出る。
そして、見たミカリアム君は――
「あしがはえてる」
足が生えている。
「え……。尾びれが……! 足に……!」
光が収まったミカリアム君。
丸太のベンチに座った彼の下半身はさっきまでは、魚のもの、尾びれだったはず。
それが、今はみんなと同じ、二本の足になっていた。
ハストさんはいち早くそれを察知し、私や雫ちゃんの視界を遮るように動いてくれたのだ。
今、ミカリアム君の腰にはハストさんが渡したと思われるマントが巻かれていた、
「いや、待ってヨ……っ、ちょっと、また笑わせてくるのカ……っ!?」
視界の端でエルジャさんがヒィヒィ笑っているのが見えた。
ただ私は呆然とミカリアム君を見てしまう。
すると、ミカリアム君は丸太から立ち上がり、ぴょんと一度跳ねたあと、私をぎゅうっと抱きしめた。
「ミカ! あし! これで、しぃなとずっといっしょ! りくでもずっといっしょ!」
「……なるほど?」
そっかそっか。
ごはんを食べたら、強くなったり、元気になったりするだけじゃなくて、足も生える。
――『台所召喚』はすごい(すごい)。






