人魚漁業
心のやわらかいところがほぼなくなる。
私が奪ったのものは服である。が、レリィ君の口振りからはそれ以上のものを感じ取った。
はっとして周りを見れば……みんなが私を見ている。
どうやら、ギャブッシュで全員、無人島に来てくれたようだ。
……これはよくない。
「これにはわけがありまして……」
ハイライトの消えた目で、説明をしていく。
無人島に来た経緯や、ハストさんの服を着ていた理由。
聞けば、全員が納得してくれた。
……よかった。
さらに、雫ちゃんは着替えを持ってきてくれていた。
なので、服は着替えて、ハストさんへと返すことにも成功。
そうして、一通りのことを終えたあと、ミカリアム君のことを伝えることになった。
王太子であるエルジャさんもいるから慎重に。ミカリアム君の不利にならないように。
そう思ったんだけど……。
「ハハハッ! すごいネ! 本当に人魚ダ!」
私の話を聞き、ミカリアム君の尾びれを見た、エルジャさんは紫色の目をきらきらと輝かせた。
エルジャさんは破顔して笑っている。
他の人はびっくりしたり、考え事をしているようなのに、エルジャさんはすごく楽しそうだ。
そのままミカリアム君の涙が真珠になることも説明し、実際に見てもらう。
「ハハハッ! 本当ダ! 涙が魔石に変わっている! こんなことってあるんだネ!」
ついに、笑いすぎて、お腹を抑えはじめた。
ちゃんと聞いてくれてはいるんだけど、ちょっと笑いすぎかも……?
「それで、あの、ミカリアム君の涙は拭けば、真珠にならないし、ちゃんと管理をすればいいんじゃないか、と思ったんですが……」
「涙がシンジュになるのだから、その前に拭けばいいのカ! 当たり前の発想だけど、シーナ君らしいネ!」
真珠についても、特に追及することはなく、それだけ言うと、ハハッ! と笑った。
気になるけれど、エルジャさんが本当に楽しそうに笑っているので、とりあえず話を先に進める。
・真珠を得た魔魚は魔海から出られること
・ミカリアム君が魔魚を使役できること
・港への魔魚の襲撃は偶然ではなく、ミカリアム君の意思で行ったこと
――それが私に会いたいという一心だったこと。
「ミカリアム君が生まれたのは、ここ最近のようです。私の声が聞こえていて、どうしても会いたかったそうです」
「ミカ、しぃなにあいたかったの。しぃながやらないでっていったら、もうやらない」
「そうカ! なるほどネ! つまりは、やはりシーナ君が元凶だったということカナ?」
エルジャさんはハハハッ! と笑いながら、しっかりと確信を突いた。
パチンとウィンクもつけて。
「スラスターから報告は受けているけど、シーナ君は魔獣を呼び寄せることができたんだよネ? 今は結界が張られたから大丈夫だと聞いている。けれど、シーナ君が頼めば、なんでもする人魚がいて、その人魚が魔魚を魔海から出して操れることができるなら、話は変わるよネ」
楽しそうな紫色の目。
けれど、どこか真剣味を帯びていて、私を試すように見つめている。
なので、私はその瞳に「わかっている」と頷いてから、ミカリアム君へと視線を移した。
「ミカリアム君。ミカリアム君は魔魚をどう思う?」
「どう?」
「仲良しだから、倒して欲しくないとか……」
「ミカはほかのとなかよしじゃない」
「私がここで魔魚をお魚に変えても大丈夫?」
「うん!」
ミカリアム君に魔魚のことを確認する。
こちらを気遣っている様子や無理をしている様子はない。
ミカリアム君にとって、魔魚は「仲良しだから言うことを聞いてくれる」というようなものではなさそうだ。
ハストさんが言っていたように、上位種というような認識で、魔魚は使役するものというだけなのだろう。
「それじゃあ、エルジャさんに見てもらいたいものがあって……」
「ボクに?」
「はい。実際に見てもらったほうが早いと思うので」
「うん、わかったヨ!」
「では、波打ち際まで移動しましょう」
みんなで話していた浜辺から、海に近づく。
そこで私が準備したのは――
「――こちら、包丁です」
――包丁(聖剣)です。
「ミカリアム君、魔魚を一匹呼んで欲しい」
「うん! わかった! 待ってて!」
私のお願いを聞き、ミカリアム君が魔海へと入っていく。
しばらくして、戻ってきたミカリアム君は「あっち!」と指を差した。
「うん。本当に魔魚だネ! 話してくれた通りダ」
ミカリアム君の指差した先には一匹の魔魚が背びれと目を海から出し、こちらを見ていた。
波打ち際まで来ないのは、海の深さが足りないからだろう。
「こっち!」
「ぎょっ!」
なので、それに向かって、手を振る。
すると、魔魚は私に向かって、大きくジャンプした。
そして――
「おいしくなぁれ!」
――うなれ、聖剣!(包丁)
「……というわけで」
ピチピチと砂浜で跳ねる魚。
波止場のときと種類が違ったようで、背中に赤い鱗が光っていた。
――これは真鯛!
「エルジャさんが心配するようなことは決して起きません。私とミカリアム君は漁業にしかこの能力を使わないと誓えます」
――そう。この能力は漁業のためにあります。
「人魚漁業です」
――安心安全の。
こちらを見ていた紫色の目を真剣に見つめ返す。
すると、エルジャさんはぽかんと口を開けた。
「にんぎょぎょぎょう」
そして、その顔はみるみる崩れていって――
「ちょっとっ……ちょっと待って……っ、本当に、なにを言ってるんダ……っ。そんな真剣な顔でっ……ちょっとっ!」
いつもの高笑いではない。
「もう! シーナ君はボクを笑わせすぎるヨっ!」
止めたくても止められない。
「人魚漁業って……っ! その力を漁業にしか使わないと誓うって……っ! 魔獣の王の牙がこんな風に使われて……っ!」
そういう笑いだ。
「おなかいたいっ!」
エルジャさんはお腹を抱えて、ヒィヒィと笑った。






