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無人島と彼シャツと語弊

「シーナ様に頼るな。自分で拭け」

「だって! てがうごかせない!」


 私が急いで涙を拭いていると、ハストさんがミカリアム君へため息をつく。

 ミカリアム君はそれに、むっと言い返した。


「そうだよね、縛られているもんね」


 マント巻きの人魚だもんね。


「解放します」

「はい」


 もう縛っておく必要はないので、ハストさんがマントをほどく。

 ミカリアム君は解放されると、すぐに私へ手を伸ばした。


「しぃな」

「手を繋いでみる?」


 伸ばされた手に私の手を合わせる。

 私より大きな手。ぎゅっと握れば、すぐに握り返された。


「ミカの、たいせつな、ひと」

「あっ! また涙が……!」

「ミカ、じぶんでふく」

「うん」


 流れる涙を忙しく拭いていると、ミカリアム君が手を離す。

 ハストさんに言われたことをちゃんとやろうとしているようだ。


「海水で濡れててごめんね。使ってみて」

「うん! ミカ、すごくすごくたいせつにする!」


 はい、とハンカチを渡すと、ミカリアム君がすごくうれしそうに笑う。

 両手で大切に受け取ってくれ、すぐに涙を拭った。

 それを見たハストさんが落ち着いた声で語り掛けた。


「涙を止めようとしても無理なときもある。これからも自分で拭くことを習慣づけろ」

「うん! しぃなの、はんかちがあれば、できる」


 ハストさんの言葉にミカリアム君が涙を拭きながら応える。

 ハストさんは北の騎士団の副団長だけあって、こういうときの指導や指示がうまい。

 それに、やっぱり優しいと思う。

 私相手ではないから、言葉は厳しいものもあるが、「泣くな」とか「止めろ」ということは言わないところがハストさんらしいよね。


「シーナ様。寒くはありませんか?」


 二人のやりとりを眺めていると、ハストさんが声をかけてくれる。

 私はそれに笑って返した。


「寒くないです。ハストさんがすぐに火を起こしてくれたおかげですね」

「日が落ちました。これからは気温が下がってくると思います。申し訳ありませんが、こちらに着替えてもらうといいか、と」


 ハストさんはそう言うと、乾かしている服へと手を伸ばす。

 火のそばにあったからか、とくに薄手にシャツなどは乾いているようだ。

 というか、私のために乾かしてくれていたのだろうか。


「もう少しで乾きます」

「え、いやいや、乾いたらハストさんが着てください。ハストさんも寒くないですか?」

「濡れている服で夜を迎えると体温が奪われてしまいます。私であれば、今の状態で問題ありません」

「なるほど……」


 ハストさんの言葉に頷く。

 本当なら、島に上がった時点で私も服を脱いで、早く乾かすべきだったのだろう。

 けれど、私が気を失っていたことや、日が落ちるまでの時間を考えて、最適な判断をしてくれたのだろう。

 ハストさんの乾いた服を着て、今、まだ濡れている私の服を乾かす。たしかにそれが一番良さそうだ。


「ハストさん、今、本当に寒くないですか? 服を着なくても大丈夫ですか?」

「はい」

「……それじゃあ、申し訳ありませんがお借りします」


 ここで意地を張って濡れた服を着たまま、体調を崩しては目も当てられない。

 ハストさんの服を一時借りるだけだし、私の服が乾けば、ハストさんも服が着れるしね。


「では、少し外します」

「なんで、ミカをもつの!? ミカはしぃなといる!」


 ハストさんが立ち上がり、ミカリアム君を腕に抱える。

 すると、ミカリアム君はピチピチと尾びれを跳ねさせた。


「女性の着替えは見るものではない」

「そうなの?」


 ハストさんははぁとため息をつきながらも、説明をする。

 ミカリアム君はきょとんとした表情になって、暴れるのをやめた。

 やはりミカリアム君は生まれたばかりだし、人間界の常識などはわからないんだろう。

 けれど、教えればすぐに理解してくれるし、ハストさんはしっかり教えてくれる人なので、なんとかやっていけそうだ。

 見逃しがちだが、ピチピチと跳ねるミカリアム君を抱えて動けるのも、ハストさんの強さがあってこそ。

 さすがハストさん。

 うんうん、と頷きながら二人の背中を見送る。

 そして――


「着替えました!」


 着替え終わって、声を上げる。

 ハストさんとミカリアム君の姿は見えないけれど、声が届く範囲にいるだろう。


「戻ります」


 判断は正しかったようで、すぐにハストさんの声が返ってきた。

 反応を確認し、私はいそいそと自分の身を整える。

 いや、整えるほどのものではないんだけど、ちょっと気になってしまって……。

 今までの服はハストさんの服と交換するように、乾かしている。

 その代わりに私が着ているのはハストさんのシャツと、上着。

 ハストさんのシャツは大きくて、一枚でもワンピースのようにはなっているが、ちょっと短い。いや、雫ちゃんなら、すごくかわいいとは思う。私には短すぎる。

 なので、即席ベッドの端にこしかけ、上着をしっかりとひざ掛けとして使用させてもらった。

 私はもう立ち上がれない。恥ずかしいのだ……!

 照れても仕方がないが、気持ちはどうしよもない。

 ハストさんが近づいてくるのを感じてはいるが、顔を上げることはできなくて……。


「ハストさん、その、ありがとうございました。シャツと上着をお借りしています」


 すぐそばでハストさんが立ち止まったのがわかったので、お礼を伝える。

 ……伝えたんだけど?


「……えっと、ハスト、さん?」


 いつもならすぐに反応してくれるハストさんからの反応がない。

 不思議に思って、顔を上げる。

 すると――


「えっと……大丈夫ですか?」

「……はい。申し訳ありません」


 ――ハストさんの目元がすごく赤い。


 ミカリアム君を脇に抱えたまま、ハストさんが立ち尽くしていたんだけど、いつもと様子が違う。

 火に照らされたハストさんの目元が赤くなっていて、私をすごく見ている気がする。


「やっぱり寒かったですか?」

「いえ、そうではなく。……そのままで」


 慌てて立ち上がろうとすると、ハストさんがスッと手で制した。

 どうやらひざ掛けにしていた上着がずれてしまったようだ。

 そう。私は今、立ち上がってはいけないのだった……。


「あ、ですね……はい」


 よくわからない言葉を返し、すぐに座り直して、上着をしっかりと掛ける。

 私も顔が赤くなった気がするが、これは気のせいだろう。うん。


「どうしたの? どうして、ふたりとも、かおがあかいの?」


 ハストさんの脇に抱えられたミカリアム君が、不思議そうに顔を傾ける。

 ……今は、その話は置いておこうか。


「……火のせいだ」


 ハストさんがミカリアム君にそう言いながら、地面に降ろす。

 うん。わかる。


「火って温かいですよね」


 そう! これは火のせい!


「そうなの?」


 ミカリアム君は相変わらず不思議そうにしているが、ハストさんはコホンと咳払いをすると、周りを見渡した。


「シーナ様、ここにいるのもそう長い時間ではないと思います」

「あ、そうですかね」


 話題が変わったことに感謝しながら、その話に乗る。

 紫色だった空はすでに黒へと色を変えていた。

 これでは探すのも大変かと思ったけれど、そうでもないらしい。


「日が暮れたのは悪い面もありますが、捜索に関していえば、そう不利でもありません。波止場にシーナ様と私が向かったことはレリィたちも知っています。海域を捜索する際、夜に火を焚けば、すぐに目につくでしょう」

「そうですね。案外、遠くからでもこの火が見えているかもしれませんね」


 なるほど。たしかに、暗闇で光っているものは見えやすい。

 このオレンジ色のたき火が遠くから見えていればいいんだけど……。


「ギャブッシュがいれば、すぐにこちらへ向かうか、と」

「……ですね! きっと、みんなすぐに来てくれますね」


 ハストさんの言葉に、しっかりと頷く。

 無人島に漂着(人魚とともに)なんて、滅多にないことだろうが、みんなならすぐに見つけてくれるだろう。

 これまでもハストさんがいてくれるので、不安だったわけではないが、先の見通しがつくと、より安心だ。


「ミカリアム君、すぐにみんなが来てくれると思うから、話してみようね。どこか海沿いでミカリアム君も一緒に過ごせる場所がいいね」


 ハストさんと私のやりとりを聞きながら、涙を拭っていたミカリアム君。

 私の言葉に青色の目をパチパチと瞬かせた。


「ミカ、しぃなといっしょ?」

「うん。みんなで考えれば、きっといい方法があると思う。それに――」


 これは最終手段だけど。 


「ミカリアム君が捕まるようなことがあれば。――逃げようか」


 私だけならばいい。

 でも、もし、この国がミカリアム君を捕まえて、利用しようとしてきたら。


「本当はこんなこと言っちゃダメかなと思うんだけど……。」


 ――みんながいれば、どこにでもいけると思うから。

 ――ハストさんがいれば、なにも怖くないと思うから。


「――あなたの望みのままに」


 私がそう言うと、ハストさんは微笑んで、すぐに頷いてくれた。

 『逃げよう』なんて言う私を否定するわけでも、責めるわけでもなく。


「私が必ず、あなたの道を守り抜きます」


 ――かっこいい人だなって。


 本当にそう思うから……。


「シーナさん!」

「椎奈さん!」


 そのとき、上空から声がした。

 この声はレリィ君と雫ちゃん!


「ここだよ!」


 声のかかった方角に手を振る。

 そこにはギャブッシュがいて、背に籠を載せている。

 みんなで揃ってきてくれたようだ。


「シーナさん!!」

「椎奈さんっ……!」


 ギャブッシュが近くの砂浜に着地すると、背からすぐにレリィ君と雫ちゃんが飛び降りてきた。

 二人ともそのまま私に向かって走ってきて――


「レリィ君! 雫ちゃん!」


 立って迎えてあげたいけれど、ちょっと今は立てない。

 すると二人はたき火を避けて、そのまま私にぎゅうっと抱き付いた。


「わっ……」


 両側から抱きしめられる。

 その強さで、二人が本当に心配してくれているのが痛いほど伝わった。

 二人を安心させるようにトントンと背中を叩けば、二人ともゆっくりと顔を上げて……。


「僕のせいで……!」

「私が遅かったから……!」


 二人の口から出てきたのは、自分を責める言葉。

 優しい二人のことだから、そうなるだろうと思ったけれど、それは違う。

 なので、はっきりと首を振った。


「全然、二人のせいじゃないよ」


 そう……。本当にまったく違います……。


「私が、勝手に一人になって波止場に行ったせいだから」


 はい。


「……はしゃぎ方がおかしかったから」


 ね。


「二人とも心配させてごめんね。見つけてくれてありがとう」


 二人がこれ以上、自分を責めてしまわないように、笑いかける。

 すると二人はもう一度ぎゅっと私を抱きしめて、ゆっくりと離れた。


「椎奈さんが無事でよかったです……。でも、あの……服装が……?」

「あ、これはハストさんに借りたんだ」


 雫ちゃんはちょっと落ち着いたところで、私の服装の変化に気づいたらしい。

 なので、服のことを説明すると、なんともいえない顔をしたあと、「そういうこともありますよね」と呟いた。

 ……ん?


「シーナさん……僕たちが心配してた間に……」


 みんなを見回したレリィ君。

 火に照らされた頬がぽっと赤くなった。


「シーナさん……」

「え、なに? え?」


 うっとりとした眼差しが、すこし拗ねたように変化した。

 小悪魔的眼差しに心のやわらかいところがガリガリと削れる音がした。


「シーナさん以外、裸……」


 レリィ君の視線の先。

 そこには上半身裸のハストさんとミカリアム君。

 ちょうどマントがかかっていたため、ミカリアム君の尾びれは隠れていた。


 ……たしかに……そういえば。

 そう言われれば、私以外は裸だね。


「シーナさん」


 うっ……。


「無人島で、二人を奪ったの?」


 語弊。

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台所召喚    事なかれ令嬢のおいしい契約事情

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台所召喚コミックス2巻
― 新着の感想 ―
[良い点] ハストさんのやさしさが素敵。涙が止められないとしても自分で拭けって、なかなか言えない。 [一言] なんでかしら、ちゃんと「人魚」って書いてあるのに、私の頭の中でミカリアム君の見た目がアマビ…
[一言] これは語弊があるわけではなく誤解が生まれたのでは?
[良い点] 語弊来ましたーっ!www [気になる点] シーナ様は昆布巻きになると 思ってましたw [一言] てっきりミカ君が語弊系だと。 インストール系天然ボケ不発。 レリィ君が来た瞬間に 安心して語…
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