真珠の真相5
本日は2話更新しています。
まだ読んでいない方は前話からお読みください。
引き続き、雫視点です。
「つい……た……っ」
走り込んだ中央広場は準備が進んでいるようで、たくさんの人がいた。
一度、立ち止まって、切れる息をそのままに、大好きな人の姿を探す。
でも、見当たらなくて……。
「レリィ……君……っ?」
代わりに見つけたのはレリィ君だった。
人並みに揉まれて、しんどそうだ。
まだ幼いレリィ君は、周りを取り囲んでいる女性よりも背が低い。
ああなってしまうと、うまく逃げるのは難しいだろう。
レリィ君が必死に視線を飛ばす先。
そこには――
「っ椎奈……さんっ!」
路地裏へと入っていく、椎奈さんの背中が見えた。
レリィ君は人に阻まれて、見えないのだろう。
もし、椎奈さんが連れていかれるのを見れば、そのままにしておくはずがない。
相手が港の人だろうと、炎の魔法を使って、椎奈さんの元に行くはずだ。
だから、私が……!
私が椎奈さんの元に行かないと――っ!
「あら! いらっしゃい!」
「あなたはこっちよ!」
「どうしたの? こんなに息を切らして」
「あのっ……すみません、私っ……!」
「こっちで休みましょう!」
「楽しみで走ってきてくれたのね?」
「あら、かわいいわね!」
「っ……そうじゃなくてっ」
消えた椎奈さんの背中を追いたいのに……っ!
私の周りにもあっという間に人垣ができて、うまく動けなくなる。
息が切れているせいで、言葉がうまく伝わらない。
焦っていると、そこに大きな影が落ちてきて――
「大丈夫ですか? ミズナミ様」
「あっ……シロクマの……っ」
騎士の人だ。
私一人では脱出できなかった人垣から、私のひじのあたりを掴み、救い出してくれる。
さっきまで私の周りにいた人は、シロクマの騎士に熱視線は送っているものの、取り囲んでは来ない。
シロクマの騎士は話しかけやすい雰囲気ではないので、みんな遠巻きにしているのだろう。
やっと自由に動けることにほっとして……。
そして、すぐに息を飲んだ。
ここにシロクマの騎士がいるということ。
それは椎奈さんが一人になっているということで――
「あ、あのっ、椎奈さんは!?」
「シーナ様と私は別行動でした。私は市場にいたので、シーナ様はレリィとここに向かったはずですが……」
「今っ、椎奈さんは一人でっ……あのっ、人に連れられて……っ路地裏に……っ」
私の言葉にシロクマの騎士の目の色が変わったのが分かった。
「シーナ様はどちらへ?」
低い声。
「あの召使い? あの人なら宿に帰るように伝えたはずだけど」
「宿へ?」
「ええ。『あなたの席はない』って伝えたと思うわ」
あっけらかんとした声にシロクマの騎士のまとう空気が一段と下がったのがわかった。
そして――
「そのような対応はやめていただきたい」
シロクマの騎士は手近にあった大きな街路樹に手を当てた。
その途端、街路樹は根元付近からいきなり折れる。
10mはありそうなその樹をシロクマの騎士は軽々と持ち上げて――
「さもなくば……」
――石畳に向かってグサッと刺した。
「この樹がこの港の墓標になります」
『ぼひょう』
突然の出来事と、凍った空気に静まり返る広場。
そして、シロクマの騎士はもう一度、聞いた。
「シーナ様はどちらへ?」
「ひぃっ……は、波止場だと……」
小さく悲鳴を上げた女性が、怯えながらも返す。
シロクマの騎士はそれを聞き、素早くレリィ君を呼んだ。
「レリィ。ミズナミ様を」
「ごめんなさいっ……僕のせいで……」
「今は反省より成すべきことを」
「……っはい」
それだけ言うと、シロクマの騎士は波止場に続く道に向かって走り出す。
その素早い動きは、一刻も早く向かいたいのだろう。
私は遠くなる背に向かって、叫んだ。
「幽霊です……っ! 幽霊に気を付けてください!」
「わかりました」
あの騎士なら椎奈さんを守ってくれる。
そう思うけれど、胸がざわついて――
「な……にあの人……」
「……こわい……」
シロクマの騎士がいなくなったからか、凍っていた空気がゆっくりと元に戻っていく。
すると、私を囲っていた人たちが、また私の周りに集まった。
「……もう、なんなのかしらね!」
「こわかったでしょう?」
「ね? あなたは宴会に参加するわよね?」
「……私はっ」
こんな中、宴会なんて気分にはなれない。
それに、もし、椎奈さんにさっきみたいなことを言ったのだとすれば……。
「……みんな、僕の炎が魔魚を灰にしたのを見た?」
私が顔を顰めていると、私のそばまでやってきたレリィ君がにっこりと微笑む。
とても艶やかに。
そして――
「灰になりたくなかったら、離れろ」
――冷たい目で言い放った。
「僕たちはちやほやされて喜んでいたわけじゃない。シーナさんが楽しく過ごせるように大人しくしていただけだよ。勘違いしないで」
突き刺さった丸太とレリィ君の冷たい目。
レリィ君があたりを見回すと、「ひぃっ」と声が漏れた。
「シズクさん、宿に戻ろう」
「うん……そうだね……」
レリィ君の言葉に頷く。
もうここにいても意味はない。
椎奈さんのことは、シロクマの騎士がなんとかしてくれる。
きっと……。
「僕のせいだ……」
宿への帰り道、レリィ君がポツリとこぼした。
「僕が任されていたのに……それなのに……」
レリィ君は泣きそうな顔をしていて……。
その気持ちが痛いほどわかるから……。
「強く……なりたいね」
「……うん」
きっと、レリィ君と私が思っていることは同じ。
シロクマの騎士ぐらい強ければ……。
もっと、自分に力があれば……。
「……早く大きくなりたい」
「うん……」
レリィ君が大きくなれば、きっと椎奈さんを守れるようになる。
宿へ向かいながら海を見下ろせば、沈んでいく夕日が見えた。
「椎奈さん……」
きっと、大丈夫、だよね……?






