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真珠の真相4

引き続き、雫視点です

 王太子はそう言うと、また私たちに食事を勧めた。

 もう食事をする気持ちにはなれなかったけれど、アシュクロードさんが食べ始めたのを見て、私もスープを口に入れる。

 魚介のダシが効いたスープは少し冷めてしまっていた。

 結局、食べ終わってもスラスターさんは来ず、たぶん、まだ漁をしているか、密漁者との話をしているのだろう。


 一度、宿に戻っても良かったが、アシュクロードさんが「イサライ・シーナに見せたいものなどを探すのはどうですか?」と提案してくれたのでそうすることにした。

 椎奈さんは波止場や宿の近辺にしか言っていないので、波止場の反対側に近いこのあたりには来ていないはずだ。

 どんなものが喜ぶかな……と考えると、心が持ち上がる。

 私たちが席を立つと、王太子のそばには、また女性が集まり、そのまま留まることにしたようだ。


 港街を散策して、私が見つけたのは、かわいい雑貨屋さんや、クレープの露店のようなもの。

 アシュクロードさんは花屋さんを見つけて、そこに椎奈さんと行きたいようだ。

 そうしていると、夕方になっていて、そこでようやくスラスターさんが合流した。


「遅くなりました」


 またカフェテラスに集まった私たち。

 スラスターさんは何枚かの紙を王太子に渡した。


「商談の成立書と今後の王都への入荷の手順です。領主や国に届け出ることのない違法売買にあたります。とりあえずそちらで捕縛すればいいでしょう。シンジュが魔石であることは、まだ少数しか知らないので、厳罰に当たる魔石の違法所持や売買についてはまだ適用するつもりはありません。新しく法や規制を作ってからでいいでしょう」

「うん、わかった」

「ただ、これまでシンジュを売って得た利益はわかったものの、相手はわかりませんでした。観光客に場当たり的に売っていたため、顧客名簿のようなものはありません」

「王宮に帰ってから法律や規制の手回し、すでに出回ってしまったシンジュの捜索。……いやだナ。仕事が増えた」

「それぐらいはしてもらいます」


 顔を顰める王太子にスラスターさんはきっぱりと言い放つ。

 そして、眼鏡をクイッとあげると、私を見た。


「シズク様のおかげで非常に円滑にことが運びました。貴族令嬢がお忍びで旅に来ているとすっかり信じていただけました。宿に帰らず、ここで散策したことも、信ぴょう性が増す材料になったようです」

「……見られていたんですね」

「ええ。遠目から部下にこちらのことを見張らせていたようです。ヴォルヴィやレリィにもついていたようですが、あちらも魔魚を倒した以外に怪しい行動はなく、観光とみなされたようです。すでに、見張りはやめたようです。あちらの部下の報告が私にも聞こえていたため、状況把握に役立ちました」

「ボクの情報も役立ったはずだヨ?」

「そうですね。女性たちと派手に遊んでいるおかげで、まさかこんなバカが王太子だと思う者はだれもいませんね」

「ハハッ! ボクは擬態がうまいからネ!」


 王太子は笑うと、紙をスラスターさんに返す。

 スラスターさんは紙を懐に収めると、「さて」と呟いた。


「密漁者の関係者はすべて捕縛でいきましょう。ゼズグラッドがすでに領主への手紙を届けているはずです。夜明けにはここへ到着するでしょう」


 どうやら、ゼズグラッドさんは女性から逃げ回っていただけではなく、任務も行っていたらしい。

 ……私たちが知らないぐらいだから、密漁者たちはそれを知ることはできないだろう。


「じゃあ、あとはボクが暴れれば終わりだネ! 普通の人間が二十人だったカナ。……つまらないナ。すぐに終わってしまう」

「では、領主の手配した騎士が来るまで待ちますか」

「絶対にいやだネ! なにもしないほうがもっと面白くないじゃないカ!」


 そう言うと、王太子はイスから立ち上がった。


「さあ行こう! 案内はだれがする?」

「私は事務仕事があります」

「では、私が」


 王太子の言葉にアシュクロードさんが立ち上がる。


「よし! 二人で暴れようじゃないカ! でも、できるだけボク一人で楽しみたいから、アシュクロードには倒した敵に縄をかけることを主にやってもらいたいナ!」

「わかりました」


 王太子とアシュクロードさんが去っていく。

 たった二人でアジトに乗り込むのは危険だと思うが、王太子の態度やスラスターさんの様子を見るに、できると判断したのだろう。

 王太子から見ると、楽しいイベントの一つ、といった感じなのかもしれない。……理解はできないけど。


「では、私たちも行きましょう。中央広場にはシズク様も呼ばれているはずです。途中まで送ります」

「はい」


 中央広場までは歩いて三十分といったところだろう。

 中央とは名づけられているが、かなり波止場に近い場所にある。

 スラスターさんと二人でカフェテラスを立つ。

 すると、スラスターさんが「そういえば」と話を切り出した。


「シンジュはシズク様の世界では貝から採れるんでしたね」

「はい」

「どうやら、こちらでは違うようです」

「……そうなんですか?」

「漁では砂底を網でさらい、直接、シンジュを探していました」

「直接……」

「貝を探しているのではないのか? と聞くと、笑って答えてくれました。『オレたちが追っているのは幽霊だ』と」

「幽霊……?」

「ええ。幽霊の噂が出たところに、シンジュがある」


 その言葉に胸がざわっと騒いだ。

 「会いたい、会いたい」と泣く幽霊。

 椎奈さんにだけ聞こえる、真珠から伝わる「会いたい、会いたい」という声。

 ……もし、その幽霊が真珠の発生源だとしたら?

 椎奈さんが、またなにかに巻き込まれているのだとすれば――?


「わ、たし、椎奈さんに伝えに行きますっ!」


 胸の前で拳を握る。

 胸のざわめきなんて気にしなくていいかもしれない。

 でも、一刻も早く伝えたほうがいい。そういう予感がする……。


「シズク様の反応を見ればわかると思いましたが、やはり幽霊が本命かもしれませんね。シズク様の予感はよく当たる」


 スラスターさんはそう言うと、眼鏡を直した。


「今はレリィとともに宿屋にいるはずです。中央広場に招待されていると聞いていますが、現在の居場所は定かではありません。私はこのまま宿へと戻ります。会うことができれば伝えましょう」

「じゃあ私は、中央広場へ……!」

「ヴォルヴィは昼から市場で魔魚の処理の手伝いをしているとも聞いています。レリィがそばいて海側にはヴォルヴィがいる。そして、私は宿へと行き、シズク様は中央広場へ。……普通はなにも起きるはずがありませんが、普通ではありませんからね」

「……っ」


 そう。椎奈さんは巻き込まれやすい。

 だから、早く行かなければ……!

 スラスターさんとの会話の時間ももったいなくて、その場からすぐに走り出した。


「椎奈さん……っ」


 まだ宿にいてくれればいい。

 そうすれば、スラスターさんが間に合って、話を伝えてくれるはず。


「……っは」


 レリィ君と中央広場にいてくれればいい。

 そうすれば、二人で楽しく過ごしてくれているはず。


「はっ……」


 もし、なにかあって海に近づいて……幽霊のなにかに巻き込まれていたとして……。

 でも、そこに、シロクマの騎士がいてくれれば……!


「……うっ」


 一気に走り出したせいか、みぞおちのあたりがぎゅうぎゅうと痛くなった。

 でも、気にせずに足を前に出す。


「私は……平気っ……」


 私は『神の愛し子』だから……。

 この世界に来て、不運だったことなんてない。

 王宮の豪華な部屋で豪華な食事を摂っていた私。

 それに比べて椎奈さんは……。


「……はっ」


 走っていると当たり前に、息が上がる。

 呼吸がどんどん速くなって、荒くなって。

 五分も走れば、体は重くなって、休憩しようって弱い心も顔を出す。

 でも――


「……は……っ」


 伝えないと……。

 いつも大変なことに巻き込まれてしまう椎奈さん。

 気を付けるのは『幽霊』だって知っているだけで、きっと危険は少なくなるから……。


「はっ……っ……」


 もう足を止めたい。

 歩いて、息を整えたい。

 こんなに必死にならなくてもいい。


「……はっ」


 そんな気持ちを捨てるように、ぎゅっと拳を握って、足をさっきより大きく前に出した。

 また一段、グッとスピードが上がる。


「椎奈さん……っ」


 この世界に来てから、ずっと大変だったのに……。

 それでも、いつも笑顔だった椎奈さん。


 「大丈夫」って、言ってくれて、ありがとう。

 「楽しいね」って、笑ってくれて、ありがとう。


 ――優しさを分けてくれて、ありがとう。


「……走れるっ」


 ――あなたのためなら。


 しんどくても。苦しくても。

 どこまでも走っていけるから。

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