真珠の真相2
引き続き、雫視点です
男性のあとに続き、私たちは路地裏の地下にある店から移動した。
案内されてついたのは、波止場とは反対の岬のそばにある小屋。
人目から隠れるように存在しており、私たちを案内する最中も周りを確認し、見つからないように徹底していた。
……ここが密漁者のアジト。
案外、簡単に来ることができたと思うが、きっとスラスターさんのお金の使い方や、昨日のうちにしたと言っていた手回しが良かったのだろう。
「昨日から変なヤツらが嗅ぎまわってるとは聞いてたが、こんな美人だったなんてな」
……私がいたことも良かったようだ。
「外から見ると狭い小屋にしか見えませんが、中は広いですね」
「すげぇだろ、岬から下の海岸まで掘ってあるんだ。この岬の下はちょっとした洞窟みたいになってて、そこに舟を入れてあるんだ」
「それで港の者に気づかれずに漁ができるということですか」
「ああ。港のヤツらに見つかるとやれ停泊料だ、漁協の組合費だと取られるもんが多すぎる。魔海のあたりにも近づくなってうるせぇ」
小屋に入り、地下への階段を降りながら、話していく。
すると、地下から声が聞こえてきて――
「親分! 魔魚が出たらしい!」
「あっ、マジか!」
「波止場に出て、市場のあたりにいるって」
「よし、じゃあ出るぞ!」
「おう!」
地下からやってきた男性はそれだけ言うと、すぐに階段を駆け降りていった。
どうやら魔魚が出たようだ。
昨日の夜みたいな感じだろうか?
椎奈さんたちは市場に行くと言っていたようだけど、大丈夫だろうか……。
胸がざわつき、俯きそうになる。
すると、隣から視線を感じた。
その視線はスラスターさんのものだ。
『不安を表情に出さないでいただきたい』
そう言われたのがわかって、俯きそうになるのを必死でこらえ、前を向いた。
「……あちらには北の犬と弟君がいる」
小さな声。
前を行く男性には聞こえないぐらいの音量で聞こえてきた。
これは後ろにいるアシュクロードさんの声だろう。
だから、大丈夫だ、と。そう伝えてくれているのだ。
「魔魚がいるタイミングで漁に出るのですか?」
私が落ち着いたのを確認してから、スラスターさんが男性へ疑問をかける。
そう。私たちは密猟者が海を荒らすから、魔魚が出没するのではないかと考えていた。
けれど、今、行われているのは逆のことで――
「港のヤツらは勘違いしてるけど、オレたちが漁に出るから魔魚が出るんじゃない。魔魚が出てから漁に行ってるんだ」
「そうだったのですか」
「魔魚が出ると、港のヤツらは寄港するし、しばらくはその海域には近づかないからな。そこへ行けば楽に漁ができる。最近は港のやつらの監視も厳しいから、魔魚はオレたちにとっては幸運の合図だな」
男性はそう言うとニヤニヤと笑った。
……こういうのを火事場泥棒と言うのだろうか。
港の人たちが困っている中で、自分たちの利益のみを得ようとする姿勢は好きになれない。
ましてや、今は椎奈さんがこの港の暮らしを守れるように、と心を砕いている中だから……。
さすがに嫌悪感が顔に出そうになると、スラスターさんも同じタイミングで鼻を片手で覆った。
男性は私たちを見ておらず、そんな仕草には気づかなかったらしい。
「というわけで、オレたちは漁に出る。話はあとだ」
引き続き階段を降りながら、男性は話を続ける。
すると、スラスターさんは「それならば」と提案をした。
「私が一緒に漁にいっても構いませんか?」
「あ?」
「実際に魔石がどれぐらい獲れるのか知っておきたい。王都にどれぐらい入れることができるか知りたいので」
「なるほどな」
男性はふむ、と頷き、足を止めた。
そして、振り返って、私をじっと見る。
「オレには想像できるぞ。嬢ちゃんが白い魔石をつければ、さぞ評判になるだろう」
「ええ。社交界でただちに噂になるでしょう。あの宝石はどこのものか? あなたは私を足掛かりに王都へ進出し、私は金を得る。お互いにいい話です」
「ああ、オレはこんな港で生涯を終えるような男じゃないと思ってたからな!」
「ええ。ぜひ漁を見せていただき、話も進めていきましょう」
「わかった。お前を舟に乗せてやる」
足を止めたのは、一番下の階層へついたからのようだ。
そこまで言うと、男性はまた歩き始める。
階段を降りた先は石の壁の廊下になっており、私たちもあとに続いた。
そして、突き当たりのドアを開けると、そこには――
「ここがオレたちの本拠地だ」
――海賊のアジト、というような光景が広がっていた。
話にあった通り、岬の下は大きくくり抜かれたようになっており、、地面の半分ぐらいは水が溜まっている。
たぶん、これは海水で洞窟は海へと続いているのだろう。
舟は想像よりも大きくはなくて、小舟が十艘ほど。
洞窟の海水ではない部分は木の床もつけられ、作業場と倉庫のような使い方をしているようだ。
たぶん、ここで真珠の選別や加工、保管をしているのだろう。
今は魔魚が出たタイミングで漁に出るということで、舟の準備が忙しそうだ。
見えるのは男性だけで、だいたい二十人ぐらい。
「……本格的ですね」
どう伝えるのが正解かわからないが、とりあえず貶すようなニュアンスにならないように気を付ける。
私の言葉を聞いて、男性はギャハハッと笑った。
「嬢ちゃんみたいな上品な人間は言うことが違うな。――おい、この嬢ちゃんと後ろの男を見とけ。適当に案内してやってもいい」
「うっす」
男性がそのあたりにいた人に声をかける。まだ若そうな男性だ。
どうやら、私とアシュクロードさんの案内……というか、監視だろう。
「じゃあいくぞ」
「はい」
私とアシュクロードさんを置いて、一人だけ男性についていく。
大丈夫なのだろうか。さっきから鼻を抑える回数が多いようだけど……。
「私のことは気にしていただく必要はありません」
それだけ言うと、スラスターさんは舟に乗りこみ、漁へと向かった。
私とアシュクロードさんは、アジトの中を少しだけ案内してもらい、応接室のような場所で待っていたのだが、時間だけが過ぎていく。
「まだ帰ってこねぇな。どうする? ここにいてもいいが、昼は出ないぞ」
そうして待っている間にお昼になってしまったようだ。
会話はしてみたが、私たちの相手をしていた男性はかなりの下っ端のようで、新しい情報も得られそうにはない。
アシュクロードさんも見ると、あちらも私を見ていて、たぶんお互いに考えたことは同じだろう。
……ここにいても、できることはない。
スラスターさんから他の指示はもらっていないし、私の役目はこれで終わりなのかもしれない。
「では、昼食を摂るため、港へ戻ろうと思う。案内を頼む」
「うっす」
アシュクロードさんはスラスターさんを待つことはなく、私と一緒に港へと戻ることを選択したようだ。
スラスターさんは自分のことを気にするなと言っていたし……。
案内され、密漁者のアジトから港へと戻った。
とりあえず、昼食を摂ろうということで、近くのカフェテラスへと入る。
「食事はここでいいでしょうか?」
「はい……なんでもいいです」
「なにか食べたいものはありますか?」
「……なんでもいいです」
別にお腹は空いていないが、食べておいたほうがいいだろう。
なんでもいいと言われても困るだろうが、本当に思い浮かばなかったのでそう返す。
「わかりました。食べられそうなものをお持ちします」
アシュクロードさんは、これまで接してきたことのある特務隊の騎士の人とちょっと似ている。
ちゃんと礼儀正しくて、ちゃんと敬語でちゃんと丁寧で――よそよそしい。
私が聖女であることを前提に接しているのだろう。
椎奈さんの前では、よく笑ったり怒ったりしているので、別人みたいだ。
……それは私も同じだろうけど。
「こちらをどうぞ。食べられなかった場合は取り替えます」
「これで大丈夫です。ありがとうございます」
アシュクロードさんが持ってきてくれたのは、野菜のスープと玉子の炒めたようなもの。食欲がなくても食べられそうなメニューだった。
「あー……その、あなたはイサライ・シーナが好きなのですね」
「はい」
「今日もその……とてもがんばっている姿を拝見しました。疲れていると思いますので……。あー……。早くいろいろと終わらせて、イサライ・シーナに会いましょう」
「……そうですね」
アシュクロードさんはつっかえながら、ゆっくりと話してくれた。
選んでくれたメニューやその言葉から、優しい気質なんだな、と感じる。
私を元気づけようとしてくれているのはわかるので、頷いてからスープを一口入れる。
アシュクロードさんの言う通り。
早く終わらせて、椎奈さんとたくさん遊ぶ。そのためにはがんばらないと……。
そう思って、もう一口スープを飲み込む。
すると、騒がしい一団が向かってきて――
「やあ! そこにいるのはシズク君とアシュクロードじゃないカ! 二人でデートかナ? ずるいヨ! 僕も混ぜてもらいたいナ!」
ハハハハッ! と笑う王太子と周りを取り囲む女性たちだった。






