めしつかい
ハストさんとアッシュさんがじゃれているのを見ながら、雫ちゃんと一緒に海で遊ぶ。
朝の海の水は少し冷たかったけれど、水を掛け合ったり、少し泳いだり。
途中でギャブッシュも砂浜に来てくれて、ボール遊びもした。
ボールの大きさはちょうどバレーボールぐらい。材質はよくわからないけれど、軽くて海遊びにはぴったりだ。
ボールをギャブッシュが上手に尻尾で弾く。
青い空に白いボールが高く舞い上がって――
「椎奈さんっ! 行きました!」
「うん! 任せて――っ」
白い砂浜を裸足で蹴れば、足を取られて、いつもより動きにくい。
グッと足に力を入れれば、砂が動いて足跡がついた。
空を見上げて、白いボールの真下に行く。そして、ボールが落ちてくるタイミングに合わせて、両手を揃えて、トスをした。
「雫ちゃんっ!」
「はいっ!」
私が空に上げたボールは雫ちゃんの元へ。
雫ちゃんはバレーのレシーブをするように、腰を落として体の正面で手を組み、しっかりと構える。
タイミングよく打ち返されたボールはギャブッシュへと向かっていった。
「ギャブッシュー!」
「シャーッ!」
呼べば、ギャブッシュが尻尾を振って、ボールを弾く。
けれど、ボールはちょうど尻尾のゴツゴツした部分に変に当たったようで、大きく飛んでいった。
「わぁ!」
「あっ!」
私と雫ちゃんは思わず声を漏らしてしまう。
大きく飛んでいった白いボールは、私と雫ちゃんの頭上を越えていき、砂浜に一度落ちた。
そして、そのままコロコロと波打ち際まで転がっていった。
「私、取ってくるね!」
雫ちゃんとギャブッシュに声を掛け、波打ち際まで急ぐ。
波に乗って、行ったり来たりするボール。
それを取るために、少しだけ海に入れば、足首の上をさらさらと波が撫でていった。
「雫ちゃん、行くよ!」
さっき雫ちゃんがやっていたみたいに構えて、ボールを思いっきり弾く。
すると、ボールは雫ちゃんの元へと飛んでいった。
「椎奈さん、ありがとうございます」
「うんっ」
雫ちゃんはボールをしっかりキャッチすると、私に向かって、手を振る。
私はそれに手を振り返して――
「この時間がずっと続けばいい……」
「ゼズグラッドさん……」
砂浜に立ち、私たちを見つめていたゼズグラッドさんが、くぅと胸を抑える。
ゼズグラッドさんは参加していないのに、この時間が続けばいいとは……?
「海に来て、よかった……」
そして、しみじみと呟く。
……うん、幸せそう。
昨日から女性に追いかけ回されたり、魔魚の対応をしたりとがんばってくれているので、楽しんでくれているのならいいんだけど……。
「雫ちゃん、そろそろ着替える?」
「そうですね、日も登ってきました」
そうして、遊んでいるとあっという間に、いい時間になった。
ハストさんとアッシュさん、ゼズグラッドさんとギャブッシュに一度別れを告げ、宿に戻る。
シャワーを浴びて、着替えたあと、朝食に果物を軽く摂った。
そして、さあ、観光と調査をがんばろう! となったのだけど……。
宿を出たところで、みんなで合流し、二手に分かれようというところで、それは起こった。
――なんと、港の女性が押し寄せてきたのだ。
「この宿にみなさんがいるんでしょう!?」
聞こえてくる黄色い歓声。そして、戸惑うみんな。
宿の前に集まった女性は三十人以上はいて、これはもう芸能人並みだ。
どうやら、砂浜で遊ぶギャブッシュが見つかり、いい男グランプリである特務隊のみんなの宿がバレてしまったらしい。
「あの女の子はどこかのお嬢様で、実はすごい騎士様たちなんだって話よ!」
昨日の今日で、もう噂になっているようだ。
女性たちの口から、次々と声が飛ぶ。
「あの女の子の白い肌と黒い髪…! あんなに美人な子みたことないもの! そりゃすごく地位の高いお嬢様に違いないわ!」
これは雫ちゃんのこと。
雫ちゃんは美少女だし、やはりお忍びの貴族感は隠しきれていないよね。わかる。
「あの銀髪の方なんて、寡黙でいかにも騎士!! って感じがするわ!素敵!」
これはハストさんのこと。
冒険者風の服を着ていても、にじみ出る騎士感。わかる。
「あっちの方も素敵よねぇ。髪が非対称なんて初めてみたけど、すっごくオシャレ……きっと王都の方よ!」
そして、これはアッシュさん。
金髪アシメがオシャレに見える……。そうそれはバーバーシロクマカット……。
憧れの混じったようなその声音に、たしかにアッシュさんは洗練されている感じがするのかもしれないな、とちょっと思う。
「あっちの眼鏡の方は知的よね……きゅんとしちゃう……」
うん……。スラスターさんだね……。その人は知的ではあるが、ちょっと変だよ……。
でも、そうか。きゅんとするようなイケメンではあるのかもしれない。
「男の子はにこにこしてとっても可愛いわよね」
みんなの弟、レリィ君。やはりここでもお姉さんたちの心を掴んでいる。
「あの軽い感じの方なら、今晩お相手してもらえそうだし……!」
あ、それはエルジャさん……この国の偉い方です……。軽くない地位です……。
「「「でも、なにより、竜騎士のあの方よね!! 赤い髪と金色の目なんて素敵!!」」」
キャー!!
……なるほど。どうやら一番人気はゼズグラッドさん。
そんな中で私は――
「あ、ちょっと、どいて」
人の群れから弾き出され、遠くからみんなを見ていた……。
いや、みんなが人に囲まれたとき、外へ外へと追いやられたんだよね……。
雫ちゃんは非常にかわいいし、そこにいるだけで清らかな空気がある。
ハストさんはイケメンで雰囲気からしてつよつよだし、アッシュさんは自分に自信があるからかなんかこれがオシャレだ!って感じするしね。
スラスターさんは黙っていればいいし、レリィ君はいつもかわいいし、エルジャさんの遊び人風の雰囲気もいいのかもしれない。
ゼズグラッドさんがこんなに人気とは思わなかったけど、竜騎士は人気なのだろう。
「それに比べると……」
私があの輪の中心に入れないということは、よくわかる。
なので、離れた場所でうんうん、と頷いていると、不意に女性に声をかけられた。
「あの人たちに近づきたいの! なにか情報はないの?」
「えっと、情報……というと……?」
「好きなものとか、好きなタイプとか!」
「どうでしょうか……好きな食べ物なら少しわかるんですが……」
雫ちゃんはほっとできるような日本食が好き。
アッシュさんは草が好きで、昨日、生の魚が好きってこともわかった。
レリィ君は甘くてさっぱりしたものが好き。スラスターさんはレリィ君。
ゼズグラッドさんは食べ応えのあるものが好きで、量もよく食べる。
ハストさんは……。なんでも興味を持ってくれて、「うまい」って食べてくれる。
なかなか説明が難しいな、と考えていると、女性ははぁとため息をついた。
「役に立ちそうにはないわね」
「そうですね……」
女性たちが欲しい情報ではないよねぇ。
「なにかないの? あなたは召使でしょう?」
「めしつかい」
「まあいいわ! とにかくだれか一人にでも覚えてもらえれば幸運よね!」
そう言うと、女性は人混みへと突入していった。
「めしつかい」
たしかに『台所召喚』で「めし」を使っている。
「飯使い」。
なるほど。うまい。メシだけにね!






