信頼感◎
魔魚が出る前の話では、様子見と決まっていたが、新たな情報が手に入った。
私が包丁でカツオへと変化させた魚型の魔魚から真珠が出てきたのだ。
魔力を持った石。これまでは魔獣からしか獲れなかったものが、魔魚の中にもある。
「やはり、魔魚が魔石を作れるようになったということですか……? さっきの魔魚は魚でしたよね」
スラスターさんの言葉に最初に反応したのは雫ちゃん。
そう。貝型の魔魚からしか獲れないのかと考えたが、さっきの魔魚はどう考えても魚だった。
貝型だけじゃなく、魚型も真珠を作れるということなんだろうか……。
「確定ではありませんが。魔魚の体内からシンジュが獲れたのは間違いありません。シンジュについてもう少し詳しく教えてください。そちらの世界ではシンジュは貝が作っている。そうでしたね?」
「はい。えっと……たしか、二枚貝で主に作られます。アコヤ貝って名前だったかな」
スラスターさんに今度は私から話をする。
最初にしていた話より詳しく。……といっても、覚えている範囲だから、そんなに情報はないのだけれど。
真珠を作る貝は、アコヤ貝のほかにも何種類かあったと思う。たぶん。
「真珠のサイズが大きくなればなるほど高価でした」
「なるほど。どの貝からでも獲れるというものではない、と」
「はい。そもそも自然にたくさんできるものでもなくて……。私たちの世界では人工的に真珠を作るために、貝を育てている感じでした」
真珠には天然物と養殖物がある。
養殖ができるから、私みたいな庶民でも手が出せるお値段だった。
「他にシンジュについて覚えていることは?」
「あとは……そうですね。『月のしずく』とか『人魚の涙』とか呼ばれていました」
「月の……しずく……。そんな別名があったんですね」
真珠の別名に雫ちゃんが反応した。
「あ、雫ちゃんに関係があるわけではないと思うよ。それぐらいきれいっていうだけだから」
「……そう、ですよね」
すぐにフォローしたのだけれど、雫ちゃんは少し考えているようだった。
みんなもなんとなく雫ちゃんへと視線を走らせると、スラスターさんが話を続けた。
「シズク様の名前との関連性はわかりませんが、頭には入れておきます。とにかくそちらの世界ではシンジュは自然に貝の体内に生成されるのは稀であり、魚に入っていることなどない。そういうことですね?」
「はい。……あの、万に一つなんですが……」
話をまとめてくれたスラスターさんの言葉に頷く。
そして、ありえないとは思うけれど、ほかに考えられることも付け加えた。
「もしかしたら、二枚貝の体内に真珠があって……。肉食の魚がそれを食べて。偶然に魚の体内に真珠が入ることもなくはないかも……しれません……」
「ヴォルヴィ、真珠は魚のどこにあった?」
「シーナ様に血抜きを頼まれ、内臓を取り出した。……その内臓の中にあった。消化管ではあった」
「なるほど。では、その考えもありえるということですね」
私とハストさんの言葉にスラスターさんが口元に手を当てて、考え込む。
私は「あの」とハストさんに話しかけた。
「魔獣の場合は魔石のある場所が決まっているんですか?」
「いえ、魔石のある場所は魔獣によってさまざまです。ですので、今回の魔魚が自身が魔石を作ったのか、外から摂取したのかを部位で特定することはできないか、と」
「そうなんですね……」
体内で魔石を作る場所が決まっているのなら、今回の魔魚の魔石が獲れた部位で、可能性を絞れるかと思ったんだけど、それは難しそうだ。
「考えられる可能性が二つ。一つは魚型の魔魚が魔石、シンジュを作れるようになった可能性。もう一つはシンジュを体外から取り入れた可能性。現在の情報でわかることは、シンジュがたしかに魔魚の体内にあり、それを利用して魔海から出たこと。これは間違いありません。そして、それが今回だけに留まるのか、同じことが発生するのかで今後は変わってくるでしょう」
「……ですね」
今、わかっていることをまとめる。
・魔力を持つ魔石、真珠がこの海にあること。
・真珠を獲り、売ろうとしている密漁者がいること。
・魔魚が魔海から出ているという目撃情報があること。
・魚型の魔魚が魔海から港までたどり着いたところに私たちが遭遇したこと。
・魔魚の体内から真珠が獲れたこと。
あとは……。
「あの、これは、よくわからないんですけど……」
まだ、みんなに言えていないこと。
真珠を売っていたあの店で体験した不思議なこと。
「真珠を手にしたとき、声が聞こえたんです」
「声?」
「はい。その……『会いたい、会いたい』って」
今回の魔魚騒動とは関係ないかもしれないが、ちゃんと話しておいたほうがいい気がする。
真珠を持つと声が聞こえるなんて、怖いし……。
「ハハッ! まるで、この港で噂されている幽霊みたいだネ!」
私の言葉に今まで黙って話を聞いていたエルジャさんが面白そうに笑った。
いや、笑いごとではない。
「エルジャさんたちも幽霊の話を聞いたんですね……」
「ああ、港の女性が教えてくれたヨ!」
エルジャさんが私を見て、パチリとウィンクをする。
いや、ウィンクをするような話題ではない。
「幽霊? なんだそれは」
「椎奈さん、それはどういうことですか?」
「僕も知らない」
どうやらアッシュさんは話を知らなかったようで、首を傾げている。
雫ちゃんとレリィ君も知らなかったようで、不思議そうに私を見ていた。
「あのね……せっかくの楽しい旅だし、あんまり言いたくないんだけど、幽霊が出るらしいんだ」
「ボクが聞いた話だと、海に出るみたいだネ。美人な女の幽霊。『会いたい、会いたい』って泣いていて、その幽霊を見た者が乗る舟は沈んでしまうという話だったヨ」
「私が聞いた話とほぼ同じです」
日本にいるタイプの幽霊だよね……。
「それで、シンジュを持つと声が聞こえるというのは?」
私が背筋をゾクゾクとさせていると、スラスターさんが怜悧な碧色の目で私を見る。
「そのままの意味なんですが、あの店で真珠を触ったとき、声が聞こえたんです。頭に響いてきたというか……」
「あの場にいましたが、なにも聞こえませんでした。店でシンジュを触ったのは私とレリィもです。私はなにも感じていません。レリィは?」
「僕は魔力があるかどうかはわかったけど、声なんて聞こえなかったよ」
「そうですよね……」
やっぱり私にしか聞こえていなかったんだなぁ。これで幽霊と関係があると怖すぎるよね……。
視線を遠くへと飛ばし、黄昏ていると、隣の雫ちゃんが「大丈夫ですか?」と心配そうに声をかけた。
「あのとき、椎奈さんの様子が変だったのはそのせいだったんですね」
「うん。すぐに手を離したし、みんなの様子も変じゃなかったから、気のせいかな? と思って」
気のせいだといいなぁ、と思って……。
「ボクはシーナ君が聞いた真珠の声と幽霊はなにか関係があると思うナ!」
「え、いやですけど」
「ハハッ! シーナ君は絶対に面白いことに関わってるし、シーナ君と一緒にいると、思いもみなかったすごいことになるのサ!」
「え、いやですけど」
「王太子であるボクのお墨付きダヨ!」
「え、いやですけど」
いらない、お墨付き。
「根拠があって、事件と関係があると言っているわけではないのでしょう?」
「ああ! ボクの勘ダヨ!」
明るいエルジャさんの言葉に拒否を返していると、スラスターさんがやれやれと息を吐いた。
その言葉にもエルジャさんは快活に返す。
勘でお墨付きを与えていいのだろうか……。
「バカは放っておいて、とりあえず、今ある情報はこれぐらいですね」
「そうだネ! じゃあ明日からの行動を決めようじゃないカ! せっかくの夜なんだ、ボクは早く遊びたいヨ」
エルジャさんはまだ遊び足りないようで、夜の港に繰り出すようだ。元気だな……。
「じゃあ、スラスター、明日は?」
エルジャさんの視線を受けたスラスターさんが全員を見渡した。
「魔魚が出る前に話した通り、もう少し情報を集めましょう。なにかあれば情報はできるだけ共有するように。明日からも引き続き二手に分かれて、調査をしましょう」
「今日みたいにカナ?」
「はい。一方は密猟者に接触し、シンジュの生成される原因を探ります。もう一方は港で幽霊や魔魚についての情報を集める。港のほうは怪しいものではないというアピールとして、観光でもしながら、遊んでいればいいでしょう」
スラスターさんの案になるほど、と頷く。
夜店を楽しんだときのように、普通の旅行者らしくしていればいいということだろう。
たぶん、私は観光かな。
「じゃあボクはシンジュのほうにしようカナ! 潜入調査のほうが面白そうからネ! スラスターもこちらだろう?」
「ええ。私もシンジュの調査をします」
「そっちの二人はシーナ君から離れないだろうし、ゼズグラッドは目立ってしまったから、潜入調査は無理ダネ。じゃあ、アシュクロードはこちらに来てもらおうカナ」
「あ、……はい、わかりました」
アッシュさんはとくに反論はせず、エルジャさんの言葉に頷いた。
……なんか、すごく私をちらちら見ているけれど。
「シーナ君、レリィグラン、ヴォルヴィが観光か。あとはシズク君だが……」
エルジャさんが雫ちゃんを見る。
雫ちゃんはまっすぐにその目を見返していて――
「私は真珠のほうに行こうと思います」
「え……」
思わず声を漏らしてしまった。
だって、雫ちゃんは一緒に観光するとばかり……!
「危ないよ?」
「はい。でも、女性が一人いたほうが、密猟者も疑わないんじゃないかなって思ったんです」
「それなら私が行くよ!」
雫ちゃんは観光をしよう!
勢い込んでそう言ったけど、雫ちゃんは首を左右に振った。
「いいえ。椎奈さんは真珠から声が聞こえたなら、あまり近づかないほうがいい気がして……」
心配そうな顔をする雫ちゃん。
そして、さらに言葉を付け足した。
「……きっと椎奈さんのほうが危ないと思います」
「え」
私に危ない要素あった?
「え? 観光するだけだよ?」
雫ちゃんの言っている意味がわからなくて首を傾げる。
すると、エルジャさんがハハッ! と笑った。
「シーナ君にお墨付きを与えてるのは、ボクだけじゃないみたいダネ!」
え……そういうこと?
「あの魔魚、椎奈さんに向かって跳んできました。早く解決して、早くこの海を元に戻しましょう。椎奈さんを守るにはそれが一番だと思います」
真剣な顔で熱い瞳で語る雫ちゃん。
「僕とヴォルさんで守るから!」
その思いに答えるように、しっかりと頷くレリィ君。
「はい。シーナ様は必ず守ります」
そして、頼りがいのあるハストさんの言葉。
私はそれに――
「みんな……」
――当惑していた。
……観光するだけなの、私。
「貴女は適当に過ごしていればいいでしょう。また問題が寄ってくるはずです」
「……はい」
言い返したい。
言い返したいが、みんなのテンションが私が問題を引き寄せる体で一致しているため、言葉を挟みづらい。
さらに、さっき魔魚が出たばかりだから、ぐうの音も出ない。
魔魚が私に向かって跳んできたのは間違いないし……。
「しんらいかん」
みんなの私への信頼感が厚い。
私の巻き込まれ体質への謎の信頼感。
信頼感◎!






