みんなで食べるとおいしいから
大変遅くなりました…!
申し訳ありません
下ごしらえを進めたものを、台所から宿屋へと持ち帰った。
雫ちゃんの切ってくれたネギと、特製だれはとりあえず机に置き、カツオの柵をハストさんに渡す。
「ハストさん、あの切ってもらいたいものがあるんですが、お願いしてもいいですか?」
「もちろん」
「このカツオをちょっと斜めに、これぐらいの厚さで切ってもらいたくて……」
ハストさんに示した厚さは1.5cmぐらい。
普通の刺身よりはちょっと厚いけれど、カツオのたたきはしっかりと身の味を楽しみたいので!
ハストさんは私の言葉に頷くと、すぐに切り分けてくれた。
「さすがハストさん!」
カツオは表面を炙ってあるので、中の身と違って、うまく切らないとボロッと崩れやすい。
けれど、ハストさんの【研磨】により磨かれた包丁と、迷いのない切り方により炙った身の部分もまだ生の部分も切り口がとてもきれいだ。さらに厚みも均等。
「好き……」
見て、この切り身……。
切られたカツオに感動して、思わず言葉が漏れてしまった。
すると、隣にいたハストさんはびっくりするほど、豪快にむせた。
「っ……ゴホッ!!」
「え、あ、え? 大丈夫ですか?」
「っいえ……大丈夫です、申し訳ありません」
いきなりむせたハストさんだけど、すぐに冷静さを取り戻す。
大丈夫そうだな、と思っていると、隣にいた雫ちゃんが「あの……」と私に声をかけた。
「椎奈さん……今の『好き』って……」
どうやら、ハストさんと私のやりとりが聞こえていたようだ。
私は雫ちゃんの言葉に「そうなんだ!」と勢いよく食いついた。
「うん! 雫ちゃん、見て、このカツオ!」
「カツオ……」
「この炙った身と赤い身の境目! 赤い身がしっとり光っててすごくきれい」
「身の境目……」
「ハストさんのすご腕のおかげで、こんなにおいしそうになって……。そう思ったら『好き』って言葉が出てたよね……」
出ちゃうよね。素直な気持ち。
「そうなんですね……」
雫ちゃんはなんともいえない顔で私を見たあと、ちらりとハストさんを見る。
ハストさんは「わかっています」と頷いた。
「シーナ様の『好き』については理解しているつもりです」
いつも通りに落ち着いているハストさん。
その水色の目が優しく私をみつめた。
「けれど、シーナ様の言葉に胸が弾んでしまうのは抑えられません」
柔らかな視線と言葉。それに私の胸も弾んで――
「なるほど。ハストさんもカツオが好きなんですね」
おいしいもんねぇ。
おいしいものを想像すると、ウキウキする。
だから、にんまり笑ってハストさんと雫ちゃんを見ると、二人とも優しく笑ってくれた。
「シーナ様の作る料理はいつも楽しみです」
「椎奈さんがうれしそうだと私もうれしいです」
「うん、じゃあ仕上げをしよう! この宿ってお皿もあるんですよね?」
「はい。どのようなものがいいですか?」
「カツオの切り身を全部並べられるぐらいの大皿と、あとは取り分け用のお皿があれば……」
この宿は一棟貸しのようになっていて、キッチンやちょっとした調理用具、お皿なんかも用意されていた。
なので、そのお皿を準備してもらい、そこにカツオを盛っていく。
大皿にきれいに並べたカツオ、そこにたっぷりの青ネギを。特製の薬味ダレは食べる直前にかけることにした。
「すみません、お待たせしました」
テラスで待ってくれていたみんなの元に向かい、声をかける。
ハストさんが大皿、私は薬味ダレを運んだ。
大きなガーデンテーブルに大皿を載せれば、「わぁ!」と声が上がる。
「すごくきれいな色!」
「魔魚がこんな風になるなんてネ!」
レリィ君に次いでエルジャさん。
「やっぱりお前は草が好きだな!」
そして、ははっ! と高笑いを上げるアッシュさん。
ガーデンテーブルに置かれた大皿。そこに載ったカツオの赤い身が光っている。
アッシュさんの大好きな草(青ネギ)の緑色が映えていて、とてもおいしそうだ。
あとは、各自がイスに座り、取り皿を配れば、準備完了!
「最後に、特製薬味ダレをたっぷりかけて……」
台所が出してくれたとんすいに作ったタレをカツオと青ネギにかけていく。
にんにくとしょうががたっぷり入ったタレがきらっと輝いた。
「お刺身だ……」
雫ちゃんがポツリと呟く。
感慨深そうなその言葉に、私もうんうんと頷いた。
「こっちの魚料理は全部、火が入ってるもんね」
「はい……。懐かしいです」
私と雫ちゃんには親しみ深い。
けれど、それはここでは違うということで……。
「あの、今回は魚に火を入れない調理方法です。私たちにはそれがおいしく見えますが、もし食べられなかったら、遠慮せず残してください」
表面を炙ってはいるから、レアステーキと同じ感じで食べられればいいなと思った。
けれど、魚の生食に慣れていなければ、カツオのたたきにあまりいい感想は持てなくてもおかしくない。
こちらに合わせて、火を入れた調理をすればよかったが、旬のカツオはたたきで食べたかったのだ。
なので、無理はしないでくださいと伝えたが、みんなは気にせずに、自分の取り皿のたたきを運んで――
「僕はシーナさんの料理が大好きだから、食べるよ」
レリィ君がふふっと笑う。
「私は海の近くにあまり行かなかったから縁がなかったが、この辺りでは生でも食べると聞いたことがある。……それに! お前が作った料理なら私は食べるからな!」
アッシュさんはなぜか胸を張った。
「ボクも新しい食文化に興味があるヨ! ボクならなにを食べても平気だしネ!」
王太子殿下なのだから、食べ物には気をつけたほうがいいだろうに、エルジャさんは自信満々に頷いた。
そして――
「私はシーナ様の作るもの、すべて食べたい」
ハストさんが優しい水色の目で見つめてくれる。
だから、顔が勝手にほころんで……。
「……ありがとうございます」
みんなのことが好きだなぁ……って。
こんな時間がずっと続けばいいな、って。
「ゼズグラッドさんとギャブッシュの分も取っておきます」
きっと、二人も「食べたい」って言ってくれると思うから……。
「では、食べてみてください」
私の言葉を合図に、みんながそれぞれカツオのたたきを口に入れる。
「おいしい……!」
最初に歓声を上げたのはレリィ君だった。
「生のお魚だけど、香ばしいね!」
「レリィ君に表面を炙ってもらったからだね。火加減ばっちりだったよ」
「シーナさんの役に立ててよかった。このタレもちょっと酸っぱくて、おいしいね!」
若葉色の目がきらきらと光る。
口に合ったみたいでなによりだ。
「そうだネ! すごくおいしいじゃないカ! この身は少しクセがあるが、このタレのおかげでそれもおいしく感じるヨ! 魔魚がこんなにおいしくなるなんてネ!」
エルジャさんがハハハッ! と笑い声を上げる。
カツオのタタキについてもだが、魔魚がおいしい魚になったというところも面白ポイントのようだ。紫色の目が楽しそうに輝いている。
「生の魚だが、こんなにおいしいのか……」
そして、アッシュさんは珍しくムムムッと唸っていた。
「生の魚ですが、大丈夫ですか?」
「まったく問題ない! ……むしろ、私はこれまで魚はパサパサしていてあまり好きではなかった。火を入れてない魚はこんなにもうまいのか……」
「食感が全然違いますよね。生のほうが甘みがあるというか……」
「ははっ! そうだな! この食感と甘みがいいな!」
「アッシュさんの大好きな草もありますしね」
雫ちゃんが切ってくれた青ネギがカツオに合うのだ。
アッシュさんが生の魚を好きになってくれるのは意外だったが、魚は火を入れるとパサッとしやすいので、それが苦手だったのかもしれない。
うんうん、と頷く。すると、隣に座っていた雫ちゃんがほぅとため息を漏らした。
「おいしい……」
頬が染まり、目が潤んでいる。
どうやら、ため息というよりは、思わず漏れてしまった吐息だったようだ。
そして、最後は――
「うまい」
――おいしいのしるし。
「厚く切った身が魚の味をより感じさせてくれます。表面を炙ることで皮は食べやすく、身はしっとりと仕上がっていて、魚の持つ脂とちょうどいい。このさっぱりとしたタレと薬味が合いますね」
ハストさんがいつも通り、しっかりと味わいながら感想をくれる。
それがうれしくて……。
私もカツオのたたきをぱくりと口に入れた。
広がるにんにくとしょうがの香り。少しクセのある身はハストさんの言うようにしっとりとしていた。厚く切った身を噛めば、カツオの旨みが広がっていく。飲み込めば、口の中には青ネギとポン酢の爽やかさが残った。
これはもう――!
「おいしい……」
雫ちゃんと一緒。
ほう、と思わず息を吐いてしまう。
日本のおいしさがここに……!
「ごちそうさまでした」
そういうわけで、あっという間に食べ切ってしまった。
おいしい……。生のお魚……大好き……。
きらきらと輝くみんなの体と、消えていくお皿と残るお皿。
宿屋で使ったお皿はみんなで片付けて、今度は室内のソファへと移動した。
これで、魔魚が出現する前の状態に戻る。
ごはん中はレリィ君の足元に侍っていたスラスターさんも、エルジャさんの隣へとちゃんと座っている。
「では、休息をとったところで」
碧色の怜悧な目をして、淡々と告げた。
「貝型ではない魔魚にシンジュがあった意味を考えましょう」
11月、12月と新刊を出しております。
また、別作品のコミカライズが始まりました
「ほのぼの異世界転生デイズ」(コミカライズ開始)
「事なかれ令嬢のおいしい契約事情」(書き下ろし)
も合わせて、よろしくお願いします
台所召喚もがんばります!






