カツオのたたき~特製薬味ダレ~
魔魚から変化したカツオ。そのお腹から真珠が出てきた。
この事実からわかるのは、『真珠は魔魚から採れる魔石ではないか?』という推測が当たっていた可能性が高いということだ。
しかも、貝型の魔魚ではなく、魚型の魔魚だったわけで……。
日本のように、二枚貝から真珠が採れるので、二枚貝の魔魚から真珠が採れる……というわけではなさそう。
つまり、すべての魔魚が魔石を持っている可能性がまた出てきた。
そうなると、この海は魔魚だらけになってもおかしくない。事態は深刻。
さらに、魔魚はおかしな挙動だった。なぜか波止場に現れ、なにもせず観察するだけ。その魔魚が私を見て喜んでいるようにも見えた。
なにか不思議なことが起きている。それがまた私に関係しているかもしれない。
なので、私は――
「おいしいごはんをつくろう!」
ね。まずは目の前にあるカツオを食べよう。おいしいから。
「あっちは大丈夫でしょうか……?」
隣にいる雫ちゃんが心配そうに首を傾げる。
あっち、とは波止場のことだろう。
私たちは警備兵が波止場に到着するのと入れ違いに、宿に戻ってきたのだ。
「うん。ゼズグラッドさんがうまくやってくれてると思うよ」
そう。魔魚についての説明役としてゼズグラッドさんを残した。
ゼズグラッドさんがギャブッシュを呼び寄せたために、街の人に竜騎士とバレたので、頼りにされているようなのだ。
本来なら王太子であるエルジャさんが圧倒的なのだが、今はどう見ても、位が高くは見えないしね……。
他は騎士であることをだれも話していないため、必然的に『竜騎士』というのが、あちらからは一番高位の者に見えているんだろう。
ゼズグラッドさんはいやそうにしていたが、これも海の男コンテストから逃げ出した代償……。
女性にモテて、街の人に頼りにされる。いいことだ。
ゼズグラッドさんは責任感の強い人なので、役割もちゃんとこなすしね。いいことだ。
……いや、面倒事を押し付けたわけじゃないんだよ、ふふんラッシュ。
「シーナ様、下処理は終わっています」
「ありがとうございます!」
そう言って、ハストさんが差し出してくれたのは、柵に分けられたカツオの身。
宿についていたキッチンで、あっという間にさばいてくれたのだ。
「机に置きます」
ハストさんはそう言うと、皿に乗ったカツオの柵を机の上に置いた。
私たちがいるのは、宿のテラス。星明かりと祭りの明かり、部屋の窓からの光で、夜だけどそれなりに光量はある。
その光に照らされて、赤いカツオの身がきらっと光った。
「シーナさん! 次は僕の出番なんだよね?」
「うん。レリィ君の火加減においしさがかかってるよ」
「でも、本当に高火力で焼いていいの? それだと表面は焼けるけど、中まで火が通らないと思うんだけど……」
私の返事にレリィ君の顔が曇る。
たしかに、カツオの柵は分厚いから、弱火で焼かないと、中に火が通る前に表面だけが焼けてしまう。
でも、それでいいのだ!
「今回は中は生のままで食べたいから、それでお願いしたいな」
「そうなんだ! わかった」
「とくに、皮をこんがりと焼いて欲しい。パリッって感じに」
「うん!」
説明を続ければ、レリィ君もすぐに理解してくれて、笑顔で頷いてくれた。
「シーナ様、塩です。適量振りかければよろしいですか?」
「はい。お願いします」
ハストさんがカツオに塩をまんべんなくかけ、表面に馴染ませる。
それが終わると、レリィ君がカツオの柵に手をかざした。
てのひらから出た青い炎が、カツオの表面をなめていく。
すると、赤かった身がみるみつ白く変わり、皮目もこんがりと焼けた。
「どうシーナさん?」
「ばっちり!」
完璧。香ばしい匂も漂い、今すぐに食べてしまいたい。
でも、あとひと手間!
「みなさん、すこし待っていただいていいですか? 台所に行って、仕上げてきます」
「わかりました」
「待ってるね!」
カツオの柵の載ったお皿を持ち上げる。
手伝ってくれていたハストさんとレリィ君がすぐに頷いてくれた。
「椎奈さん、私も行きます!」
「うん! ありがとう!」
雫ちゃんが、私の腕に手を寄せる。これで準備はOK。
ではさっそく――
「『台所召喚』!」
――やってきました、私の台所。
「じゃあ雫ちゃん、ちょっと待っててね」
「はい!」
雫ちゃんに声をかけたあと、手に持っていたカツオを冷蔵庫へと入れる。
さっき、レリィ君に焼かれたばかりのカツオは熱を持っている。それを絞めるために冷やしたいのだ。
レリィ君がせっかくいい感じに火を入れてくれたので、余熱で火が通ることは避けたい。
この冷蔵庫ならば、冷やすだけではなく、身を最高の状態にしてくれるという付加価値もあるので、氷水で冷やすよりよっぽどいいと思う。大型にしたために台所で存在を主張するこの冷蔵庫。信頼しかない。
そして、カツオを冷蔵庫へ入れた次は、ポイント交換へ。
「ねぎとしょうが……。にんにくはまだあったかな。あとはこれ……と。よし」
液晶を操作して決定。
すると、あたりが白く光り、調理台に交換したものが現れた。
「あ、ポン酢ですね」
現れた一つ。ガラス瓶に入った調味料を手に取って、雫ちゃんが微笑む。
「うん。今回は特製タレを作ろうと思って」
「ポン酢をかけるだけじゃないんですか?」
「まあ、簡単なものなんだけどね。雫ちゃんにも手伝ってもらっていいかな?」
「はい!」
「じゃあ、まずはネギを小口切りにしてくれる?」
「こぐちぎり……」
「あ、普通の輪切りで、薬味に使うネギの切り方って言ったほうがわかるかな。ちょっとぐらい繋がったり、薄かったり、太かったりしても大丈夫だよ」
ポイント交換したネギを水で洗って、まな板と包丁を準備しながら、雫ちゃんに説明する。
雫ちゃんは小口切りにはピンと来なかったようだけど、薬味のネギと言われたらすぐにわかったようだ。
私から受け取った包丁を持ち、真剣な顔で青ねぎと向き合っている。
「猫の手……猫の手……」
かわいい。青ネギを切るだけでかわいい。
「ゆっくりでいいからね」
なので、青ネギは雫ちゃんに任せて、私はしょうがとにんにくをおろすことにする。
すると、調理台が白く光って――
「あ……これ、タレを入れるためのものですね」
「こっちは青ネギを入れるためみたいだね……」
現れたのは、注ぎ口のついた大き目のとんすい。
これに直接、しょうがとにんにくをすりおろせて、そこにポン酢を入れて混ぜることができそう。しかも、注ぎ口もあるから、大皿に載せたカツオに回しかけることも可能な形状をしていた。
もう一つの器は雫ちゃんが切ってくれている青ネギを入れるのにぴったりだ。
「……すき」
なでなで。台所大好き。なでなで。
雫ちゃんがいるけど、気にせず撫でちゃう……愛が止まらない……。
「椎奈さん……本当にこのスキルを気に入ってるんですね」
「うん。このスキルで良かったっていつも思うんだ……」
スーパーダーリンすぎてね……。
私の惚気話に、雫ちゃんがふふっと笑う。
台所はスパダリだし、雫ちゃんはかわいいし、この空間は癒し力が強い。
「よし、それじゃあ続きするね」
「はい、私も切ります」
いつまでも撫でていたいが、みんながテラスで待っているので、作業を再開する。
台所が出してくれたとんすいにしょうがとにんにくをたっぷりと。そしてそこにポン酢としょうゆ、めんつゆを入れた。
「調味料、何種類か混ぜるんですね」
「うん。ポン酢だけでもおいしいんだけど、ちょっと薄いからしょうゆを足して、あと、甘さと出汁をめんつゆで足すって感じかな」
割合的にはポン酢が一番多くて、しょうゆとめんつゆは好みで。
そうして、できたのは薬味がしっかり入った、特製タレ。
混ぜたあとは、冷蔵庫にいれて、ワンドアぱたんをして馴染ませる。
「雫ちゃんどう?」
「終わりました。……ちょっと大きさがバラバラになってしまいました」
私が特製タレを作り終わったころに、ちょうど雫ちゃんも青ネギを切り終わった。
雫ちゃんが切ってくれた、たっぷりの青ネギ。一生懸命切ってくれたんだろう。
「上手にできてるよ」
「……良かったです」
親指を立てて答えると、雫ちゃんが安心したように、はにかむ。
「それじゃあ、雫ちゃんは青ネギをもってもらっていいかな?」
「はい!」
しっかりと返事をした雫ちゃんが青ネギの入った器を持って、私の腕にぎゅっと掴まる。
私は表面を焼かれ、冷蔵庫で休ませたカツオの柵と特製タレを持って。
――カツオのたたき、特製薬味ダレ。
「『できあがり』!」