真珠と魔魚と密漁者と
目からハイライトが消える。
心のやわらかいところがすごく削られたよね……。
そんな私をスラスターさんが嫉妬の目で見てきた。
けれど、今は情報交換のほうが大切だと判断したようで、すぐにハァハァしていないほうのスラスターさんに戻り、話を続けた。
「もし、この白い石が市場に流れた場合、その魔力を活用しようとするものも増えるでしょう。この街が産地なのであれば、生活も変わるはずです」
「やれやれ。困ったものだネ」
エルジャさんが芝居がかった様子で両手を上げる。
すると、雫ちゃんが「不思議なんですけど……」と疑問を挟んだ。
「あの、ここには魔海があって魔魚がいるって聞いたんですが、これはその、魔魚? から採れたとは考えられないんですか? 魔魚から採れるのも赤い石なんですか?」
「そうだよね。これが魔魚から採れてもおかしくないよね」
雫ちゃんの質問は私も考えていた。
だって、魔獣から魔石が採れるなら、魔魚から魔石が採れてもおかしくない。
けれど、スラスターさんは「いいえ」と首を横に振った。
「魔獣と魔魚は似ていますが、決定的に違うのはそこです。魔獣は魔石という魔力を溜める器官があるが、魔魚にはそれがない」
「魔魚は魔力を溜めることができない、ということですか?」
スラスターさんの話に雫ちゃんがさらに質問を投げる。
すると、スラスターさんは今度は「はい」と首を縦に振った。
「魔魚は魔力を溜められないから、魔海から外には出られないのです。この海はとてもきれいな色をしていますが、舟に乗り、南へ移動すると、海の色が黒く変わっています。そこを魔海と呼んでいます。要は魔力の吹き溜まり。魔石を持つ魔獣と違い、魔魚は常に魔力を外から吸収しないと活動ができないため、魔海から外に出ることはできません」
「それで、魔魚には結界がいらないということだったんですね……」
雫ちゃんとスラスターさんの話になるほど、と頷く。これで合点がいった。
魔獣は魔石があるから、魔力の吹き溜まりである森から出ても活動ができる。だから、結界で閉じ込める必要があった。
けれど、魔魚は魔石を持っていないから、魔力の吹き溜まりである魔海から出て活動することはできない。だから、結界で閉じ込める必要がないのだ。
それが、出発前に聞いていた、魔魚は魔海から出ないのが世界の理だ、ということ。
「これが関係しているんですかね?」
ローテーブルに置かれた真珠のイヤリングを見る。
最近になって初めて発見された、魔力を持つもの。
魔魚とは関係がないのかもしれないけれど……。
「これは私たちの世界にもあったんです」
みんなは見たことがないと言っている。
けれど、私と雫ちゃんから見れば、知っていて当然なのだ。
「ね、雫ちゃん」
「はい。私たちの世界には魔力はないので、ただのアクセサリーとして使っていました」
「真珠と呼んでいます」
『シンジュ……』
名前を伝えると、みんな初めて聞いた言葉のように繰り返す。
そして、みんなの視線を集めている真珠のイヤルングをエルジャさんが手に取った。
「そうなのカ。これを見たことがあるんだネ」
「はい。私たちの知っている真珠とは違うかもしれません。ただ、もし同じであるならば、これは鉱山などで採れるものじゃありません。これは……貝から採れるものです」
「貝から?」
みんなの視線が真珠のイヤリングから私へと移る。
私はそれに「はい」と頷いた。
「貝の体内で作られる宝石なんです。貝の体内に異物が入って、そこで貝殻の成分を作るようになります。なので、石というか、貝殻を何層にも重ねたものというか、そういうものでした」
私が話を終えると、みんなの視線はもう一度真珠へと集まる。
そして、ハストさんが慎重に声を発した。
「魔獣の持つ赤い魔石と同じく、体内で生成される石、ということですね」
そう。赤い魔石は体内で作られる石。
そして、真珠も体内で作られる。
赤い魔石と白い真珠。どちらも魔力を持っている。
この真珠を魔魚とは関係ない、と切り捨ててしまうには、あまりに接点が多い。
つまり、この真珠は――
「魔海にいる貝が魔魚となり、そこで魔石を生成している可能性がある、ということですね」
スラスターさんが右口端を上げて笑う。
「この魔石をシンジュと呼ぶことにして、シンジュが魔魚から採れると仮定すると、これを売買しているものたちが魔海へと行き、そこで魔魚を狩っていると推測されますね」
「そうだネ。それが報告に上がってきている密漁者というわけカナ」
スラスターさんの推察にエルジャさんが持っている情報を照らし合わせていく。
真珠を採るものたちが、密漁者として報告されるのは、ありえる話だ。
すると、今まで話を聞いていたレリィ君が顔を曇らせて、声を上げた。
「そんなことをして大丈夫なの? 魔海には魔魚がたくさんいてとても危険なんだよね? 密漁者の舟が襲われるのは勝手だけど……」
「どうだろうナ。魔海は一か所ではなくて、何か所かに分かれて点在しているからネ。色が変わっていて避けるのも容易だから、とくに問題なく共存できていたんダ……今まではネ」
レリィ君の言葉にエルジャさんは「頭が痛いヨ」と言って、手をこめかみへと当てた。
それにハストさんも言葉を乗せる。
「魔魚が魔海から出ないといっても、それはこちらからなにもしていなければ、だ。そして、今までは大丈夫だったという経験則しかない。もし、本当に体内で魔石を作り、魔力を溜めることができるならば、魔海を荒らせば、魔海の外にも出るだろう」
危険を示唆するその声は、これまで魔獣と相対してきたハストさんだからこそ。
エルジャさんはそれに「だよネ」と返して、空を仰いだ。
私が食べたいと思ったから……というようなものではない。魔魚が魔石を持てば、海全体に魔魚が広がり、海が危険なものになってしまう。
「海がおかしいという苦情、密漁者がいるという陳情、魔魚を見たという目撃情報。そして、魔力を持った白い石――シンジュ。スラスターがなにかあるに違いないと言うから来てみたけれど、こんな風に繋がって欲しくはなかったヨ」
「バカを連れてくるのにも理由はありますので。ただ思ったより、事態は大きくなりそうですが」
やれやれと言うエルジャさんと、冷静な顔で淡々と告げるスラスターさん。
今後の対応を考えているだろう二人。
そんな中、ハストさんは私を見つめて――
「シーナ様はどうされたいですか?」
私の意思を確認してくれた。
「当初の考えていたよりも危険が大きいかもしれません」
ハストさんの言葉にアッシュさんとレリィ君も頷く。
「そうだな……。イサライ・シーナと聖女様が楽しい旅になれば、と思っていたが、危険ならば王宮へ帰還したほうがいいのでは?」
「うん。僕は魔魚って見たことがないけど、魔獣みたいなのがたくさんいるなら危ないよね。陸にいれば安全なのかもしれないけど、一気に襲ってきたら? 魔魚も危険だけど、ここにいる人たちもみんなパニックになるだろうし……」
楽しい旅行になれば、と選んだ場所が危険と隣り合わせだった。
アッシュさんの言う通り、帰ったほうがいいのだろう。レリィ君の言うように、街全体がパニックになれば、よそ者の私たちでは対応できない。でも……。
「ここの暮らしはどうなりますか?」
食べ歩きをして、接してみてわかったのだけど、この街の人は快活で陽気な雰囲気の人が多かった。
今日が祭りだからというのも、もちろんあると思う。
でも、それだけじゃなくて、風土っていうのかな。そういうのをすごく感じた。
温かい気候ときれいな海。そこで採れるたくさんの魚とそれを活かした観光。それに支えられているからこそ、ここの人たちは明るく暮らしていけるんだと思う。海に支えられて生きているのだ。
陸で生活するんだから、海に魔魚がいても問題ない、ということにはならないだろう。
「もし、本当に魔魚が魔海から出て、その辺にたくさんいたら、漁師さんは海に出られないですよね。海遊びもできなくなったら、観光も成り立たない。もしかしたら真珠を魔石として売れば、それで生きていけるのかもしれないですが……」
ハストさんが言っていた。魔石のために命をかけるべきではない、と。
北の騎士団で避けていたことを、この港町で行うことになってしまう。
「……きっとこの港の人の暮らしは変わりますよね」
雫ちゃんが呟く。
私はそれに、「うん」と頷いた。
「変化がダメってわけじゃないですけど……」
できればこの街に住む人たちが、海とともに生きていく道があるのなら――
「私にできることがあるかもしれません。できれば、もう少しここに残りたいです」
スキル『台所召喚』と包丁(聖剣)。
私の力で、だれかを助けられるかもしれないから。
「……そうだネ。ボクもきれいな海とおいしい魚と素敵な女の子いる街を守りたいと思うヨ」
「はい。せっかくこんなにおいしい魚が獲れるのに、食べられないなんてもったいないです」
「ハハハッ! シーナ君は本当に料理が好きなんだネ!」
エルジャさんが笑う。
私を見る紫の目は優しい色をしていた。
「ということだから、スラスター! さあいい策を出すんダ! シーナ君たちに危険が少なく、そしてこの街も今まで通りに暮らせて、魔魚のことも解決できる素晴らしいやつを頼むヨ」
エルジャさんの無茶ぶり。
それにスラスターさんは、くいっと眼鏡を治して答えた。
「そもそも深刻に考えすぎるのはよくありません。体内で魔石を作ることができる魔魚がいるとして、すべての魔魚がそうなったと考えるのは早急でしょう。それならばもっと早くに魔魚は魔海から出ているはず。しかし、魔魚の目撃例はいまだほんの数例」
たしかに。魔魚が魔石を獲得したのなら、とっくに魔魚がうようよしているはずだ。
「北の森でも、魔獣は元の生物の体を元に変化します。ということは、シンジュが貝から生成されるのならば、貝の形態の魔魚のみが魔石を持っているのかもしれません。シンジュの入手先については情報の確保ができると考えているので、情報を得てから、どう行動するか決めてもいいのでは?」
「なんダ! それは策じゃなくて、ただの様子見じゃないカ!」
「今はそれが必要だということです」
エルジャさんは解決策を求めていたようだが、スラスターさんはひとまずは情報収集を続けるべきだと判断したのだろう。
必要な情報はたくさんあるが、まずは真珠の入手先。
怪しい店の店主は金貨ですごく揺らいでいたようだったし、スラスターさんが通えば、すぐに情報を持ってきてくれそうな気がする。
「それに帰還については、こちらにはゼズとギャブッシュがいます。本当に危険だと感じたときはすぐに帰還すればいいでしょう」
スラスターさんの言葉に頷く。
私の心は決まった。
すると、隣の雫ちゃんが私の手をぎゅっと握って――
「大丈夫です。もしものときは私が聖魔法を使います。椎奈さんを絶対に守ります」
「ありがとう。雫ちゃんの力はすごいから、安心する」
なんせ千年結界の聖女だからね!
「僕もシーナさんを守るよ!」
「うん。レリィ君の炎もすごく強いから安心だね」
「私もだ!! 魔魚にも鳴きマネは効くだろうし、いくらでも惹きつけてやるからな!」
「はい。鳴きマネもすごく上手だから、安心できます」
二人の言葉にもありがとう、とお礼を言う。
そして――
「ハストさんも」
「私はシーナ様が選んだ道を切り拓きます」
本当に心強い。
今は平和で、問題なんて起こりそうにない港町。もし、なにかあっても、みんながいれば大丈夫だって信じられる。
「貴女は深く考えず、海を楽しんでいればいい。……問題はあちらから勝手にやってくるものです」
スラスターさんが笑う。
すると、バタンッ! と扉が開く音が大きく響いた。
音につられて、そちらを見れば、そこにいたのはハンターたちから逃げているはずのゼズグラッドさん。
駆け込んできたようだ。
「おい!!」
発された言葉は危機感を含んでいて――
「 ――波止場に魔魚が出たぞ!」






