騎士の笑顔
さすがイケメンシロクマ。
その名に恥じぬ、凍らせっぷり。
そう言えば、騎士の詰所でも警備隊長を視線で凍らせていたし、きっとスキルに『氷漬け』があるに違いない。
そうして、イケメンシロクマといろいろしているうちに午前中は終わった。
氷漬けだった私も昼食が準備されたようなので、気をしっかりさせて、そちらへ移動する。
イケメンシロクマは廊下に出て、扉の前で待機だ。
「うん。ここ数日まったく同じメニュー」
一応4人ぐらいは座れそうなテーブルにイスが二つ。
そのテーブルの上には今日の昼食が並べられていた。
パンと野菜のスープ。これは朝食と同じで違いは昼にだけカッテージチーズとはちみつがついてくる。
これがここしばらくの昼食。ほぼいつも同じ。
「……やっぱり冷遇されてるんだろうな」
たぶん。きっと。
さっきイケメンシロクマに聞いた話だと、私にはよくない噂があるようで、王宮に務める人もやる気がないのだろう。
初日は温かいスープだった気がするが、今、目の前にあるスープはすでに冷めていてぬるい。
パンも焼きたてのものではなく、あきらかに作ってから日数が経ったものだ。
形状や味としてはフランスパンに近いのだけど、日数が経っているから味がかなり落ちてしまっている。
もちろん、フランスパンなのだから多少は日持ちはするわけで、焼きたてじゃないことは仕方がない。
けれど、やっぱりね。やっぱり、もうちょっとおいしく食べたい!
パリっとした皮にしっかりと立ったクープ。ふんわりとした中身には大きな気泡が入り、手でちぎれば小麦の香りが。
……食べたいな。何もつけなくてもおいしいフランスパン。
今、目の前にあるのは確かにフランスパン。
サイズや形的にはバゲットと呼ばれる、細長くて先端から中央までまっすぐのもの。
これは日にちが経つと、皮のパリッとした食感はなくなり、非常に噛み切りにくくなる。そして、小麦の香りが激減し、中身は水分が飛び、もしゃっとした食感になってしまうのだ。
ここ最近はとくに何も考えずにその昼食をとっていた。
食べられないわけじゃない。朝食と比べて、昼食はカッテージチーズやはちみつがついているから問題ないしって。
でも、今は違う。
私にはスキル『台所召喚』がある……!
これさえあればむちぃっと噛み千切って、もしゃもしゃと吸われていく水分に苦戦しながら咀嚼する必要などないのだから!
問題はこの食材を台所に持って行けるのかどうか。
もちろんそれはわからないのだから、やってみるしかない。
パンの入った小さなかごにカッテージチーズとはちみつも入れる。
そして、それを手に持って、スキル発動!
「『台所召喚』」
すると、体が台所へとワープする。
もうこの感覚にもかなり慣れて来た。
「わ! やった! 持ち込める!」
そして、手元を見れば、小さなかごにはちゃんと食材が入っていた。
つまり、この台所は持ち込みOK! すごい! 私のよく行くカラオケ店より優しい!
なんかもう、本当にありがとう……。
ささやかな調理台に食材の入ったかごを置き、その辺をすりすりと撫でる。
「よし。じゃあパンをおいしくする!」
今、私が持っている食材は卵とベーコン。
さっきイケメンシロクマに黒こしょう多めのベーコンエッグを作ったから、そのポイントもたまっているはずだし、新しい食材を足しても大丈夫だろう。
そんなわけで、液晶へと行ってみれば――。
「増えてる!」
いや、それはわかってたんだけど。
「なんか新しい感じ……」
そう。なんか新しい。
液晶にはこう表示されていた。
『ベーコンエッグ(アレンジ)作成 150pt』
「増えてる、けど減ってる」
ポイントとしては増えているけど、ベーコンエッグ作成としては減っている。
最初に作った時はベーコンエッグ作成は200ポイントだった。それが、150ポイントになってるわけで……。
「アレンジっていうのは黒こしょうかけたから?」
え。それで50ポイントも減ってしまうの?
アレンジっていうほどのアレンジでもないし、そもそも黒こしょうがデフォでもいいぐらいなのに?
今はまだわからない。
でも、それは使っているうちにわかるだろう。それはとりあえず置いておく。
そして、前回はあったはじめての~というのはやはりなくなっていた。
それもまあいい。毎回もらえるポイントではないことはわかっていたし。
だから、気になるのは、ベーコンエッグ(アレンジ)作成とは別に、もう一つ新たに表示されているもの。
『騎士の笑顔 2000pt』
……騎士の笑顔。
その言葉に思い出すのは、ベーコンエッグを食べて、とてもおいしいと無邪気に笑ってくれたあの笑顔。
うん。これはやっぱりイケメンシロクマの笑顔のことを指している気がする。
「……つまり、イケメンシロクマが笑ってくれたら二千ポイント」
『騎士の笑顔』。表示されているその文字列をじっと凝視してしまう。
ベーコンエッグを作るだけなら200ポイント。それをイケメンシロクマに食べてもらうだけで2000ポイントになる。十倍。十倍になる……!
それに気づいた瞬間、私は液晶から離れ、調理台に乗っていた食材の入ったかごを手にした。
そして、唱える!
「『できあがり!』」
すると、食事を食べる部屋へとワープした。
料理が完成しないと戻ってこれないかと思ったが、そういうことはないらしい。
それに安心しながら、廊下に繋がる扉へと向かった。
「あの」
扉を開ければ、そこにはイケメンシロクマ。
私の顔を見つめ、私の言葉を聞こうと耳を傾けてくれている。
「今から台所に行こうと思うんですけど」
その水色の目をじっと見上げた。
「一緒に食べてくれませんか?」
ぜひ! ぜひに!