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路地裏の真珠店

 男たちは二人。どうやら奥にも人がいるようだが……。

 怪しい声かけに隣にいた雫ちゃんの手をぎゅっと握った。

 これでいつでも『台所召喚』をして、退避することができる。

 レリィ君も私の行動を察して、私の腕から離れると、スラスターさんの影へと入った。

 うん。スラスターさんなら、必ずレリィ君だけは助けるだろうからね。


「お兄さんたち、なにか用?」


 スラスターさんの影に隠れながら、レリィ君が怪しい男たちに言葉を返す。

 男たちはレリィ君の言葉に顔を見合わせて、へへっと笑ったあと、私たちを手招きした。


「ねぇちゃんたちは観光客だろう? そっちのお嬢ちゃんは身分が高そうだ。食べ歩きなんかよりも、もっといいお土産を買って行かないか?」

「お土産……ですか」


 男たちの言葉に私は警戒心を強めた。

 お土産なら表通りで売ればいいからだ。裏通りで声をかけてくるなんて、怪しいしか感じられない。

 ただ、ことを荒立てるのもどうかと思い、曖昧に言葉を返す。

 すると、スラスターさんが、一連の流れに動じることなく、眼鏡をくいっと直した。


「そうですね。では、見せてもらいましょう」

「え」


 いやいや。この流れでついていくっていう選択肢をないのでは?

 びっくりしてスラスターさんを見れば、その右口端はおもしろそうに笑っていて――


「せっかくあのバカが貴女からヴォルヴィたちを引き離してくれたんです。この機会を逃したくありません」

「はぁ……」


 スラスターさんの言葉に改めて、ここにいるメンバーを確認する。

 私、雫ちゃん、レリィ君にスラスターさん。女性二人に男の子が一人と男性が一人だ。

 唯一の男性であるスラスターさんは、武闘派とは程遠い見た目だし、私以外の三人は品があるから、お金を持っていそうである。

 コンテストに参加したメンバーがいれば、この怪しい人たちも声をかけてこなかっただろう。目立つし、強そうだし、めんどくさい予感しかしないだろうし……。


「じゃあ、ついてきてくれ」


 声かけがうまくいったと感じたようで、男二人はニヤッと笑った。

 そして、路地の奥に向かって進め始めた。

 けれど、私はすぐには動き出せず……。

 一応、私たちには魔魚や密猟者について、情報収集の任務があるような気がする。あまりに急に決まり過ぎて、他人事感が強いけれど。

 なので、その任務については知りたい本人であるエルジャさんや次期宰相であるスラスターさんが行えばいいんじゃないか、とも思う。

 私を餌にして情報収集をするのは、まったく気にしない。

 けれど、雫ちゃんを巻き込むのはなぁ……。

 なので、男たちについていくのを躊躇していると、スラスターさんが問題ありません、と私を促した。


「ヴォルヴィも私たちがこの路地に入るのは見ていました。もし、なにかあって貴女が声を上げれば、すぐに飛んでくるでしょう。貴女がスキルを使うまでもなく、ヴォルヴィが相手を倒して終わりです」

「たしかに」


 ハストさんなら三十秒もかからずに到着してくれる気がする。

 これまでの経験が私にそう告げている。


「あくまで私たちは金を持った観光客。あちらは、いい商売ができれば満足でしょう。万が一がないとは言い切れませんが、その可能性は限りなく低い。……この男たちは匂いは醜悪ですが、小物です。そして、情報の匂いがする」


 最初は一般論。そして、付け足されたのはスラスターさんならではの言葉だった。

 スラスターさんにはスキル『嗅覚◎』があるわけだが、今、それを駆使しているらしい。そして、最後にふっと鼻で笑った。


「そもそも私がレリィを危険に晒すわけがない」

「あ、それは信じられます」


 どんなに説明されるより、じゃあ大丈夫だな、と確信できた。


「……これまでのことも真実ですが?」

「それはわかっているんですが、スラスターさんの言葉で一番信じられるのはレリィ君に関してのことなので」


 レリィ君がいて、なおスラスターさんが男たちについていこうとしたのならば、大切なことなのだ。

 なので、わかった、と頷いて、雫ちゃんの手を握ったまま、前に進む。

 スラスターさんは私と雫ちゃん、レリィ君が歩き出したのを確認すると、先導して男たちについていった。

 そうして、たどり着いたのは――


「……お店、ですね」


 ――地下にある小さなお店だった。


「ここは奥まってて、なかなか客が来ねぇから俺たちが客引きしてるんだよ。あとは店のやつが対応する。じゃあな」


 案内してくれた男二人は私たち四人が店に入るのを確認すると、すぐに帰って行った。

 男の言葉通り、案内がなければ、こんな店にはたどり着けなかっただろう。

 場所は路地裏の奥。何度か通路を曲がった先にあった家。そこの地下だったのだから。


「……なんで、お店をこんなところに」


 雫ちゃんが辺りを伺いながら、呟く。

 その通りだ。客が入ってこない場所にお店を作っても、繁盛するのは難しい。

 わざわざここに店を設けているのは意味があるはずだ。

 それはロケーションを重視した高級店だったり、家賃を安くするためにしかたなくだったり。

 でも、きっとこの店は、そうじゃなくて……。

 表立って商売ができるもの以外を取り扱っている。

 ……たぶん。そういう類の店だろう。


「小さいお店。アクセサリーを売ってるみたいだね」


 レリィ君が店内を見回しながら呟く。

 その言葉通り、お店の大きさは3畳ぐらい。私たち四人でが立っているだけですでに圧迫感がある。

 灰色の壁にはなにもかけられていないが、正面に置かれた大き目な机には黒い布が敷かれ、そこにアクセサリーが並んでいた。


「お土産を買いにきたんだろう。ここにしかないものだよ」


 机の向こうに座っていた老人がしゃがれた声で商品を勧めてくる。

 この人が店主なのだろう。


「手に取っても構いませんか?」

「ああ。よく見ておくれ」


 スラスターさんは店主に確認をすると、イヤリングを一つ取った。

 金色の留め具には10mmぐらいの白いものが輝いている。


「素材はそれなり。とくに警戒するものではありませんが……この石はなんでしょうね」


 スラスターさんがイヤリングについたものを見て、眉を顰める。

 それを見た、私と雫ちゃんは顔を見合わせた。


「椎奈さん、あれって……真珠ですよね?」

「うん。そうだと思う」


 スラスターさんは石と言ったけれど、あの独特の輝きは真珠だと思う。

 ここは海に近いし、もしかしたらアコヤ貝みたいなのがいて、それに含まれていた、とか?


「あの、私たちも見ていいですか?」

「もちろん。気に入ってくれるとうれしいよ」


 店主に一声かけてから、ネックレスを手に取った。

 金色のチェーンと、中央には大きな20mmぐらいの真珠。金細工の中で一際、輝きを放っていた。

 ……10mmでも十分大きいのに、こんな大きい真珠がアコヤ貝から取れたらすごいことだ。

 私は目利きはできないので、偽物や本物はわからない。

 ただ、その真珠は不思議な輝きを持っていた。

 そして――


『会いたい……。会いたい……』


 ――頭の中に響く声。


「……っ」

「椎奈さん、どうかしましたか?」

「あ、ううん、なんでもない」


 それ以上持っていられなくて、私はネックレスを机の上に戻した。

 ……幻聴?

 響いた声を消すように、首を振る。

 まさか、真珠から声がするとは思わなかった。

 隣を見れば、雫ちゃんが心配そうに私を見上げている。

 なので、安心させるために笑顔を返した。

 とりあえず、幻聴のことはあとで話すことにして、今はお店のほうに集中しよう。

 すると、店主が雫ちゃんへと声をかけた。


「そっちのお嬢ちゃんは肌がすごく白いから、このアクセサリーがとても似合う」

「いえ、私はいいです」


 ブレスレットを渡そうとした店主に雫ちゃんは首を振って、受け取らなかった。

 私と雫ちゃんの態度に脈がないことを感じたのか、店主がレリィ君へと目を向ける。

 そして、おや? と眉を上げた。


「お坊ちゃんはとてもたくさんの魔石をつけているね」

「僕の魔石、わかるの?」

「もちろんだとも。ほら、この石も魔力を持っているんだから」


 そう言って、店主が指差したのは、真珠だ。


「この石は近頃、海で獲れるようになった。魔獣が持っている魔石だけに魔力があるだろう? でも、どうだい、この石にも魔力があるんだ。儂は魔石の鑑別ができるのさ。お坊ちゃんが魔石をいるなら、この石でどうだい? 魔石より安いし、赤い石じゃなく白くて丸いなんて珍しいだろう?」


 店主の言葉に、スラスターさんとレリィ君が顔を見合わせた。

 そして、スラスターさんがイヤリングをレリィ君へと渡す。

 レリィ君はイヤリングを手に持つと、ぎゅっと目を閉じた。


「本当だ……この石、魔力がある。それもかなり純度の高い、濃い魔力だ……」

「ほぅ! お坊ちゃんはそんなこともわかるのか! ならば、この石の貴重さがわかるはずだ。もちろんただのアクセサリーよりは値が張る。だが、今なら赤い魔石より安く売っているんだよ。それに、これが有名になれば赤い魔石より高く買われるようになるのは間違いない。お坊ちゃんは運がいい。こんな安い値段で買うことができるんだから」


 レリィ君の驚いた顔を見て、店主が勢いよく話し込む。

 今が商機だと感じたのだろう。

 そんな店主にスラスターさんが鷹揚に頷いた。


「たしかに私たちはとても運がいい。この石が有名になる前に知ることができた。ただ弟には出所のはっきりした、安全なものを持たせたいのです。この石はどうやって入手されているのですか?」

「すまないが、それは企業秘密だよ」

「そうですか、残念です。それならば弟には買えません。しかし、私が個人的に欲しいので、こちらのイヤリングを一組譲っていただいてもいいですか?」

「ああ!」


 スラスターさんの言葉に店主の顔が輝く。

 商談がうまくいったことがうれしいのだろう。スラスターさんは商品の値段を聞くと、懐から金貨を取り出して、机の上に置いた。


「代金より多いですが、受け取ってください。見ての通り、私は弟のために魔石を欲しています。安全性を確認できれば、あなたとのやりとりを続けたい」

「あ、ああ。そうだな、こちらもぜひ続けたいとも!」

「私が欲しいのは魔石です。アクセサリーに加工する前のものを手にいれたい。ぜひこの石の入手先を紹介していただけませんか?」

「……そういうことは一人では決められない」

「わかっています。もし可能でなければそれで構いません。その金貨はあなたに払ったものです。またなにかあればその都度、お渡しできます」

「……金貨を……その都度……」

「またいいお話が聞けることを祈っています。では」


 スラスターさんはそれだけ言うと、すぐにお店を出ていく。

 なので、私たちもそのあとに続いた。

 正直、スラスターさんと言えば、レリィ君の足元でハァハァしている人のイメージだが、やはり交渉事はうまい。

 特に、粘り強く交渉せず、イヤリングを一組買っただけなのがスラスターさんらしいと思う。

 なんというか、選択権を相手に渡しているようで、そうではない。結局はスラスターさんの思惑通りに進めていくんだろうという、そんな手腕を感じた。

 それにプラスして、スキルの力で嘘が分かったり、情報があるかどうかが分かるなら、ほぼ無敵ではないかと思う。


「とてもいいお土産が購入できましたね」


 地下のお店から、路地裏に戻り、中央広場をめざす。

 祭りの明かりは遠く、私たちがいる場所はまだ暗がりだ。

 スラスターさんは購入した、真珠のイヤリングを星明かりに透かして笑った。


「海が荒らされているのはこれのせいかもしれませんね」

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