白身魚の姿蒸し
さっそく目ぼしい屋台の一つを指差し、そちらへ歩いていく。
売っていたのは、てのひらより少し大きい魚をレモンと一緒に蒸したもの。
屋台の隣にはテーブルやいすが並べられていて、そこに座って食べていいようだ。
ただ空いているテーブルは一つ、イスは4つしかない。
どうしようかな? と考えていると、エルジャさんが声を上げた。
「ボクは街を見て回りたいから、別行動にしようカ!」
「なるほど」
エルジャさんには街の視察という役目もあるから、食べ歩きをしたい私と一緒にいるよりも、他にやりたいことがあるのだろう。
吟遊詩人の恰好は夜の街によく馴染んでいて、裏通りなんかに行ってもまったく問題なさそうだし。
なので、それに頷くと、レリィ君と雫ちゃんはすかさず私の両脇を固めた。
「僕はシーナさんといるよ」
「私もそうします」
「ああ。レリィとミズナミ様はシーナ様と一緒に」
二人の言葉にハストさんが頷く。
たしかに二人は私と一緒に平和に食べ歩きをするのがいいだろう。
「じゃあ、ボクのほうはスラスターとアシュクロードに来てもらおう!」
「祭りを楽しむレリィを見れないなんてありえません」
エルジャさんの言葉に、スラスターさんが即座に拒否を示す。
これは絶対に梃子でも動かぬという姿勢だな。
どう考えても、スラスターさんが情報収集に行ったほうがいいと思うけど……。
そして、スラスターさんだけではなく、アッシュさんも拒否はしていないものの、微妙な顔をしていた。
「王太子殿下を護衛するのは大切な役目だ。しかし……」
ちらとアッシュさんが私を見る。
もしかしたら、アッシュさんも姿蒸しを食べたかったのかもしれない。
「お互いにやりたいことを終えたら、また合流するのはどうですか? またそのときに目的に分かれて、祭りを楽しんでもいいと思いますし……」
任務ばかりではなく、自由時間があってもいい。
アッシュさんだけじゃなく、ハストさんも私に付きっ切りになってはかわいそうだ。
そんな私の言葉にアッシュさんはわかりやすく顔を輝かせた。
「そうだな! イサライ・シーナ、またあとで、だな!」
「はぁ」
「ハハハッ! いいネ! じゃあシーナ君『あとで!』」
「ははっ!」
よくわからないけれど、血を感じさせる高笑いの二人組が人混みへ消えていく。
大丈夫かな……。
「めんどくせぇけど、俺もあっちに行く。あいつらだけじゃ不安だ」
そんな高笑い二人をゼズグラッドさんが追った。
「祭り、楽しめよ」
ニカッと笑って、手を振ってくれる。私はそれに手を振り返した。
うん。ゼズグラッドさんは態度は悪いけれど、常識人。二人と一緒に行ってくれて、一気に安心感が増した。さすが……ふふんラッシュ……。
「おい、その目!」
私の頭によぎったことを察知したゼズグラッドさんはそれだけ言うと、雑踏に消えていった。
結果、残ったのは、私、雫ちゃん、レリィ君、スラスターさん、ハストさんの五人だ。
イスは四つしかないけれど、どうせスラスターさんは座らないと思うのでちょうどいいな。
「雫ちゃん、レリィ君は座って待ってて」
「あ、でも……」
「シーナさん、僕も行くよ!」
「でも、机がなくなっても困るし、ね?」
「……はい」
「うん……、わかった!」
ついて来てくれようとする二人にイスに座ってもらって、私とハストさんで姿蒸しを買う列に並ぶ。
スラスターさんは当たり前のようにレリィ君の足元に侍っているので、そのままにして。
今の問題は、一つ買うか二つ買うか、である。
屋台は他にもたくさんあるので、ここでお腹いっぱいになるわけにはいかない。
「ハストさん、ハストさん」
「どうしました?」
隣にいるハストさんに声をかける。
大通りは人がたくさんいるので騒がしい。
なので、喧噪の中でも声が通るように、体を近づけて声をかければ、ハストさんも少し屈んで私のほうに体を傾けてくれた。
「お魚、一皿がいいですかね? 二皿ですかね? それとも一人一匹がいいですかね?」
「シーナ様はどうされたいのですか?」
「うーん。私はお腹いっぱいになりそうなので、一匹全部は無理かな、と……。いやじゃなければ、一皿か二皿にしてみんなで食べたいなぁ、と思っています。雫ちゃんもレリィ君もそんなにたくさんは食べられないと思うので、一皿が無難かなと思うんですが、あまりに少ないとお店の人にも失礼だし、せめて二皿……でも、そんなに食べられるのかな? と。あと、こちらでは一人一皿頼むのが普通とかだったら、申し訳ないので……」
お腹の具合もそうだし、なんせ、異世界。文化がわからないのもある。
屋台って日本みたいにちょっとずつたくさん買っていいのか、とか、席を一つ取るから、一人一皿は頼むべきなのか、とかなにもわからない。
だから、ハストさんに聞いてみると、ハストさんは私を安心させるように頷いてくれた。
「屋台はでの飲食は一人一皿注文というような決まりはありません。あまりに長居するようならドリンクの注文や料理の注文はするべきですが、すぐに食べて離れるのならば、二皿注文すれば十分かと思います」
「なるほど、じゃあ二皿ですね」
「もし、シーナ様やレリィ、ミズナミ様が食べられなくても、私がすべて食べますので心配はないか、と」
「……ありがとうございます!」
それはすごく安心だ。
料理を残すのは心苦しいし、でも、食べすぎるのもしんどくなる。
食べたいものと食べられる量との兼ね合いは大切。
もちろん、注文したからには私もがんばるつもりだが、ハストさんが心配ない、と言ってくれると、安心感が違う。
これは、心置きなく祭りが楽しめてしまう……!
うれしくなって、にんまりと笑うと、ハストさんが優しくほほえんでくれた。
喧噪の中、明かりに照らされたその水色の目がとってもきれいで――
「なんだい、なんだい! お熱いね!」
思わず魅入ってしまうと、正面からガハハッ! と笑って声をかけられた。
ハッと気づくと、どうやら私たちの注文する番になっていたらしい。
「っすみません、姿蒸しを二皿ください」
「あいよ! 今日は年に一度の港まつりだからね! 気にせずくっつきな!」
「はい」
焦って注文をすると、ハストさんがお金を払う。
そして、店主の言葉に頷くと、ふっと笑って、私の腰を抱いた。
人がいっぱいいるから、邪魔にならないようにそうしたんだって思うけど、でも優しい感触はいやじゃなくて……。
だから、平静を装っても、顔が赤くなってしまうのは……しかたない、と思う。
「おー兄ちゃんもやるねー。あ、ところで、あのすっごく可愛い女の子も連れかい?」
「それがなにか?」
ハストさんが店主の言葉に冷静に返す。
店主が言っているのは、机に着いている雫ちゃんのことだ。
町娘風のワンピースを着ているけれど、あふれ出すお忍びのご令嬢感がすごい雫ちゃんである。
たくさんの人がいるこの街にいても、目立つのは間違いない。
「いやぁ、べっぴんさんだな、と思ってよ! 幽霊かと目を疑ったよ!」
「幽霊?」
雫ちゃんが?
不思議なことを言う店主に、火照っていた頬も治り、首を傾げる。
すると、店主は知らねぇのか? と笑った。
「ああ、ここらでは今、幽霊が出るってんで噂になってんだよ。海にな、出るんだよ。美人な幽霊が」
その言葉に思わずハストさんと目を合わせる。
幽霊? 魔魚じゃなくて?
たしか、魔魚が魔海から出てくるという目撃情報があって、それの調査のためにエルジャさんは来たはずなんだけど……。
「海にな、えらいぺっぴんな顔が浮いてな、『会いたい、会いたい』って泣くんだとよ。で、それを見たやつの舟が沈むんだよ」
「へぇ……」
幽霊だな。
たしかにそれは絶対に幽霊だ。
日本にもいるタイプの幽霊っぽい……。
「ほら、できたよ! 噂のこともあるし、あの女の子は目立つから気をつけてやんなよ!」
店主は言いたいことだけ言うと、私たちに姿蒸しの皿を押し付けて、次の接客に入っていった。
私とハストさんもそこにいては邪魔になるので、受け取った皿とフォークを持ち、雫ちゃんたちのもとへ帰る。
店主の言う通り、周りに気を付けてみれば、たしかにみんなが雫ちゃんを見ている気がする。
というか、雫ちゃんだけじゃなくて、レリィ君も美少年だし、スラスターさんも行動はおかしいがイケメン。隣にいるハストさんもイケメンシロクマだしで、すごく目立っていると実感できた。
私が一番目立たないのは間違いない。
幽霊が美人だからと言って、雫ちゃんがいやな目に会うとは思わないけれど、気を付けておくに越したことはないだろう。
「よし」
お祭りで気が緩んでしまうけど、ちゃんと気を付けないとね。
でも、今はまず、目の前の姿蒸し!
二皿を机に並べて、みんなで食べる。
フォークで魚を丸ごと食べるのは大変かと思ったけれど、身離れがよくて、簡単にすくうことができた。
その身はふわふわ。絶妙な塩加減とレモンの香りで、パクパクと食べ進めてしまう。
みんなも同じだったようで、二皿はあっという間にからっぽになった。
「お腹はまだ大丈夫?」
「はい!」
「うん!」
雫ちゃんとレリィ君に声をかければ、二人はまだ大丈夫! と笑顔を見せてくれた。
お皿を屋台に返し、次の屋台へ!
「今度はあれを食べましょう!」
貝の浜焼き!






