港まつり!
きのこのアヒージョを食べ終わった私たちは、広場を片付け、南へと向かった。
ギャブッシュが私に気を遣ってくれるので、酔うことはない。
休憩を挟みながら進めば、到着したころには夜になっていた。
ギャブッシュに乗ったまま、港街へ近づくと、目立ちすぎる。
なので、近くの林で降り、歩いて目指すことにした。
港街までの道は砂利道になっていて、少しは整備されているようだ。
暗いけれど、なんとか私でも進むことができる。
そうして、近づいていくと――
「ハストさん、明かりが多くないですか?」
「そうですね」
前方に見える街がきらきらと輝いて見える。
家から漏れる明かりにしては数が多いような……。
振り返ってハストさんへと疑問を投げる。
すると、ハストさんは私の言葉にやわらかく目を細めた。
まるで、最初から知っていたみたい。そして、なんだかうれしそう。
「きれい、ですね」
不思議に思っていると、隣で雫ちゃんがほぅ、と息を漏らした。
私も視線を戻し、もう一度街を見る。
うん。雫ちゃんの言うように、とてもきれいだ。
そういう伝統か風土なのか、街の家はどれも白い外壁にオレンジ色の屋根。
今はそれが、たくさんの明かりでライトアップされていた。
「きれいだし、なんだか、わくわくしてくるね」
そう。きれいと行っても、幻想的な感じではなくて……。
明るい音楽でも流れていそうな、活気が満ちている感じだ。
海が近いから、空気には潮の香りが混ざっていて、風もある。
今すぐに走り出して、街の中心まで行きたいような、そんな気持ちになる光景だった。
「シーナさん、実はね……」
はやる心に体をうずうずとさせていると、右腕に手を絡ませていたレリィ君がふふっと笑う。
若葉色の目は悪戯っぽく細められて――
「今夜は、お祭りなんだ!」
「お祭り?」
「うん! 年に一度の港まつりの夜なんだって!」
なんと! 港まつり!
「そうなんだ……!」
「ハハハッ! そうだとも! だからボクがこんなに急がせたのサ!」
私が驚いていると、前を歩いていたエルジャさんが振り向いて、パチンとウインク。
毛皮を取り払い、露出過多になった姿でそれをされると目に毒だ。
でも、今の私はエルジャさんよりも、街が気になってしかたがない!
すると、ハストさんがそんな私の心に合わせるように、言葉を続けた。
「シーナ様、祭りでは地元で獲れた魚の料理を屋台で出したり、浜焼きを行っているようです」
「魚料理の屋台……! 浜焼き……!」
なんて魅力的な響き……!
ハストさんも祭りのことは知っていて、だからさっき私が明かりに気づいたときに、うれしそうにしたのだろう。
……きっと、私が喜ぶと思ったから。
それを考えると、胸がしんわりあたたかくなって――
「雫ちゃん、私はちょっと走っていくね……!」
こんなのんびり歩いている場合ではない。
たくさんの明かりは、祭りの証なのだ。
あの街に……! おいしいものが待っている……!
「椎奈さん、私も走ります!」
「僕も!」
そんな私の言葉に雫ちゃんもレリィ君も楽しそうに一緒に走ると答えてくれた。
「じゃあ、走ろう!」
左手の雫ちゃん、右腕のレリィ君に目配せをして、よし、と頷き合う。
夜道で走ると危ないかもしれないが、砂利道だし、街まであと少しだし大丈夫だろう。
「おい、こけるなよ!」
走るために、雫ちゃんとレリィ君の手を離すと、最後尾を歩いていたゼズグラッドさんから注意が飛ぶ。
それに親指をあげて返し、さっそく走る体勢へ!
「ボクも走るヨ! ハハハッ!」
そうしていると、エルジャさんが高笑いをして、私よりも早く走り出す。
さらに、ハストさんが私のそばまで来ると、お任せを、と頷いた。
「先に行って、危険がないか見ておきます」
「ありがとうございます」
私の意を組んでくれるハストさんにお礼を言って……。
すると、前を歩いていたアッシュさんがははっと笑った。
「そうか! イサライ・シーナは祭りも好きなのか!」
「はい」
「なるほどな……そうだな……うむ。では、私と一緒に……」
頬を染めたアッシュさんが私に向かって手を差し出す。
意図がわからず首を傾げると、ハストさんがスッと木の棒を構えて――
「走れ」
シュッと……。
その手に向かって、鋭い突きを繰り出したよね……。
「ひぃ!! やめろぉ!」
「我々は先に行き、安全を確かめるぞ」
「やめろ……! 手に穴が開く!!」
「職務を果たさない手であるならば、穴が開いてもいい」
「いいわけあるか!! わかっている! 職務は果たす!」
木の棒を操るハストさんと、追われながらもしっかり避けて走っていくアッシュさん。
二人とも、さすがに足が速い。
エルジャさんもあっという間に遠くに行ってしまった。
みんなの背中を見ていると、私の心もどんどん加速していって――
「行くよ!」
グッと地面を蹴れば、体が弾んで前に進んで行く。
どれぐらい走るのかな? あと500mぐらい? もっと?
正確にはわからないけれど、そんなに遠くはないはずだ。
「椎奈さん……っ」
「僕も!」
私が走り出せば、雫ちゃんとレリィ君も一緒に走り出す。
「おい! まじでこけんなよ!」
そして、後ろからゼズグラッドさんも走ってきているのがわかった。
「レリィ……! 私の子ウサギのはしゃぐ姿……!」
さらに感極まったスラスターさんが、ハァハァ言いながらレリィ君の斜め後ろを走っている。こわい。が、スラスターさんはレリィ君が体を動かす姿をあまり見たことがないので、少しでもそばで見たいたいのだろう。
気づけば、全員で街に向かって走っていた。
変な光景だ。
祭りに行くために、みんなで走るなんて大人げない。
走ったら疲れるし、息も切れる。
でも――
みんなといると楽しくて……。
勝手に笑顔があふれてきて……。
「到着……っ!」
そうして、たどり着いた街の入り口にはアーチが設置されていて、そこには文字が書かれた布が張られていた。
先に着いていたハストさんたちがそこで待ってくれていた。
「椎奈さん、海が見えます……」
「本当だね」
アーチの向こうはまっすぐに進める大通りになっていた。
石畳で舗装された大通りの両サイドには屋台が並んでいて、いろいろなものが売られている。
どうやら海に向かって、なだらかに下っているようで、突き当たりに海が見えた。
明るく照らされた白壁とオレンジの屋根。屋台の天幕やかけられた鮮やかな布と比べれば、夜の海は黒くしか見えない。
でも、その対比がとてもきれいで――
「ここの海はエメラルドグリーンなんですよね?」
そう。旅立つ前に聞いていた。
ここは南の海。色は雫ちゃんの大好きなエメラルドグリーン。
「はい。また明日、陽が登れば、色もわかるかと思います」
私の問いにハストさんが答えてくれる。
それに頷いて返して、隣にいる雫ちゃんに笑いかけた。
「楽しみだね」
「……はいっ」
雫ちゃんがうれしそうに笑う。
「僕、海を初めて見た……」
「うん」
レリィ君はただじっと遠くにある暗い色の海を見ている。
体の弱かったレリィ君はあまり外出できなかったはずだ。
私はその青色の髪をよしよしと撫でた。
「また明日、みんなで一緒に見に行こうね」
「うん!」
レリィ君もうれしそうに笑う。
王太子様であるエルジャさんが一緒に行くことになったり、魔魚のことがあったりとただの旅ではないけれど、、
雫ちゃんとレリィ君のこんな笑顔が見られるなら、ここに来て、本当によかった!
「まず、今日は祭りを楽しもう!」
そう! 海は明日!
今日はこのたくさんの屋台を楽しまないと。
そこで私が最初に目をつけたのは……!
「ハストさん! あれが食べてみたいです……!」
白身魚の姿蒸し!






