トリュフ豚とはトリュフを探す豚
まさかの家宝の剣が実は国宝の剣なのでは? という新事実。
でも、ハストさんとアッシュさんが、まあしかたないな、という空気を出しているので、私もそう思うことにした。
時間は戻らない。起きてしまったことは覆らない。
――包丁は剣には戻らない。
ね。もどらない。
「おい、イサライ・シーナ! これから料理をするんじゃなかったのか?」
「あ、はい、そのつもりです」
「見てみろ! お前の好きな草がいっぱい生えているぞ!」
濁った目の私にアッシュさんが木々の間を指差す。
視線を向ければ、そこには緑の下草。
「……アッシュさん、あれは食べられません」
「そうなのか」
「草ならなんでも食べられるってわけじゃないんです……」
私が好きなのはハーブなんだ……あと、野菜。
「よし、ではついてこい!」
アッシュさんはそう言うと、ずんずん森へと入っていく。
その勢いに釣られて、一緒に行くと、森の中はじめっとしていた。
「これならどうだ!」
アッシュさんがビシッと指差した先。
そこにあったのは――
「きのこ、ですね」
「ああ!」
倒木に生えた茶色いキノコ。
アッシュさんはそれを獲ると、ほら、と私に渡してくれた。
「家宝の剣についてはお前が気にしなくていい。王太子殿下はああ言っていたが、忘れ去られていた剣だ。お前が包丁として使っているならそれでいい」
キノコを受け取ると、アッシュさんが大丈夫だ、と頷く。
たぶん、私を元気づけようとしてくれているんだと思う。
だから、ありがとうございます、と微笑むと、アッシュさんは、はははっ! と高笑いをして――
「お前は本当に、その辺に生えている、食べられそうなものが好きだな!」
「はぁ」
「……でも、そうだな、そういうところが、そのかわい――」
ザシュッ
「シーナ様、それは毒キノコです」
はい。来ました。木の棒。
アッシュさんの左頬に向かって繰り出されていた。アッシュさんは素早く飛びのいて避けたけど、普通なら当たるスピードだった。
「おおぃ! 危ないじゃないか!! 私が避けなかったら目に刺さっていたぞ!」
「キノコの選別もできない目であるならば、必要ないか、と」
「必要だろ!!」
アッシュさんはひぃ! と、きぃ! を交互に発しながら、ハストさんに追われて離れていく。
……うん。今日も我が特務隊の隊長と副隊長の連携がすごい。
「それにしても、これって毒キノコなんだなぁ」
アッシュさんにもらったキノコをまじまじと見る。
普通にしめじっぽい。茶色の笠に白色の軸。
これを一瞥して、毒だとわかるハストさんはやっぱりハストさんである。人外感ある。
「毒キノコを持ってなにを?」
一人納得していると、後ろから声がかかった。
振り返ってみると、そこにいたのは――
「まさか料理に入れるつもりですか?」
フッと鼻で笑うスラスターさん。
眼鏡の奥の怜悧な目が、面白そうに私を見ていた。
すごく嫌味だけれど、まあそれがスラスターさんなので、それはどうでもいい。それよりも。
「あれ? スラスターさんもこれが毒ってすぐにわかるんですね。もしかして、有名なキノコですか?」
そう。スラスターさんもすぐに毒キノコだと判別していた。
だとしたら、アッシュさんが知らないだけで、毒で有名なキノコなのかもしれない。
ハストさんが人外ではなく、一般常識的な?
疑問をぶつけると、スラスターさんは、いいえ、と首を横に振った。
「一般的に流通しているキノコではありません。毒といっても少しお腹が痛くなるくらいでしょう」
「なるほど。スラスターさんは知識が豊富だから、わかったということですか?」
「いいえ。私は毒が鑑別できるからです」
「へぇ!」
スラスターさんの言葉に、感心する。
それはすごく便利だ。
「それがスラスターさんのスキルなんですね」
「ええ。私のスキルは――」
スキルは?
「『嗅覚◎』です」
「きゅうかくにじゅうまる」
そんな。そんなどこかの野球選手育成ゲームの特殊能力みたいな。そんな。
「私は嗅覚が鋭く、物理的な毒や病気、腐ったものはもちろん、人間の汚い心や嘘、そういうものが匂いとして感じられるので。私の害になるものからは、非常に醜悪な匂いがしますね」
「え……それは、その……すごく大変なのでは?」
『嗅覚◎』なんていう、ふわっとしたスキルだけど、効果がすごくない……?
だって、それって……。
「……私のスキルを聞いて、笑わず、むしろ心配したのは貴女が初めてかもしれませんね」
スラスターさんはそう言うと、楽しそうに右口端だけを上げて笑った。
「ほとんどの者は最初は笑います。鼻がいいだけなんて、と言って。だが、私と話すうちに気づくのでしょう。自分の言った嘘、虚栄、欺瞞、それらがすべて、私には勘付かれるのだ、と」
……スラスターさんのスキルは、人の心を読める。
そういうことなのだろう。
「宰相という立場になるには非常に便利なスキルです。私に与えられるべくして与えられた。私はこのスキルを誇りに思っているし、私ならば使いこなすことができる」
スラスターさんは笑みを消すと、なんの気負いもなく話を続けた。
人の負の部分が匂いに現れるとして……。たしかにスラスターさんには必要なスキルで、使うことができるのだろう。私もスラスターさんならできると思う。
でも……。
「ただ……この世界の匂いはいつも醜い。嗅ぎたくなくても嗅がされるのはあまりいい気持ちではないときもある。そんなときに出会ったのがレリィです」
あ、いきなりハァハァし始めた。
「レリィが生まれてから、私はこの世界にも心地よい香りがあることを知りました。純粋で無垢でかぐわしく、芳醇で爽やかで甘い……。レリィが笑うと花畑に風が吹き、蝶が舞う匂いが。レリィがつらそうだと地面に咲いた一輪の震える花と雨粒の匂いがする」
匂いの表現力がつよい。
ちょっと後半は惚気の最上級すぎてよくわからなかったし、ハァハァするスラスターさんは心底気持ち悪い。でも――
「……よかったです」
うん。
「レリィ君を助けることができて」
――スラスターさんの世界を守ることができて。
にんまりと笑って、スラスターさんを見上げる。
するとスラスターさんは、ぎゅっと自分の鼻をつまんだ。
「……貴女からはドブネズミの匂いがする」
来ましたドブネズミ……!
知ってるよ! 美しく生きている証だね!
「シーナさん、大丈夫?」
スラスターさんが鼻をつまみ、私のテンションが上がっていると、レリィ君が駆け寄ってきた。
ごはんを作ると言ったのに、森から出てこない私を迎えに来てくれたようだ。
「大丈夫だよ、レリィ君」
「兄さんが悪いことしてない?」
レリィ君はそのまま走って、ぎゅっと抱きついてきたので、それを受け止めて、よしよしと頭をなでる。
もちろん、この瞬間をスラスターさんも見ているわけで……。
「……私の子ウサギが!」
ごめんね。ドブネズミがなでちゃって。
「あ、シーナさん、それ!」
「これはキノコなんだけど、毒なんだって」
「そうなんだ。僕はこれで料理を作るのかなって思っちゃった」
「あー、そうだね、キノコ料理もいいね……」
天ぷら、バターソテー、スープ……。
あ、おいしそう。
キノコ料理に想いを馳せると、お腹がぐぅと鳴った。
すると、スラスターさんがふっと鼻で笑う。
「きのこには毒を持つものが多く、素人で目利きは難しいのでは? まさか本当に毒入り料理を作るつもりですか?」
「そうですよね……」
スラスターさんの言うことは最もである。
素人が山で採取したキノコを食べるのは危険がいっぱいだ。
なので、諦めようと思ったんだけど、隣のレリィ君がふわっと笑っていて――
「兄さん?」
「どうしたレリィ!」
あ、いけない……。
ゴミ……美少年がゴミを見る目に。
「シーナさんに謝罪した後、這いつくばってキノコを探せ」
「私の思索が足りず、貴女を傷つけたことを謝罪します。私が採取すれば毒かそうではないか確実です。探して参ります」
スラスターさんは私の前に跪いたあと、地面をくんくんしながら森の奥へ進んで行った……。
『嗅覚◎』がすごく役立っているなぁ……。こうやって森でキノコを探すのを仕事にしている動物を知っているなぁ……。そう。これは紛れもなく――
――トリュフ豚の身のこなし!






