家宝の剣(すごい)
声をかけ、少し離れた場所にいたアッシュさんの元へと近づいて行った。
いつもなら、はははっ! って笑って、草、草と言っているはずなのに、そういえばドラゴンに乗る前ぐらいから元気がない。
もしかして、酔ったのかな? とそばにいってみれば――
「イサライ・シーナ」
「はい」
「私はお前が信じられない」
「……どういうことですか?」
「あれは王太子殿下だぞ!! なぜ気軽に触れ合いができるんだ!!!」
きぃ! と怒鳴るアッシュさん。
よかった。元気はある。
「なるほど。つまり王太子様がいるから大人しいってことですね?」
「それが普通なんだ!! 他もすごい方々なんだぞ!? 北の犬は北の犬だが!!!」
「私が何か」
「ひぃ! いきなり出てくるな!!」
アッシュさんと話していると、ハストさんが私とアッシュさんの間にスッと現れた。
アッシュさんはその場で飛び上がり、ついでに私もびっくりした。気配が0キロカロリー。
すると、そこにエルジャさんが近づいてきて――
「そういえば、まだちゃんとした挨拶がまだだったネ! 君がアシュクロードだネ?」
「はっはいっ!」
私たち三人の元へやってきたエルジャさんがアッシュさんへと声をかける。
エルジャさんの恰好は王太子とは思えないけれど、やはり立ち振る舞いは堂々としていた。
こうしてアッシュさんがかしこまっていると、ああ、やっぱりエルジャさんはすごい人なんだろうな、とほんのり思った。
……恰好が色気だけど。毛皮を取り払い、また胸筋と上腹部が見えてしまっているけれど。
「ハハハッ! そんなに緊張する必要はない。今のボクはただの吟遊詩人。君が冒険者であるようにネ!」
「はっ」
「それにボクたちは元々は同じ血だろう? かなり昔に分かれてしまったが、ボクたちは王族として、君たちは剣の守り手として、こうして受け継いだものがあるんだから」
……けんのまもりて。
「……へぇ」
思わず声が出た。
アッシュさんとエルジャさんの話だとわかっているけれど、思わず出ちゃったよね。
だって知っているから。それ、なんだか聞いたことがある。
「家宝の剣、ですよね」
「そうか、シーナ君も知っているんだネ!」
エルジャさんが爽やかに笑う。
だから私もまっすぐに前を向いて、ニコッと笑った。
「いい剣ですよね」
「ああ! ボクたちの先祖がこの土地に建国する際に使った剣だからネ! 魔物のはびこる地だったこの場所を勝ち取った証サ!」
「ほぉ」
私は目からハイライトが消えるのを感じて。
でも、まっすぐ前を向いて、もう一度ニコッと笑った。
「いいけんですよね」
本当に。いい剣(包丁)です。
「そんなわけだから、アシュクロードもボクを気にせず、普段通りに振る舞ってくれ」
「はっ……いえ、わかりまし……わかった」
「ハハハッ! まあ最初は難しいかもしれないが、頼んだヨ! 堅苦しいのは抜きダ!」
賑やかにやってきたエルジャさんは、また賑やかに去っていく。
その背中を見ながら、私はそっと呟いた。
「アッシュさん……」
「なんだ……」
「家宝の剣なんですけど……」
「ああ……」
「……いいけんですね」
「ああ、いいけんだな」
アッシュさんと私で視線を交わし合う。
……心にね来るものがあるよね。
そうか。アッシュさんの家宝の剣は建国以来の由緒正しい剣か。そうか……そうだったんだね……。
「シーナ様、包丁のことならば心配することはありません。すべては私がしたことですので」
私が儚く笑っていると、隣にいたハストさんが大丈夫だ、と頷いてくれた。
それはとても心強い。でも、それだとハストさんのせいになってしまうような……。
「いや、でも……」
「そうだ! そうじゃないか!! 全部お前のせいじゃないか!!!」
「いや、それはちょっと違うような……」
私の心配をよそに、アッシュさんはそうだそうだ! とハストさんを責め立てる。
ここで振り返ってみよう。
・家宝の剣を訓練に持ち出し、破損させたのはアッシュさん
・家宝の剣を実際に真っ二つにしたのはハストさん
・家宝の剣を包丁にしてくれとお願いしたのは私
……全員有罪かな?
「私に後悔はありません」
私が目を濁らせていると、ハストさんがきっぱりと言い放った。
水色の目はきらきらと光っていて――
「包丁を受け取ったときのシーナ様の笑顔。それがなにより価値があると、そう思います」
――いや、どういうことなの。
ハストさん落ち着いて。
どう考えても「家宝の剣>>>(建国に使いました)>>>OLのはにかみ」だよ。
ぽかんと口を開けてしまった私。
だけど、アッシュさんは反論することはなく――
「たしかに」
深く頷いた。
100話になりました……!
ここまでこれたのもみなさんに支えていただいたおかげです。
本当にありがとうございます
新作と一緒にこれからもよろしくおねがいします






