氷漬け
もし、本当にイケメンシロクマ言っている通りなら、私もそのことは秘密にしておいたほうがいいと思う。
食べるだけで強くなるなんて、利用価値がありすぎる。
それが大々的に広まれば、私の意志なんか関係なく、延々と料理をすることになるだろう。
ポイントはためたい。
たとえそれが誰かに強制されて作った料理だとしても、ポイントがたまるなら夢のキッチンに近づくはずで、それならそれでいいのかもしれない。
でも、私が掲げている理念はそういう恐怖料理ではない。
私がしたいのは自分の、自分による、自分のための料理!
「スキルのことと合わせて、こちらのことも隠しておこうと思います。そもそも、人に振舞う機会なんてそんなにありませんしね」
要は私の作ったものを人に振舞わなければいい。
そして、現在の私には知り合いがいないわけで、親しくもない人に料理を食べてもらう機会なんて滅多にないはずだ。
「この世界のことをもっと知り、自分がどう動きたいのかを考えてみます。そうすれば、スキルのことをどう扱っていけばいいのかもわかると思うので」
まずは自分立ち位置を知らなくては。
警備の騎士にはあんまりよく思われてなかったみたいだし。
そう答えれば、イケメンシロクマはその水色の目を眩しそうに細めた。
そして、そっと私の右手を取る。
「私はイサライ様を守り、その心に沿えるよう努力いたします」
手に触れるか触れないか。
ぎりぎりのところにそっと唇が寄せられる。
そうして、顔を上げた彼の水色の目はまっすぐで……。
なんという騎士感……!
そんな騎士っぽい仕草で、騎士っぽいことを言い、騎士っぽい視線を向けられると、なんというかもう、騎士だよね。騎士だからね。
「……ありがとうございます」
こういうとき、どんな顔をすればいいかわからないな。笑えばいいのかな。
まさに異世界オブ異世界。
なので、曖昧に微笑みながらお礼を言うと、イケメンシロクマがふっと柔らかく笑った。
それはごはんを食べた時の無邪気な笑顔とは違う。ああ、私より年上なんだなっていう。なんかそんな感じの笑顔。
その笑顔に私の体はピキッと固まってしまって……。
イケメンシロクマこわい。
私を氷漬けにしてくる。こわい。
固まっている私からイケメンシロクマがそっと手を離す。
そして、私を見つめた。
「イサライ様、実はイサライ様は祖国を追われた令嬢として、王宮内では知れ渡ってしまっています」
「え」
イケメンシロクマは第二波を放った!
こうかはばつぐんだ!
そして、そのままイケメンシロクマは現在の私の置かれている立場を話してくれた。
さっき、私がこの世界のことを知りたいと言ったためだろう。
そうして聞いたイケメンシロクマの話はなんだか物語のようだった。
いや、あまりに自分の境遇と違いすぎて、まったくピンと来ないのだ。
まず、私が異世界から来たことは機密事項として、数人しか知らないということ。
今の私は遠くの国から留学にきた令嬢ということになっていること。
外交上はほぼ縁のない国で、私はあちこちの国の縁を辿り、ここに来ることになった、と。
「遠い国から来た令嬢、それだけでした。けれど、イサライ様が数日間、部屋にいる間に話は変わってしまいました」
「……ああ」
この国に来て早々、部屋に引きこもり出てこなくなった私。
貴族の令嬢であるならば、使用人の一人ぐらいは連れていそうなものなのに、誰もおらず、一人きり。
王宮の端の端の部屋しか与えられていないということは、この国にとって重要な位置にはいないのだろう、と。
そして、その事実の積み重ねは勝手な憶測を呼び、気づけばそちらが定着してしまった。
この国に来たのは散々悪事を重ね、祖国にいられなくなったから。
婚約者がいたらしいが、その縁も切れた。
他の国でもやらかして、結局、何の関係もないこの国に来るしかなくなった。
国としては祖国へ送り返したいところだが、それもまた面倒で、仕方なくここに置いているのだ、と。
すごいな。驚きの転落人生。
性格が悪く、恋破れ、たらい回しにされ、この国にとってはいらない子。タダ飯食らいの居候。それが私!
「……それで、さっきの人たちはあんな感じだったんですね」
めっちゃ嘲笑されたもんね。
そっちが召喚しといてなんなんだ! と思ったけど、あっちにしてみれば置いてやっているという感覚だったのだろう。
……うん。そりゃ金髪おかっぱみたいな態度になるな。うちの国に迷惑かけんな、みたいな気分に。
「彼らはイサライ様に悪意があったというよりは、私に対してのものだと思います。すべて根拠のない話です。これまではイサライ様自身のことが気にかかっておりましたので、そちらに集中し、あまり手を出せませんでしたが、これからはそのような噂は……消します」
消すって言った瞬間、水色の目が光った。
……見てない。私は何も見てない。
「あ、そういえば、あの騎士たちが北とか犬とか聖女様の護衛の任がどうとか言ってましたけど」
うん。いろいろ一気に情報が入ってきてるし、ついでに気になることはぜんぶ聞いてしまおう。
そう思って、口に出せば、イケメンシロクマはそれに頷いた。
「はい。私は元々は北の魔獣の森にある騎士団に務めておりました」
「……魔獣の森に?」
「そうです。聖女様の結界があるといっても、それだけに頼るわけにはいかない。想定外ということはいつでも起こります。ですので、そこで魔獣の数を減らすために働いておりました」
なるほど。この国も魔獣のことはぜんぶ聖女に任せちゃえと丸投げしているわけではないらしい。
うんうんと頷くと、イケメンシロクマは話を続けた。
「我らは北の騎士団と呼ばれています。人間ではなく魔獣を相手にするため、他の騎士団とは毛色が違います。ですので、犬と呼ばれ、こういう由緒正しい騎士が多い場所では厭われることが多いのです」
「それで、北の犬とか、小屋とか言って絡んできたんですね……」
「ええ。私は聖女様を守る特務隊の隊長として、この王宮へとやってきたのですが、それが許せなかったのでしょう。王宮に務めている騎士からすれば、突然、北の犬が自分たちの上司だと言われ、反感を持つのも無理はない」
イケメンシロクマは特になにかを気にした様子もなく、淡々と説明をしてくれる。
でも、聞いている私のほうは結構いろいろとびっくりしている。
……聖女様を守る特務隊。その隊長ってすごいのでは?
わざわざ北の騎士団から呼び寄せて、トップにするなんて、本来なら大出世だったのでは…!?
「私は自ら特務隊長の座を下りました。……聖女様とは別に召喚された方がいると聞き、その方を守りたいと思ったのです」
イケメンシロクマはまっすぐに私を見る。
「我ら北の騎士団は常に魔獣と相対し、その力に圧倒される日も多い。聖女様の力がどれだけ私たちの力になっているか、日々実感しているのです」
「……でも、私は聖女ではないです」
そう。私は聖女ではない。
だから、彼が膝をつく相手は私ではなく、あの女の子。
「今からでも、その任務に戻ったりできませんか? 私は大丈夫ですから」
それが難しいことなのはわかる。
でも、聖女様の護衛である特務隊長だったはずが、今では追放された令嬢のお守をしてるなんて……。
それは周りから見れば左遷と変わらない。彼がなにか問題を起こしたと思う人も多いはず。
「いいえ。私はこの場所がいいのです」
それなのに、イケメンシロクマは私の言葉をはっきりと否定する。
「……初めてあなたの笑顔を見た時、この任務で良かった、と」
その水色の目が優しくて……。
「あなたの笑顔をまた見たい」
はい。氷漬けはいりまーす。