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巻き込まれ召喚

 疲れた。

 本当に疲れた。


 普通に生きて、普通に仕事してるだけだけど、なんかもうめんどくさい。


『今日のあなたはダメだね』


 上司のからかい交じりの。でも、明らかにこちらを傷つけようと意図して発された言葉。

 そんなのよくある事だから、いつも通りに適当な謝罪とノリと笑顔でかわしてきた。

 でも、そうしてヘラヘラしながらも、心がいやだって言っている。


 『あなたはダメ』ってなんだ。

 どんな私ならいいんだ。

 というか、私であればなんでもダメなのか。そうか。


 ……うん。疲れた。


 仕事終わり。夜空を見上げて、はぁと息を吐く。


「おいしい料理が食べたい……」


 一人歩く夜道にボソリと私の声が響いた。


 べつに高いものじゃなくていい。いつも通りのおいしいやつ。

 四枚入りが一パックになってて、それが三つまとめてテープでくっついている薄っぺらいベーコン。それをカリカリに焼いて、卵を割り入れる。そして、少しだけ水を入れて、すばやく蓋。

 ジュジュッと水のはじける音を聞きながら、二分蒸し焼きにすれば半熟ベーコンエッグの完成だ。


「クロワッサンも食べたいな」


 カリカリベーコンにとろっと黄味が崩れる目玉焼き。それにトースターで少しだけ温めたクロワッサンをつければ、明日一日がんばれる気がする。


「よし!」


 そうと決まれば、まずはスーパー!

 今の時間ならスーパーに併設しているパン屋さんも開いているから、クロワッサンも買えるはず。

 夜ご飯も作ればいいんだけど、今日はもうめんどくさい。値引きされた惣菜でも買えばいいや。

 夜はそんなものでいい。大丈夫、明日の朝はおいしい朝ごはんが待ってるから!


 スーパーまでは徒歩五分。

 でも、無駄にテンションを上げて、ダッと走り始める。

 そこの角を曲がればすぐだから、パンプスでだっていける!


 こうしてテンションの上がった私は、まったく周りを見ていなくて……。


「……っ、えぇ!?」


 気づいた時にはもう遅い。

 曲がり角には女の子が大きな目をさらに大きく開けて私を見ていた。


 ――ぶつかるっ!


 女の子の体に私が覆いかぶさるように倒れていく。

 すると、なぜか辺り一面が真っ白に輝いて……。


「え、あ?……えぇっ!?」


 厳かな神殿に私の声が響き渡った。



***



 人生はままならない。

 全然ままならない。


 スーパーに行こうと走り出したあの時、なんと私は異世界召喚をされてしまったのだ。

 しかも、巻き込まれ召喚だったのだから、本当に意味が分からない。なんだそれ。

 巻き込まれ召喚。つまり本来なら私はまったく関係なかった。

 私を異世界に呼び出したかったわけではなく、私がぶつかってしまった女の子を召喚しようとしていたらしい。


 女の子にぶつかり、真っ白な光に包まれた後、気づけば神殿みたいなところにいた。

 そして、そこにはたくさんの人がいて、こちらを見て、困惑していた。

 それは私と女の子との二人が召喚されてしまったからだ。


 一人しか呼んでいないはずが、二人。

 一方は若くてかわいい女の子。黒目がちな目はうるおっていて、セーラー服からのぞく生足もまぶしい。

 そして、もう一方が私。仕事帰りの疲れたOL。ドライアイ。しかも、女の子に覆いかぶさっている。


 ……お呼びでないのはどっちだ?


 それはもう私である。誰がどう見ても私だ。私も私だと思う。

 それでも、周りにいた人たちは見た目だけで判断せず、鑑定士という人が私と女の子を鑑定した。

 なんでも、この世界にはスキルというものがあり、それを調べればどちらが聖女であるかすぐに判明するということだった。


 だから、すぐに結論は出た。


 女の子の結果。

 聖魔法、魔力∞、幸運、神の愛し子。


 ……いや、もう絶対聖女だよ。


 で、私の結果。

 台所召喚。


 以上、終わり。


 ほら、ね!


 というわけで、順当に女の子が聖女となった。

 王宮の一番いい部屋に案内され、今ではたくさんのイケメンに囲まれている。若いっていいね。

 一方の私は巻き込まれた一般人として、王宮の端の端の小さな部屋。とりあえずそこで保護してもらうことになった。


 そうして聞いた話によると、元の世界に戻るのは難しいらしい。

 最初にそれを知った時はちょっと泣いた。

 この世界に必要なのは女の子で、私にはとくに意味はない。けれど、戻ることはできず、あるのは台所召喚というよくわからないスキルだけ。

 たったそれだけのもので、家族には二度と会えず、慣れ親しんだものとは切り離され、これまでの生活も仕事も全部なくすなんてあんまりだ。


 でも、そもそも私が女の子にぶつかったのが原因であり、女の子がこの世界の人に文句を言うのはわかるが、私が文句を言っていいものなのか……。

 そして、文句を言って、じゃあ出て行ってくださいと言われても困る。

 今は衣食住を保証してもらっているし、何度泣いたって時は戻らない。それならば、ずっとくよくよしていても仕方がないのだ。


 だから、私は決めた。

 小井イサライ椎奈シイナ。平凡なOL。

 私はこの異世界で楽しく生きていく!

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【新作】魔物をペット化する能力が目覚めたので、騎士団でスローライフします

【11/10】カドカワBOOKS様より小説4巻発売
【書き下ろし】事なかれ令嬢のおいしい契約事情【コミカライズ無料配信中】
台所召喚    事なかれ令嬢のおいしい契約事情

B's-LOG COMICS様よりコミック全2巻発売中
台所召喚コミックス2巻
― 新着の感想 ―
[一言] 『今日のあなたはダメだね』 「最低のあなたよりましでは」とか素早く言い返してやりかったね。
[一言] 女の子が異世界召喚されて、たくさんのイケメンに囲まれているって状況は、本人が望んでなきゃ怖い絵面ですね。 どんな舞台背景で、どんな展開になるのか楽しみです。
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