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竜王狂人  作者: 璃山蟹瑠
狂人孵り
9/9

予想外:悪夢&弟子&魔法

 悪夢かぁ、久しく見て無かったねー……

 バチバチ燃える炎を見て、この時の僕は炭の気持ちを味わったんだよね。


 大きくて狭い建物の中は、七輪の中みたいって思えてさ。お手伝いで枝をくべていた時にお父さんが教えてくれた、火が見えないけど凄く熱い、燃える炭。あの炭の紅さは他の火と違って、なんだか自分が熱いって言えない、仲間はずれの薪みたいで嫌だなって、そう思った。


 僕の紅い感情も、まさにそれだった。


 なんで僕だけ仲間外れに、苦しい思いをしているのに、誰にも言えないの?


 なんであの紅い火は好きな物を食べて好きなだけ踊って、好きなだけ笑っていられるの?


 なんで、なんで、なんで、僕の中が熱いの?



 なんで、あの黒い人は苦しくないの?



 後から思えば、あの黒い大人は水を被っていたんだと思う。口と鼻が無いオバケに見えたのも、マスクをしていたからなんだ。


 黒い人は僕に、ピストル――正確にはリボルバー……ニューナンブM60(警察の拳銃)――を突き付けて、こう言った。


「よっしゃ、これでろうにゃくなんにょコンプっ。ラッキーサンキュー、ク、ソ、ガ、キ☆」


 お父さんとお母さんの敵。

 許しません、白い粉。通しません、黒い武器。


 あれは悪い奴だ。だって、お父さんとお母さんとカスタム君が言ってたもん。白い粉を食べると頭おかしくなって、黒い武器は銃だから危ないって。


 でも……火はそれでも遊んでた。

 悪い奴は全然苦しくなって無いのに、僕はどんどん苦しくなって、暑くて熱くて、すっごく喉が渇いて、死にそうなのに……


 なんで悪い奴じゃなくて、僕を苦しめるの?

 ジェリーみたいにいたずらばっかりするから?

 ばいきんまんみたいに悪い子だったから?


 何も言えなかった。

 火は自由に物と僕で遊んでて、悪い奴はヒャッヒャッヒャって楽しそうに笑って、何も言えない僕を囲んでる。苦しくて声が出ない僕のまわりで、楽しいって言ってる。


 泣いた。


 助けてっ、お父さん、お母さんっ、嫌だよ、僕は何にも言えないっ、悪い奴はあいつなのに、火は僕ばっかり責めるんだっ。


「ヒッヒッヒァ! そうそう、ガキはうるせぇんだよ! 死ねよ! ヒャハァ!」


 業火に巻かれる僕のぐずぐずした泣き声なんて、聞こえない筈なのにね。


「はぁ……ようやく終わってくれた」


 明晰夢って厄介だよ。だって、起きたらいきなり見覚えのない天井が広がって、寝る前の事を思い出す前に酔わせるんだもん。


「うぉぇっ、ぇっ、ぇっ……ちぇ、なんで正真正銘の悪夢の時だけ明晰夢なんだろう」


 悪い事が起きて、悪い事が承れて、悪い事が転じて、悪い事で結ばれる。それが分かっている状態であの時の辛さを思い出させられて、その後のハッピーエンドこそ夢なんだって思わせようとする。


 夢を操作できる機械、早く開発されないかな。 


 その安寧の為に、僕は世の悪をお金に換えてるっていうのに。


「……まあ今回は悪夢の下敷きがあったし、いきなり悪夢を見せつけられる恐怖は免れたかな」


 日常で悪夢を見た後なんて、しばらく模擬刀を振ってないとハッピーエンドを思い出せないくらいだからね。


 ……あの後、周囲の火がまるで叱られたように掻き消されて、黒い武器から放たれた弾丸は赤い鱗に弾かれた。紅い熱が燻っている僕の目の前で、赤いドラゴン様は黒い男を赤い炎で焼き払ってくれた。


 悪い奴を僕の変わりに、もっと綺麗で格好いい、とっても素敵で最強で超強いドラゴンが退治してくれた。


 あの姿に僕は……とっても憧れたんだ。

 紅いのと赤いのと黒いのに何も言えなかった僕に赤いドラゴンは笑って……そう、楽しそうに笑って言ったんだ。


「僕、カギ爪は磨いておかないとダメだよ?」


 憶えてる。

 誰かの名前っていう特徴的な単語すら忘れやすい僕が、それでも一語一句憶えてるんだ。


 盲執じゃない。愚考でもない。ましてや、幻覚の類なんかでもない。


 あれは本当にあって、これは本当の憧れで、その赤は絶対に正しい最高の赤……


「……うん。入ってきていいよ、リィンガーダ君」

「起きたんですっ……ね、ハガタツ様」


 バタンッ、と、大声が聞こえたと思ったら急に声を窘めるように小声で訪ねてくるリィンガーダ君。彼の気配(?)ってわりと特徴的だから、一発で分かったよ。


 その腕に抱えられてる、青い子の事も。


《ご主人様ー!》

「ミルリントちゃん……心配、かけたみたいだね」


 リィンガーダ君の腕から飛び出して僕の肩に跳び乗ったミルリントちゃん。彼女の心は僕への心配と怯え、嬉しさ、喜び、それが綯交ぜ(ないまぜ)になっていた。


「大丈夫、ミルリントちゃん。僕はもういつもの僕だよ」

《ご主人様! 焔を刻まれしご主人様! もう熱は無いですか? 暑くないですか? 熱さ無い?》

「うん、無いよ……ごめんね、僕が不甲斐ないばっかりにミルリントちゃんを怯えさせちゃって」


 僕とミルリントちゃんの心は、ダイレクトに繋がってる。普段通りだと感情だけを拾うから余計に剥き出しの感情が相手に伝わっちゃう。

 あの熱さがミルリントちゃんに……青百足のミルリントちゃんに伝わっちゃった。


《いいえ、いいえ! ご主人様は、ほむらを刻まれし御方! 素晴らしいご主人様にお仕えする私が、炎に怯えるなんて、無様!》

「そうかな……危ないものを危ないって思えないようになったら、生物失格だよ?」

《ですが、私は……》

「青百足。熱に弱い、青百足。僕は騎士の忠誠より青百足としての君が好きなんだよ」

《ご主人、様……》

「ありがとう」


 呆気に驚いた、ミルリントちゃん。触覚が不規則に揺れて、顎が半分開いてる♪


「心配してくれてありがとう。僕の無事に喜んでくれて、嬉しく思ってくれて、ありがとう。君がいてくれて、とっても嬉しいよ。だから、ありがと」

《ごしゅ、ご主人様ぁ!》

「良いんだよ、全部吐き出しちゃって。僕に聞かせてよ、ミルリントちゃんの魂の声を」

《うわぁん、ご主人様ー! 怖かった! 恐ろしかった! ご主人様が私を、焼き殺そうとしたのかと思って、怖かった! でも、でもっ、私はっ》

「うん、うん。辛かったね、苦しかったね。乗り越えられて、えらいよ。ミルリントちゃん」

《ごしゅじんさまー!!》


 よしよし。胸に()をまき散らしながら泣き叫ぶミ

ルリントちゃんの頭と背を撫でる。ドキドキする痛み始まりを隠して、よしよし、よしよし、って。




 五分くらいして、ミルリントちゃんは寝ちゃったよ。寝顔が安らかに見えた僕はもう人間じゃないんじゃないかな。何それ好都合。


「リィンガーダ君も、ありがとうね。ミルリントちゃんは青百足なのに、腕に這わせてくれて」

「……ハガタツ様も、挙動不審に思えて実は『ご主人様!』なんて形に動き回るその子を見ればヒルだって腕に這わせられますよ」


 それでも簡単に出来る事じゃないと思うけどね。特にリィンガーダ君は、この手の虫が苦手っぽかった筈だし。


「でも、このお礼はいつかきっとするよ」

「それなら、今日から僕を鍛えてください」


 にぇ?

 えっと、どういう、事かな?


「なんで? 君はギージュが鍛えるって話だよ?」

「僕は……僕は強くならなくちゃいけないんです。その為には、どんな力も欲しいんです。どんな仕打ちにだって負けない、色んな力が」


 飢狼。

 あるいは飢餓者(スカベンジャー)かな。


 リィンガーダ君は力……違う、『力ある物』に飢えてる。どこかの鏡で見たことある眼だから、間違いない。


 異世界。

 剣と魔法のファンタジー。その両者を使える新兵は一体、どんな地獄(いじめ)を体験したんだろう。


「いいよ」


 興味がわいたんじゃない。

 僕と同じ目をした、僕と同じ願いを持つこの子。

 模擬刀を振るう事(独り)でしか強さを得ることが出来なかった僕と違って、この子は色んな力を色んな人と得ることが出来る。


 良いじゃないか。

 一人の少年の優しさを貫き通す力の一つに、僕が編み出した殺気を纏わせてあげる。


 引っぺがされた一部を、あの赤いドラゴン様に埋めて貰わなくちゃ自我の維持も出来なかった弱い僕と違う、強い少年。


 強くなるなら、この子の方が良い。

 弱い僕でも強くなる力は、この子にどんな影響を与えるのかなぁ……


「ありがとうございます、ハガタツ様」

「ただし、僕の殺気は尋常じゃないよ? 大の大人が死にそうな眼で見てくるような代物だ。僕はあんまり指導が上手い方じゃないし、耐えきれなくて泣いたりしても手加減できないよー?」

「こう見えて、麗戦姫様から戦術の手ほどきを受けた事もあるんですよ。死にそうな目なら、そこらの兵士にも負けないくらいあってます」


 ……はて、麗戦姫? どこかで…………あ。


「え、それってもしかして……姫様?」

「はい。僕に魔法と戦う術を教えてくれたのは、エネリア姫様です」


 びっくり。

 ちょっと誇らしげで、けどなんか怯えたような雰囲気。どうも厳しい扱いをされたっていうのは本当みたいだね。


「へぇ……楽しみだね。姫様は僕の眼力+殺気を受けてもちょっと動揺するだけだったけど、弟子の君はどれだけ持つかなぁ?」

「え、エネリア様を動揺……」


 心の中で(早まったかも……)とか呟いてそうだね。ふふふ、もう遅いよ。


 毛皮布団から出て思いっきり伸びる。

 ピシッと左手に痛みが走って後悔。足を解して肩を回す。うん、元気元気。


「ところで、僕はどれくらい気絶してたのかな?」

「……あ、えっと、一晩ぐっすり寝てましたよ」


 どこか遠くを見ていたリィンガーダ君が正気に戻って答えてくれた。一晩ぐっすりって事は、大体半日以上四分の三日以下かな? 夜じゃなかったし。

 長い事寝たのって久しぶりだなぁ。


「お腹空いた。なんかない?」

「分かりました。ちょっと聞いてきます」


 リィンガーダ君が出て行って、静かになった。

 ミルリントちゃんは寝てるし……もういいかな。


 悪夢の残滓を解き放つ。


「ぁつッ……やっぱりこれだよね、原因」


 起きた直後から全然収まらなかった、夢の続きの紅い熱。ミルリントちゃんやリィンガーダ君の手前無差別に解放する訳にもいかなくて、ずっと苦しかった。溶岩と同じ密度の熱波が胸の裏を押してて。

 今はどうにか潰れた左手を犠牲にする形で体の外に出ていこうとする熱を一か所に集めているし、その熱が僕を害する事は無いって直感的に分かるから良いけど、まったくいきなりは困るよ。


 苦痛はなんて事ないけど、唐突はやめて欲しい。


「んー、魔力だよね、これ」


 この熱が僕の体に宿る直前、ギルリィさんが蟻の干物を食べさせてくれた。あの時の話を今考えてみると、蟻の干物が魔力を自覚させるだか覚醒させるだか、そういう類のマジックアイテムって可能性は限りなく高い。なら逆説的にこの熱は蟻の干物によって呼び起された僕自身の魔力であり、それが偶然にも火属性(?)で僕の最大級のトラウマを直撃した。ってところかな。


「なんにしても、難儀だね」


 制御し辛い。

 まるで体の中を炎の台風が乱立しているみたい。正直左手が無くなってて良かったかもしれない。全身を焼こうとする熱を一か所に集めたせいか、なんだか空気が焦げ臭い気もするし。それなのに全身がまだ熱い。噂に聞く40度とか眼じゃないね、って感じ。人間って42度を超えると死ぬって聞くけど大丈夫かな。


 まあ熱と無くなった左手を除けばすこぶる快調だし、少なくとも病気で死ぬような事は無いと思う。


 左手の先から溢れ出る熱改め魔力を弄って遊んでると、リィンガーダ君とギージュがやってきた。熱で揺らめく空気を見られると面倒……静まれ、僕の左手及び体(の熱)!


「オきたか、ハガタツ。イチオウキいておくが、ギルリィにナニをされた?」


 入室一番、イケメン狼がさらりと酷い事をお聞きになられる。苦笑とも困惑ともとれる微妙な表情のリィンガーダ君の手には、何やら香ばしい香りを放つお椀が。


「悪い事はされてないよ。ただ、自分で自分のトラウマ抉ったというか、地雷踏みつけたというか」

「そうか……ギルリィ、ウタガってワルかった」

「そういうの本人……本ウルギーヴュがいる時に言わないと。はぁ、これだから朴念仁は」


 まあギルリィさんの恋路なんてわりとどうでもいいし、今はそれよりもそのお椀だよ!


「ねーねーリィンガーダ君。それ何?」

「えっと、兎っぽい生き物の肉と何かの野菜を茹でたスープです」

「何その謎々しい食べ物」


 訝しげジト目の視線をお椀に向けると、慌ててリィンガーダ君が弁明を始めた。


「し、仕方ないじゃないですか! 起きたら突然調理場に連れてこられて、何の肉か分からないけど形は兎っぽい肉を切れって命令されて、ようやく切り終えたかと思えば今度は名前も知らない野菜と一緒に茹でろって言われたんですから!」

「ウサギではない、ピヨルドだ。ヤサイも、ただのティガイーターにバクレンゴウ、ホウレンソウだ」


 なんか物騒な単語の最後にすっごく身近な野菜が入ってるんだけど、ツッコミは無しの方向で?


 いや、とりあえず知らない単語は聞いておこう。


「ギージュ、ピヨルドってどんな生き物なの? それに、ティガイーターやバクレンゴウなんて言う野菜は聞いたことも無いよ。ホウレンソウは知ってるけど」

「む、タシかに、このモリでしかトれないショクモツだったな。分かった、教えよう」


 ギージュがリィンガーダ君からお椀を受け取り、僕のところまで持ってきてくれた。中には……なるほど、何かの肉と見たことも無い植物A・B。そしてホウレンソウ。なんでホウレンソウ……


「これがティガイーターだ」


 どこからどう見ても青々しいホウレンソウに異世界情緒はどこ行ったの? って目でツッコミを入れていると、ギージュが謎の植物A、つまりキャベツのヒラヒラ感とパセリの真っすぐ感が合わさったような、ぶっちゃけ白菜のようでレタスっぽさもある謎野菜を指した。


「ティガイーターはそのナのトオりトラをもタべるモンスターだ。ユダンしたセンゾがタクサンタべられたのだが、ギャクにクいカエしてやろうとトウジのゾクチョウがウマいタべカタをミつけ、それイライウルギーヴュのイチゾクのデントウリョウリになったのだ。アジはホショウするぞ」


 ティガってティガー。つまりタイガーの事だったんだ。虎食い……蟻の頭の干物と良い、なんて物を食べさせてくれるんだこの狼頭蜥蜴種族は……


 感心はともかく、まずは食べてみよう。ぱくり。


「もきゅもきゅ……美味しいね!」


 ゴムみたいな感触だけど、噛むたびに旨みのエキスとスープの出汁が溢れ出てきて、軽く癖になりそう。ティガイーター自体の味も、ネギから辛みを取った玉ねぎ風味って感じで、新感覚だけどとっても美味しい。


「そうだろう。そのアカいのがバクレンゴウだ。こいつはトるのにトクシュなホウホウがあって、ヘタにトるとホノオがアフれダす。もうスコしヒがツきヤスかったら、このモリはナくなっていただろう」


 物騒! 美味しいけど物騒! キノコ風味だけど食感はキュウリみたいで、とろっと溢れてくる液体はトマトのような粘り気の癖に草の味がする。奇妙ではあるけど、これはこれで美味しい。まって、もしかしてこのとろっとした液体爆発物!?


「なんてもの人に調理させてるんですか!」

「アンシンしろ、シュウカクジにテキセツなショリをホドコせばヒはデない」


 だからと言って事前説明無しはダメだと思うよ?


「ピヨルドはウサギによくニたマジュウだ。このモリでウサギとイえばピヨルドのコトをサすがな。アシはハヤいがツカまえヤスい」


 なるほど、美味しい。って、今気づいたけどリィンガーダ君の言語で喋ってるよね、ギージュ。気遣いが出来る大人って憧れるなぁ……


 用意してもらったご飯を食べて、謎の美味しさがわりと身近な美味しさにランクアップした。


「ごちそうさま」

「さっきのいただきますもそうでしたけど、その言葉には何か意味があるんですか?」


 おお? 珍しい、リィンガーダ君が日本の文化について疑問を呈してきたよ。わざわざ言う程の事じゃないし、知らないって事は見せてないって事なのかな? だとすれば礼儀がなってない最近の子供が過去の勇者なのかな?


「もちろん、あるよ。僕の故郷では謙虚な姿勢が文化的に根付いていたから、ご飯の時は食物自体とそれを育ててくれた人々、あるいは山や海、八百万の神様に感謝を捧げるんだ。命をいただきます、命をごちそうさま。って。でも、最近の子供は文句すら言わなくなったんだよね。まったく嘆かわしいよ」


 思わずため息を零す僕とは対照的に、リィンガーダ君とギージュは感心したように首を縦に振っていた。短いながら多分に感謝を籠めた言葉が珍しいらしい。


「八百万の神様というのはどのような神様なのですか?」


 あ、神道も広まってないんだね。


「八百万っていうのは、とにかくたくさんっていう意味で、昔はただの虫や鳥獣、人、器物、災害、土地、地形、概念その他、あらゆる存在にそれぞれの神様が宿っているって考えられていたんだ。だからかどうかは知らないけど、僕の国は他国と比べて物持ちが良いんだよ」


 まあ、僕自身は本当に八百万の神様がいらっしゃって、神々に感謝を捧げていた昔の人の祈りが余計と物持ちを良くしたんじゃないか、って思ってるけどね。物に感謝し続ければ自然と意識して、より観察力や認識力を磨ける。って動機が元だけど。


「神様がそんなにいる訳ないでしょう」


 リアリストめ。自分は神を信じているくせに。


「考え方次第、って事だよ。僕の世界じゃあもう神様なんて一部の信心深い教徒くらいしか信じて無いし、昔は宗教を利用するって思想があったくらいだから、案外物を大事にするように、って考えを広める為にあえて神様が宿ってる、なんて言ったのかもしれない。本当の所は誰も分からないけどさ」

「なるほど、イチリあるな。セイジュウやミツカいはカミがフカくカカわっているからこそ、ヨクブカいニンゲンにもタイセツにされる、とキいたコトがあるからな」


 僕の詭弁たらしい説明を律儀にも真面目くさって納得して、少し懐かしそうに眼を細めたギージュ。


「まあ、僕と君の世界は平民と王族並みに隔たれた場所なんだから、相応の違いはあるってもんだよ」

「そう言われると反論できませんけど……」


 イマイチ納得できないように首を傾げ続けるリィンガーダ君。頭が固いなぁ。この世界の神は偉大で僕の世界の神は教訓、あるいは概念に過ぎない。それでいいんじゃない? 姿を現さない以上、仮にいるかもしれないって意識を持ち続けていれば、そう怒られる事でもないし。


「さて、そろそろ雑談も終わりにしよっか。二人とも、ありがとうね。色々と世話してくれて」


 こういう雑談が出来る関係には憧憬にすら近い思いを抱いてはいたけど、これ以上感謝を先延ばしにする訳にはいかない。


 二人に対して軽く頭を下げる。


「キにするな。モトはとイえば、ナニもシらないおマエにいきなりマドウのソラアリをタべさせたギルリィがワルいのだからな」

「僕も気にしてませんよ。というより僕の方こそ、今さらですけど昨日は無礼な態度をとってしまい、申し訳ございませんでした」


 ギージュは特に普段と変わりなく、リィンガーダ君は少し顔を赤らめて、でもしっかりと自分を持った眼で僕を見ながら、感謝に応じてくれた。


 うんうん、こういうやり取り憧れてたんだ。僕には仲間がいなかったからさ。嬉しいなぁ。


「ありがとね。それじゃ、僕はギルリィさんの所に戻るよ。何かあったら遠慮なく声かけてね。じゃ、またね! あと、スープごちそうさまっ」









『やっと帰ってきたかい。まったく不詳の弟子め』


 戻るなり悪態が返ってきたのは、果たして最初期段階で気絶した僕を蔑んでいるからなのか、はたまた弟子という言葉が指すように僕のどこかを認めたからなのか。


 どっちにしたって、答えは変わらないね。


「元凶が何を言ってるの?」

『怪鳥の声みたいな事を言うんじゃないよ』


 知らない言い回しを使って僕に不機嫌そうな眼を向けてきたギルリィさんは、昨日の事など無かったかのように自然な体勢で、服を着ていない。何故。


 でも、もういいや。ギルリィさんは裸族なんだ。意識しないように僕が頑張ればいいだけのこと。あの胸糞の悪い科学者が隠してた人間牧場に比べれば大したことない。あれと比べれば大抵の事は大したことなくなっちゃいそうだけど。


『お前があんなに弱くるしい男とは思っていなかったよ。ギージュが連れてきたって言うし、その異物がどういうものかを知っていて尚手元に置き続けられる呆れた精神構造も、所詮はったりだったって事だろう?』


 いきなり本題に入られた上に酷い言われようだ。


 とはいえ、自分の魔力にトラウマって失神したんだから、心の弱い奴扱いされるのも仕方ないとは思う。苦笑するしかないね。


「そう言わないでよ。僕は四歳の頃に大火事に巻き込まれて死にかけたんだから」

『……ふぅん、そうかい』


 あ、今「しまった」って顔して研究資料を読むフリをした。なんだかんだ言ってツンデレだねぇ。


『ともかく、お前がどんな魔法を使えるのかはこれで判明したわけだ。アイガの眼に狂いが無ければ、お前の体からは炎を強く感じる。火の魔法に強い適性を持っているのは間違いないねぇ』


 ギルリィさんが僕の左手の残骸を見て頷いた。


「そうなんだ。今朝も悪夢の影響かな? 体の中を死にそうな程熱い熱湯が台風みたいに吹き荒れてて困っちゃったよ。幸い、壊れた左手に全部の熱を集中させたから、これといった異常は出てないけど」

『……台風のように、死にそうなほど、それを集めた、ねぇ……お前、まともな人間じゃないだろ?』

「な、なんだってー!?」


 何故バレた……いや、オープンにしてるから別に問題ないけど、それにしたって今言うかな? っていうか関係あるのかな?


『勘違いしてそうだから説明してやるよ。はっきり言ってお前の魔力は普通より格段に上だ。このアイガよりも更に上と言っても過言じゃないねぇ』


 へぇ……そうなんだ。まあ、僕が魔法を使えるようになったのは竜王陛下のおかげ様だから、当然と言えば当然だね。


『そのムカつく笑みをやめな! 勘違いするんじゃないよ、それでも個体が持つ魔力量のランクで言えば、真ん中から上に数えた方が早いって程度なんだからねぇ! 伝説に謡われる『風刃術師』程の魔力なんてのは、それこそ発現段階で持ち主を殺すくらいはするんだからね。死にそうになってるくらいで調子に乗るんじゃないよ!』


 風刃術師……知らないけど、たぶん魔法使いの界隈では有名な人物なんだね。でも真ん中から上に、ってのもわりと多い方だと思うけどね?


『それに、お前の魔力の質に比べれば量なんて大した問題じゃないよ。お前はアンチ・マナ・イーターだからねぇ!』

「アンチ……マナ・イーター?」


 なんだかわくわくしながら首を傾げると、本気で頭を疑うような目でみられた。けどすぐに「あぁ、そういえば異形の住む世界から来たんだったねぇ」と、黄流君の杖を見ながら言って、しっかり説明してくれた。気にしてないけど異形って……


『マナ・イーターっていうのはねぇ、魔力を食い荒らす害虫さ。血を吸うと共に魔力を吸い取るヴァンパイアなんかがよく知られるマナ・イーターさ。この森だと、魂虫の方が有名だけどねぇ』


 つまりMPドレインを持った生物って事だね。


『魔力っていうのは何にでもどれだけ少なくても、宿っているものさ。これは逆に言えば、魔力があるって事を前提にして、この世のあらゆる物は存在しているのさ。だから全ての魔力を吸い取られれば、どんなに偉大な魔法使いだろうと、どれほど巨大な宝石だろうと、全部関係なく死滅しちまうのさ。そういう意味で言えば、ヴァンパイアは貧血になる程度しか魔力を吸い取らないから、比較的安全な部類と言えるねぇ』


 ……何か怖い事を聞いた気がする。魔力を持っている事を前提に存在しているのが、この世界のあらゆる物。って事は、もし技術が発展して、マナ・イーターって連中のメカニズムが解明され、兵器に転用されたら……


 ……単なるIF、とは考えないでおこう。バイオ兵器だって飼いならされた黒豹だって某国の特殊部隊だって、それこそドラゴンだって、その遭遇は普通に生きる上では確実にIFの類なんだから。


『まあ、そういう種族的なマナ・イーターとは別に突然変異でマナ・イーターとして生まれる連中も、珍しくはあるけど存在するよ。大抵、本能的に嫌悪されてその力を発揮する前に殺されるけどねぇ』


 嫌な想像を頭の片隅に追いやる。それはつまり、魔女狩りの原理ですね、分かります。


『それに対し、アンチ・マナ・イーターは完全に天然の存在さ。突然変異のマナ・イーターよりは多いけど、どこにでもいるって訳じゃあない。まあ、アイガはこの森を出たことが無いから、話に聞いているだけで会ったことは無いけどねぇ』


 その珍しい体質が僕なんだ。へぇ……


「それで、どんなのなの?」

『あっけらかんと言ってしまえば、マナ・イーターによる魔力の吸い取りを自然に妨害出来るのさ。普通は魔力を思い浮かべると、十人十色って言ったかねぇ。ともかく、イメージがダブる事は無いのさ。双子とかは同じだけどね。マナ・イーターが生まれるよりは低い確率だけど、例外的にまったく同じ魔力の質を持っている奴もいるらしいねぇ』


 ほうほう。つまり、今僕がヴァンパイアなりその魂虫なりの襲撃を受けても、魔力を吸い取られる事は無いんだ。ラッキー。


「でも、なんで僕がそのアンチ・マナ・イーターだってわかったの?」

『単純だよ。アンチ・マナ・イーターの魔力は、外からの干渉を拒絶するような動きをするんだよ。波を阻む岸壁とか、一部の隙も無い程体中を炎なり水なりが満たしているとか、嵐のような、とかね』


 なるほど。さっき僕が言った台風って言葉がキーになってたんだね。確かに、この熱の嵐はそうそう干渉を許さないと思う。なにせ、制御するだけでも一苦労なんだから。


『ただ、アンチ・マナ・イーターには欠点もあるのさ。外から動かし辛いって事は、中で動かすのも難しいって事だからねぇ。アンチ・マナ・イーターが魔法使いになるのは、とても珍しい事なのさ』


 ……なるほど。良い事尽くめではないんだね。

 あれ? でも今の僕は限定的とは言っても操れてるけど、どういう事だろう?


「一応、左手に集めたり熱が表に出ないように気を付けるくらいは出来てるんだけど、それは出来て当たり前なの?」

『そんな訳無いだろう! だから言ったのさ、お前はおかしい、って。なんで今まで魔力の覚醒もして無かったお前が、アンチ・マナ・イーターであるにも関わらず魔力をそこそこ操れるんだい』


 え、そうなんだ。う~ん……まあ、竜王陛下の御加護があってこそだから、これも当然だね。


『ついでに言えば、あんたは火だけじゃなく水や風の魔法にも少しは適性があるよ。魔力のイメージはそのまま自分が使える魔法の適性になっているからねぇ。ちなみに、その熱は光を持っているかい?』

「量、質、制御能力、種類で優秀とか……え? んっと、ん~……いや、どうイメージしても見えないところでそういう事が起こってる、としか感じてないかな。でも感覚的に炎の部分が深紅色をしているのは分かる」

『……闇の適性まで持っているなんてね。まあ、回復や補助には適性がなさそうだし、稀に見る天才って範疇でも収まりはするねぇ』

「そこまで分かる物なんだね! 凄い凄い! ギルリィさんってもしかしなくても天才!?」

『ふん、今さら気づくなんて、不能な眼だな』


 そう言いながらも若干嬉しそうに口端を開くギルリィさん。お手本のようなツンデレだね。


「んん~、ちょっとまとめてみたいんだけど、他に僕に関わる事で魔法のあれこれってあるかな?」

『そうだねぇ……まだ他に、魔力を想像してみて、思い浮かぶことは無いかい? いや、お前の場合は感覚派だから、他の感覚かね』

「他の? んん……いや、特にないかな? 炎や熱が深紅色っていうのは気にくわないけど」


 紅い炎は……まあ、嫌いじゃないけどせめて赤がよかったな、って。


『深紅、かい。さっきも言ったけど、それはお前が攻撃的な魔法に特化した魔力を持つって証拠さ。深紅は攻撃、朱は補助、薄い赤は解毒って感じでね。ついでに言えば、火と統合された水や風は大した力を持たないよ。色も無いしねぇ』


 なるほどなるほど……んん?


「それじゃあ、赤は?」


 僕の憧れの色は?

 なんて、聞かなくてもよかったかもしれない。


『そりゃ当然、全てを統べるに決まっているじゃないか。基本であり、最も力を持つ。原色の魔力は希少だからねぇ』


 あの赤が何をおいても優れていると、そう聞こえた僕の腕が、再び疼いた。

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