住処仮定
「という理由があったからなんだ。決して僕が虐待とか虐めとか、非道な事をした訳じゃないよ?」
「極端なんですよ!」
子供がいなくなった木の家の前で、回想を聞かせた僕に、リィンガーダ君が叫ぶ。
けれどその子供達が去った道を見つめながら、まるでどこか遠い故郷を見ているような顔で次の句に繋いだ。
「……でも、僕は良い選択だったと思いますよ」
上から目線だね、って茶化すのはやめておこう。
何か地雷らしきものが埋まっている気がするよ。
「……ワルいな、ワルモノにしてしまって」
「ギージュ、あれは僕が勝手にやった事だよ。そもそも事前に計画を練っていた訳でも無いのに、謝る必要は微塵も無いよ?」
「……そうか」
うん、あれだね。ここは先の自分の発言を意図的に真似されて思わず赤面しちゃう場面なのに流石は秘境の部族。ただ肯定しただけなんて。
まあ僕はどこぞの物語ジャンキーじゃないし、別に構わないけどね。所詮二次元は二次元だよ。
《焔を刻まれしご主人様! 一度ならず二度までも命を救っていただき、ありがとうございます!》
「当然だよ、ミルリントちゃん。君は僕のペットなんだから、助けるのは当たり前だからさ」
自分にとっての愛玩動物を助けないなんて、どうかしてるよ。ミルリントちゃんは僕の答えに嬉しそうに肩の上で体をくねくねとさせた。
「さて……とりあえず、左目が痛みすぎるんだけどこれ失明とかしてないかな?」
なんだか酷くなってきた痛みに、思わず左手を当てようとして無い事に気が付いた。うん、眩暈が。
「だ、大丈夫ですかハガタツ様!?」
「うん、少し立ち眩み。たぶん血が足りないんだよきっと。それよりリィンガーダ君に聞きたい事が」
「はい? なんでしょうか」
「君、ここまで来るの早すぎくない?」
途端、リィンガーダ君の眼が死んだ。え、何。何があったの!?
「……僕は知りました。オーガやオークに拉致される時の、職人の気分が」
「担がれて、猛スピードでデコボコ道を進んできたんだね。うん、どんまい」
なるほど……僕とギージュが走ってこっちに来たから、それを追いかけて来ちゃったか。しかしただの人間でしかないリィンガーダ君は遅すぎて、苛立ったウルギーヴュの皆さま方が担いで走ってきたんだね。そしてその乗り心地が最悪だった、と。
それにしては回復が早いような。
まだ子供だった頃は乗り物酔いしやすい子だったからその後の辛さも分かるんだけど……
ギージュが一つ、小瓶を渡してきた。
「ノめ。カラダがワルいトキにノむクスリだ。ココロをシズめ、キをトトノえてくれる」
「なるほど……ありがとう」
酔い止め薬か何かかな。リィンガーダ君の体調が万全だった理由はこれだったんだね。
コルクみたいな蓋を抜いて、どこか嗅ぎ覚えのある香ばしい液体をクイっと飲む。
そして、カッと眼を見開いた。
「炭酸が抜けたド○カミン!?」
「ど、ナニ? ナニがヌけた、ナンだと?」
異世界交流に齟齬が生じたようだけど、今はどうでもいい。
なんなのさこの不味い飲料。確かに眩暈が引いて体がカッカしてきて、何かよく分からない熱風が体の中で落ち着きを取り戻していくような感じが……
手が疼いた。
前よりもはっきり。まるで今にもエイリアンが飛び出して、くるみたいに。
「いや、故郷に似たような味の飲み物があるんだけど、それはシュワシュワってしてるんだ。だから違いに驚いちゃって」
けどね。
折角薬をくれたんだから、しっかり効果が出た以上は気合を入れて不安を押しとどめるくらいはしないとね。人外の好意を無下には出来ないよ。
「シュワシュワ? イミがワからんのだが」
「ああ、炭酸の事ですね」
はい?
僕とギージュと、ついでにさっきギージュが僕の衣服を取ってこいと使いに出した筈のウルギーヴュの視線がリィンガーダ君を直撃した。リィンガーダ君は一瞬虎に囲まれた野兎のような表情になったけど、意外に胆力があるのか後ずさりはしないでちゃんと答えてくれた。
「え、えっと、四代目勇者の中の一人がある商会に作り方を教えたことによって広まった、口の中で小さな泡が弾ける飲み物です。高級品なので僕は飲んだ事ありませんけど、独特の口触りが癖になるそうですよ」
へ~、そうなんだ。うん、でもまあ僕も作り方と材料の調達手段はある程度知ってるし、特に変な事じゃないかな。
……高価、っていうのが気になるけど。
「それは是非とも飲んでみたいよ。そして出来ればこの薬に混ぜたい。そうすれば滅茶苦茶美味しくなるよ?」
「あの、ハガタツ様。残念ながらそれは魔法薬っぽいので、別の物を混ぜると最悪毒になりますよ?」
え。じゃあやめた。でも折角のド○カミンを再現出来ないのはなぁ……
まあいっか。今はそれより強くなることだ。
……で、さ。
「結局左目はどうなのよさ。まさか失明なんてならないよね?」
「あっ、はい。えっと、今治します! 緑よ緑、僕の緑に促され、小さく薄い、痛みの赤を覆っておくれ。ラキュ」
おぉ……姫様とはまた違った緑色の砂風みたいな緑の粒子が、僕の頭を包み込んだ。そして同時、今まで痛みでどうかしてた左眼に熱い手拭を当てたかのような熱を感じ、かと思えばミントのようにスーっと熱が引いていき、いつも通りに戻った。
「凄い! リィンガーダ君も魔法が使えたんだね」
「い、いえ、基本のラキュくらい誰だって使えますよ。勇者様は凄いから分からないでしょうけど」
照れというより恥ずかしさでそっぽを向いたリィンガーダ君。ほほう、これは彼の名言を使わなければならない場面だねっ。
「必要な時に必要なだけの事が出来れば上出来なんだよ、リィンガーダ君。どんなに凄い攻撃の魔法を使えても、目の前の怪我人一人助けられないような奴、なんの役に立つのって話だよ。だからリィンガーダ君は、誇って……良いん、だよ」
「……ハガタツ様」
「まあこれ、僕の言葉じゃないんだけどね」
「ハガタツ様……」
呆れない呆れない。僕は作家じゃなくて武士擬きなんだから、人の心を動かす言葉なんて、とてもとても……ただ、そうだね。
横を向いたリィンガーダ君の頭に右手を乗せて、クシャクシャっとかき回す。意外に良く通る柔髪。
「誰かが嫌な気分になっている時、それを晴らしてあげるのが僕たちみたいな普段はなんの役にも立たないイカレの仕事だよ。普段迷惑をかける分のお礼みたいなものだから、気にする事は無いよ」
「ジブンで、キがフれたとイうのか、ハガタツ」
ま~ね。
実際、僕程非殺傷武器であえて殺しをやろうって意識ビンビンの輩の気が、違えていないとどうして言えるんだ、って話だから。あの黄流君と同じ扱いは勘弁だけど。
「いーのいーの。どの道僕は活動的なだけで中身はどうしようもない穀潰しと変わらないからさ。こういうまともで良い子に表面的な強さだけ憧れられて中途半端に真似られて死ぬと罪悪感が半端なくて」
「そうか……まあ、そうだな」
「そういう話をっ、本人の前でするのはっ、どうかと思いますっ、けどっ! いい加減離してくださいって! 僕はもう十五で立派な大人です!」
するりぬるりひらひらり。体術の応用でリィンガーダ君の背伸びした手を逸らして撫で続ける。その必死な顔ときたらもう眩しいったらないよ。
……近くにいると、たぶんヤバイ。
「まあ、とにかく精進を続けるのは良い事だよ。重要なのはただ一つ。どうせ人間なんて殆ど全員災厄を前にすればただ無力なだけって事さえ前提に置いておけば、無駄に自分を過小評価して誰かの命を諦める、なんて事にはならない……」
うん、地雷だった。そして手間も省けた。
リィンガーダ君が力任せに僕の右手を振り払って凄く方向性の無い敵意と僕を通してどこかに怒りを向けてきた。
「ふざけないでくださいっ! 僕は弱いんだっ。こんなのじゃ、全然力になんてなってない! 災厄どころか、ただの人間からすら、誰も守れないんですよ! あなたみたいな化け物には分からないでしょうけど!」
飛び出した。
このままだと逆にリィンガーダ君が飛び出して、あの森で迷って獣に殺される未来が見えたから。
思わぬ罠だったけど、これはこれで良い。僕はこの世界どころか元の世界でも相当な異端児だった。今さら異世界に来たところでそれが変わる訳でもないし、なんなら赤ん坊の頃から異世界にいたとしてもきっと変わらない。
イカレは教訓と傷だけ残せば良い。人間はよくもわるくも筋肉と同じで、動かし方が分かれば学習して最適に近い動きをしようとするし、傷付けばその分回復した時により強くなれる。
まあ、その為には適度な休養と豊富な栄養が必要な訳で。
今のリィンガーダ君にとってはきっと、他種族であろうと賢い人間に近い思考回路を持つギージュが当てはまる。と思うんだけど。
でないと微弱な殺意のレーザーが無駄になる。
無くなった左手に眼を向けた。
その傷口は、見るも無残な形に見える。まるで割れたワインボトルを押し付けて、上下左右前後にかき回したみたいな。包帯の上からでもわかる。これはまともな治り方をしない。
下手したら一番深い傷を基準に、自分で斬り落とさないといけなくなるかもしれないくらいだよ。
「ま、今までクラスメイトへ散々かけた迷惑に対する罰としては、妥当かな」
ついでに言えば家族と元友達と今まで僕の力不足が原因で指の隙間から零れ落としてしまった人たちにも……いやいや、それは左目か右腕か両足のどっちか一本くらいも追加で失くさないとダメだね。
《焔を刻まれしご主人様! ご主人様は偉大で雄大で素晴らしい竜王様に選ばれた、至高の人間でございます!》
(そう言ってくれるのはミルリントちゃんだけさ。ありがとうね)
《例え、人が、人混じりの亜人が、神が貴方を見捨てようと! 我らの血は、決して見捨てません! 何故なら、貴方が焔を刻まれし御方だから!》
肩の上でくねくねと奇妙で他人が見たらSAN値が削れそうな踊りを披露して元気づけてくれるミルリントちゃん。嬉しいなぁ……
けど、ごめん。
やっぱりまだ、人間を捨てるには早すぎたよっ。
そして始まる不法侵入に対する裁判もとい審判。
あの後わりとすぐにギージュに連れられて、集会場的な場所に連れてこられた。僕とリィンガーダ君がどんな奴なのかを判断する、らしい。見極める、じゃない点がいかにも合理的だね。あとギージュ達が着てる、緩いけど裾や襟の部分がやたらピチッとした黄色の服を支給してもらって、ようやく文明人らしくなったよ。
『ではこれより、審判を始める』
老ウルギーヴュ。改め族長さんの言葉が集会場の中に響いていく。ちなみにギージュ以外は人間の言葉を話せないらしいってのが分かって、何故か話が通じている僕にすっげー疑惑の眼が向けられたけどそういう加護を持っていると言ったら急速に納得された。流石は竜王陛下です!(違う
「ではこれより、審判を始める」
だからこの場にいる、目元が少し赤くなったリィンガーダ君の為に、僕は通訳をしているんだけど、これが厄介。
『あの子供、通訳と言っておきながら、我らと同じ言葉を話しているぞ』
『あの言い方。何を考えているんだろうな』
『そういう加護って言ってたけど、怪しいよね』
どうも竜王陛下の御加護は、その御力によって言葉が通じる種族全員に同じ内容の言葉を喋っているって認識にされるらしくて、普通に喋るだけでこの場の全員にまったく同じ言葉を聞かせているらしいんだ。その途方もない御力に尊敬の念が更に溢れてきはするけども、どうにもピエロ感が半端ないね。
『外森の者、リィンガーダとハガタツよ。貴様らはこの森に、害を与える存在か?』
「外森の者、リィンガーダとハガタツよ。貴様らはこの森に、害を与える存在か?」
『今族長様がそう言ったじゃないか!』って言葉がそこかしこから聞こえるよ。ちぇ。だったらリィンガーダ君に直接、族長の言葉が通じてるか通じてないか確認すれば良いじゃないか。まったく。
そういう声は一切訳していないから、何も知らないリィンガーダ君はやや緊張した表情で硬く言う。
「は、はいっ! 僕は魔法の事故に巻き込まれて、この森に飛ばされてしまっただけで、悪さをしようとは思っていません!」
「はい! 僕は魔法の事故に巻き込まれてここに来てしまっただけの人間です。決してこの森とあなた方を傷つけたりしません!」
意外そうな表情でこっちを見かけたリィンガーダ君にウィンクを返す。君が僕をどう思おうと、戦士の先輩として僕は君を手助けするよ。
『訳者ハガタツ。通訳に齟齬があるようだが?』
っと、不自然がられてしまったね。
「緊張した言葉遣いを正しただけです。発言外の言葉は一切使っていません」
『信じるに足る証拠は』
「戦士長ギージュなら僕たちの言葉を扱えます。証言を取って頂ければ、これ以上ない証拠となるでしょう」
『ふむ……ギージュよ、この者の言葉は真実か?』
群衆の眼が一点に集まる。ギージュは毅然とした態度で口を動かした。
『多少リィンガーダに有利な発言だが、そう違う事もない。つけ加えて言えば、ハガタツの加護は随分と特殊らしく、威圧的な言葉遣いは無自覚だ」
え、待って。それ初耳なんだけど。
『ふむ? 儂はてっきり外森の王と呼ばれる者だと思っていたが』
と言いつつ族長が僕に眼を向けてきたから、ギージュの代わりに答える。
「僕は王如きではありませんから」
『王以上だと?』
「いえ。王とは国家の為、国民の為、国益の為だけに存在する一種の道具です。作りたての手料理すら食べられない輩と違い、僕は僕自身の行動原理以外の何にも縛られない自由な存在です。足で踏む大地に支えられ、草木と畜生と水に育てられ、温もりの炎に安らぎを得るのと同じように、王の力に守られる民草が僕です。大地と草木と畜生と水と炎が偉大でありながら、それでも人がそれらを下に見るように、僕は当然のように守ってくれる存在である王を下に見るだけです。僕が王以上なんじゃなくて、王が僕以下。ただそれだけの話です」
少なくとも、人間の王なんてその程度で十分だからね。
『そうか。王とは偉ぶりながら遊び耽る者だと思っていたが。知識が新たになった。礼を言おう」
「謹んでお受けいたします……この言葉も、偉ぶって聞こえますか?」
『良いぞ、許してやろう。と聞こえたな』
「そうですか……僕の加護とはいえごめんなさい」
でもじゃあいいや。
竜王陛下の御加護によってどう話そうと言葉遣いが同じになるのなら、無理に口調を変える必要は無いよね。
……ん?
「ねえギージュ、僕の通訳が普通に通じた点について疑問があるんだけど?」
『傲慢な口調だったが、言葉の意味をしっかりと考えれば、おのずと分かる』
「そう?」
『槍術にも通じる事だ。どのような突きであれ、それが突きならば結果的に相対する者を突き殺す為の行動だからな』
「あー、そう言われると分かる気がするよ。そこら辺は僕にも覚えがあるから」
全ての武器は、究極的に相手を殺す為にある。ならその武器の軌道は全て自分を殺す為に存在する。
だったらその軌道を武器の位置から割り出し、相手の眼から意図を読み取り、全ての情報を世界で最も
信頼できるコンピューター『脳』で精査すれば、おのずと相手がどうやって僕を殺しにくるか分かる。
武器を言葉に当てはめて細かい所を修正すれば、それは対話においても当てはまる。
実践できる人はそうそういないんだけどね。僕でも戦闘に関連しないと無理。
「でも、それならギージュが通訳すればよかったんじゃ?」
『俺のルールゥト語は拙いからな。訳した言葉が通じないかもしれない』
「なるほど」
『逸れた話を戻すとしよう。リィンガーダの潔白は証明されたが、ハガタツはまだ答えておらん』
「あ、はい。僕もリィンガーダ君と同じだよ。ただ到着時のいざこざで子供六人に相当怖がられてると思うんだ。それが原因で排斥する気なら、僕は大人しく森を出て人里を目指すよ」
チラリ。
かなり後ろだけど、ギージュの後ろ側にいる子供に一瞬目を向ける。どうもこの集会場には見張りや狩人を除いた全ウルギーヴュが集まっているらしくて、その中にはミルリントちゃんを虐めて遊んでいた子供達も含まれていたんだ。僕の姿を見た途端、露骨にギージュの後ろに隠れるように移動したのはドラゴンの次の次の次の次の次の次の次の次くらいに子供が好きな僕にとって、わりと堪えた。
そして僕が見た方向に族長も眼を向け、ふむ。と頷いた。
『確かに、怯えているな。何があった?』
「殺すと脅しただけだね」
『物騒だが、我らもよく躾に使う言葉だ』
物騒だね、って言い返しても良い?
う~ん、こういうのって口で言っても聞いてもらえないだろうし、やっちゃおっと。
「殺す」
へっぴり腰の一撃かける4。どれも弱くて弱くて愛おしいくらいだよ。
族長の警護らしき若いウルギーヴュ四人の槍は、僕の模擬刀で二つ、片足で一つ、最も弱々しいのを口で一つ。全て止められた。
「なってないね。君達ですら僕より年上の筈だっていうのに、他人に向けられた殺気に反射神経だけでブレた攻撃をするなんて……ギージュを見習った方が良いよ」
そう言って模擬刀の向ける先に顎を振る。口に咥えた槍に引っ張られた弱者がよろめきかけた。情けないにも程がありすぎない?
僕の模擬刀の先は、ギージュの槍の穂先に向けられていて、ギージュの槍の先は僕の心臓に向いている。それでもこのへっぴり四人と違って、防がれる事を前提とした腕の使い方になっているんだよね。あれは模擬刀の下に潜らせてカウンターを狙う……ように見える構えだね。
「ねぇ族長さん。僕の殺気、凄く怖くなかった?」
『……子供が怯えるくらいには怖いだろうな』
「強がりだねぇ。じゃあ若い子に向けても大丈夫か試してみる? 槍を持ってるって事は子供じゃないって事だろうし」
『やめてくれ。未だ実戦を一度か二度しか経験していない若戦士にその不気味な殺意は辛かろう』
やれやれ。でも族長としては、戦う部族の族長としては、素直に怖がるわけにはいかないもんね。
まあ、本当に怖がってないだろうけど。
あの程度の殺気で怖がられたら、拍子抜けも良いところだからさ。
「……ともかく、今僕が言った「殺す」よりもっと濃密な殺気を持って脅した。普通の神経してたらこんなのと一緒にいたいとは思わないだろうけど?」
『やめろ、ハガタツ。族長、この者はわざと大事にしたがっている』
ん、ギージュ? 何を言う気だろう……事実を言ったと思ったけど、憶え違いでもしてたかな?
人というより狼がベースだからかな、冷や汗のかわりに口を開けて少しだけ息継ぎをしながら族長がギージュに問いただした。
『それはまた、どういった理由だ』
『ハガタツは俺の頼みで、わざとオバケになってくれたのだ』
歩いてたら確実にコケてるよ。オバケ? あのさねギージュ、僕には二本の足があってね……
『オバケと。なるほど、確かに子供らを集会場で見るのは随分と久しぶりだ。お前が守ったのだな?』
『ああ。そのため、相応の扱いを頼む』
あ、そっか。脅威=オバケ。つまり、こっちにも子供の躾とかでモヤモヤとした大雑把な空想的怪物を作り出す文化があるんだね。僕もよく夜に口笛を吹くと山賊だの盗賊だのやまかかしだのさんかくあたまだのが来ると訳の分からない脅しをされたなぁ……懐かしい。
『分かった……相応の罰を与えよう』
隠す気も無くはっきりと子供達を見ながら判決を下す族長。
『よろしい。では外森の者リィンガーダとハガタツはしばらく我らの集落で暮らすが良い。寝所と仕事と食事を与えよう』
「よろしい。では外森の者リィンガーダとハガタツはしばらく我らの集落で暮らすが良い。寝所と仕事と食事を与えよう」
「待ってください」「待って」
おや? リィンガーダ君も何か意見かな? 通訳通訳。
「待ってください、と」
『どうか、したか?』
「どうか、したか? リィンガーダ君、先に」
僕を見てちょっと怒気怒気しい表情になったリィンガーダ君。けど意見だけ言うみたいだ。
「僕はギライヴ王国の兵士です。見習いとはいえ、兵役であることには変わりありません。一刻も早く帰還しなければ、国に捧げたこの剣を裏切る事になります!」
「リィンガーダ君、それは無理だよ」
通訳するまでも無い内容で、直接答えを返す事にした。
「どういう意味ですかっ」
「単純明快。ここらの獣は強いよ? 気配を隠すのも獣にしては上手だ。見習いが取れないリィンガーダ君じゃ、相手にもならないよ。帰還は諦めた方が良いんじゃない?」
あの時僕らを狙っていた獣にすら気付かなかったリィンガーダ君が、一人でこの森を抜けられる筈が無い。僕の場合は木の上で寝るとか、ミルリントちゃんに警戒を頼むとか、殺気を放つとか、色々とやりようはある。そもそも殺気が効かない相手は確実に僕より実力が上だし、その時は死ぬだけだよ。
「そんなっ……! 僕は、僕は帰らないといけないんです!」
「短絡を起こすんじゃないよ、子供。族長さん、提案があるんだけど」
『なんだ? 言ってみよ』
「リィンガーダ君の下宿先をギージュの所にして欲しいんだ」
ざわめきが漂った。内容は重複し過ぎて聞き取れなかったな。
『奇怪な事ばかりを言う童だ』
「そこは勘弁してよ。君達だっていつまでも僕らが集落に居座り続けるのは嫌でしょう? だから、リィンガーダ君を強くする為にギージュへ師事させたいんだ」
『お前が鍛えるんじゃないのか?』
「僕の戦い方は、それこそ奇怪だからね。歪んだ力を持つ中途半端な戦士を生む事に躊躇いを覚えないのなら、それでもいいけど?」
『……よかろう。戦士長ギージュよ』
『あ、ああ』
『お前にリィンガーダの世話と鍛錬を任せた。戦士として使いようになれば、狩りの役にも立とう』
『……分かった』「リィンガーダ、おマエはツヨくなりたいか?」
おお? 途中で言語を切り替えたみたいだ。その境目も分かるのか。流石は竜王陛下の御加護です!
「え……?」
「ゾクチョウが、ツヨくなりシュリョウのタスけとなるなら、オレのモトでシュギョウしてもイいとイった。クニにカエりたいのなら、まずチカラをツけなければな」
「……分かり、ました。いえ、はい。僕は強くなりたい! お願いします、ギージュさん。いえ、ギージュ師匠!」
「分かりました! 僕は強くなりたい。師匠、ギージュ。この身にどうか、力を!」
とりあえず情けなさそうな言葉は省いて、向上心高そうな言葉を羅列させた。僕としてもあんな地雷を持っているリィンガーダ君が弱いままなのは心配だからね。
「う、うむ……ハガタツ、それはスコしコチョウしスぎだろう」
最後に僕にだけ聞こえるように呟くギージュ。そうかな? 強くなりたいっていう思いは確かだと思うから、良いと思うけどね。
『では、リィンガーダはギージュに任せる。次はハガタツ、殺気を操る奇怪な子供よ。お前が何故止めたのか、聞こうではないか』
「僕は一泊させて貰えれば、すぐにでもここを出ようと思っているよ」
今度こそ、ざわつきつつも苦情や文句の一つも無かった集会場に怒声が響いた。
『我らの森を舐めるな!』
『子供が偉そうに何を言っているのよ!』
『傲慢な! お前など先代戦士長の足元にも及ばなないだろうに!』
等々とう。
流石、危険な獣の跋扈する森に生きる種族だね。男も女も老人も青年も、余程僕が森を下に見ていると感じたらしい。流石に漏れた程度の殺気は距離があるから気づかなくても不思議は無いんだけどね。
う~ん、ここで強さを証明しても良いんだけど、適当な相手がいない。おそらく部族最強だと思うギージュは子供たちにとってオバケを倒した凄い大人という眼でみられているため、そのオバケが改めて倒しちゃうと、最悪もう誰も信用できない子供になるかもしれないし、族長は言葉こそそこそこ強いけどもう老齢。年寄り虐めは嫌だよ。
……仕方ない。ここはハードルを下げよう。
「あー、皆の言う事はよくわかったよ。じゃあこうしよう。僕の実力を余すことなく知ってもらえたその時は、僕がここを出ることを許してよ。それまでは剣技なり魔法なりを教わってより強くなるから」
『儂としては既に森を抜ける力はあると思うがな』
ぼそっとした族長の呟きは僕の傲慢な発言に対する喧噪に搔き消された。やれやれ、と呟いた族長は大声で、静まれ! と叫んで荒波を鎮めた。
『よかろう。だがその腕では戦士として生きるのは難しかろう』
「隻腕でも慣れれば愛刀は振れるよ。それよりも、魔法に関してちょっと提案。僕が魔法を教えて貰う代わりに、素質のある戦士を見込んで僕が殺気を操る術を教えるよ。こっちに関しては経験があるから問題ないよ」
そう言って、お遊びのように殺気を出したり閉めたり、それこそ波のように繰り返す。間諜偽メイドのコーネさんにしたような凍り付くような殺気じゃない、けれど確実な殺意の奔流に当てられた何人かのウルギーヴュが眩暈を覚えたようにふら付いては支えられる。そこまでしてようやく僕が戦闘面でも並みじゃない人間だと気付いたのか、今度は倒れたウルギーヴュの呻き声くらいでどこからも非難は飛んでこなかった。
『ふむ……その射止めた者の毛を逆立たせるような感覚が自在に操れるようになるのか』
「これは対人だけじゃないよ。僕の確認したところだと、普通の熊や猪にもちゃんと効く。もしそれらが弱すぎるというのなら、森での宿泊中に手っ取り早く毒虫を排除出来るって処かな」
まあ、感情を持たない(もしくは極端に鈍い)虫の危険意識を揺さぶるような濃く鋭い殺気を放てるようになるには、殺気の扱いに生涯を費やしでもしなければ2、30年はかかると思うけどね。
僕みたいに、子供の頃から年がら年中死線を潜りでもしない限り。
『よかろう。では外森の者ハガタツはギルリィの世話になって貰う。この決定は我らが父、イーヴル様と我らが母、ウルギル様に誓い、約束された』
ギルリィ、かぁ。どんなウルギーヴュかな。今までの法則だと女性かなってのは分かるけど。出来れば僕の変人性を理解して尊重して、その上で貶してくれるような、まともにおかしいウルギーヴュだと良いなぁ……
何はともあれ。
『これにて、審判は終了する。皆、毛繕いを忘れぬようにな。この者のようになるぞ』
そう言って族長は一人のウルギーヴュ……なんか頭から狼耳が生えてるように見えるウルギーヴュを指さし、集会場内がどっと笑いに包まれた。
ふぅむ。色々あったけど最後は笑いで終わってよかったよ。もちろん、僕も笑かして貰いました。
さて……予定はかなり狂ったけど、もともと漠然とした予定だったんだし、人間より信頼できるウルギーヴュの下で魔法を覚えられるっていうのは、かなりの行幸だ。左手は失ったけど、それに見合う価値を得られた。この幸運を、竜王陛下に感謝しないとね。
何より。
僕は殺気を放つのが好きなんだ。
平然と生きる人が憎くて憎くて仕方が無い。そう思いながら殺気を操れるようになり、一種の快感に近い思いを得られるようになった。
そういう意味でも、竜王陛下とそのご子息様には感謝してもしきれないよ。
たぶん僕、この快感が無かったら。
真剣を持つ鬼になったと思うから。