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竜王狂人  作者: 璃山蟹瑠
狂人孵り
6/9

飛ばされた先は異種族の森

 う~ん、気が付いたら豚の丸焼き状態にされてた気分ってどうなんだろう?


「う、うわぁ! やめて! ぼ、僕はこんなところで死にたくない! 縄をほどいて!」


 うん、きっとそういう気分なんだろうね。


 さて、状況を整理しよう。

 僕と一人の少年が、下着だけ残した素っ裸のまま木の枝に括り付けられ、燃え盛る炎の感触を感じながらも火元はまったく見えない。

 ついでに言えば、こうなった元凶や原因の姿もまったく見えない。


 それだけだね。ああ、あと流石の僕でも抜けられないくらい複雑な結び方をされてるせいで、脱出も出来ないって事と、ミルリントちゃんが衣服と一緒にどこかにいるって事くらいは分かるかな。


 逆に言えば、それ以外はまったく分からない。

 いやぁ、まいっちゃうよね。


「とにもかくにもそこな少年」

「母さん! 父さ……え、あ、お目覚めになられたのですね、勇者様」


 涙をぼろぼろ零しながらやたら上空を見つめつつ叫びかけていた少年が、未だ震えているにもかかわらずわりと普通に答えを返してくれた。頼もしい。


「勇者なんてやめてよ。僕は鱗紅鋼竜。君は?」

「は、はい。僕は兵士見習いのリィンガーダと言います。星国へ旅立つまでの短い間ですけど、よろしくお願いします」


 本当、意外にまともな自己紹介だなぁ。


「セイコクって何?」

「へ? 何って、死んだ後に魂が旅立つ場所の事じゃないですか」


 なるほど、天国みたいなものね。了解。


「あー……ごめん、ちょっと記憶がボケてるみたいなんだ」

「大変じゃないですか。大丈夫なんですか?」

「えーっと、最後の記憶は……リィンガーダ君が僕を助けようとして? 巻き込まれて? 無駄に若い命を散らす……」

「わー! わー! 考えないようにしてた事なのに酷いですよハガタツ様!」


 う~ん、後悔に青ざめる子供を見るのは、いつでも嫌な物……あれ?

 左手に酷く違和感を覚える。最初の自己診断だと長い間手首を縛られていた事による麻痺だと思ってたけど、これ、ひょっとすると……


「ねえリィンガーダ君」

「英雄に憧れた罰……英雄に憧れた罰……はい」

「君は立派な英雄だからさ、とりあえず僕の左手見れる?」


 僕はリィンガーダ君の全体が見える。という事はリィンガーダ君からも僕が見えるって事だ。

 リィンガーダ君の胡乱な眼が僕の左手に向いて、見開かれる。あぁ、やっぱりそっかぁ……


「あ、あの、その左手、もしかして……」

「多分ね。あの魔法使いの魔法陣をぶち壊したせいだと思う。どうも転移系の魔法だったらしいから、先に崩壊していた部分が暴走して妙な場所に左手だけが飛ばされて、消えてなくなったみたい」


 理屈を引き出し続けてないと気が狂いそうだよ。

 僕の左手……なんだかんだ、今までは五体満足で切り抜けられたけど、今は……左手が、無い。


「ねぇリィンガーダ君」

「あ、あの、え、あの、その、は、はい」


 そこまで君が動揺しなくても。これは僕の行動の結果で、リィンガーダ君にはなんの関係も責任も無いんだから。


「何か考えてないと狂いそうだから、世間話でもしようよ」

「そのヒツヨウはナい」


 にゃっ!?

 第三者の声だ。それもたぶん、人間じゃない。声の調子がおかしいというか、そもそも人間の声帯から出したとは思えない。まるで犬の吠え声が偶然人間の言葉に聞こえるのと同じ、ある種歪な……


「ガイシンのモノよ、ワレらのモリになんのヨウがあってオトズれた?」


 おっと、その考えは後回しにしないと。

 五つ六つ、気配と敵意の数は合うね。けど今の僕の体勢と精神状態だととても敵わないから、素直に話をするに留めるしかない。


「僕とこの少年は転移魔法の暴走によってここに飛ばされたんだと思うよ。近くに死んだ人間……君達風に言えば外森の者がいなかった?」

「イたぞ。スデにコトキれていたがな」


 あの傷で生きてたら怖いと思うけどね。


「そいつがここに飛ばすように設定していたのか、それともランダムに飛ばすような設定にしていたのかは分からないけど、僕達はそいつに巻き込まれただけ。左手が転移魔法に巻き込まれた証拠だよ」

「ふむ、タシかにキサマらをミつけたバショにそれらしきニクカイはナかったな。クいちぎられたようなアトでもナい。キサマのコトバをシンじよう」


 ほっ、思いのほか理性的で助かった。 

 これで周囲の敵意も散ってくれれば助かったんだけどね。


「だがガイシンのモノをシンじるコトはデキナい。しばらくコウソクさせてモラうぞ」

「幾つか無理のない条件を付けてくれるなら、大人しく言う事を聞くよ」

「そのコトバをシンじるリユウがあるのか?」

「逆に、こんなに弱い子供の言葉すら受け入れられないほど、君たちは臆病なの?」


 お、っととと。敵意がいきなり怒気に変わった。


『貴様! 俺達を侮辱する気か!』

『気紛れで助けてやったと思えば……!』

『ギージュ! 今すぐ命を星にしてやれ!』


 怖や怖や。

 けど一つの気配だけは怒ってない。


「ぐわっはっはっはっはっはっ!」


 むしろ面白そうに笑った。

 ふぅむ、流石はリーダー格のギージュ某だね。僕に質疑応答をしていた彼は、しばらく笑い続けた。


「はっはっは……オモシロいコドモだ。オオイワのゴトきそのドキョウにメンじて、ジョウケンをキこう」

「ありがたいよ。僕の要求は四つ。一つは生贄とかそういうのは僕から殺すこと、二つ目は左手の止血だけはしっかりして欲しい。三つ目は僕の衣服を持って来て欲しい。四つ目は単純。三食しっかり出して欲しいな」


 舐めに舐め切った態度がさらに怒気を増幅させたけど、ギージュらしき気配が睨みを効かせたのか、すぐに収まった。リィンガーダ君が何かを言おうとしたけど、その前にギージュが口を開いた。


「ワレらはハイエナではない。そのテイドのタノみならキこう。だがオナじだけテイセイしておこう」

「んん? というと?」

「まず、ワレらはホコりタカきウルギーヴュのイチゾクだ。ワレらのタメのイケニエにガイシンのモノをエラぶなどありえん」


 お、っと。これは僕の失態だね。


「ごめん、侮辱するつもりは無かったんだ。一発殴って良いよ?」

「キにするな。ワレらはホコりタカいイチゾクだがホカのイチゾクのナカにはそういうフトドキをオコナうヤカラもいる。ワレらはスガタすらサラしていない。ゴカイするのもトウゼンだ」


 なんて話の分かる(便宜上)人だ。ウチの小中校の教師とは大違いだよ。


「フタつ、キサマのヒダリテのシケツはスデにスんでいる。あのままではキサマがムダにシにそうだったからな」

「ありがとう。恩一つだね」

「キモちはウけトった。そしてミッつ、ザンネンながらキサマのキモノはワレらのコドモがオモチャにしてしまったようでな。スデにボロキレだ」


 ありゃりゃ……まあいっか。思い入れはあるけど事を荒げるようなものでもないし。


「それでもいいから持ってきてくれない? 実は僕のペットがそこに身を隠しているんだ」

「ほう、そうだったのか。ギーガン、おマエがモってこい」

『…………戦士長がそう言うなら』


 一人、気配が消えた。結構な速さで、一瞬犬か何かが走ってどこかへ行ったのかと思った。走りの速さは筋力の表れでもある。まさかスポーツ選手じゃあるまいし、その他も同じくらいに高い水準にあるのかもね。なるべく逆らわないようにしよう。


「そしてサイゴだが、おやつもツけようとオモっていたのだが、どうやらいらぬキヅカいだったようだな」

「え、マジなの? うわぁ、僕の馬鹿馬鹿っ! 余計な事言わなきゃよかったー!」


 まあお茶目だとは思うけど、ここは乗っかる事にした。半分本気で悔しがったおかげか、周囲の敵意が呆れたような脱力感に変わった。うんうん、どんなときでもユーモラスに行かないとね。


「ハガタツ様、あなたという人は……」


 うん、君まで呆れなくてもいいんだけどね? まったく、誰が針の筵状態から解放してあげたと思ってブツブツブツブツ。


「はっはっは。ジョウダンだ」

「やったっ」


 安堵すると、視界に狼が映り込んだ。よく見ればそれは人の顔にも見えて、目をパチパチと瞬いた後にマジマジと見つめてしまった。

 約二秒後かな、獣人という単語が思い浮かんだのは。


「ほう、サスガだな。ワレのスガタをミてもすぐにヘイセイをトりモドすとは」

「僕は人間よりその他の人たちが好きだからね。それに狼とかカッコイイしさ」

「カわったコドモだ。おマエはチガうのか?」

「ぼ、僕を一緒にしないでくださいぃぃぃ!」


 リィンガーダ君、半泣きで叫ばれると本気で拒絶されたみたいでちょっぴり傷付くよ?


「その子は巻き込まれただけの一般人。や、見習いだけど一応戦士かな?」

「ほう、ということは、ミジュクモノか」

「酷いっ、確かにそうですけど!」

「ヨかったな、イチニンマエのセンシだったらキサマはコロさねばならなかった」


 リィンガーダ君、複雑な顔をして黙った。見習い扱いは嫌だけど、でもおかげで助かったし……とか考えてるんだろうなぁ。


「あのー、一応僕は立派な戦士なんだけど?」

「シっている。が、カタテをウシナったアワれなガイシンのセンシをコロすホド、ムジヒではない」


 うっ、そう言われると弱い。半減って訳じゃないけど、あの衛兵のお兄さん方が三人になると楽には勝てなくなるくらいには弱体化してるから絶対。

 ちなみに両手が使えて刀身を露にした状態だと、三十人くらいが一気にかかってきても大丈夫。それ以上が無理な理由は持久力だし、あれ? 魔法的補助と真剣の所持を前提に持たない僕に束になっても敵わないような人が、なんであんな大事そうな場所の衛兵なんて出来るんだろう? やっぱり名誉絡みのあれこれが原因かな?


 うん、今となってはどうでもいいことだね。


「それより、ナワをホドくぞ」


 よく分からない事を考えている間に、ギージュが脚の縄を解いて豚の丸焼き串を抜いてくれた。あぁやっぱり自由は良いね。こういう場合隣で別の狼の獣人に縄を解いて貰っているリィンガーダ君みたく手は縛られているのが常道で、僕みたいに手足共に自由ってのはあんまりないから新鮮だね。


「逃げるとか考えて無いの?」

「コドモがマルゴシでイきていけるホド、ワレらのモリはアマくない」


 それはまあ、ごもっとも。

 僕とリィンガーダ君を照らす炎が無ければ、そこの茂みの獣に殺されていただろうし、毒虫も怖い。まあ、異世界故のウィルスその他に抗体を持たない僕が心配する事じゃないけどね。


「うぅ、弱い僕が縛られて、強いハガタツ様が自由なんて、理不尽です……」

「得てして世界はそんな物だよ、リィンガーダ君」

「イくぞ。ワレらのシュウラクにアンナイしよう」


 嘆く見習い兵士と諭す隻腕の剣士と獣人五人。狼の住処に案内されるなんて、中々面白そうな体験が出来そうだね……くふっ、怪我の功名、かな。


















《焔を刻まれしご主人様ー!!》

「おはよう。会えて嬉しいよ、ミルリントちゃん」


 主従の感動の再会。それが例え人と百足だとしても、そこにはある種のドラマがあると思うんだ。


「ねぇ? ギーヴィ君、ギーリュ君、ギーザス君、ギーグェ君、ギルミィちゃん、ギルリンちゃん?」

『『『うわぁぁぁぁん! ゴメンなさい!!』』』


 素直でよろしい、狼獣人の子供諸君。


「ハンセイしたか。ならイいのだ。コンゴはムヤミにイきモノにムゴいコトをせず、オトナのイうコトをヨくキくのだぞ」

『『『うん!!』』』

「イいコだ。さ、アソんでおいで」

『『『は~い!』』』


 ちょっぴり涙声になっていながらもう元気に四足で駆け出していく子供たち。その様子を見ていたリィンガーダ君がぽつり。


「この外道」

「自ら進んでライティングロッドになった僕に外道は無いと思うんだ」


 集落に辿り着く数分前。


《助けて! 助けてご主人様!》

(にゃっ!? ミルリントちゃんどうしたの!?)

《溺れる! 千切られる! 食べられる!》

(ちっとだけ待ってて今すぐ行くから!)

「ギージュ! 僕のペットが溺死、裂死、踊り食いされそうなんだけど心当たりある!?」

「ほう、ペットとネンワがデキるのか。そのペットはどんなイきモノなのだ?」

「アオコトビムカデ。通称青百足!」

「ひゃっ、む、百足!?」


 可愛らしい声を出すんじゃないよ、リィンガーダ君。まるで年頃の乙女みたいだね。


「ムカデか。ならばコドモタチがミつけて、アソんでいるやもしれんな」

「なんだって!?」


 子供の残虐さは虫をとんでもない姿にするっていうのに、なんて不吉な情報!?


「ギージュ、お願い。僕と先行してくれない?」

「ペットをタイセツにアツカうキモちはワレらとてガイシンのモノとカわりない。ヒきウけた」


 そうと決まれば話は早い!

 流石は狼の系譜かな、不安定な森の小道でまったく体の軸を揺らさずに走り始めたギージュを、僕も同じ感じで追いかける。


「ほう、ツいてコれるのか」

「森は僕のテリトリーでもあったからねっ! 鹿と駆けっこした懐かしき幼少の日々!」


 田舎は本当に便利だよ。ぼっちでも鍛錬相手に事欠かない。それに、いざお腹が空けば鳥獣保護法を正当防衛という名の矛で貫き、猪やら鹿やらを仕留めて食べれば良いからね。動物に対して正当防衛が成り立つのか、それ以前に正当防衛で仕留めた動物を食べても犯罪にならないのかとかは分からないけどね。


「ならば、もうスコしハヤくしよう」

「や、流石にこれ以上はキツい。ほら、僕ってば左手無くした上に長時間縛られてたから」

「そうか。ゼンリョクのキサマとハシってみたかったな」


 いやぁ、でも出せてこの十%増くらいだから楽しくは無いと思うよ? いくら鍛えていようと所詮は人間の小僧の身体能力。効率や走法なんかで嵩増ししようと、人間の頭を持つ獣となんて勝負にならないよ。


 まあ……それは駆けっこの話だけどね?


「ふむ……キサマ、ナはなんといったか?」


 得物をぶつけ合ったら楽しいだろうな。

 聞かれたのは、物騒な事を考えていた時だった。


「鱗紅鋼竜。鱗紅が性で鋼竜が名だよ」

「ではハガタツ。キサマのウデをミコんでタノみがある」

「頼み?」


 目前と迫る木の枝を避けるついでで首を傾げる。僕みたいな会って十数分の部外者にする頼み……なんだろう?


「そうムズカしいコトでもない。ペットをスクいダすついでに、ゲシュニンのコドモにセッキョウをしてホしいのだ」

「それくらいなら構わないけど……理由は?」


 子供は大事だ。何せ、未来がまだ定まってないからね。そんな子供の人生を、あるいは左右するかもしれない『説教』という行事を、何故僕にさせるのか。気になってもおかしくないよね。


 すると途端に、ギージュの声が沈んだ。


「ナンネンかマエにハヤりヤマイがあってな。ウンのワルいコトに、イマのコドモタチのオヤのホトンどはそのトキにイノチをホシにカえた」


 星に変えた。つまり天に召されたって事かな。


「そのせいか、ショウショウナマイキになっていてな。ニげアシばかりタッシャになり、まともなシツケもデキないでコマっているのだ」

「……それ、僕に出来るとなんで思ったの?」

「ガイシンのモノはワレらにナいモノをシっているからな。デキないのならそれはそれでカマわない」


 ついで、にかぁ。なら合理的だね。

 ……いわゆる蛮族にしては、ありえないくらい。


「ねぇ、ギージュ。もしかして外に出た事ある?」

「いや、オレではなくシショウがカわりモノでな。ゴウリゴウリとウルサくてカナわなかった」


 やだなぁ、目はそう言ってないゾ。


「だが、おかげでウルギーヴュのイチゾクはユタかになった。オレもゴウリをモトめてヤリをニギればあっというマにセンシチョウだ。だからタイセツさはシっているつもりだ」

「ふぅん……」

「さて、もうすぐそこだ。ムダバナシもオわりだ」


 っと、そっか。うんうん、お師匠さんには感謝だね。おかげで命拾いした。お墓があるなら、是非とも線香の一つでも上げさせてもらいたいものだよ。生きてるかもだけど。


 でも、線香は匂いが嫌煙されるかな、じゃあ仏花を……あ、見えてきた。

 開けた空間に高い木の塀。櫓、門、堀、矢狭間まであるとは恐れ入ったよ。これも件のお師匠さんの知恵かにゃ? うんうん、まるで簡易の砦だよ。


 突然飛び出してきた僕とギージュ、特に僕を見て門番らしき獣人の男が誰何しかける。それをギージュが止めた。


「ワケあってイマすぐハイる! モンをヒラけ!」

『っ、はい!』


 一瞬訝し気な様子が浮かんだものの、再びギージュに眼をやってからはっきりと答えた。よく訓練されている兵士だね。


 でもあんな大きな門、すぐに開けられるのかな。と思ったらなんとなんと、門の一部が開くじゃないか! なるほど、門のように見せかけてはいるものの、実際の通り道はそこなんだね。まあ、村規模ならこれの方がいいもんね。


 仮に人間が攻めてきた時にも、さ。


 中に入った瞬間、ミルリントちゃんのSOSコールが届いたっ!

 方向は、あっち!


「ギージュ! こっち!」


 とりあえず方向だけ指しておいて、全速力。子供のように無邪気に走り、今までの疲れを全部隠す。あとで倒れても良いから、今はアドレナリン強制解放だよ。


 通りすがりに他の獣人……あー、ウルギーヴュの一族が驚愕の表情で悲鳴をあげるけど、それらの対処は全てギージュに任せた。ミルリントちゃん、わりと深刻そうだから早く駆けつけないと!


 抜いて抜いて抜きまくる。人も家も動物も、全てをすり抜けて走り続け、ようやく辿り着いたよ。


 一軒の少し頑丈そうな、おとぎ話にでも出てきそうな木の家。

 中からは子供六人分の気配と笑い声、そしてミルリントちゃんの声無き悲鳴。


 バンッ!


「そこを動かないでっ、クソガキ共!」


 同時に殺気を放出する。後々の事もあるから、ちょっとキツめに、濃密に、狭く、指定して。

 想定通り、子供たちが一斉に体を震わせて、固まった。きっと怖すぎて、僕を見ることが出来ないんだね。

 それで正解だよ。何も死の恐怖を直接眼球で見る必要なんて、子供には無いんだから。


 彼らより少し離れた所に壺が置かれていて、その中にどうやらミルリントちゃんは閉じ込められているらしい。そして絶賛パニック中で、どうやら僕の存在に気づいていないらしい。しきりに溺れるイメージというか悲鳴というかが頭を揺する。


 怒気を抑えてそっと、壺の蓋を開ける。暗いからよく見えない。とりあえず横に倒して中身を出す。中からは良い香りが漂ってきて、秘伝のタレか何かだと思う。その中に、青い甲殻を見つけた。

 急いで掴み取ると、今までパニックに陥っていたミルリントちゃんが突然、安心したかのように力を抜いて大人しくなった。その顔はまるで……百足って親が子供育てるっけ? というかそれ以前になんで僕は親に抱かれた子供みたいなんてイメージが浮かんだんだろう? 百足の表情なんて、ほぼ動かないでしょうに。


 これも竜王様の御加護のおかげかなぁ……ありがとうございます、竜王様!


 その瞬間、「窒息」という概念が頭をよぎった。


「ミルリントちゃん、年鱗見るよ!」


 許諾の意思は必要なかった。


名前:ミルリント

種族:アオコトビムカデ(青百足)

性別:メス

状態:安静

称号:【ペット】

加護:


 は、ふ、はぁ……そっか、それなら、いいよ。


「ミルリントちゃん……無事でよかった」


 さて、感動の御対面と行きたかったんだけど、その前に……


「ねぇ、キミ達?」


 ふらぁ。

 その場にいる子供を捉える。


「ひとぉりふたぁり、さぁんにんよにぃん、ごにんろく、にぃん」

「ひぐっ!」


 おんやぁ、おやおやぁん?

 殺す気が無い僕の殺気でも並みの大人は黙るっていうのに、どういう訳かまだ口を開けられるみたいだねぇ。


 ごめんよぉ、ギージュぅ。

 有望な戦士を一人潰したかも。


「とても理不尽と思うでしょぉ? キミ達はただ、大人が手に入れた戦利品で遊んでいただけの、子供で、一般的に普通の虫けらでしかないミルリントちゃん、が♪ まさか僕みたいな余所者のペットだったなんて、思いもしなかったと思うよ」


 怒っている筈なのに心底楽しそう。

 それが一番って訳じゃないけど、普通に怒られるより怖いっていうのは、確実だよねっ☆


「けどさぁ、それでも降りかかるのが不条理って物なんだぁ。分かる? 分かる? だからさぁ……」


 一人の子供、さっき声を上げた少年の首を掴んでくいっと第二関節を捻る。

 ふさふさ。ふわぁぁ、ふさふさ……んん? 下の方は逆に硬くてツルツル? まぁいっか。


「命の危機には命の危機ってねにゃっ!」

「キサマ!」


 殴られた。

 ギージュのふさふさした固い拳で思いっきり。ちょっとこれ、洒落にならないよ!? 目が! 目が痛い! 入ったよ確実に! もしや失明!?


「……まあ、隻腕隻眼の美少年侍って絵になるからいいや」


 ぼそっと軽口を言って、ギージュと子供達の所へ体を向ける。痛む左目は閉じたままの方向で。


「痛たた……もぉ、酷いなぁギージュはぁ」

「ほざけ! キサマはイマ、ナニをしようとしていた! コドモのクビをツカんで、サツイをハッするなど、アクマのショギョウにホカならない!」


 悪魔、か。キリスト教的な解釈だとドラゴンも悪魔の一員だから、さしずめ僕は悪魔の僕、魔法使いや魔女ってところかな。そして魔法使いも魔女も広義では悪魔で、まあ間違っては無いよね。


「ふふ……その子たちは僕のペットを理不尽に殺そうとしたんだよ? ならさ、僕だってその子たちを理不尽に殺そうとしようとしても仕方ないよね?」

「だからといって、コロさせるワケにはいかん!」

「何故ぇ?」


 気違えたオウムのように、首を傾げたまま聞く。子供たちの眼に浮かぶはテラーカラー。ギージュに殺気を突き刺しつつ、木霊すような殺気が乗った声で尋ねる。


「君の子供じゃぁ無いんだよねぇ? なら別に、ここで殺されるような思いをしてまで守る必要、あるかにゃぁ? 今、心臓がバクバク動いてるでしょ」


 見れば分かる。狼の一種だからか汗はかいてないけど、瞳と足と握る槍の穂先は小刻みに震えているし、腰が浮いてる。脇は後ろに下がって締まらないしつま先はあらぬ方向を向いている。そういう武術もあるけど、野性動物レベルの戦士でそれをするというのは……今にも逃げ出したい、という心の表れでしかない。野性は全てを、頭を武器を腕を牙を爪を足を、視線を地形を数を、とにかくその場の全てを使って相手を殺す。


 いわば今のギージュは、自分の武器を僕に向けていないって事。

 今のギージュには、刑事ドラマのヒス女の真似すら出来ない筈だよ。


「僕の殺気は不味くないかな? 早く終わらせてあげないとね。まずはそこの子……」

「カンケイないっ!」


 叫び声を上げた。

 ギージュは僕に槍を向け、勇敢にも言い放った。


「コドモをマモることに、リユウなどミジンもヒツヨウナい!」

「そっか。ならいいんだよ」


 途端に殺気を抑える僕。そしてわざとらしく胸を押さえ、感動したように跪いて手を伸ばす。


「あぁ、やっぱり子供の危機にかけつける大人って強いね。僕の降参だよ、戦士長ギージュ。ガクッ」


 そしてやはりわざとらしく倒れ、眼を閉じる。おそらくギージュは呆気に取られたような表情で僕を見ているんだろうな、と思いながら。



 少しして。


『うわぁーん! 怖かったよギージュ様!』

『ゴメンなさい! ゴメンなさい!』

『もう言いつけを破ったりしない!』

「あ、ああ……っ、ダイジョウブだ。おマエタチの

コトはしっかり、オレタチセンシがマモってやる」


 途中で意図に気づかれた気もする。

 まあ、だからなんだって話なんだけど。


 ギージュ。

 確かにこの世の重要度で言えば、合理はわりあい高い位置にある概念だよ。

 けどね。

 子供ってさ、流浪の旅人より近場の大人が見てあげないといけないんだよ。


 でないと。

 流浪に憧れ旅人に焦がれ、いつか皆いなくなってしまうんだ。


 旅人はせいぜい、雑草と思わせておくといいよ。

 何かの役に立つかもしれないけど、基本的に駆除する方が、毒にも害にもならないからね。

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