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竜王狂人  作者: 璃山蟹瑠
狂人孵り
5/9

殺さず、消える

 廊下を階段を、時には石橋すら渡ってようやく城下の、テロが行われている筈の広場に辿り着いた。


 酷い有様だ。

 石造りの家々は無残に砕かれ、木造の家は焼け焦げと跳ねた血が悲惨にこびりついている。綺麗な花が植えられていたであろうレンガの花壇は踏みにじられ、歪に曲がった噴水があらぬ方向へ水を放出している。


 そしていたるところにある死体。

 老若男女、それどころか猫耳犬耳尖り耳、数えるのも億劫なくらい様々な人が種族の別を問わず、散らばっていた。


 漂う血臭に、思わず顔を顰めた。


「あら、バーサーカーのように戦う貴方が、今さら血の匂いに嫌気を覚えるのですのね?」


 嫌味というより不思議で仕方がないというような声音で姫様が言う。そう言う姫様だって、決して良い顔はしてないけどね。


「僕の得物は模擬刀。つまり刃を引いた剣だから、実のところ嗅ぐ機会ってあまりなかったんだよね。それより姫様、この惨状を生んだ屑を見つけた」


 噴水の向こう、大小無数の露店が並んだ大通りで大量の殺意が発露された。それは粘つかない霧のようで、僕みたいな何度も死線を潜った戦士じゃないと気付けないような小さな粒子の流れ。


 ――三人、殺したな。


「ねぇ、この国って無差別の複数殺人って死罪?」

「この規模ですと、捕縛が適わなければ極刑、捕縛出来れば拷問に等しい罰を延々繰り返しますわね」


 なるほど。じゃあ模擬刀にうってつけだね。

 道中で見た、薄い桃色のワンピースを着た小さな死体を思い出す。


「刃引きされた芸術品でこの上無い侮辱的な敗北を与えてあげるよ」

「努々油断なさりませんように。これが普通のテロ行為ならば、わざわざ私が駆り出されるような事態にはなりませんわ」


 そりゃそうだ。本来なら勇者のご機嫌を取って休める場所なり国王の下なり連れて行かないといけない姫様が呼ばれたんだ。相手が相当特殊な身元の輩か、あるいは姫様ほどの強者でなければ対処出来ないと考えられるような化け物でなくて、なんだと言うのか。


「まあ、僕は一度化け物を殺した事があるからね」


 例の黄流君と一緒に壊滅させたヤクザ、意外と大きい海外のマフィアの傘下だったらしくて、ゾンビゲームに出てきそうな怪物を作っていたクソ科学者まで行きついちゃったんだよね。ただ壊滅させるだけのつもりだったのに、気づけば隠れた英雄だよ。僕と黄流君の二人がかりだったけどね。


「……勇者様の世界は、例外なく魔法や魔物等が存在しない世界と聞いておりますわ」

「電子やバイオみたいなSFもファンタジーと紙一重だからね。言ってみれば、世界は狭いようで意外に広いって事だね」


 まあ、模擬刀と杖をメインに戦う変態戦士コンビにやられた化け物が弱いのか、それとも僕や黄流君が異常な程強いのかは分かんないけどね。十中八九後者だと思うけど。あの化け物頭ふっ飛ばしても死ななかったし。


「とりあえず無駄話はお終いにしようか。姫様は魔法と格闘、どっちが強い?」

「しいて言えば魔法ですわ。私は援護や支援に回りますから、どうぞ遠慮なく暴れてくださいまし」

「了解。でも優先目標は」

「一般民の救護ですわ!」


 それだけ把握出来てれば十分!


 暴虐が真新しくなってきて、遠目にも件の魔法使いらしき影が見えた。

 左のベルトループに手を当てて、模擬刀を抜き取る。鞘は付けたままだ。雷魔法対策に、ね。


 そして――


「んっん、ん」『グァラァァァァァァァァ!!!』


 鱗紅戦武流竜技・咆哮。殺気と大声量の波が、魔法使いの背に追いつく。いや、ぶつかった。


 瞬刻硬直した魔法使いが、こっちを向いた。意外に若いけど、知ったことじゃないね。


「何者だ!」

「名も無き天才剣士だよ!」


 刀の切っ先を右後ろに置いていくような形で突っ込む。ふざけた名乗りに怒りを顔に浮かべた魔法使いは、しかし切り替えが早いようですぐにぶつぶつと何かを呟き始めた。


 完成した言の葉は、僕より速かった。


「ライリガンテ!」


 チリッ、電気っ! よかった!


「馬鹿な!? 上級魔法最速のライリガンテが!」

「生憎とスタンガンなんてわりとありふれた武器だったからね!」


 今じゃ露出した電気なんて全部直感で流れが分かるくらいだ。雷の日に外出すると光る前から気がつくおかげで中学校の頃の良い方の仇名の一つが雷様なんだよ!


「くっ! 王都に目ぼしい実力者はいないと聞いたが、デマだったか! 発せ、魔よ!」


 今度は火だねっ!

 詠唱の無い魔法が魔法使いの腰から放たれた。火の塊で、流石にこれを紙一重で避けるのは無理!


 見た瞬間にそう判断して、走法に緩急をつけてベクトルを操る。着弾三歩手前で九十度走る向きを変えて勢いを殺さないまま走る。名付けてRPG走法だ。そこまでして、ようやく熱波が飛んでくるだけの被害で済んだ。あれ見えない部分も凄い高熱だね、予想通り。


 勢いを殺さない走り方故にそのまま近づく事は出来ず、魔法使いの背面に回り込む形で走る。魔法使いの方にしてもただの砲撃人形ではないらしく、僕の動きに合わせて体をずらしている。


 その油断が命取り! 


 と思ったんだけど……


「なっ!? もう一人いたのか!」

「使い捨て地級結界!? ただのテロリストではありませんわね!」


 魔法使いの側面に氷の槍が何本も激突したけど、全部Eシールド……それも(大)とか付きそうな形の半透明の壁が発生して、全部阻んだ。折角の奇襲が台無しだけど、僕の時じゃなくて良かったとも思う。あんなのに考えもなしに模擬刀を叩きつけたらそれだけで折れかねないっ。


「ちぃ、噂の麗戦姫か! 一人だけなら相手をしても良かったが、ガキの実力が分からん!」


 だから撤退でもしようって? 甘いよ!

 腰から、正確にはベルトに付いた不吉な宝石から放たれた不可視の刃を走り高跳びのように飛び越え

て、ついに肉薄する。

 振り上げた刀を振り下ろそうとして咄嗟に体を沈める変態的回避を決行。


 直後、頭の上というか首の周りの上を通り過ぎて行く土色の弾丸。


「これも避けるか! だがこれで……っ」


 崩した体勢を整える間に、姫様から火の槍が飛んできた。おかげで魔法使いの撤退準備は整わない。


「ええい鬱陶しい! この場で殺す!」


 そして嬉しい事に、決戦体制を整えてくれた。

 代わりに魔法の弾幕が二倍になったけど、避けるだけなら簡単だよ!


 飛来する氷、火、風、雷を変態的な体裁きで躱す僕と、同じく飛来する魔法を次々と(小)くらいのEシールドモドキで跳ね返す姫様。けど僕に向けられる二人の感情は多分同じだと思う。魔法使いなんて「見えない風も捉えられない雷も避けられない火も! 何故届かないのだ!」と叫んで気持ちの悪い物でも見るような目で見てきた。いやぁ、雷や火は第六感で避けられるし、他は全部弾丸より遅いからね。そもそも見えない斬撃だって空間の揺らぎくらいはあるんだから、アクションMMORPGで鍛えた動体視力を戦闘の為のスイッチに組み込めば、それはもう大型の投げナイフと似たようなものだよ。


 映画にしかいないと思ってたナイフジャグリングピエロと戦った経験が生きる。


「このっ! 破壊の親、文明の親、竜の親よ! そなたの姿は美しい、破滅の音と同じ色、全ての無力

を舌先に入れ、古きを残す悪魔の壁! ウォライムループ!」


 やたら早口な詠唱の後、魔法使いを中心にして炎の壁が燃え盛った。ちっ、これじゃ僕が近づけないじゃないか! というかミルリントちゃんは熱に弱い百足だから、二重の意味で近づくのを躊躇してしまう。悔しいのでジッと立ち尽くし、竜眼を本気で放つ。すると炎の壁が一瞬揺らぎ、次の瞬間には姫様の魔法と思われる大量の水玉で跡形もなく消えて……っ、あいつ時間稼ぎだったのか!


「パーワードキラウド!」


 ただの時間稼ぎなら良いんだ。

 けどこの粘ついた感覚。凄い嫌な予感が……


「毒の霧ですわ! 息を!」


 やっぱりっ! 映画見すぎの馬鹿が小麦粉の代わりに白い粉をばら撒いて目くらまししてきた時と同じっ。


 息を吸い込んで、捻り屈む。そのまま退転、全力で走って眼前の扉を蹴破る。中はレストランのようで、運の良い事に階段があった。一応大声で誰もいないか確認した後、階段目掛けて走る。上る途中で入口になったドアから薄緑色の靄が侵入してきた所を目撃し、ゾッとした。若干だけど色々な所を溶かしながら進んでるっ。突っ込んで急所に突きとかしないで良かったよ……


 そのままトットットッと軽く駆け上がる。どうやら二階は経営者の居住空間だったらしくて、幾つか部屋があった。


 ここで考えずに進む事は出来る。

 けどそれは、たまたまここを選んだ僕の怠惰ってやつじゃないかな。


「助けに来たよ! 誰かいないかな!」


 っ、やっぱりだね! そうじゃないとよかったのに!


 僅かな物音が聞こえた、「ハンナの部屋」と異世界の言葉で書かれた部屋のドアを開ける。するとそこには、僕と同じか少し上くらいの給仕服を着た女の子がいて、最初は怖がるような顔をしたけど、僕の顔を見るなりすごく驚いた表情をしてくれちゃった。ふんだふんだ、どうせこの場にそぐわない童顔だもんね!


「外で魔法使いが暴れてるのは知ってるよね?」

「え、ええ……あの」

「そのイカレが徐々に溶ける毒の霧を使った! もしかしたらここにも来るかもしれない!」

「……へっ?」


 呆けてる時間は無いよ! ここの構造的にさっきの通りに面した窓へ近づき、下を見る。丁度姫様が魔法で毒の霧を吹き飛ばした場面を目撃出来たらしく、毒の霧が一気に上空へ吹き上がり、凍った。姫様ナイスだよ……ああっ、でもダメ!


 予想取り、姫様がいると思われる場所に魔法使いが炎の槍を飛ばした。上空の霧を全部凍らせるなんて芸当をしていた姫様が、果たして躱せるのかな?


 とにかく外はもう大丈夫!


「ハンナちゃん!」

「は、はい!?」

「仲間の魔法使いが霧を吹き飛ばしてくれた! 今なら屋根伝いに逃げられる!」


 戦地の把握は戦士の必須技能。

 ここら辺一帯は日常系バトルが可能なくらい建物同士が繋がっている。僕みたいな戦士じゃなくても移動する事くらいは出来る筈だ。


「む、無理よ! だって、私、怖い……」


 ……あぁ、普通なら、だね。

 ハンナちゃんは怯えている。まあ平和な時間がいきなりヴァイオレンスとグロテスクが支配する狂気の時間に変わったんだから、無理もない。


 ……あんまりやりたくは無いんだけどなぁ。


(ミルリントちゃん、一旦背中に回って)

《分かりました! ハガタツ様!》


 肩の見えにくい場所に隠れていたミルリントちゃんが背中で動く感触がちょっとむずい。不快じゃないっていうのは本当に不思議だね。


 準備が整ったところで、ベルトループに挿しておいた杖を取り出し、模擬刀と一緒に床に置いた。

 ……うぅ、恥ずかしがるな、僕っ!


 サッ、サ……滑らかさと静的動きを重視した歩き方で蛇のようにスルスルとハンナちゃんに近づき、彼女がハッとしたときにはもう、ハンナちゃんの背に手が届くくらいの位置に移動していた。


 そして……右手をハンナちゃんの背中に回して反対側の腰を掴んで引き寄せ、左手を頬に添える。


 顔はもう、おでこが引っ付きかねないくらい。


「よく聞いて、ハンナちゃん」

「ぁ、あゎゎ」


 ハンナちゃんはもう分かりやすいくらい顔を真っ赤にして、必死でリスの毛並みと同じ色の瞳を瞬かせている。


「僕はこれからあの魔法使いを退治しに行くよ」

「は、ははは、はいぃ……」


 なんとか捻りだした、って感じの掠れた声が僕の喉にかかってくすぐったい。わ、笑うな、僕。


「あの魔法使いの所業を見たよね? 何度も何度も恐ろしい魔法を放ち、人を殺すのに躊躇いを持たない、怪物のような男だよ。そんな恐ろしい魔法使いに戦いを挑みにいく恐怖に比べたら、ただ屋根を歩いて、たまにジャンプするくらいの事がなんだって言うの? ね、簡単でしょう?」

「で、でも……」


 おっと、俯かせないよ。

 頬に添えていた左手を離し、顎を掴んでクイっと上に向ける。キザキザキザキザキザっ!


「大丈夫。君なら出来るよ、ハンナちゃん……王城を目指して走るんだよ!」


 最後にとっておきの笑顔と戦意を完全に隠蔽した眼を見せ、颯爽と窓に向かう。悩む時間なんて与え無い。模擬刀と杖を挿し直して、窓枠を掴む。


「ま、待って! せめて、お名前だけでも……!」


 ぅ、ぐ……やっぱり、そうなるよね。


 喉元までせり上がってきた恥と後悔を飲み下し、精一杯の笑顔で振り返る。


「僕は鱗紅鋼竜。唯一つの王と唯一のレディに命を捧げた剣士さ!」


 そのレディはもちろん未来で見つけるけどね!

 吐き出しそうになった内心を押し殺し、今度こそ窓から飛び出す!


「リンコウ様!」


 ……後ろから、熱っぽい叫び声が聞こえた。

 うぅ……だから女の一般市民を窮地から脱させるのは苦手なんだよぉ……


 吊り橋効果と童顔故に愛らしい顔と、戦場のチクチクした空気とは真逆の穏やかな雰囲気。それらを駆使した、即席恋製造技。


 ……中二の頃の僕曰く、鱗紅戦武流竜技・竜惑。


 とある探検家曰く、竜の瞳には人を惑わす力があるとか。


 そこから連想した技名なんだけど、本当に恥ずかしいったらない。おかげで僕、都市伝説にまでなってるんだよ……乙女のピンチに駆けつけてくれる日本刀を持った王子サマ……別に女の子だけを助けてる訳じゃないのに。野郎の場合は蹴っ飛ばして上下関係を染み込ませて言う事を聞かせてるだけで。


 ああもうっ、今は魔法使いに集中!


 何を誤認したのか、魔法使いは高笑いをあげている。「フハハハ! 愚鈍なギライヴの王よ、貴様の首は私が貰いうける! これは革命なのだよ!」「うん、同意するけどそれは僕の役割だからね?」


 屋根の縁を蹴って、魔法使いのすぐ上まで飛ぶ。自慢気な高笑いのせいで聞こえなかったみたいだけど、それが今度こそ命取りだよ!


 空中で模擬刀を引き抜き、正常とは逆に模擬刀を掴む。峰の部分を敵に向け、ここ一番の集中力を引き出す。


 ――斬る竜技。


「っ! な、なんだ?」


 殺気を感じたか、魔法使いがキョロキョロ動く。

 予測……ここか。


「殺す……殺す殺す殺す!」

「なっ――」


 二の句は告げさせない。

 振り下ろした模擬刀の切っ先が、魔法使いの肩口を破壊しながら斬り進む。絶叫が気に食わない。僕が殺すと決めた攻撃で、何故絶望の声を上げない!


 地面に足が付く。屈伸して衝撃をバネのように反転させつつ手の中で模擬刀をひっくり返す。それを一撃のすぐ隣目掛けて、斬り上げる。威力を100%伝える特殊な動きは傷の侵入口を無残に砕きながら、肋骨を何本か折りつつ斬り抜ける。


 ――そして腰に力を入れ、手の中で再び模擬刀をひっくり返す。


 ただ一か所鋭い模擬刀の、切っ先。

 それはもう、爪だ。


「殺す!!」


 三の太刀が入る。

 きりきりきりきりきりきり!

 突き進んだ切っ先が、ピタリと止まる。


 こびり付いた血が鬱陶しいなぁ。

 模擬刀をひっくり返し、魔法使いを斬りつけないように空を斬らせる。それだけで血やなんかがほぼ全て散り、地面に赤い弧が描かれる。


 ――鱗紅戦武流竜技・竜爪


 まだ少し血の付いた模擬刀を下げながら、血まみれの魔法使いを見やる。

 その様はまるで、竜の爪で切り裂かれた人間。


「……あが、ぁ」

「なになに、恐怖と絶望の声すら出さないの? まったく、殺さない太刀で殺しの技を見せた甲斐が無いじゃないか」


 そのまま後ろに倒れた魔法使い。とりあえず専用のハンカチで模擬刀の血をふき取り、鞘に納める。伏兵がいないかどうかを視線と気配による探りと殺気による炙り出しで確認し、ほっと息を吐く。この魔法使いレベルの輩と連戦は面倒くさいからね。今はまあとりあえず、この馬鹿を姫様の元まで引きずっていくかな。少し目を離した隙に消えてましたとかなってたら嫌だ。


 やたらと高そうなブーツを掴んで姫様がいると思われる場所へ向かう。少し進むと、ちょっと穴と赤が増えたドレスを着た姫様が、いつの間にか現れた兵士の群れと一緒に立っていた。


 兵士の一人が僕(と死にぞこない)を見つけたらしく、剣を抜いて誰何しようとしたところで姫様からストップがかかる。


「おやめなさい! その方はこの件の解決に最も貢献した方です! 粗雑に扱う事は許しませんわ!」

「そのと~り。ほれ、証拠証拠」


 ピアノ売りのおじさんみたいな口調で肯定して、足首を掴んでいない方の手で魔法使いを指す。それでようやく納得したのか、訝しさと驚きが混じった表情で兵士たちは僕を見つつも剣呑な雰囲気を収めてくれた。うんうん、その方が賢明だよ。


 ……僕、今ちょっと血に飢えてるから。


「姫様、さっきはナイスフォロー。おかげで一人の乙女を無事救い出すことも出来たよ。火傷は負ったかもしれないけど」

「少しは心配などしたらいかが? それと今の発言はどういう意味ですの?」


 姫様の言葉を華麗にスルーし、手近な兵士に魔法使いを縛るようお願いして、ついでにハンナちゃんの事を他の兵士に伝えて探してもらうよう頼む。姫様もそれを聞いて勝手に何かを納得してくれたらしく、屑を見るような目で僕を見つつもテキパキと捜索の指示を出した。もう姫様の中では女性とくれば手を出さずにはいられないチャラ男として認識されてるか、女と来れば見境なく助けるスケコマシ扱いかな。まったく失敬しちゃうよ。


「男だとしても助けてたよ、窓から蹴落として」

「扱いの差! この女の敵!」

「やだなぁ、野郎の癖に二階に閉じこもってるような情けない男にそこまで優しく出来ないよ」


 さて、無駄話はそのくらいに。


「とりあえず心臓は外したから、今すぐ治癒すれば一命は取り留められるんじゃない? 酷い後遺症は残るだろうけど」


 元々殺すつもりで斬ったんだから、むしろまだ手遅れになってないだけマシだ。


「いえ、革命軍の皮を被ったテロリストに施す治療はありませんわ。それにこの手の魔法使いに下手な余力を与えると、自爆でもしかねませんもの」


 そりゃ怖い。じゃあさっさと殺して貰おう。

 そう言おうと、したんだけどなぁ……


 殺気でも害意でもない。

 けど同じくらい危険な意思ッッ!!


「殺……殺せ!」

「ふ、ぐはっ、げはっ! もう遅い!!」


 血だらけの死にぞこないが血を吐きながら叫ぶ。

 気付いた時には遅かった。奴の胸、心臓の位置に浮かんだ血色の紋様。不吉過ぎるそれ目掛けて、誰の言葉も聞かずにカギ爪を模した左手で抉る。竜爪で削り取った傷口が幸いしてか、気持ち悪い程完璧に技が決まった。


 きシッ


 が、

 ちょっと遅かったようだ。


 こいつの心臓を起点に、巨大な真白の紋様が空中に浮かび上がる。中心は既に崩壊を起こしているけど、嫌な予感は終わらない。


 というかちょっと、今すぐにでも……


「ダメ! やめなさいませ!」

「離れてください!」


 誰かに肩を掴まれた。

 濁った高笑いと軋んだガラスの狂想曲は、BGMに向かな――
























「……以上が、あの忌まわしい事件の顛末ですわ」


 その場は本来、国の大事を取り扱う国議の間であった。しかし今、そこにいるのは三十人近い少年少女と第一王女エネリア・ドラグネス・ギライヴ、そして国王、ハウルド・ドラグネス・ギライヴその人であった。


「よもや無差別転移魔法などという邪法がテロ……いや、破壊工作に用いられるとは」

「由々しき事態ですわ。しかし今それを仰りますか父上。失礼ながら空気をお読みくださいませ」

「……うむ、そうであったな」


 ハウルド国王が少年少女へと視線を向ける。彼らはクラスメイトの喪失に、軽くはないショックを受て心落ちしている。ただの客人ではなく、今後の国の安寧を託す勇者。故にまずは遺恨の意を示すべきだと窘めるエネリア。実際、この国王様はちょっと空気を読まないのだ。


「いえ、国王が国の事を第一に考えるのは当然ですから、気にしないでくれ……ださい」


 西京誠吾がクラスを代表して言う。彼らとしても未熟とはいえもう子供ではないというプライドがある。いつまでも悲しんでいられる立場では無く、心を切り替える為にも、誰かが旗頭となって前向きにならなければいけない。


 西京誠吾は常に空気を掌握していたとあるクラスメイトと、比較的近しい存在だった。


(とはいえ、少々酷な役回りだったかもしれませんわ)


 だから事前に相談をしておいた。

 彼ら勇者にとっては対等な存在である消えたクラスメイトの喪失は、余計な波紋を生んでしまう。

 最悪、勇者なんてやめた。と言われかねない。


 人は誰しも身近な誰かに起こった不幸は自分にも降りかかるかもしれないと考える生き物だから。


「そう言ってもらえるとありがたい」


 娘の気苦労も知らない国王が話を戻す。


「それで、エネリアよ。無差別転移魔法テロの対策は見当が付きそうか?」


 せめて「解析は出来ないのか?」くらいは言って欲しかったのがエネリアの本音だが、自分の父親が通常執務と馬上以外では使い物にならないという厄介な事実はとうの昔に悟っていたため、双方に対するフォローの言葉は用意していた。


「はい。あの魔法陣は術者の生命を対価に発動する一種の自爆魔法ですわ。恐らく、対価の生命も魔力量に応じるものですから、多用は出来ないと推測されますわ」

「という事は、起動させる前にテロリストを殺す事が出来れば発動はしないということだな?」

「現時点ではそうですわ」

「ではテロリストの中にいる魔法使いを優先的に、かつ一撃で殺すよう指示しなければな」

「無理ですわ。少なくともリンコウ様と同程度……いえ、模擬剣を用いてなお上級魔法使いと渡り合えるようなお方を参考にしなくともよいですわ。しかし、真剣で持って上級魔法使いと単独で渡り合える戦士は必要になりますわ」

「魔法使いではダメなのか?」

「正確に言えば、魔法使いと戦士を組み合わせなければいけませんわね。テロリストとて上級魔法使いを使い捨てにするような戦術はあまり取りたくない筈ですので、積極的に自爆しようなどとは思わない筈ですわ」

「ふむ……つまり?」

「基本は通常戦闘と同じですわ。しかし相手は上級の魔法使い。例え一角の戦士であろうと魔法使いの補助無しでは抗え無いでしょう。今回の敵も、パーワードキラウドの魔法を使った、面制圧攻撃を使ってきましたわ。そうなれば、如何に優れた戦士といえど満足に戦う事など出来ませんわ」

「なるほど、分かった」


 勇者達はホッとした。自分が所属することになる集団の王様が、消えたクラスメイトに比べれば随分と頼りになると思えて。

 エネリアは頭を抱えたくなった。あの顔は理解できなかった時の鉄面皮だから。


「……ともかく、しばらくは大丈夫ですわ。敵もあの兵器を実戦運用したのは初めてでしょうから」

「む? 何故分かる?」

「この世界のどこでも、あのような兵器が使われた被害と同じだけの被害が起きていないからですわ」

「そうか、敵もまだ開発したばかりという事だな」

「その通りですわ。ですので数も揃っていないでしょうし、何より今回はリンコウ様のご尽力のおかげで随分と被害を少なく抑えられましたわ。あの者がただのテロリストでなければ、原因究明に勤めるのが先ですわ」

「ただのテロリストではない可能性もあるのか」

「ええ。あのような魔法陣を開発出来るような組織が、後先を考えないテロリストである筈がありませんわ。仮に大規模な反乱軍だったとしても、やはり兵器というのは確実性が保証されなければ神話にもなりませんわ。いつ暴発するか分からない者と一緒に戦える程、一般兵士は勇敢ではありませんから」

「道理だな」


 もう説明は良い。どうせ今回のテロ対策には自分が選ばれるのだからと、凡庸な父に対して一種諦めたような感情を抱くエネリア。本来なら他国に嫁いで優雅な暮らしを送るだけの第一王女が何故国王より政治や軍事や戦闘や魔法について詳しいのか。


(いえ、己の才能を恨むこの思いは、誰にも理解されませんわ。嘆きとは聞いて貰える相手がいるから出来る事。今はとにかく無差別転移魔法を持つ魔法使いを抑え込める、戦力を作ることが大切ですわ)


 天才の傲慢を必死に押し殺し、酷い場違い感で肩身が狭くなっていた勇者達に優し気な眼を向ける。


「と、いうわけですわ、勇者様方。この国に平穏を齎すためには、あなた方の助けが必要なのですわ」


 いきなりの言葉に、殆どの生徒がびっくりして頭の中を白く染めた。幸か、それとも不幸か、反応できてしまった西京誠吾は訝しげに答える。


「おい、まさか今すぐテロリスト共を殺してこいなんて言うんじゃないだろうな。言っておくが、今の俺たちは強くなるための素質があるだけの勇者。現時点では神野の足元にも及ばない子供でしかない」

「重々承知しておりますわ。今すぐなどとは言いません。しかし、勇者様方は魔法や戦の神に愛されし方々。その潜在能力は他を圧倒し、短期間で非常に強くなられますわ。ですので、十分対峙出来る程に力をつけたその時には、是非力をお貸し頂きたいのです」


 もちろん、その間のサポートは出来る限り致しますわ。と付け加えるエネリア。それは三年後のドラゴンゾンビ討伐の為にも行う予定だったので、特に問題は無い。西京誠吾も修行続きで最後に本番と行くよりは、多少危険でも死を感じさせる戦いをしておいた方が、結果的に生き残りやすくなれると考え……というよりはある一人のドラゴンキチガイを思い出しながら頷いた。東雲美月の話によれば、ヤクザを潰しただの某国の諜報部隊を追い払っただの数々の都市伝説(しかもいくつかは聞いたことがある)を作っただの、おおよそまともじゃない内容でもそれは本当にあった事だという。


 そんな恐ろしくも強い神野鷲雄はもういない。

 いや、鱗紅鋼竜は消えた。


(なら、その怖さを知ってる俺が強くなって、皆を元の世界に帰さなくちゃいけない)


 元々変人の鋼竜に何度邪険というか無視されようと話しかけられる程、面倒見が良くて仲間思いな西京誠吾は状況の理不尽さなど関係なく自然と思う。


 世にごまんといない、善意の人。

 そんな決意が簡単に見て取れる西京誠吾の表情が何処か眩しく映るのか、エネリアはそっと目を逸らした。


 今はもう消えた、一人の少年ととある見習い兵士の似ているようで似ていない悔しげな瞳を思い出しながら。


 こうして。

 様々な思惑は一人の少年を始点に巡っていき、やがて訪れる災厄へ収束する。

 その結末が敗北と勝利、どちらに傾くかは、誰にも分からない。


 運命の糸を意図せず弄ぶ一人の少年。

 彼が紅蓮の活路を切り開くのか、それとも深紅の足枷を用意するのか。

 その選択肢自体、誰も知らない。


 ある一人の、褐色の杖を突く偽盲者の物語ジャンキーを除いて。

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